教つど【柔らかなひととき】パイソン教官とアンジェラの出会い編。バレンタインのお返しの話です。
※公式のクリスマスのイラストにて。
編み物をしているパイソン教官を見て思いついた小話です。
「これで……満足か?」
珍しくパイソン教官がため息を吐きながら言った。
目の前のピンクの髪の女性は満面な笑みで、
「はい」
と行儀正しく深く頷く。
パイソン教官はそれを聞きまたハァとため息を吐いた。
パイソン教官がオアシスに辿り着いて早3ヶ月。
今だに恐れられることも多いが、彼の強さと生真面目さを頼りにしている者達もいる。
この目の前にいるアンジェラもその1人だ。
たまたま一緒の任務にて。
敵を殲滅していくパイソン教官の強さに驚きつつ、感動したアンジェラと。
少女の様な見た目からは、想像できない強さを見せたアンジェラをパイソン教官も一目置いた。
その後何故か2人は一緒に任務を託される事が多くなった。
軍人と保育士兼介護士2人。移植のタッグだ。
最初パイソン教官は不服そうにしていたが、アンジェラは
「教授の指令は聞いて下さいね。」
と言い、人差し指をピッと立てた。
「ここでは私のほうが先輩です。それに私の方が強いんですから」
と言われてしまえば、その通りでもあるので、パイソン教官は黙っていた。
その後アンジェラはそれしたりと、見かける度に何かお願い事をパイソン教官に言ってきた。
「だって、他に言える男性もいませんし、パイソンさんにしか言えない事柄なんですー」
と小首を傾げて可愛く言われてしまえば、何も言えない。
今日は配電不良のチョコメルト工場で、馬車馬かハムスターかの様にグルグルと回転車で何時間も走らされた。
慣れないカカオの収穫もし、それらを運び、人力でハンコ押す様な力仕事のチョコ作りもやらされた。
秋には逃げられたかららしい。
後で締め上げてやろうと思うパイソン教官だった。
走らされ夜になった。
黙々と走り続けるパイソンに、慌ててアンジェラがやって声をかけてきた。
文句1つ言わなかった為、彼を走らせていたのを忘れていたらしい。
なんて女だとパイソンは唖然とした。
「それで、次の任務は?」
「そんな、そんな。もうありませんよー。お疲れ様でしたーありがとうございますー」
アンジェラはスカートの裾を持ち、丁寧にお辞儀をした。
これで解放されると安堵したパイソン教官だったが。
ハイとアンジェラに何かを渡された。
「はい、プレゼントですー」
「ん?なんだこれは」
ふわふわのもふもふの物体。色は薄い空の色だ。
「毛糸です。今日の御礼ですよ。」
掌に乗る柔らかな毛糸玉。
どういうことだ?と、パイソンがアンジェラと毛糸を交互に見ると、アンジェラが花の様に微笑んだ。
「教授へのプレゼントを悩んでいると聞きました。一緒編み物をしませんか?」
と。
パイソンとアンジェラはオアシスの、誰でも使える休憩室のベンチに座った。
2人並んで座っている所があまりにも珍しく、通り過ぎたオクトーゲンがまた戻って、確認に来たほどだ。
オアシスのパパとママだと噂されてるタッグでもあった。
明日はバレンタインだった。
昨日から教授はチョコから習った特製のバレンタインチョコを皆に渡して回っていた。
とても嬉しかった反面、彼らには問題も発生した。
バレンタインのチョコのお返しだ。
ホワイトデーなどは、こういう行事に疎い男共を、大いに悩ませた。
試しにチョコのお返しの商品を調べてみたら、地域によってはお返しは3倍返しとかなんとか。
そもそも何を返せば良いのか?
こんなに素晴らしい出来のチョコレートに。
またお返しの品物には色々な意味があるらしく、注意も必要なことを知った。
隣で一緒にスマホ画面を見ていた秋は
「さてどうするか」と呟いた。
2人で悩んでいた矢先の出来事だった。
男2人が悩んでいたのをアンジェラは遠くから、見ていたのだ。
「座りましたね」
と言いながらアンジェラは毛糸玉の穴から、羊の太い糸を引き出す。
「最初は無理せずに、太めの伸びる糸で編みますか」
「ちょっと待ってくれ」
パイソンがアンジェラのペースに乗り込まれそうになり、慌てて止める。
「この俺が編み物だって?」
「はい。昔からお世話になった人へのプレゼントは、マフラーですよ」
そんな話聞いた事も無いと、パイソンは思う。
「まだ底冷えのする時期。3月でもここは雪が振ります」
アンジェラは窓から外を見た。
オアシスはこの時期まだ雪深く、世界は白に染まっている。
雪がずっと降り止まない日が続くのだ。
「ピッタリなプレゼントだと思いませんか?今から2人で頑張ればマフラーくらいなら編めますよ」
「だが……」
「別の案があるなら教えて下さい。あのチョコのお返しに相応しいプレゼントが他にあるならば」
アンジェラはそう言いながら、傍らにあった小さな小箱を取り出した。ピンクの銀紙に包まれて、赤いリボンがかけられている。
リボンを解き、中から丸いチョコを取り出した。
トリョフチョコレートだ。
そして自分の口とパイソンの口にも入れる。
黙ってパイソンは口に含んだ。舌にとろける上品な甘さ。隠し味にお酒が入っており、大人な味のチョコだった。
「……美味いな」
「教授のチョコですよ。とても美味しいです。みんなにこんなに素晴らしいチョコを作るのを大変だったでしょうね」
「…………」
「教授もチョコ作りは初めてだったみたいです」
アンジェラの言葉の、意図してる意味を勿論パイソンは分かっていた。パイソンはこれみよがしにふーっと息を吐いた。
「………分かった。他にいい案も無いしな。教えてくれ。だが俺は編み物は初めてだぞ」
「大丈夫です。私編み物教室の先生もしてましたから。初めての方でも首に巻けるくらいのマフラーは編める様になります」
アンジェラは慣れた手つきでかぎ針に毛糸を引っ掛けた。
手首を回し手際よく、飛ばした目に針を入れ、糸をかけて引き出す。2回繰り返し1度に引き抜く。
あっという間に2段目を編み終わり、パイソン教官に手渡す。
「さてここから編んでいきますよ」
ゴツイ節々のパイソンの手に渡る。
逆に細くて長く美しい、アンジェラの指が触れる。
冷たい指先だった。
「感謝の思いを込めて、ひと針ひと針ですよ……」
祈る様な優しげなアンジェラの声を聞きながら、素直にパイソンは編み物を習った。
その後パイソンが任務の時はアンジェラが代わりに編み、アンジェラが手が離せない時はパイソンがマフラーを編んだ。
編み目の段を落としたり、穴が空いたり、キツく編みすぎて幅が違ってたりと、沢山の失敗もあったが、首にしっかり巻けるくらいの長さのマフラーにはなった。
「初心者にしては上出来ですよ。いいセンスです」
試しにと自分の首に巻いたマフラーはアンジェラの髪の色にもあい、似合っていた。
多分女性向けの、どんな人間にも似合う素敵な色の毛糸を選んでいてくれてたのだろう。
アンジェラのセンスも光っている。
教授の黒い髪に似合うのを想像しただけで、嬉しくなった。パイソンが編んだとは思えない、優しい色合いのマフラーが完成した。
それを受け取った時の教授の驚きの顔。
その顔を喜んだ顔より見たかったとパイソンは思った。
またアンジェラの選んだ色合いも編み方も、教授にばっちり合っていた。
外で教授が首に巻いてくれてる姿を見る度に、自分で編んだとは思えないと思った。そんな素敵なマフラーになるまで根気よく、自分に教えてくれたアンジェラをパイソンは心から尊敬した。
数ヶ月後
パイソン教官が今度は自ら毛糸玉を持ってアンジェラの前に現れた。
「教授へのクリスマスプレゼントはマフラー以外にチャレンジしたい。」
「そうですか。ではセーターにしますか?」
「了解した。マフラーより難しそうだな」
「大丈夫です。パイソンさんはセンスがあるので」
アンジェラはニコリと笑った。
この色が良いだろうか?糸は?
その色だともう1色足した方が良いかもしれません。では一緒に教授に似合う色を選びましょうか。
と連れ添って並ぶ、2人の姿があった。
終わり