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    kusare_meganeki

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    kusare_meganeki

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    ランドゥーに愛でられ飼われる💣の小説。ただそれだけです。大きな山場は特になし。
    🌻→🎸→🛡️の順で💣を愛でる。リンタンポ、セバンポ、ジェパサン。
    ⚠️肉体関係はジェパサンのみ。

    詐欺師は、ランドゥーに愛でられる。ふかふかのベッド、暖かい毛布。部屋の中は綺麗で、ホコリひとつないのが当たり前だ。必要最低限、しかし十分すぎるほどに置かれた家具に囲まれて、サンポは目を覚ます。窓から注ぐ日は、外が快晴であることを示していた。身体を起こせば、気だるさが肩にのしかかってくる。
    ぼうっとする頭は、目覚めるまでにもう少し時間を要する。服1枚着ていないサンポの素肌には、大きな歯型やキスマークが刻まれていた。
    「あ、ンポポ起きたんだね」
    ノックも無しに扉が開く。聞こえてきたのは少女の声であった。寝ぼけ眼で、サンポがそちらに視線を向ける。猫耳の着いたニット帽、その下から見えるクリーム色に近いブロンドの髪。水色のポンチョの下には、白いプリーツコートを着ている少女が立っていた。
    「おはよう、体調は大丈夫?」
    「……そこそこ」
    サンポが声を出せば、掠れたものであった。それを聞いた少女はくすくすと笑い、素肌を晒す男に躊躇いもなく近づいてくる。
    「昨日、兄ちゃんが無理させたみたいだね。辛かったらもう少し寝ててもいいよ」
    「お言葉に甘えてもいいのなら……でも、リンクスさん。あなたがこの時間にいるということは、朝食の準備をしている、ということですよね?」
    サンポが少女の名前を口にする。すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
    「だって、ンポポ絶対寝てると思ったから。お腹、空かせたくない」
    少女──リンクスがベッドの上に乗る。毛布の上からサンポの膝に座る彼女は、手袋をしていない素手で触れてきた。指先が顎をなぞり、ゆっくりと喉仏を通過していく。おいでと、サンポが腕を広げれば、リンクスは胸元に飛び込んできた。
    成人男性の裸を前に、躊躇うことなく触れてくる少女の異常さは、本人には分からないのだろう。サンポも、その辺の感覚が麻痺し始めている。
    「昨日は兄ちゃんに取られちゃったから、今日はあたしで……いいよね」
    「セーバルさんがそれでいいと仰ったのなら」
    本来なら、今日はセーバルの日だ。しかし、いるのはリンクスである。恐らく、この家に来るよりも前に了承は取ってきたのだろう。
    「今日は昼過ぎから予定があるんです。それまでは、貴女の冒険譚に耳を貸しますよ」
    「予定が終わったら?」
    「ここに戻って、貴女と食事を摂ります。……迎えに来られても困るので」
    サンポは諦め混じりに、リンクスに言う。すると、彼女は満足そうに微笑んで頷くのだった。

    サンポ・コースキは、ランドゥーに飼われている。
    それは元々ではなく、事の発端は長男のジェパードからであった。犯罪者を捕らえる正義の化身。追い追われ、猫とネズミの関係だったはずなのに、いつしか彼の中で恋となったらしい。そこから始まるのは、追いかけっこではなく猛アプローチだ。結果、落とされたのはサンポの方になる。諦めにも近い何かを抱えながら、何百回目かの告白を受けた時の気持ちは忘れられない。好き嫌いの話ではない、面倒くささがそこにはあった。
    「兄ちゃんは今日から2週間禁区に行くし、暫くはあたしと姉ちゃんでンポポのお世話、するね」
    焼きたてのトーストを2枚持ってきたリンクスは、それをサンポの前に置く。定員4人想定のテーブルは、2人で使うにはやや大きい。
    サンポが着る簡素な服は、この家で用意されたものだ。大人しく座っているその前に、リンクスは慣れた手つきで朝食が乗った皿を置いていく。先程のトーストに、サラダ、半熟の黄身が揺れる目玉焼き。トマトスープにデザートのフルーツまでついてくる。
    至れり尽くせりのそれらも、サンポにとっては慣れたこととなってしまった。
    ジェパードの告白を受けてから、暫くして、彼に言われたのが〝家を買った〟という言葉であった。それが今、サンポがいる家である。
    2人で住むための新居では無い。ランドゥーが、サンポを買うための犬小屋だ。
    「じゃあ、いただきます」
    「……いただきます」
    2人で手を合わせて、目の前の朝食にありつく。毒も何も盛られていない、美味しい食事だ。
    「それでね、ンポポ。この前行った場所なんだけど……」
    フォークでサラダを突き刺しながら、リンクスは話し始める。聞いていると相槌を入れながら、サンポはトマトスープを1口含んだ。仄かな酸味がいいアクセントのそれも、リンクスが作ったものだ。
    ランドゥーの3人は、共通して異常な癖がある。それが、誰かの大切なものは3人で共有して愛でるというもの。物でも、趣味でも、何でも。だからこそ、セーバルの音楽趣味を他2人も楽しみ、理解している。リンクスの夢も応援し、後押ししている。ここまでならば、仲睦まじい兄妹姉妹のやり取りだろう。だからこそサンポも、彼らの中に潜む異常性を察知することが出来なかった。
    晴れてジェパードの恋人となったサンポも、例外ではない──犬小屋とは、そういう意味だ。
    (まぁ、ジェパードはそう思っていないんでしょう。僕と彼の愛の巣で、そこに無条件に姉と妹が入ってくる。独りじゃ寂しいだろうからって、遊びに来るような感覚……)
    だが、居心地は良いのだ。綺麗な部屋、整った設備、食事の心配もしなくていい。
    自発的にこの家に帰らなければ、ジェパードかセーバルが探し出して迎えに来る。それはサンポを監禁したい訳ではなく、外に出した恋人が帰ってこないことを心配しているのだ。その事実は最近になって気がついた。
    彼らに悪意はない。あるのは純粋な善意と、兄妹姉妹が大切にしているものを共有したい依存、異常な癖。それだけだ。
    それのどこに害があるのかといえば、目立ったものは無い。
    「ご馳走様でした、リンクスさん。作っていただいて、ありがとうございます」
    「美味しかった?」
    「ええ、とても」
    サンポの言葉に、嘘はない。リンクスの作る朝食はスタンダードながら、そこにしっかりと美味しさがあった。トーストの焼き加減もちょうどいい、目玉焼きの半熟も、サラダの盛り付け方も、綺麗なものであった。
    机の上に両肘をつき、頬を手に当てて、リンクスは笑っている。屈託のない少女の笑顔、そこには楽しさだけが在った。



    外には出られる。予定とは、ナターシャの依頼品の納品であった。日常のサンポは何も変わらない。だから、取り巻くその環境の変化にナターシャも気がつくことは無かった。
    それらが終わり、日が傾く頃。いつもの商売の売上を数えて、懐にしまい込んだサンポは帰路に着く。ベロブルグ上層部の住宅街、その隅にひっそりとプライベートハウスはあった。サンポの今の家であり、ランドゥーが用意した犬小屋。正面玄関からではなく、裏手口から鍵を外して家の中に入る。
    「ただいま帰りました」
    扉を、そして鍵を閉める。遠くへ言葉を伝えるように腹から声を出すと、トトトっと軽い足音が返ってきた。
    「おかえり、ンポポ」
    エプロンを身につけたリンクスが、そのままサンポへ飛び込むように抱きついてくる。その小さな手が背中や腕を擦る様は、まるで犬を撫でているようだ。
    いや、そうなのだろう。彼女にとっては兄が連れてきた恋人であるが──世話をすべき、可愛いなにかなのだから。
    「もうご飯出来るから……あ、先にお風呂入ろうか。身体、洗ってあげるから服脱いで待っててね」
    「……はい」
    リンクスの言葉は、サンポにとっては絶対である。それはセーバルだろうが、ジェパードだろうが同様であった。風呂に入れるのだって犬を洗う感覚なのだろうことは、容易に分かる。
    一度、それは嫌だと言ったことがある。サンポだって男だ。まだ同性で、肉体関係もあるジェパードならばともかく、女性であるリンクスやセーバルの風呂の世話まで見られることは、プライドが傷つくというものだ。
    どうなったのか。ただ拒否したことによってサンポに起こったのは、一つだけだ。
    「ンポポの肌って綺麗。張りがあるよね、いいなぁ」
    「あんまり見られると恥ずかしいんですけど……」
    男が一糸まとわぬ姿を前に、リンクスは動じていない。彼女は下着姿のままで、その手には泡立つスポンジが握られていた。
    「兄ちゃん、凄い痕残すよね。大丈夫?勘繰られたりしてない?」
    「そこは抜かりないので、ご心配なく……」
    スポンジが、サンポの腕の上を滑る。絶妙な力加減で、リンクスはサンポの身体を洗う。
    腕や背中を流すだけではない、己の身体を清めるがごとく、全てを洗う。隠すことの許されていないサンポは、この屈辱の時間が早くすぎることを願うのみだ。
    耐えるしかない。そうしなければ、待っているのは虚無の時間なのだから。部屋に閉じ込められ、光もない中で自ら懇願するまで。殺すつもりないのだと、差し込まれる食事や水。
    これは、彼女らにとっては犬の躾と変わらない。言う事を聞かないのなら、仕方の無いことだ。
    「ンポポ、頭洗うね。今日の匂い……何にしようかな」
    シャワーで髪の毛を濡らされたサンポは、無言でリンクスの言葉を聞いていた。
    綺麗に洗われた己の手や足に、枷は無い。鎖も巻きついていない。だというのに、逃げられないと思うのは何故か。
    「今日はシトラスの匂いにするね。目、ちゃんと瞑ってて」
    リンクスの言う通り、鼻通りのいい柑橘類の匂いがサンポの鼻腔を擽る。少しして、しなやかな指先が頭皮に触れた。
    どこに行ったって、変わらないんじゃないかと思う。ジェパードの執念を前を、リンクスやセーバルたちの共通した異常性を見てしまった。それが、サンポの心に枷をかけている。この狭いベロブルグのどこに、逃げ場があるのか。ランドゥーの名を知らぬものなど居ない。下層部であろうが、瞬く間にサンポの居場所は炙り出されてしまうだろう。
    しかし星核が封印された今ならば、宙の向こうに逃げる選択だってある。
    「明後日、ペラとオーロラを見に行くんだ」
    優しい手つきで髪の毛を洗いながら、リンクスは語っている。
    「いつもは現地でご飯を作るんだけどね。明後日は彼女を驚かせたいんだ、何かいいアイディアってある?」
    「お菓子なんて作られてみては?クッキーならば手軽ですし、ひと手間加えれば凝ったものになります。寒い中でも常備食としては優秀かと」
    明後日と言えば、ペラの誕生日だ。リンクスの言う驚かせたいとは、そういう意味なのだろう。オーロラを見る為にフィールドワークとして外に出るのならば、あまり重いものは用意すべきではない。
    「ドライフルーツを砕いて入れるクッキーなんて、最近の流行りですよ」
    「そうなんだ。そういえば姉ちゃんも言ってた気がする。……あ、流すからね。口閉じてて」
    言われた通り、サンポは口を閉じる。会話はそこで終わり、あとはシャワーの流水音に紛れてリンクスの鼻歌が聞こえてくるだけであった。

    サンポの恋人はジェパードである。極論、彼のものであるからこそサンポの名前を呼んで良いのは彼だけらしい。それもあってか、リンクスとセーバルはサンポにあだ名をつけた。
    「ンポポ、明日以降に大きな予定があるなら書いて欲しいな」
    「分かりました」
    リビングの一角にはテレビがあり、二人がけのソファ、ロングテーブルがある。そこに座っていたサンポは、リンクスに差し出されたホワイトボードを受け取った。
    「ピノコニーって、どの星になるの」
    「宴の星と呼ばれているところです。なんでも、夢境と呼ばれる空間があるとか……僕がいくのは、ちょっと預けたものを返してもらう為ですがね」
    隣に座ったリンクスは、ホワイトボードに書かれる予定をじっと見つめていた。ベロブルグの外に行く予定であっても、彼女は特に怒らない。この家に帰って来なければ探しに来るというのに、予定に書いていれば宇宙の向こうに行っても許されるのだ。
    (予定に書くってことは帰ってくる……そう、考えているんだろうな)
    もしそれがカモフラージュで、そのまま逃げたらどうなるのだろうか。ジェパードは執念で探してくるに違いない。宇宙は広い、転々と逃げ続けたなら見つかる可能性も低いだろう。ただ、常に誰かに追われているという恐怖を背負って生き続けなければならなくなるが。
    (リスクとリターン……それを天秤にかければ)
    この生活は少しの人権無視に目を瞑れば、良いものだ。これが監禁され、サンポの持つ全てを無視されるのならば問題だった。だが、食事の心配もしなくていい。守られている安心感と、何もしなくていいこの環境は‪──‬ああいや、これは言い訳だ。
    (……それが問題なんだ。人間としての人権も、尊厳も何もない。それでも逃げようと思えば、捕まった時の跳ねっ返りがどうなるか分からない)
    ジェパードの告白をかわし続ければ良かったのか。あの執着を前に、その選択を取り続けたら一体どうなったのか想像もしたくない。
    「ンポポ、話聞かせてね」
    「お土産も買ってきますよ」
    予定を書き終えたホワイトボードを、テーブルの上に置いたサンポは息を吐く。
    逃げようと思えばそれはいつだって出来る。特に、花火から仮面を返してもらった後はもっと容易になるはずだ。
    ただ、人間の執着は時に神の力に匹敵する。もし、逃げても捕まったなら‪──‬その後を考えたくないサンポは、自分で自分に枷をかけていることには気がついている。



    「そっちのギター、もう少し音低く弾ける?」
    「勿論」
    飛んできた要望に応え、音階を低くすれば上出来と満足げな言葉を送られる。リビングには音楽道具が散らばっており、その中でサンポはエレキギターを構えていた。ソファに座る彼の隣には、金に青いメッシュの入った長髪を揺らす女性がいる。
    「今度のライブでそのギター使うんだけど、結構良いと思うんだよ」
    楽しそうに言う彼女の手にはベースが収まっていた。ピックが弦を揺らすと、すぐ側のアンプから拡大された音が響く。
    「そう言えば、ンポポ。アンタ、今度ピノコニー行くんでしょ?あの歌姫ロビンさんの出身地!良いねぇ、私も行ってみたいもんだよ」
    「良いじゃないですか、セーバルさん。行ける方法なんていっぱいあるんですし、一度ご旅行に行ってみては?」
    「うーん考えとく。あ、もしロビンさんのCDあったら買ってきてよ」
    「分かっています。そのつもりですよ」
    サンポの言葉に、セーバルは快活な笑みを浮かべる。ベースから手を離した彼女は、サンポの腕を強く引いた。
    「ほら、今日の昼ご飯は何が良い?昨日、りんたんが作ってくれたスープもまだあるし……卵もあるから……」
    リクエストを求めながら、セーバルは一人で昼食の献立を考え始める。そのまま彼女に腕を引かれるまま、サンポはキッチンへと連れ込まれた。
    妹のリンクスと違い、セーバルはサンポを側に置きたがる。それは独占しているわけではなく、目の届く場所に置いておきたい心理からだ。サンポがそれを察したのは、この生活が始まってすぐのことになる。料理、掃除、その他を行なうに当たって何かと理由をつけてサンポを巻き込もうとするのだ。しかし、結局そばまで連れてきて、何もさせない。
    「ああそうだ、パンがあるね。それから野菜と缶詰と……」
    冷蔵庫や棚を開けながら、聞かせるように状況を口にするセーバル。その背中を見ながら、サンポは曖昧な相槌を返していた。どこに座ることも出来ず、邪魔にならないよう一歩引いている。
    「この後、ちょっと機械弄ろうと思ってるんだ。一緒にやろう、ンポポ」
    「はい、喜んで。……それって、お仕事の依頼の機械弄りですよね?」
    「さぁ、どっちだろうねぇ〜」
    はぐらかすセーバルに対し、サンポは苦笑を漏らす。

    一度バラした加熱機の中身を交換するセーバルの表情は、真剣そのものだ。ブルーシートを敷いた上で、軍手をつけたサンポは部品を磨いている。
    「もう少し火力を上げたいって言われたんだけど……これじゃあ部品、足りないかな」
    「外部パーツを取り付けないと……ですが、安全性は下がりますね」
    「それに、燃料の問題もあるね。このままじゃ、単純な使用量が増えちゃうから、その辺りも考えないと……。ごめん、ンポポ。そこのメモ帳を取ってもらっていい?」
    そこ、と言われ指されたのはサンポの隣にあるものであった。セーバルの設計メモが描かれたノートを手に取り、彼女に渡す。
    こうしていると、まだセーバルとの関係が良好だった頃を思い出す。あれは星核が封印される前の話で、下層部の物資問題が深刻化した後の話だ。ナターシャら下層部の民が困窮し、苦しむ姿を見るのは‪──‬もっと言うのなら、これから起こる開拓の旅のキャストが減るのは困る。だからこそ、少しばかり強制的な方法で物資を調達する必要があった。その時の情報集めに接触した一人が、セーバルだ。利用する為に騙し、関係が悪化した後は彼女の前に姿を現すこともなかった。
    それがまさか、ジェパードとの関係進展を機に再び彼女とも深く接触することになろうとは思わなかった。
    「ンポポ、何かいいパーツの入手経路知らない?」
    「それ、僕に聞いても良いんですか?紹介は出来ますが……ジェパードに怒られません?」
    「あはは、大丈夫だよ。パーツさえ教えてくれれば、それで」
    「特別にお安くしますよ〜」
    「クリーンな入手経路なら、考えてあげるよ」
    サンポの押しも、セーバルはのらりと躱していく。良い笑顔と共にウィンクを飛ばした彼女は、手に嵌めていた軍手を外した。一旦休憩と言った彼女は、ソファに座る。そして、己の太腿を軽く叩いて見せた。その合図の意味を察したサンポも、軍手を外す。
    「……お邪魔します」
    同じようにソファに上がり、身体を横にして、その頭をセーバルの太腿へと乗せた。くすくすと笑う彼女の手が、サンポの額に触れる。
    「寝ていいよ。昼寝にしては少し遅いけどさ」
    そのまま、セーバルの手によってサンポの視界は塞がれる。この状態で寝ろと言われても‪──‬そう思っていたのは、最初だけだ。この状態になったなら、寝るまで続くだけの話。拒否権はないのだ、もだもだとこの状況から逃げようとするよりも受け入れた方が早い。
    変なことをされるわけじゃない。セーバルからすれば、ペットを愛でるような行為に近い。
    「アンタの髪の毛は綺麗だよね。指触りもいいし……やっぱり、ペラがお勧めしてくれたあのシャンプー、良いんだ。私も使おうかなぁ」
    寝かしつけるかの如く、セーバルの片手はサンポの胸元を優しく叩く。瞳を閉じていることを確認したのか、視界を塞いでいた手はサンポの髪の毛に触れていた。
    側から見ればいい絵面だろうに、その実態は飼い主とペットだ。
    「そうだ、ンポポ。良い香水見つけたんだよ、この前。持ってくるの忘れちゃったんだけどさ、きっと弟も気にいるような匂いだった。今度あげるから、会う時につけていきな。きっと、弟も喜ぶからさ」
    「はい……」
    「はは、眠そうな声。いいよ、ゆっくり休んで」
    サンポの健康を保ち、精神を守る。家に閉じ込めるのは、無用な危険から遠ざける為だ。だが、サンポにも世間の体裁があり、人生がある。それの邪魔はしないと、出した予定は許容するのがジェパードだ。彼がそうするのなら、姉妹もまたそれに倣い、サンポの面倒を見る。いつ終わるのかと考えれば、ジェパードとサンポが別れる時だろう。そんな局面を迎えられるのかどうかは、分からない。
    セーバルの歌声が聞こえる。弟とは大違いの、美しく力強い旋律だ。しかし、それは優しい。寝かしつけるための子守唄は、心地よかった。



    「ん、ふ、あっ」
    「こらンポポ、変な声出さない」
    「だ、って、くすぐった、ひっ」
    脇の下をスポンジで擦られているサンポは、堪えられないむず痒さに身悶えていた。それに対して、セーバルもどこか楽しそうにしている。
    リンクスよりも力加減が緩いのか。どうしても、彼女に洗われていると擽ったさが勝る。仕方ないとセーバルはスポンジを置いて、その手をサンポの肌に滑らせた。
    「スポンジは擽ったい。なら、こうするしかないよね」
    「んっ」
    「あと少しだから、我慢してよ。……大丈夫、変なことはしない。弟の、大事な大事な恋人だからね」
    セーバルの言葉に偽りはない。彼女はただ、サンポの身体を洗っているだけだ。それでも、刺激に身体は反応を示す。しっかりと教え込まれたサンポの肉体は、従順に快楽を拾い上げていた。
    これがリンクス相手であったなら、最悪と嘆くところだ。年端もいかない少女に、性欲に昂った性器を──いや、そもそも異性に大人しく身体を洗われること自体、恥辱に等しいが。
    セーバル相手だろうが、それは変わらない。ただ歳を考えたなら、マシというだけの話だ。
    「ふ、ぅ……っ」
    「よし、ちゃんと洗えたね。じゃあ流すから……我慢出来て偉いぞ、ンポポ」
    排泄口までしっかりと素手で洗われたサンポは、小さく頷く。流水音、温かいそれを皮膚に浴びせられる。再び滑るセーバルの手が、サンポの胸板を優しく撫でた。
    「…………っ」
    「30分、1人にしてあげる。……分かるよね」
    耳元で、セーバルが囁く。彼女の視線は、サンポの顔から下半身へと移動していく。
    その言葉の意味をすぐに理解して、サンポは何度も頷いた。隠すことを許されず、開いた足の内側を彼女の手が撫でていく。
    シャワーを流したまま、セーバルが浴室から出ていった。扉が閉まり、1人残されたサンポは羞恥に悪態を漏らす。それは流水音にかき消されて、セーバルには届いていないはずだ。
    この時だけ、感覚を遮断出来ればいいのにと思う。昂った性器に触れたサンポは、浅ましくもそれを扱き始める。
    終わったら、セーバルを呼ばなくては。時間をかけすぎると、彼女は少し不機嫌になる──そう考えながら、サンポが思い出し興奮の元にするのはジェパードとの性行為の記憶であった。

    リンクスの場合は、1人で着替えられるよね。
    セーバルの場合は、仕方ない、着せてあげる。
    これが、風呂上がりのサンポの着替えに対するスタンスの違いだ。共有しているのは、ドライヤーで乾かす際にその日の出来事を振り返ることぐらいだろうか。
    精神的な苦痛を顧みれば、リンクスに世話される方が幾分か楽だ。まだ一人の時間がある。セーバルに関して、ほとんど付きっきりでの生活になる為に、サンポは途中から何も考えなくなることの方が多かった。
    「よし、ちゃんとボタンまでつけられた。新しい寝間着を着せてみたけど、似合ってるね」
    白いシルクの布地は、肌触りが実にいい。それだけで、着せられた寝間着が高価なものだとサンポには分かった。
    アロマの薫る寝室は、寝る為か既に薄暗くなっている。流れる音楽は、入眠を促すようなオルゴールだ。
    「ほら、ンポポおいで」
    先にベッドに上がったセーバルの手招きに誘われて、サンポもそこに上がる。2人分の体重を受け止めたスプリングの軋む音。彼女の両手が、サンポを優しく抱き寄せる。
    「さ、今日はもう寝よう。明日はりんたんの番。あの子が来る前にご飯を作らなくちゃ」
    「そう、ですね」
    「そうだ、ライブのチケット。ンポポにもあげるから、こっそり遊びにおいで。バレないように、ちゃんと変装もしてね?」
    「ありがとうございます……」
    セーバルに抱き締められ、背中を緩く叩かれる。それだけで、今から寝るのだとサンポの脳は入眠状態に切り替わろうとしていた。微睡みの中、サンポはセーバルの言葉に返答をし続ける。
    やがて、彼女の手によってその身体はゆっくりと倒された。ベッドに横になったサンポに、暖かく柔らかい毛布がかけられる。そこに潜り込むセーバルは、なんの躊躇いもなく自身の胸元でサンポの頭を抱いた。
    「ゆっくり眠りな。大丈夫、何があっても私が守ってあげるよ」
    弟の恋人だからといって、ここまでする必要があるのか──過ぎった疑問は、目の前の現実が答えとなる。弟の恋人だから、他の姉妹は同じように愛でて守らなくてはならない。犬と同等か、少し上ぐらいの待遇。
    何もしなくていい、どこに行こうが必ず帰ってくること。これさえ守れば、サンポの生活水準は並の民より上だ。
    果たして幸せと呼んでいいのかどうかは、さておいて。
    セーバルの手が、サンポの胸元を叩き始める。おやすみという彼女の声が、1日の終わりを告げる合図であった。



    この家で、サンポは調理や自発的な入浴は禁じられている。だが、その中で調理に関しては1つ例外があった。
    ジェパードが禁区から帰ってくる初日だけ、サンポは調理行為に従事してもいいというものだ。
    詳しい理由など考えなくても分かる。疲れた恋人に手料理を振る舞うのは、もっと愛に溢れた行動のひとつだからだ。
    必要な素材は前日のうちに、リンクスかセーバルを伴って買いに行く。サンポとして予定のある時は個人行動を許されるが、ジェパードの恋人としてのサンポは個人行動を許されない。
    そうして準備を整えて、彼が帰宅するまでに夕食を準備する。別に、準備せずともジェパードは怒るタイプではない。ただ制限される生活の中で、自ら食事を準備出来る機会をサンポは大切に──いや、楽しみにしていた。この時だけ、自由に食べたいものを作ることが出来る。
    野菜をふんだんに使ったサラダと、コーンスープ。パスタか肉か、それとも魚か。
    サンポが選んだのは、肉であった。ひき肉に玉ねぎを入れて、丁寧に捏ねる。卵とパン粉、塩コショウと牛乳も一緒に混ぜる。
    リンクスは、スープやパンがメイン。
    セーバルは、魚が多い大雑把な料理。
    肉を食べる機会というのが、少ないのが現状だ。予定で外に出れば、サンポは外食も出来ようがそんな気力はあまり沸かなかった。なんとなく、この家の食事をメインとしなければならない。そんな気がして。
    「ただいま」
    家の裏手口から、ジェパードの声が聞こえたのは捏ねた肉塊をフライパンに乗せた時だった。
    「おかえりなさい!」
    流石に火元から離れる訳には行かないと、サンポは声を張って言葉で出迎える。廊下を駈ける足音、現れた彼の顔はいささか疲れの色を見せていた。
    「サンポ、会いたかった」
    そう言ったジェパードは、フライパンを握るサンポの元へ歩み寄る。控えめに抱き締めてくるその腕に抗うことなく、サンポは彼の肩に頭を預けた。
    すん、と髪の匂いを嗅がれる。そして満足そうに頷くジェパードは、良い子だと囁いた。
    「ちゃんと、言いつけを守っていたようだな」
    「ええ。僕は、貴方の恋人なので」
    リンクスとセーバルに全てを任せて、準備されたものを身に纏い、彼らの好きな匂いのシャンプーで髪を洗われる。すっかりと、この身体に染み付く体臭は彼ら好みに塗り替えられてしまった。
    「夜ご飯、作ってくれているんだな。ハンバーグか、僕の好物だ」
    「……禁区での遠征でお疲れでしょうし、好きな物を食べてもらおうと思って」
    僕の好物と言われた時、サンポは一瞬言葉を詰まらせた。いや、違う。これは自分が食べたいと思ったから、作っているだけだ。一緒に買い物に行ったリンクスには、なんのアドバイスも求めていなかった。だから、サンポがサンポ自身のために選んだ料理だ。偶然だ、決してジェパードの為では──。
    「僕のために、ありがとう」
    「……いえ、当たり前の、事ですから」
    フライ返しを持つ手が震える。ひっくり返さなくてはと、それを必死に堪えてハンバーグの下にそれを差し込んだ。躊躇うことなく、一気にひっくり返す。しかし、力加減の問題か、それは上手いこと行かずに少し形が崩れてしまった。
    「君にもそういう時があるんだな。サンポ」
    「す、すいません」
    「良いんだ、完璧な人間なんて居ないんだから。……食事を終えたら、一緒に風呂に入ろうか。僕はお湯を貯めてくる」
    ジェパードの唇が、サンポの額に触れる。軽いキスをした彼は、満足気に微笑んでキッチンを後にした。取り残されたサンポは、肉の焼ける音を聴きながらその場に崩れ落ちる。
    自身の意思で、この料理にすると決めたのだ。ジェパードの為じゃない。いや、でも、そうだったのならば。
    そもそも、彼の好物をサンポは知っていた。分かっていて、これを選んだのだ。自分の意思で、それは。
    「……っ」
    迫り上がる吐き気に、口元を押えてサンポは嘔吐く。肉の焼ける匂いが、気持ち悪い。
    自分の意思だ、自分の為に決めたのだ。ジェパードの為なんかではない。
    もしハンバーグでなくても、ジェパードは怒らない。料理を失敗しても、彼はそういう日もあると許してくれる。それは性格から分かる事だ。彼は真面目で、誠実で、誰よりも自身に厳しい。そしてその分、誰かに優しく出来る男だ。
    だから、ハンバーグを焦がしてもジェパードは怒らずに食べてくれた。

    思考のヒューズが、噛み合わない。この生活に慣れ始めて、順応し始めてる自分がいる。
    「ん……」
    サンポはジェパードの膝の上に座り、バードキスを互いに繰り返している。身体が揺れる度に、浴槽からお湯が溢れてはタイルを濡らしていった。
    「……こうして、君がいる日々に戻ると心が充実感で満たされる。」
    優しい声色のジェパードは、無骨な右手をサンポの頬に添える。水分で少しふやけた指先は、ざらりとした感触を皮膚に伝えていた。
    「貴方をみたせているなら、それは何よりですよ」
    今回も、ジェパードの身体に少し傷が増えたように思う。星核が封印されても、裂界の脅威は相変わらずそこにあるのだ。
    この家に住み始めてから、情報収集の為に走り回ることが出来ないサンポは、最近の禁区の状況を細かく知らないでいた。大きな戦闘があったのだろうか。サンポは、彼の右肩に刻まれた生傷に触れる。
    「どうした?」
    「いえ……痛かったでしょう、これ」
    そう言って、サンポはその傷に軽いキスを送る。驚いたジェパードが、少し身じろいだ。お湯が、音を立てて零れていく。
    「なんてことはない。直ぐに治る」
    「清潔に保ってくださいね。傷、塞がっててもバイ菌は入り込むから」
    「……君のキスで浄化されるさ、そんなもの」
    ジェパードにしては、らしくないセリフだと思った。どこかで覚えたのだろうか。その似つかわしくない言葉に、サンポは微かに笑いを漏らす。
    「そろそろ体と頭を洗ってあがろう、サンポ。のぼせてしまうから」
    途端に恥ずかしくなったのか、ジェパードはそう言ってサンポを抱き上げる。同じ身長ながら、彼の方が逞しい。大人しく腕に抱かれて、サンポは深く息を吐いた。
    彼に洗われる分には、まだいい。同じ同性で、恋人だから。リンクスやセーバルは──そう考えて、サンポは思考を打ち切った。また暫くすれば、彼女たちに世話をされる日々が来る。その時に辛い思いをするのは自分だ。だから、考えることはやめよう。受け入れるしか、道はない。
    「サンポ、頭を洗うから目を閉じていてくれ」
    言われるまま、椅子に座らされたサンポは目を閉じる。ノズルのプッシュ音が2回聞こえた後、ゆっくりと頭皮を揉みこまれた。
    「……随分、お上手になりましたね」
    最初の頃に比べれば、力加減も絶妙で心地いい。当初と言えば、力は強いわら荒いわで──。
    「君が教えてくれたおかげだ」
    「そうでしょうか。僕は痛いだの乱暴だの、喚いていた記憶しかありませんが」
    「ちゃんと、洗い方を君から教わった」
    さて、ジェパードの言っていることはどうだっただろうか。確かにそうだった気もするし、姉妹から教わっていたような気もする。曖昧な記憶の中で、次に聞こえてきたのは流水音だ。
    眠たくなってくる。リンクスやセーバルにはない安心感が、そこにあって。
    「ッ!?」
    すぐ側まで迫っていたはずの微睡みは、痛みを前に霧散して行った。くぐもった悲鳴をあげたサンポは、思わず己の項に触れる。そこはヒリヒリと痛み、皮膚の触れる先から焼けるような感覚が広がっていた。
    「ジェ、パード……!」
    「すまない、我慢しようとは思ったんだ……すまない……」
    しようと思ったは、しないことと同義だろう!──サンポはそう叫びたかったが、胸を這うジェパードの手に阻まれる。突起を摘まれて、サンポの口から出たのは甘い声であった。変わらず彼の口は、項を食み離れようとしない。
    「サンポ、1回だけ……」
    甘えるようにジェパードは言い、股に備わっているそれをサンポの臀部に押し付けてくる。規格外の大きさは、まさに凶器と言えるだろう。
    断ったとしても、ジェパードが素直に引くとは思えない。サンポにとって、彼のおねだりは確定事項に等しいことだった。



    のぼせた頭は未だにゆだっている。額に濡れタオルを乗せたサンポは、ソファに横たわっていた。
    「サンポ、大丈夫か……?」
    「無理……」
    ジェパードの問いに素直に答えれば、しょんぼりと落ち込んだ雰囲気が漂ってくる。
    氷を操る力を持つ彼の手は、ちょうどいい冷え具合を持ってサンポの首に当てられていた。
    結局、1回で終わるはずもないのだ。2回、3回とおねだりを重ねられるうちに、サンポは数えることをやめた。気がつけばのぼせて、気絶寸前の状態でジェパードに抱えられてソファに寝かされて──そこからようやく服を着られるぐらいまで回復してから、再びソファに沈んでいる。
    ジェパード程の不器用さでは、サンポに寝間着を着せることは不可能だ。なので、身体を支えてもらいながら自分で着た。
    これがセーバルならば、ササッと着替えさせてくれたのだろう。リンクスの場合は──頑張って着替えたら、その後に付きっきりで看病してくれるのだろうか。
    ジェパードの場合は、こうなった原因だ。文句を言わせず、きっちり看病してもらう。
    「君と2週間ぶりに会えたのが嬉しかったんだ、本当にすまない」
    「勢いとがっつき方が1年離れてたレベルのそれでしたよ……」
    そう言ったサンポは、腕に力を込めて身体を起こす。慌てるジェパードに倒れるように抱きついて、深く息を吐いた。
    (どうしてだ……)
    嫌だと、思わない。風呂場で何度致そうと、この家に閉じ込められていようと、逃げ出そうと思わない。これに関しては、ジェパードの持つ執着から逃げ遂せる自信がないからだろうが──どうしても、ジェパードに抱かれることに嫌悪がない。誠実で誰からも人気のある彼が、同性のサンポに溺れ肉欲を貪る様は愉悦そのものに近い。しかし、その感覚がないのだ。本当に恋人として愛し合い、睦み合う。
    こうやって、弱っているように見せかけて甘えるようなこともすらも、躊躇いなく出来てしまう。演技でもなんでもない、ただのサンポとしての行動だ。裏に意図があるならば、お前のせいだから治るまで看病しろ、その程度のもの。
    元々サンポという人間はどうだったか。それが、朧気になっているような気がした。
    「サンポ、今日はもう休んだ方がいいと思う。ベッドまで運ぶから……」
    「ん……」
    「明日から3日、休みを貰ったんだ。姉さんから、君が暫くこの星を離れると聞いたから……その分、君と居させてくれ」
    休日であっても、仕事に従事するはずだった戌衛官の今がこれだ。護るべき民や平和と同じぐらい、サンポへ愛を傾けている。
    (明日の僕の予定も聞かないで、こいつ……)
    さも当たり前のように、数日予定が無い前提で話を進めるジェパードの顔を、サンポはぼんやりと見つめている。蕩けるような甘い笑顔は、万人誰にだって向けてもらいたいと思うほどに至高の表情だろう。
    だが、予定が無いことも事実だった。サンポは、ジェパードが帰ってくる前後の予定を抜いている。ここから先の1週間も、同じことだった。
    「ベッドで、僕がいなかった時のことを聞かせてくれ。君の全てを知りたい。姉さんやリンクスからは聞いているが、やはり君の口から聞くのが一番なんだ」
    サンポのことを軽々と横抱きに、ジェパードの足先は寝室へと向かう。髪の毛も濡れたままだ、セーバルが聞いたら怒るはずだ。彼女は、サンポの髪質を気に入っている。彼女の繊細な感性を前に、少しの痛みも気がつくのだがジェパードはその当たりを気にしない。

    足を絡めて、言葉を交わして、体調も良くなった頃合いにサンポの方からジェパードの上に乗る。こうやって、誘惑出来るぐらいにはジェパードのことを許している。ベッドの上で、穏やかな雰囲気はねっとりとした空気に蝕まれていった。
    この生活が嫌なのかと聞かれたら、首を縦にも横に振れない。自発的な食事の準備も、入浴も、買い物もさせてもらえない生活に嫌気が刺さないのだ。この時点で、サンポの中の何かが壊れているような気もするし、まだ戻れるような気もする。
    「ん……そう、もっと奥まで咥えて……」
    ジェパードの言われるまま、サンポは口全体で相手に奉仕を施す。溢れる唾液を吸うたびに、いやらしい音が寝室に響いた。
    自分はジェパードのことを愛しているのだろうか。愛しているから、口淫にも抵抗が無く、抱かれることに嫌悪感を覚えないのだろうか。こんな生活でも、大体のことに不満がなく。
    だが、調理中に言われたジェパードの言葉に吐き気を覚えたのは事実だ。無意識のうちに彼の好物を、自分の食べたいものだと考えたあの瞬間は、確かに嫌だったのだ。自分の意思だったはずのそれを、上から塗り潰されるようなそれが、とても気持ち悪かった。
    「あ、ぐ……っ」
    舌の上に吐き出されたジェパードの精を、味わうように咀嚼して、サンポは飲み干す。もう飲み込んだと見せつけるように、大口を開けてジェパードに中を見せつけた。
    これが出来て、何故調理の意思が潰されたことに吐き気を覚えたのか。



    サンポが目覚めたきっかけは、誰かが家の中を走り回る音だった。散々に暴かれた身体は未だ重い。瞼を開けば、隣に寝ていたはずのジェパードはもういなかった。
    元々早起きだったのに、彼らよりも早く起きることを禁じられてから、随分と遅く起きる身体になってしまった。
    当たり前のように歯形とキスマークに塗れた身体。それを己の目で確認してから、サンポは起きていいものか悩む。いつもなら、誰かが迎えに来るのだが。
    とりあえず、服を着よう。そう思って、床に脱ぎ散らかした下着を手に取った。
    「あ、ンポポ起きてる!兄ちゃーん!」
    そうやって己の恥部を隠したところで、ノックも無しに寝室の扉が開いた。驚くサンポを見て、リンクスがおはようと挨拶を送ってくる。何故、彼女がここにいるのだろうか。暫くは、ジェパードが滞在する予定だったはずだ。
    いや、彼がいるからと言って、リンクスやセーバルが来訪してはならない決まりはないのだが。
    「ほら早く服着て、ンポポ。着る服持ってきたから」
    当たり前のようにサンポの素肌を受け入れているリンクスは、手に持っている布の束をサンポに押し付けた。それが何か一瞬理解出来なかったが、手触りでなんとなく理解する。これは、スーツではないのか。
    「着替えたら、姉ちゃんが洗面所で待ってるからね。急がないと、姉ちゃん怒っちゃう」
    「あ、はい……」
    何故スーツを手渡されたのか、聞く暇もなくリンクスは寝室から飛び出して行った。残されたサンポは、寝ぼけ眼で手元の布の束を見る。一枚一枚を広げてみれば、やはりスーツそのものだ。それも、かなり値が張るブランドものではないか。ワイシャツからジャケットまで全てが白いそれは、不意にブライダルな要素を連想させた。
    「いやまさか……」
    流石に考えすぎかと、サンポは笑い飛ばしてワイシャツの袖に手を通した。

    「ンポポ、赤のイメージがあるけどさ、白も似合ってるね。いいじゃん」
    そう言って、セーバルは手についたワックスでサンポの髪を撫でた。普段のハーフアップの髪型ではない、フォーマルスーツに合うような整った髪型に作り変えられていく。
    「髪の毛が終わったら、後は軽く化粧をするから」
    「な、なんでです?えっと、僕って今日何かありましたっけ……?」
    「楽しみにしていて。がっかりはさせないから」
    戸惑いに満ちたサンポの質問も、セーバルは軽く流してしまった。鏡に映る自分の髪型は、なんとも落ち着かないものだ。ここまで顔を見せることもない。前髪が片目を隠すこともなく、顔の全てを曝け出していた。
    「はい、こっちを向いて。……うん、今日の肌の調子もいいね。可愛い」
    「ど、どうも……」
    セーバルの褒めが、どこか気持ち悪い。それを表に出さず飲み込んで、サンポは大人しくファンデーションを顔に塗られる。
    フォーマルスーツに、化粧なんて一体何事だ。自分はこんな大それた準備をしているのに、リンクスもセーバルもいつも通りの姿でこの家にいる。彼女らが、いや、ジェパードも含めて何を考えているのか見当もつかない。
    彼女の手で、ゆっくりと優しく、真っ赤な口紅を塗られたところで洗面所にリンクスが現れた。その両手には、小さなブーケが握られている。
    「姉ちゃん、準備出来た?」
    「いいね、タイミングバッチリだよ、りんたん」
    「よかった。兄ちゃん待ち侘びてるから……。はい、ンポポ。これ持ってね」
    そう言われて、サンポはリンクスからブーケを手渡される。毬牡丹と暖陽花で作られたそれを眺めて、サンポはリンクスとセーバルを交互に見る。彼女たちはニコニコと笑うだけで、真意を口にすることはなかった。
    廊下に出たサンポが見たのは、赤い絨毯が敷かれた光景だった。ぞわりと、背筋を寒気が駆け抜ける。その上を歩くことに躊躇いを覚えているサンポの手を、リンクスが強く引いた。早く歩けと、セーバルがその背中を押す。
    リンクスに手を引かれるまま重い足取りで前に進む。リビングまで辿り着けば、そこは異様な空間が広がっていた。飾り付けられた壁と、ご馳走が広がる食卓。甘い香りが辺りを包んでいて、その真ん中に立っているのは同じスーツに身を包んだジェパードであった。
    「おはよう、サンポ」
    「お、はよう、ございます」
    「ああ……良く似合っている。綺麗だ、とても……言葉を尽くしても、君の美しさを表せないだろう。……姉さん、リンクス。ありがとう」
    サンポだけが、置いてかれている。状況を飲み込めないまま、ただ、胃に落ちる気持ち悪さと違和感だけが増長していく。
    そんなことを知らず、ジェパードは目の前で傅いた。そして、懐から小さな箱を取り出す。その中身を、見るよりも前にサンポは察してしまった。
    「考えたんだ。そして理解した。君と暫くこの家で過ごしてから……僕はもっと君を好きになったのだと。そして、心だけではなく形として君と一緒になりたいと」
    だから、とジェパードは言葉を続ける。その手に持った箱をサンポの前に差し出して、ゆっくりと蓋を開けた。
    「どうか、僕と結婚してほしい。勿論、大々的に式を挙げることは出来ない。だから、ささやかだが僕たちで、この場所で婚姻の式を挙げようと思って準備したんだ」
    箱の中で鈍く光る銀の指輪。よく見れば、ジェパードの左薬指にも同じものが嵌っていて‪──
    「僕〝たち〟と、どうか家族になって欲しい」
    ‪──‬それは、リンクスとセーバルの左薬指にも嵌っていた。ここに来るまでに、それはついていなかったはずだ。彼女たちはこれを隠していたのだ。この状態と、指輪と、全てを。
    その本心はきっと、サンポを驚かせたいがため。そして、喜んでくれるという確信を持った純粋な善意。
    ランドゥーの3人は、共通して異常な癖がある。それが、誰かの大切なものは3人で共有して愛でるというもの。物でも、趣味でも、何でも。だからこそ、セーバルの音楽趣味を他2人も楽しみ、理解している。リンクスの夢も応援し、後押しし‪て。
    「サンポ、左手を」
    ジェパードの恋人は、全員で愛でる。大切に、大切に。結婚は1人でするものではなく、全員でするものだと。
    ジェパードの手が、サンポの左手に触れる。そして、勝手にその指輪を薬指に通した。サンポは頷くことも、拒否することもできないまま、3人に囲まれている。
    逃げられない。その機は、とっくに逃してしまった。残っている道は、彼らに愛でられて、この家で飼われることだけだ。
    この指輪は、サンポにとってとても高価で、外せない首輪となった。
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