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    amelu

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    amelu

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    ゼン蛍。蛍ちゃんの強さを美しさとして惹かれたアルハイゼンと、アルハイゼンの隣に並ぶには子どもぽく見えるよね……が悩みの蛍ちゃん。
    *アルハイゼンの恋愛遍歴的な話が捏造されているので苦手な方は閲覧をお控えください

    ##ゼン蛍
    #ゼン蛍
    #hailumi

    まだ青い議論 きっかけは、砂漠の遺跡調査だった。
     教令院に収蔵されていた研究資料を検分していたところ、現物と照らし合わせる必要が生じてアルハイゼンは現地へと赴いていた。
     遺跡あるところに盗掘あり。アルハイゼンが碑文を検めていると、金目のものがあると思ったらしい宝盗団が剣を抜いて迫ってきた。
     そのときだった。頭上で白い花か何かがぶわっと舞ったかと思うと、アルハイゼンと宝盗団の間に割って入るように、地面に剣を突き立てて蛍が着地した。
    「アルハイゼン!?大丈夫?怪我はない?」
    「……ああ、問題ない」
    「よかった。今、片付けるね」
     そう言った彼女は軽やかに舞うように剣を振るい、草の元素力を迸らせる。
     呆気にとられたアルハイゼンは、彼女に加勢するため剣を握りながらもどこか冷静に思考を巡らせていた。
     アルハイゼンの経験と知識は、人生の安寧と穏やかな日々のために彼女のような人物は忌避せよと警鐘を鳴らしている。戦闘慣れしていて、躊躇いなく剣を抜く女性だ。近くにいては、気苦労が絶えないに決まっている。だが、アルハイゼンの本能はその警告を拒否していた。
     この魅惑的で運命的な少女に惹かれずにはいられない。まったく自分らしくない、と理解していながらも。


     砂漠から戻ってからというもの、執務中であっても思考が遮られることが増えた。
     今日は少し風が強いらしい。図書館で行き交った学生たちがそう言っていた。
     蛍への恋愛感情を自覚したアルハイゼンは、発作的な焦燥感と物足りなさを感じてどこか落ち着かない日々を送っている。今のところ業務の進捗に影響はなく、周囲に気取られる心配がなさそうなのは救いだ。
     少し休憩を取ろうと、読みかけの本を手に教令院を出た。
     ふと、アルハイゼンは自身の恋愛について思い起こす。恋愛経験がないわけではない。学生時代の話ではあるが、議論仲間や図書館で時折会話をしていた女性に好意を寄せられて何度か交際に発展した。研究に対する議論や知的な会話ができる相手と交際するのはそこまで抵抗はなかった。アルハイゼンとしてはそれなりに誠実に対応してきたつもりだが交際相手が求めるものは別にあったようで、アルハイゼンは終ぞそれを理解できないままに別れを告げられた。数回それを繰り返した後、さすがに面倒になって相手の好意を受け取るのをやめた。理解できないのなら距離を置けばいい。とても単純なことだ。
     だが、あれらは本当に恋愛と呼べた代物だったのだろうか。
     強く風が吹いて、本のページが向きに逆らって手に張りつく。そういえば、休憩の読書をするはずだった。
     午後の街は喧騒に溢れている。その活気を拒むように、ヘッドホンに手を遣った。不意に樹木道からシティの通りを見下ろすと、白い花が駆けていくのが見える。蛍だ。今日も彼女は人助けで奔走しているらしい。
     さて、今日はどういう用向きで約束を取り付けようか。アルハイゼンの頭にあるのは、少しでも多くの時間を彼女と過ごし、アルハイゼンとの関係を意識してほしい、そのためにどういう理由を捻出しようか、ということである。
     そろそろ業務に戻らなくては、定刻きっかりまでに仕事が終わらない。ひとつもページが進まなかった本を手に、冒険者協会に預ける蛍宛てのメッセージを考えながら教令院へと戻っていった。





     きっかけは、ディシアにもらったクリームとリップバームだった。
     あまりに無頓着な蛍のために、ディシアが用意してくれたものだ。スメールの気候は特殊で、特に砂漠では保湿が欠かせないという。クリームはサラッと滑らかで、リップバームはほんのり色づき、熟れた果実のような香りのするものだった。
     何が変わったわけではないが、これだけのことで少し蛍は大人に近付いた気になれたのだ。
     大人の女性、を意識し始めたのは理由がある。最近になって頻繁に交流を持つようになったある男の存在である。
     長身で精悍な体つきをしていて、いつも無表情なのが勿体ない眉目秀麗な男、アルハイゼン。彼と交流を持つうちに、共有される時間が心地よいと感じるようになった。
     だが彼に比べると蛍は些か少女らしさが勝ち、彼との間にどうにもならない隔たりを感じていた。
     卑屈になるのは性に合わない。取り出した手鏡でリップバームを付け直しながら、少しだけ大人っぽく見える自分を見つめた。
    「アルハイゼンのやつ、『君に見せたい本があるんだ』って言ってたけど、だったら本だけ渡してくれてもいいのにな! いつもの流れだと、あいつの家で夕食をとって、ソファで読書して、泊まっていくか聞かれるやつだろ?」
    「だからテイクアウトしていくんでしょ? それに、泊まるのはなしだよ」
     どういうわけか最近は彼に呼び出されることが多く、今日も夕刻に家まで来てほしいと言われていた。この時間ならば夕食をとることになるので、グランドバザールの露店でいくつか食事をテイクアウトしておいた。
    「オイラは泊まってもいいと思うぞ! アイツの家、設備良さそうだしな~」
     もし、アルハイゼンの家に泊まったらどうなるのだろうか。おそらく、普通に寝床を用意されるだけだ。そのことを少し歯痒く感じる。何かを期待してなどいないはずなのに。





    『金髪の旅人は、凛々しくも可憐で美しい』
     騒動がひと段落してからのスメールにおいて、蛍がそのように評されているのはアルハイゼンも知っていた。
     蛍は強く、美しい。アルハイゼンにとっても何ら偏りのない認識だ。
     ここ最近は以前にも増して魅力的に見えるが、それは惚れた欲目というやつだろう。
     だが、昼食時に立ち寄ったカフェで、聞き捨てならない会話を耳にしてしまった。
    「あの金髪の旅人、恋人とかいるのかな?いそうだよなぁ、エロいカラダしてる」
     答えは、否。ほぼ毎日のようにアルハイゼンと個人的に会っていて、他に男がいるとは考えにくい。彼女の肢体についてあまり下卑た言葉で語ってほしくないが、劣情を掻き立てられるのはアルハイゼンも同じなのでこの男たちに食ってかかるつもりはない。
    「あの歳で腕利きの冒険者ってのは、カラダ売っててもおかしくないよな。俺たちでも買えるのかな」
     ありえない話だ。流しの旅人が身売りする理由は主に二つ。ひとつは、安全な寝床と路銀のため。もうひとつは、その土地での人脈のため。蛍の場合、そのどちらも必要としていない。彼女には善意の友人がたくさんいるし、スメールにおいては草神すらも彼女の友人だ。これ以上の人脈はないと言っていい。
    「無理に決まってんだろ。噂じゃ、教令院のお偉いさんと寝てるらしいぞ?よく自宅に出入りしてるんだってよ」
     一瞬考えたが、おそらくそれはアルハイゼンのことだろう。特に隠すつもりもなかったが、アルハイゼンの自宅に呼びつけていることで下世話な噂話になったのかと思うと少し申し訳ない。もっと別方向の噂になればよかったのだが。
     テイクアウトの包みを受け取ったアルハイゼンは、そのまま会話を続けていた男たちのテーブルまで歩み寄った。学生服の若い男三人は、アルハイゼンの姿を見るなり目を見開いて硬直してしまう。
    「先程の旅人の話、二点ほど訂正させてほしい。——『彼女が頻繁に出入りしているのは教令院書記官の自宅』だ。そして俺は『彼女を金で買ったりはしていない。双方合意の下で会っている』。この二点だ。これが何を意味するかは、君たちの頭で考えるといい。これに懲りて、公共の場で下品な噂話はしないことをお勧めする」
    「あ、アルハイゼン書記官!?すすす、すみません、俺たちそういうつもりじゃ……!」
    「すみません、もう噂話はしません!」
    「も、申し訳ありません、彼女が書記官の恋人だなんて知らずに……!」
     三者三様にもごもごと何か言っていたが、アルハイゼンは返事をせずにその場を立ち去った。
     肯定も否定もしないだけだ。嘘は言っていない。ただ、胸の奥が少しヒリついた気分がした。蛍がその名声によって注目を集めるのは当然のことだが、彼女の美貌や私的な部分が人々の興味を惹き始めていることに、アルハイゼンは焦りを覚えていた。





    「これは……旅行記?」
     夕食後、アルハイゼンがテーブルに積み上げたのは何冊かのテイワット旅行記だった。
    「ああ。様々な時代、著者のものがある。ある意味、君の先輩達だな」
     すべての本を運び終えると、アルハイゼンはそのうちの一冊を手に取って蛍の隣に腰を下ろした。反対側のソファでは満腹のパイモンが寝息を立てている。
    「それは?」
    「これは、スネージナヤ人による『滞スメール日記』だな。スネージナヤ文字で書かれているから、読むなら手伝おう」
     興味はあったが、さすがに全文に渡ってアルハイゼンに訳してもらうのは時間がかかりすぎる。
    「えっと……アルハイゼンが読み終わったら、感想を聞かせてほしいな」
    「……わかった」
     意図が伝わったらしく、アルハイゼンは『滞スメール日記』を脇に避けて違う本を手に取った。
    「これはモンドの民俗学者による旅行記で、旅先で見た民俗衣装やその歴史について書かれている」
     パラパラとアルハイゼンがページを捲って見せてくれる。図版ほどには大きくない本なので、蛍はアルハイゼンの逞しい腕に顎を乗せて覗きこむことになった。
     開かれていたページは、モンドでの代表的な婚礼衣装——ウェディングドレスとタキシードだった。
    「こういうの、スメールにもあるの?」
     不意に蛍が顎を乗せていた腕が引き抜かれて上体が傾き、アルハイゼンに体重を預けていた蛍はそのまま彼の胸元に転がり落ちた。はぁ、と小さくアルハイゼンの溜息が聴こえた気がする。溜息を吐かれたところで、この食後のまったりと流れる空気の中で過敏に反応して飛び退くのも何か違う気がして、蛍はそのままうずうずとアルハイゼンの胸元に頬を寄せた。
     ページを捲っていたアルハイゼンの指が、ぴくりと震えて止まる。
    「……君は、俺の腹の上で昼寝くらいしそうだな」
    「どういうこと?こ、子どもってこと?」
    「そうは言っていない。そのくらい警戒心が薄いという話だ」
    「警戒心って……アルハイゼンを警戒する理由がそもそもないよ」
    「……ほう?」
     蛍には、アルハイゼンを警戒する理由がない。アルハイゼンと一緒に過ごす時間は心地よく、もっと一緒にいたいとさえ思う。それに、アルハイゼンはどうしようもなく大人の男性で、蛍のように年の離れた少女など友人関係以上の相手にはしないだろう。
    「君とはそろそろ真面目に議論をすべきかもしれない」
    「議論? ……わっ」
     アルハイゼンに腰と膝を掴まれたかと思うと、一瞬のうちに彼の太腿の上に引きずり上げられていた。近距離で向かい合わせになり、アルハイゼンの翡翠の瞳がこちらを鋭く射抜く。真面目に話し合う格好ではないと思ったが、指摘したところでアルハイゼンにひっくり返されるのは目に見えている。
    「……こ、この姿勢で何を話し合うの」
    「真面目に議論をするなら視線を合わせるのが道理だろう。そうだな、議題は、君の『警戒心がなさすぎることの検証及び解決策』としよう」
    「警戒心そのものはちゃんとあるよ」
     それなりの警戒心は持っているし、必要とあらば相手を払い除けるだけの気概と力もある。
    「ほう?ならば説明してもらおう。君は『誰とでも、身体的接触を伴う距離感で会話するのか』?」
    「しないよ。パイモンは、別として」
    「ああ、彼女は別としよう。因みに、君は『街の男たちの視線を集めている。その自覚はあるか』?」
    「それは……知らない。けど、ナンパはあるよ」
     アルハイゼンの右手が旅装の中に滑り込んでくる。ひんやりとした感触が太腿を軽く撫ぜた。びくりと身体が反応してしまい、そろそろ恥ずかしさも限界に達しそうになる。アルハイゼンの腿の上から降りようにも、彼の右手が太腿、左手が腰を捕まえていて身動きが取れない。
    「……ほう。『今までどんなナンパをされた』?」
    「ええと……カフェ、食事、荷物持ち、そんな感じかな?特に求めてないから断ってる」
    「……ふむ。やはり君は男たちから人気があるらしい。それでも自覚はないんだな」
     蛍は、ナンパをする心情もその目的もよくわからない。ただ、ほぼ初対面の人間に誘われたところで『あまり良い気持ちがしない』という拒否感があり、きっぱりと断っている。
    「相手に怪我をさせない程度に、ちゃんと断ってるから大丈夫だよ」
     アルハイゼンの指先が、今にもドロワーズの中に滑りこもうとしている。何が彼の気に触ったのだろうか。
    「君は……『恋人を持つつもりはないのか』?」
    「恋人? どうしてそんな話になるの」
    「民俗学者の旅行記に、スメールの婚礼衣装が載っているのか聞いただろう? だから、そういった関係に前向きなのかと思った」
    「あ、さっきの……。そういう道もあるのかなって思うけど、相手の理解次第だよね。それに、そんな奇特なひとはいないよ」
     今はアルハイゼンの向こう側、ソファの上に伏せられている旅行記に目を遣る。
     蛍は様々な事情があって旅をしている。一処に落ち着けるはずもなく、恋人という濃密な関係を正常に育んでいけるかどうかもわからない。
    「それは互いに譲歩し、努力すべき点だな。君は、寂しさや一時の気の迷いで浮気に走るタイプではないだろう。男側は、君の信頼を勝ち取る必要がありそうだが」
     蛍は自分の恋愛観がわからない。だがたしかに、男性に依存して生きる性質ではないはずだ。では果たして、信頼に足る男性とは何なのだろうか。ナンパをしてくる人物は、蛍と真剣な関係を築くつもりで声を掛けてきたわけではないだろうし、真剣に向き合えるような人物は蛍のような若いうちから不安定な生活をしている少女を選びはしない。
     考えれば考えるほどわからなくなって、蛍は話を逸らした。
    「アルハイゼンはどうなの? 恋人、いるの?」
     蛍の言葉に、アルハイゼンの目が見開かれる。
    「君は……俺が、恋人がいるにもかかわらず、別の女性を膝に乗せて肌を撫でているような男だと思うのか?」
    「あ……ご、ごめん。そうだよね」
     少し窮屈そうに、アルハイゼンがわずかに身じろいだ。
    「——ただ、恋人の当てはある」
    「え……?」
     一気に身体の力が抜けた気がした。もはやアルハイゼンの目を見る勇気もなく、とにかく居た堪れない。
    「ちょっと、もう、降ろして——」
     妙に腹立たしい気持ちになり、強引に離れようと身を捩る。太腿の上を滑るアルハイゼンの指がわずかに肌に食い込んだ。腰を支えていた手が離れたかと思うと、完全に視線を外した蛍の顎を捉え、親指が唇をなぞる。
    「ん……っ」
    「そんな傷付いたような顔をしないでくれ。この文脈でも伝わらないのは、さすがに重症だな。君は時折、自身を枠外に置きすぎる」
     おそらく、アルハイゼンが膝を持ち上げた。後ろから押されるような反動があって、蛍の顔はアルハイゼンの胸板にぶつかり抱きすくめられていた。背中に回されたアルハイゼンの腕は蛍が身を捩ったくらいではびくともしない。
    「気持ちがいいな、君の肌は……溶けてしまいそうだ」
    「アルハイゼン……ねぇ、アルハイゼン」
     なぜか「やめて」とは言えなかった。恍惚と蛍の背中を撫でるアルハイゼンは、蛍の見知った理知的な大人ではなかった。呼吸は浅く速く、わずかに身じろぐ腰の揺らぎが熱を伝える。
    「君を今すぐどうこうするつもりはない。ただ、聞かせてほしい。……俺のこの振る舞いを許して触れさせる『君の気持ちはどこにある』?」
    「……大事なところは私に言わせるんだね」
    「俺は、君の許可がほしい。ただ一人、君に触れられる特別な立場をくれないか」
     希うアルハイゼンの気持ちは、蛍が思わず怯んでしまいそうなほど強く伝わってくる。
    「……好きだよ、アルハイゼン。ごめんね、ずっと言えなくて。私のことは、そういう風に見てくれないと思ってたから」
     言えなかった。何かと理由をつけて、自分の気持ちを遠ざけようとしていた。
    「こちらはそろそろ限界だったんだがな。他の男に掠め取られる訳にはいかなかった」
    「そんなことないんだけどな……」
     きっと蛍は、無意識にアルハイゼンの気を引くことを考えていた。そのために大人になろうとしていた。
    「蛍、今夜は『泊まっていくか』?」
    「ん……泊まってく。私が寝る場所あるのかな?」
    「決まっているだろう。——眠る時間があるかどうかは保証しないが」
    「え——」
     蛍を抱え上げて、アルハイゼンは立ち上がる。熱っぽく潤む翡翠の瞳が、蛍の言葉を遮った。
     もう少し話したい気もしたが、時間切れのようだ。きっと、話す時間はこれからいくらでもある。今は、彼の熱に身を委ねるしかなさそうだ——。
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    amelu

    DONE2024年アルハイゼン誕生日ゼン蛍。
    とあるきっかけと周りの後押しで急接近した二人のおはなし。
    光を抱く巨樹 不可抗力ではあったが、アルハイゼンは蛍と抱き合った。
     それは、真昼の往来で起きた、些細な事故に過ぎない。
     だが、あの小さくしなやかな身体を自分の腕に収めたときから、アルハイゼンの日常は複雑に縺れてしまっている。
     業務の合間に教令院を出て街中へと下りてきたアルハイゼンは、不意に曇りなく晴れ渡った暑い青空を見上げた。白い鳥が旋回するように飛んでいる。まるで、あの日のような光景だ。もっとも、あの日に真っ白な翼を広げて空を舞っていたのは、鳥ではなく蛍だったのだが。
     あの日は、風が荒れていた。ヤザダハ池の桟橋からの坂道を上りきったところで、アルハイゼンは上空を緩やかに滑空する白い影に気が付いた。その影の大きさから鳥でないことはすぐわかったが、それが彼女であることに気が付いたのは一瞬遅れてだった。突風が吹きつけ、乱れた前髪がアルハイゼンの視界を奪う。指先で払って再度見上げたときには、翼の制御を失った白い影が回転しながら勢いよく落下しているところだった。体勢を立て直すには低空すぎる。あとは如何にして着地の衝撃を和らげるかだ。目測だが、このままでは建物に衝突する可能性もある。彼女ならば咄嗟に身を翻して避けられるのかもしれないが、予備策の有用性について検討する前にアルハイゼンは石畳を蹴っていた。
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