【あのSランク冒険者、妹がいたらしい】「受付が騒がしいと思ったら…!」
カレーリナのギルドマスター、ヴィレムはむさ苦しい男達に囲まれて困り顔をしている中心人物を見つけて溜息を吐く。
「アンタか」
「すみません…」
「いや、アンタは悪くねぇな。ほら、仕事の邪魔だ!コイツは今仕事で来てんだ。ナンパなら外でやってくれ!!」
大股で人混みに駆けより、片っ端らから男共を散らしていく。
ホッとしたように息を吐く小さな唇。
でも次の瞬間にはもうニコリと可愛らしい笑みを浮かべていて、散らしたはずの男たちが振り返っていた。
こんなの、溜息もでたくなる。
「…ったく。お前の兄と良い…何でいつもこう人を寄せ付けるのかね…」
「うーん…ギルドに私のような一般女性がいるのが珍しいのでしょうか」
「ウチは受付皆女性だがな。それに女の冒険者だっているぞ」
「あ…そっか。あれ?…じゃあ何でだろう?」
「…鈍いとこも兄と一緒か」
ため息をつきながら付いてこい、と奥の部屋に促す。
はい、と頷いて歩き出す彼女に周囲の男どもが「ハァァァ…」とウットリした気持ち悪いため息を吐く。
「あぁ…良い匂い…」
「髪の毛サラサラだぁ…」
「歩くだけで揺れるおっぱい……」
「ムコーナさん…」
「好き……」
ー本当に気持ち悪いぞお前ら。
しかし等の本人は壁の掲示板を見ながら「またゴブリン出たんですね」なんて言ってる。
兄と同じでかなり鈍いと見える。
「早くムコーダに戻ってきて貰わないとなぁ…」
ヴィレムは長いため息を吐いた。
最近冒険者ギルドで注目の的になっている彼女。
彼女はカレーリナの街の名物ともなってるSランク冒険者ムコーダの妹だ。
妹いたのか!?と驚いたが、双子かと思うくらい容姿も雰囲気もそっくりだから疑う余地もない。
漂う石鹸の良い匂い。
清潔感のある服装。
サラサラの髪にきめの細かい美しい肌。
珍しい黒色の目と黒色の髪。
そんな兄のムコーダと同じスペックに加えて、女性らしい凹凸のハッキリとした体つき。
単純に言うと、ムコーダを小さくして大きいおっぱいを足したのが今の目の前の彼女だ。
ムコーダに淡い想いを寄せていた者は少なくない。同性だから、と想いをひた隠しにしていたやつもいる。
そんな飢えた獣共の前に突然現れた女性の体を持つムコーダ似の妹。
そら男どもが騒いで夢中になるのは当たり前だった。
ギルドに彼女が来るとワーッと集まって、お茶の誘いだプレゼントだ(受け取って貰ったことはないようだが)あわよくば手を握ろうとするやつ、肩を抱こうとするやつまでいる。
ただでさえ、日頃からごった返してる冒険者ギルドが手狭になるくらい。
冒険者じゃないやつもくるから捕まえては片っ端らから出禁にしている。
ムコーダと同じで基本のほほんとしてる彼女は、男どもが集まってきても「いつもここは混んでますね」何て笑っている。
それを見つけて救出するのが最近のギルマスの増えた仕事だった。
ギルドの男職員すら彼女に鼻の下伸ばしてるからだ。
「ムコーダはいつ戻るんだ?」
「んー…ちょっと色んな案件で忙しいみたいで。一年くらい?はかかるかもしれません」
「そうか」
ムコーダは今遠方に商売の買い付けとかで留守にしてるらしい。
シャンプーや石鹸を下ろしているのはしってたが、どこで手に入れているのかはそういえば知らなかった。
きっとまとめて大量に仕入れに行ったのだろう。
買い付け場所は秘密、ということで冒険者ギルドにすら居場所は分からない。
長い間留守にするために、他の用が回らない、と言うことで、急遽来たのが彼女、ムコーダの妹と名乗ったムコーナだった。
ムコーナはムコーダの代わりに屋敷に住まい、ムコーダが戻るまでこの街で屋敷の管理やランベルトの店との取引などをするらしい。
ムコーダが置いて行った従魔たちの世話も。
聞けば兄と同じく料理も好きなんだと言っていた。
はじめて彼女がギルドに来たときはちょっとした事件になった。
ムコーダが来たと思ったら大きなおっぱいがあって、皆で叫んだり歓声を上げたり、人を呼びに行ったり野次馬だらけになったりで大騒ぎ。
困り顔の彼女が騒ぎの中心でちょこんと頭をさげて、
「む、ムコーダの妹のムコーナです。兄がいつもお世話になってます…」
何て言うからまたウォォォ…!て叫んで歓声が上がって野次馬がどっと増えた。
男というのは単純な生き物であることの証明となった出来事だった。
ギルドに来るときはなるべく地味な格好してこい、とアドバイスをして、ムコーダが着ているような深いグリーンのシャツを着て、黒いショートパンツに黒いタイツという露出が少ない服を着ているのにも関わらず、集まる男は減らない。
そこでムコーダの従魔のフェンリルが付き添うようになっていたが、今日はそういえばいないな、とヴィレムは思った。
「あぁフェルですか?」
聞けばフェンリルがお昼寝をしているスキに屋敷を抜け出してギルドに来たというのだから…危機感の無さに頭を抱えたくなった。
「フェルにはいつも守って貰ってますからたまには休ませてあげないと」
そんなことをニコニコしながら言う。
全く兄といい、妹といい…。
どうしてこうも自分のことになると適当なのか…。
彼女をいつものギルマスの部屋に通して座るように促す。
「おおそうだ。頼まれてたギルドカード渡しておく。…本当にFランクからでいいのか?」
「何かのために身分証明できるものが欲しかっただけなので助かります。依頼は…薬草取りくらいならできますけど、多分毎回更新切れる度に登録し直すことになるかも…」
「何かそれも面倒そうだが…儂の権限で少し上げることもできるぞ?」
「いいえ、大丈夫です。私は兄以上に非力ですからね。従魔たちと一緒に狩りには付き合いますけど、戦いは出来ませんし。ただ魔物の解体を依頼するのに冒険者ギルドにお世話になるので、カードが無いと」
魔物の解体、とヴィレムは呟く。
「昨日大量の魔物を解体に持ち込んでたな。従魔たちは皆こちらに残ってるんだな?何でムコーダについて行かなかったんだ?」
何か事情聴取みたいだな、と思いつつもギルドとしてムコーダの情報は欲しい。
頭の良いムコーダのことだ。
妹と余所に開示して良い情報、秘密にする情報はきっちり話し合ったに違いない。
従魔たちのことは…多分後者だろうな、とヴィレムはそわりと目を動かした彼女を見て察する。
あまり聞かれたくないことらしい。
「えっと……兄がいるところは狩りとか何もできなくて……従魔たちが窮屈だろうからってその。兄はあちらで…従魔たちがいなくとも心配なくやってるので大丈夫なんです」
「護衛とか誰か付いてるのか?」
「あ、そう!そんな感じですね」
「そうか」
「はい」
まぁ勘弁してやるか、ヴィレムは困り顔になってしまった彼女を解放してやることにする。
「じゃあこちらが買い取りの代金。肉は倉庫で受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
「兄妹でアイテムボックス持ちとは…羨ましいな」
「…運が良かっただけですよ」
すごいことを何でもないことのように笑う。
すごいスキルも持ってるし、従魔もいるのにどこかぬけてて、でも人を惹きつける…。
本当に不思議な兄妹である。
ムコーナが倉庫で肉を受け取って戻ってきた。
受付嬢が挨拶をすると、今日頂いたお肉で作りたい料理がありまして、と世間話をしながら何か楽しそうで、そんな彼女の様子にまたエントランスにいた男たちが鼻の下を伸ばしている。
まったくである。
「ひとりで帰れるか?護衛つけた方が良いんじゃねぇか?さっきみたいに囲まれるぞ?」
見かねてヴィレムが声をかけると、近くの職員が「あ、おれが送りますよ!!」と出しゃばってくる。
フルフルとムコーナは首を振った。
「多分そろそろフェルが迎えに来てくれるので……あ、きたきた」
ガタン!と扉が外れるんじゃ無いかと思うくらい乱暴に開き、白い獣がのっしのっしとギルドに入って来る。
ごった返していた冒険者たちが「ひぃ!」と悲鳴を上げて避け、さーっと潮が引けるようにムコーナまでの道を作った。
そのフェンリルは機嫌が悪いのか逆立った毛並みで迫力があった。
『お主っ!!ひとりで勝手に屋敷から出るなとあれ程!!!』
「昨日は狩りだったし、フェル、疲れてると思って…。ギルドは家から近いし、お散歩がてらだよ」
怒っている魔獣に対し、ムコーナは動じることも無くふにゃりと笑っている。
よしよしとムコーナに毛並みを撫でられるとフェンリルは怒りながらも隠しきれない喜びを尻尾で表現していた。
ムコーダにしか懐かないと思っていたフェンリルは、ムコーナにも良く懐いているらしい。
『許さん!我は許さんぞ!』
「もーイヤイヤ期かな。いつも以上に過保護になっちゃって…」
『当たり前だ!お主、自分がこの世で1番守られるべき存在であることを忘れておるな!?』
「大袈裟だよフェルさんやー」
『いいや!お主はいずれ子を宿す身体なのだぞ!』
そのフェンリルの声は興奮状態だったからかとても大きかった。
ギルドのエントランスにいた者全員に聞こえるくらいには。
全員が、「子を宿す」というワードに一瞬疑問符を浮かべ、そしてから「えぇぇぇ!?」と大騒ぎである。
「え、ムコーナさん妊婦さんなの…か?」
近くの誰かが呟く声が聞こえた。
ムコーナはそちらを振り返り、困り顔の笑みになった。
「今は違いますよ。今後妊婦になる予定がある…というか……もー声大きい!フェルの馬鹿!そういうことは念話で、て言ってるのに!」
帰るよ、とムコーナが声をかけると、フェンリルはすっかり機嫌が直ったようで尻尾をブンブン振り回しながらついていく。危ない。
ギルドのドアがバタンと閉まり、台風の目が去ると、シーンとなったギルド内。
一部はお通夜みたいになってしまっている。
「妊婦になる予定がある…ってことは。オイ残念だな、ムコーナにはお相手がいるみたいだぞ」
これ幸い、とヴィレムが声を上げる。
ギルド内の治安維持のためにこれは効果覿面だろう。
それ、噂にして流しておけ、と近くの職員に命ずるが、ムコーナ狙いだったのか白くなっていて舌打ちするしかない。
ー ムコーナさんには恋人、もしくは結婚相手がいるらしい。
かくして、ムコーナがカレーリナに現れてから始まった騒動は、この噂話を持って一端幕引きの気配をみせたのである。
ヴィレムも、この噂話でギルド内が落ち着くであろう、と踏んでいたのであったが。
人間とは。
男とは。
しぶとい生き物であることを思い知ることとなった…。
「別に恋人って言ってなくね?結婚願望があるだけかもしれねぇし!」
「結婚願望っていうかさ……に、妊娠願望???」
「えっちだ!」
「おれで良ければって言って孕ませたい……」
「もし相手がいたとしてもさ、NTRって良くね?」
「えっちだ!」
「相手より優しく気持ちよくしてあげますよ…って言ってヤリたい…」
「お前ら!いい加減にしろーーー!!」
しばらくまだ、ギルマスが変な噂を立てる男共を蹴散らす日々が続いたという。
「フェルの子楽しみだなー。どんな子が生まれてくるかな?」
『愛おしい番よ。まだダメなのか?』
「創造神様の話だと、セックスするのは大丈夫だけど、子作りは生理来ないとダメだって」
『そうなのか…待ち遠しいぞ』
「俺は逃げないんだから慌てること無いんじゃない?」
月明かりに照らされて、ひとりと一匹が今夜も愛を育む儀式をする。
「俺はそのためにこの身体になったんだから」
『そうだな……愛してる、ムコーダ』
「フェル……俺も愛してるよ」
ふたつのシルエットがベッドの上で重なる。
この番に愛しい家族が増えるのはもう少し先の事。
おわり。