【知らない獣】深い深い森の中。
従魔のみんなは絶賛狩りにお出かけ中。
ひとり残された俺はいつものように分厚い結界に守られながらみんなが帰ってくる前に、と昼食の準備をしていた。
肉のストックは充分すぎるほどあるんだけど、従魔のみんなの狩りをしたい本能とそれは別なので。
肉は必要な分だけあればいい、て俺は言うんだけど、みんなはこうやって定期的に体を動かさないとダメだって言うから、今日も狩りに付き合って森の中にいます。
怖いので厳重に結界張って貰って。
勿論魔導コンロの方にも。
みんなを見送ってから数十分…。
時折聞こえるギャーという鳥か何かの鳴き声とかにびくつきながらも、順調に調理は進んでいく。
今日はカツを揚げようと思って。
さっきからジュージュージュワジュワやってる訳です。
そしたら少し遠くの茂みがガサガサってなって。
魔物かと思ったけど現れた白い毛並みに、なぁんだ、て肩の力を抜いた。
「戻ってくるの早いな。もしかしてお腹空いて戻ってきた?」
俺は最後のお肉を揚げ終わると、火を止めたり使った道具を寄せたりしながらフェルに話しかける。
「それともこの狩場あまり獲物いなかった?」
今日も大量に作ったなぁ。
ご飯に乗せたりパンに挟んだり。
カツは色んな食べ方ができるから良いよな。
大きな皿にご飯を盛ってカツを乗せ……たところで、フェルがさっきから黙ったままなのが気になった。
…ん?
グルルル……と低いうなり声もするような?
「分かったわかった!食べさせろって言うんだろ?フェルの分だけ置いておくから怒るなよー」
全く、食いしん坊のフェルおじちゃんは気が短いねぇー。
俺は大きな皿を魔導コンロの前の地面に置いた。
遠くの白い毛並みが揺れ、やがてたしたしと近づいてくる。
「ほらどうぞ。揚げたてだからちょっと熱いぞ。気をつけて食べてくれよ」
仕上げにトンカツに良く合うソースをかけてやる。
オーソドックスな家庭の味。色んなソースがあるけど、やっぱりこれだよな。
さて、この分だとみんなも早く帰ってくるかも!
みんなの分も盛っておかないとな。
フェルが近寄ってきて皿にフンフンと鼻先を突っ込んでいる。
俺は気にせずみんなの皿をアイテムボックスから取り出してご飯を盛りはじめた。
ガツガツと音がしてフェルが食べている。
何かちょっといつもより勢いが小さいような…?警戒するような食べ方だなぁって思った。
ん?
…ん?
俺は皿のご飯を食べているフェンリルをマジマジと見た。
頭の先からフサフサした尻尾まで見た。
「……あれ」
フェルの額の模様…違う。
フェルは十字架みたいなバッテンなのに、このフェルはダイヤみたいな四角形だ。
背中から尾にかけて黒い線みたいな毛が生えてる。
体もちょっと…小さいような?フェル縮んだ?
……あれ?
んー……???
えっと。
「どちらさま?」
俺は皿の料理をすっかり平らげて満足そうに口の周りをペロペロする白い獣に、思わず尋ねていた。
『ニンゲン……我らフェンリルの最強の戦士と従魔契約を結んだ者だな?』
「わ、喋った…!」
やっぱりフェルじゃない。
響く低い声はフェルの声より少し若々しさがある。
別フェンリルだ!と気がついて慌てたけど、話もしているし敵意は…どうだろう、話が出来るなら穏便に応答してみることにする。
「フェル以外のフェンリルがこんなところにいると思わなくて…すみません、フェルと間違えてご飯を出しちゃいました」
『とても美味であった。私は900年生きているが、こんなに美味い飯を食べたのははじめてのことだ』
舌なめずりをしながら若いフェンリルが言う。
あ、何か友好的そうだ。
『我がフェンリル最強の戦士がニンゲンと従魔契約を結んだと聞き、見に来てみたのだ…なるほど。美食家の戦士らしい、オマエの作る飯が食べられるなら囲うのもアリかもしれんな』
もう一度舌なめずりをして若いフェンリルが俺をチラリと見る。
「え、あ!だ、ダメですよ。もう従魔は間に合ってますので…!!」
これ以上大食らいが増えたら俺が過労死しちゃうぞ!
顔の前で腕でバツを作って見せると、若いフェンリルはクツクツと喉の奥で笑った。
『私は従魔契約とやらには興味はない。誰かに縛られるのは性に合わないからな』
「あ、なら良かったです……」
ホッとする。
従魔が増えたら俺が大変だし、またお主は!てフェルに怒られそう。
それにしてもフェルはフェンリル界?で有名人なんだな。
最強の戦士とか呼ばれてるのか。
フェンリルの中でも強いんだな、フェルは。
目の前の若いフェンリルは話も出来るし、敵意も無さそうだ。
フェルのこと何か聞いてみようかな?と思った時だった。
『…私は従魔契約には興味はないが、美しいものを愛でる趣味はある』
「はぁ………え?」
ずい、と若いフェンリルが鼻先を近づけてきて、俺の首元に少し濡れた鼻先が当たった。
「!」
びくっと身体を震わせると若いフェンリルはヒクヒクと鼻を動かしてにおいをかぐようにした。
『清純そうに見えるが……オマエからメスの匂いがしている』
「あ、ちょっ……と」
くすぐったいんですが。
でもフェルにされるのと違う、何かちょっと嫌な気がして思わず手で押し返すようにする。
『従魔契約だけではないな。……ほう?やはり噂通り番なのか』
「あ、あの…やめて…」
ゾクッと背中が嫌な予感を拾って震える。
俺は後ずさるが若いフェンリルの鼻先が追い掛けてくる。
こういうのは結界で防げないのは不便だよな。
『私は美しい者が好きだ。オマエのタマシイはとても甘い匂いがする。フェンリルの最強の戦士ともいう奴が何故ニンゲンを…と疑問だったのだが』
「ひっ…」
若いフェンリルが前足で俺の腰を浚う。
バランスを崩して前に倒れ駆けたところで、ポフリとフェルと同じ、胸の毛に受け止められた。
フェルのと違ってあまりフワフワはしてないし、野生の獣という感じの少しすえたようなにおいもする。
『ニンゲンで男…。ククク、子を作ることを捨ててまでオマエと一緒にいたい、と…?』
俺は慌てて身体を離そうとするが、
『何とも美しく、滑稽な愛よ』
「っ!」
若いフェンリルは前足の爪を立てたらしい。
結界と完全防御のスキルが働いたのか皮膚を裂くことは無かったが、背中から腰にかけての衣服が破れる感触がする。
まずい…。
嫌な予感が一層強くなり、逃げなきゃ…、と頭の中で何度も唱える。
『…オマエはとても美味そうだ』
「や…はな、し……」
身をよじろうとするが、服に刺さった爪のせいで身体が思うように動かない。
『ククク…なる程、強力な結界で守られている。オマエに傷を付けるのは無理か。余程彼奴のお気に入りと見える』
やばい。やばい。
俺にはどうしようもできそうにない。
「フェル…!!フェル、助けて!みんな、戻ってき……んっ」
ありったけの声で、そして念話で。
俺は狩りに出掛けていたみんなに届くように声を出す。
フェンリルはにや、と笑って俺の顔をペロリと舐めた。
もう片方の前足で俺は強制的に上向かせられる。
若いフェンリルの目はギラギラとしており、完全に捕食者と捕食される者の図になっていた。
『ではこうしよう…』
「あ、何……」
ギラギラとした目は金色だ。
フェルのは優しいペリドットの目なのに。
ずい、と覗き込まれて、でも顔が上向きになってるせいで逸らせず、俺は目の前でそのギラギラした眼の輝きを見てしまった。
何か太陽の光のように熱い…。
『私の1番得意な魔法だ。相手の心を操り、私に魅了させる』
「……あ…………」
身体が熱い。
目の前の目の光が、熱が怖くて目を逸らしたいのに逸らせない。
『この力だけは一族で私の右にでるものはいない。彼奴の結界は物理攻撃特化型。だから私の魔法が良く効くだろう?』
「……っ!」
ふっと、身体の力が抜けた瞬間、すごく楽になったように感じた。
何だろう?
すごく心がフワフワしてる。
目の前の獣が何かとても大事なものに思えて、ぎゅっと抱きついてみた。
獣が嬉しそうに尾を振ると、俺も嬉しくなる。
手で鼻先を撫でて、頬ずりするとギラギラとした目が細まりウットリとした。
『何ともいじらしいことをする…さて。…オマエは誰のものだ?』
「……俺、は……あなた、さまの……番です」
え?
と驚くような声と、それを口にした途端に「そうだった」とストンと落ちていく感覚。
目の前の獣の声が耳に心地よくて、言うことを聞きたくなってしまう。
『それでいい。さぁ、私の巣穴に招待しよう。そこでじっくりオマエを味わい尽くしてくれる』
「あ……」
ウレシイ。
この獣に付いていかなきゃ…。
『おいで、愛しい私の番』
「はい…」
若いフェンリルが身体を低くしてくれたので俺はその背に跨がる。
『…奴が来るな。振り落とされないようにしっかり掴まっていろ』
「はい」
瞬時に駆け上がる獣の体。
フェルのより激しい、と思って、あれ?と首をかしげる。
(フェルって何だっけ…?)
まぁいいか、と振り落とされないように毛にしがみつくのに集中する。
じわじわと何かが身体に染みていくような感じにさっきから寒気が止まらない。
(巣穴に着いたら沢山愛して貰うんだ)
だって俺は、このフェンリルの番で、メスなんだから。
おわり?