家に纏ろうなにやかや※転生学パロ頭副ムルグレ♀
※黒雲グがJK(記憶ナシ)、剣ムはDK(記憶アリ)
※他は記憶あったりなかったりのみんな
「つまり、きみの家柄目当てで、ムルソーくんはきみと付き合っているって話だよ」
その言葉を聞いた瞬間、グレゴールは世界から色が抜け落ちるような感覚に陥った。
話は休み時間の始まりに遡る。今日、グレゴールは一人で昼食を摂っていた。交際相手のムルソーには委員会の仕事があり、仲の良い友人たちも軒並み用事があって急いで食事を済ませる必要があったからだ。グレゴールは、いつも恋人や友人たちと食事を摂っている屋上で、一人のんびりと空を見上げながら、持って来た弁当を味わっていた。
そこに、一人の男子生徒が現れた。顔に見覚えはあるものの大して印象に残っていないその男子生徒は、わざとらしく偶然を装い(屋上には普段、グレゴールたち以外の人間が来ることはない)、本当に言いたいことを隠しているかのようにもじもじとしながら、グレゴールの隣に座った。グレゴールは「なんだコイツ」と思いつつも、今は弁当箱に詰まったユーリ(グレゴールの世話役、屋敷にいる)特製のおにぎりの方が大切だったので、その男子生徒を放置していた。
しかし悲しいかな、無視されていることに気付いていないのか、男子生徒はグレゴールにあれこれと話しかけて、楽しく談笑しようと試みてくるのだった。流石のグレゴールも、話しかけられてしまえば無視するわけにもいかないので、おにぎりを頬張りながら曖昧な返事をしていく。男子生徒はそれが生返事であることを知ってか知らずか、嬉しそうに次々と様々な話題を投げかけてくるのであった。そうして、とうとう議題はグレゴールの恋人に辿り着く。
「どうしてムルソーくんと付き合っているの?」
これを訊いたのが親友のロージャであれば、お腹いっぱいになるまで惚気たのだろうが。男子生徒の言い草に多少の嫌味を感じたグレゴールは、不機嫌さという壁を作ってその男子生徒に応答する。
「何でそんなこと訊くんだよ」
「えっ、いや、不思議だなって思って……」
分かりやすく動揺する男子生徒。しかし、ムルソーを疑うような発言は止めず、根掘り葉掘り聞き出そうとし続けた。いや、本当の目的はムルソーについての話を聞き出すことではなく、彼に対する疑念をグレゴールに少しでも抱かせることだったのだろうが。その中で、家なるものとムルソーについての話になる。
「そういえば、ムルソーくんって実家が太い子が好きなんだって聞いたよ。グレゴールちゃんのお家も、確かすごいお屋敷なんだよね」
確かにグレゴールの自宅は大きな屋敷だが、この男子生徒が想像しているような名家ではない。ただ、心象は悪いとはいえカタギの子どもに自分は極道家出身だと伝えるのも、脅すようで気が引けたので、グレゴールは言わなかった。だがしかし、心象は悪かった。
「何が言いたい」
「いや、だから、聞いたんだよ。もしかしたら、ムルソーくんがきみと付き合っているのには、きみの人柄以外の理由があるかもしれないって……」
この発言にさらにグレゴールが噛み付いて、出て来たのが冒頭の発言である。
「おっまえ……いい加減にしろよ!?」
「違うって!! 僕がそう思っているんじゃなくて、そういう噂を聞いたってだけで……!」
「なら確かめに行けばいいだろ」
既に食事を終えていたグレゴールは、弁当箱をまとめて持つと、怒りも露わに勢いよく立ち上がった。そして屋上から階下に戻ろうとするので、男子生徒も慌ててついていく。彼の弁明をほとんど耳に入れないまま、グレゴールが校舎内の廊下に戻ると、タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどイサンが通りかかっていた。
イサンはグレゴールとムルソーの共通の友人である。元々はムルソーと仲が良かったのだが、ムルソーがグレゴールと交際を始めたことをキッカケに、グレゴールとも親交を交わすようになり、今ではすっかり、このカップルを中心とした騒動に巻き込まれがちな被害者となっている。
「あっ、ほら……彼なら知っているかも」
イサンがムルソーと近しいことは男子生徒も知っていたのか、彼を指してグレゴールに促す。男子生徒の言う通りにするのは癪だったグレゴールはひと睨みすると、それでも合理的だと判断したのかイサンに声をかけた。
「む、グレーゴル嬢。いかがした?」
しかし。元より話し方がやや迂遠なイサンと、怒りで言語化能力がやや落ちていたグレゴールとの会話は、上手くいくはずもなかった。
「なぁ、ムルソーって家が好きなのか? デカい家とか」
「なるほど。確かにとうも……否、ムルソーくんは、帰属や住居に執心し過ぎるきらいあれば、さもありなん。先程、委員会より戻りしが、さなる仕事に精を出すも、また同じ所以なるやも」
その言葉を聞いて、グレゴールはいよいよ世界がセピア色になっていくのを感じた。
「……そうかい」
暗い笑みを浮かべて教室に走っていこうとするグレゴールを見て、ようやく様子がおかしいことに気付いたイサンは、慌てて彼女を追いかける。
「待ちたまえ! 早まるでなし!」
件の男子生徒も続いたが、咄嗟のことでグレゴールを捕まえるまでには至らず、彼女は教室に入っていってしまう。そこには委員会から戻ってきたムルソーがおり、探し物でもあったのか鞄の中身を広げていた。邪魔になったのか私物の竹刀を手にしており、数名の生徒が興味ありげに見ている。そこにグレゴールは分け入って、ずいとムルソーの目の前に立った。
「おいムルソー」
「グレゴール。……どうした?」
突然愛しい恋人が視界に入ってきたムルソーは柔い声で彼女を呼んだが、彼女が並々ならぬ雰囲気であることに気付くと、合わせるように表情を強張らせる。
「訊きたいことがあるんだけど」
「私に答えられることならば」
「お前のことなんだから絶対答えられるって」
「そうか。何だ?」
「お前、家がデカいとか、実家が太いとか、そんな理由で俺と付き合ってんのか?
グレゴールがそう問うた瞬間、教室は水を打ったように静かになった。そんなわけないだろ。誰もがそう言いたそうな顔をしていた。だとしたら、二人のイチャつきや痴話喧嘩に振り回されてきた、我々の苦労はなんだったのだ、と。
しかし、ムルソーは周囲の予想に反して、黙ったまま顎に手をやると、ゆっくりと息を吐き出しながらしばし黙っていた。考えを巡らせるように、天井のあたりで視線を彷徨わせると、ゆっくり瞬きをして、それからやっとグレゴールの方を見た。
「……経済的安定や、質の高い住居、および地域のコミュニティに支えられた暖かな人間関係は、生活を営んでいく上で捨てがたい要素だな」
彼がそう答えるや否や、グレゴールは目にも留まらぬスピードで、ムルソーの持つ竹刀を掴む。そしてそのまま奪ってしまおうとした瞬間、ムルソーはグレゴールの瞳から少しも視線を外さぬまま、グレゴールの腕を押さえ込んだ。まるで初めから、そうなることが分かっていたかのように。そして、鈍く碧い輝きを放つ目を細め、うっそりと微笑む。
「くそッ、放しやがれ……!」
「だが。どんなに家が魅力的であっても、その家にあなたがいなくては意味がない。愛する女と、共に暮らせる家でなくては……」
「……」
ムルソーの言葉を聞いて、グレゴールの身体から力が抜ける。その隙を突いて、ムルソーはグレゴールを抱きすくめた。恥も臆面もない。寧ろクラスメイトたちの方が照れてしまって、どうやら丸く収まりそうだということを察知した者から、背を向けたり顔を背けたりしていった。二人から受けた被害が、またひとつ増えた瞬間である。
「私はあなたの家の稼業を継ぐつもりで、あなたと交際している」
「……!」
「並の覚悟で言い出すべきでないことだというのは分かっている。だからこそ、私の覚悟があなたに伝わるまで、伝えないでおこうと思っていたのだが、それで却って不安にさせてしまっただろうか。申し訳ない」
「む、ムルソー……!」
昼日中の教室で、突如告げられた九割九分プロポーズの言葉。戸惑いとときめきで顔を真っ赤にしてしまったグレゴールを、ムルソーはもう一度強く抱きしめたが、なぜか直ぐに放してしまう。
「あっ……」
「だがしかし。大切なことだからこそ、この件について話し合う前に片付けておきたいことがある」
そう言うとムルソーは、グレゴールの肩を支えたまま、彼女が入ってきた教室の出入り口を見た。そこにはまだ、例の男子生徒とイサンが佇んでいた。
「あなたにそんな不安を植え付けた不届者は、あれか?」
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「ごめんなさい!! 許してください!!!!」
ぐしゃ、という音を立てて座り込む男子生徒。そして目の前に立つのは、竹刀を持ったムルソー。放課後の校舎裏、喧嘩の気配を察知した野次馬の視線をムルソーは感じ取っていたが、視線の主が仲裁に入ることはないようだった。
昼休みの一件があって、半ば脅すような勢いで、男子生徒に放課後、校舎裏へ来るよう告げたムルソーは、約束の時刻、校舎の外で躊躇していた男子生徒をほとんど無理矢理、この場所に引き摺り込んだのだった。ノイズのない美しい無表情、一分の揺らめきもなく凪いだ視線は、まるで能面のようだったが、それが彼の底知れぬ怒りを表していることは、察しの悪い男子生徒にも理解できた。
ムルソーは無言のまま、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をした男子生徒に躙り寄る。
「ごめんなさい……もうしませんから……ごめんなさい……」
「……自分が悪いことをしたという認識は、あるようだな」
そこで初めてムルソーは言葉を口に出したが、怯え切った男子生徒はしゃくり上げるだけだった。ムルソーが手に力を込めると、みしりと竹刀が軋む。いよいよ殺されてしまうのではないかと、男子生徒は息を詰めた。
しかし、降ってきたのは竹刀の一撃では無く、意外な言葉だった。
「……彼女の家系は、この地に代々暮らしてきた。その生き方には影も光もあろうが、由緒や縁(えにし)を持つのは事実である」
「……?」
「そして彼女も、これからこの土地で愛され、頼られ、時に害虫のように疎まれながら生きていくことになるのだろう」
「………??」
「そんな彼女の隣にいることができれば……」
「……」
「血を流そうとも、時に蔑まれようとも、私は二度と、居場所を失わない。帰る家を失わない」
「!!」
「どんな苦しみがあろうとも、奪っても奪っても満たされぬ流浪の民となるよりはマシだ。その上そこに、手を取り合える彼女がいるのであれば……」
「………」
男子生徒は驚いた。ムルソーの言ったことは、自分がグレゴールに話した噂……男子生徒は本当に、この噂を別の生徒から聞いたのだった……を肯定するような内容。グレゴールに言っていたこととは、いささかズレているような気がしたのだ。もしかして、許してもらえるのでは。男子生徒は甘っちょろくも、そのような考えを抱いた。
「しかしそれ故に、彼女はなかなかに難しい立場にある。ともすれば、彼女自身の幸福を、自ら二の次にしてしまうだろう。家の繁栄を優先して。そのため私は、彼女が不安になることのないよう、順を追って計画を進めなくてはならなかった。私が彼女の中に入り込み、根付き、彼女が逃れられなくなるよう、注意深く……」
「……」
「……その計画を邪魔し、彼女に不安を抱かせた罪。万死に値する!」
「ひぃいい!!?!?!?」
男子生徒の甘い願望に反して、ムルソーは竹刀を振り上げる。男子生徒は悲鳴を上げ、目を閉じた。
しかし、その時。
「待たれよ頭目!!」
大きく声を張り上げながら、駆け込んでくる一人の男子生徒。それは、イサンだった。
「……イサン」
「頭目、どうか早まることなかれ。此度のこと、私がグレーゴル嬢に伝えし言葉を誤りしことにも原因があらば、その者にのみ責を帰するも正しからず。また、剣技の愉しみに未だ一筋の曇りもなかれど、斯様な安穏たる世にあって、頭目のみが人を殺めたる咎を負いて追われるよしも、たえてなしとぞ思う。どうか、剣を納められよ」
イサンが捲し立てた言葉の半分ほどは、彼らの前世に関わるものであったため、男子生徒には全く理解が及ばなかった。しかし、イサンが自分を助けるために来ているということは理解できた彼は、イサンとムルソーの会話の行方を、息を潜めて見守っていた。
イサンの言葉を黙って聞いてきたムルソーだったが、一連の陳情を聞き終えると、ふっと笑みを溢した。
「安心しろ、イサン。これはちょっとした戯れだ」
構えていた竹刀を下ろすと共に、張り詰めていた殺気も解けていく。
「何も、本当に斬ってしまうつもりはないとも。そも、いくら我々であっても、竹刀で人を斬ることは叶うまい」
「それは……そうなれど……」
「あとイサン。呼び方が戻ってしまっている。ここでは是非、ムルソーと気楽に呼ぶように」
「かたじけなし、ムルソーくん」
「こちらこそ。……引き際を見失っていたのは事実が故」
ムルソーはイサンに礼を言って微笑む。それから、改めて地面に座ったままの男子生徒を見た。
「……そういうわけだ。少々段取りが狂ってしまったが、彼女の誤解も解けたし、イサンにも心配をかけてしまった。今回のことは、これにて水に流す」
「ほ、本当に、」
「だが!」
「ヒッ!」
安心した男子生徒の弱々しい声を掻き消すように、ムルソーが遮った。
「彼女を幸せにする方法は、そして泣かせる方法すらも……私の方が貴様より百倍心得ている。勝ちの目はないと、肝に銘じておくといい」
「………」
ムルソーはそれだけ言い残すと、男子生徒に背を向けて、イサンと共に校舎裏を去っていった。卑しい心根を見透かされた男子生徒だけが、すっかり腰の抜けたまま、その場にしばらく座り込んでいた。
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黒雲会。
先の世では路地裏を牛耳る一大組織であった彼らは、今の世では地域の自警団として存在しているようです。自警団とは良く言ったもので、その実態は相変わらず程度も低くて汚らしいものですが、無辜の民草を害さないという点ではまだマシでしょうか。我々の頭目であったムルソーが執心しているあの娘は、その黒雲会を統べる家系の一人娘であるようです。
巡り合わせとは恐ろしいものですね。その良し悪しはさておき、由緒と伝統はある黒雲会の組長一族に入り込むことができれば、当面の生活基盤は盤石でしょう。家を失うこともなければ、頼れる人脈を失うこともない。剣の腕一本で生きていくしか能がない親友たちですらも、掬い上げることができるでしょう。彼女……先の世では黒雲会の副組長を務めていたグレゴールへの愛の前で、それのどこまでが意識的かは分かりませんが、頭目も相当、運命に呪われたままなのですね。
それでも、私は黒雲の人間と関わり合うことを好みません。彼らは粗野で、野蛮で、剣術の程度も低くて……、
「ねぇファウ〜。たまには一緒にカフェ行こうよ〜。すっごく美味しいケーキを出してるお店、見つけちゃったんだって」
「一緒に行きませんか? ロージャさんの見つけてきたお店には、間違いがないんです」
し、シンクレアまで……。