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    kusare_meganeki

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    kusare_meganeki

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    事務員ジェパ×営業ンポのジェパサン(現代パロ)
    会社員要素ゼロ。サンポの視力が悪い。

    リーマン現代パロのジェパサン(夏風邪)不意に、キーボードを叩く指が止まる。何か物足りなさを感じ、ジェパードはモニターから目を離した。夏、昼下がりのオフィスは多くの社員が働いている。
    資料作りや電話対応。隣に座るペラは、会社のウェブサイトをリデザインしている最中だ。
    いつも通りの平日。見慣れた光景。その中で、何かが足りないとジェパードは思う。
    「先輩、集中力が切れたなら先にお昼をどうぞ。わたくしの方は、もう少しかかりますから」
    ペラの声に、意識を引き戻される。視線を彼女に移せば、至って真顔でジェパードのことを見つめていた。
    「……わたくしの顔に、何か?」
    「いや……なんでもない。そうしたら、先に昼を食べてくるよ」
    首を横に振り、ジェパードは立ち上がった。社証と財布を持っていることを確認して、オフィスの外へ出る。
    昨今謳われる節電の為か。薄暗い廊下を歩いてると、曲がり角の先でエレベーターの到着音が聞こえてきた。程なくして、深緑の髪を靡かせて女性が現れる。
    「ナターシャチーフ。お疲れ様です」
    「ジェパード。ちょうど良かった、君に用があって」
    姿を見せたのはナターシャだった。ジェパードの挨拶に手を軽く上げて返答とした彼女は、近くの空いている会議室を指した。
    「少し時間を貰ってもいいかしら?……仕事柄の話じゃ無いから、気負わないでね」
    「……分かった」
    手招きに誘われるまま、ジェパードはナターシャの後を追って会議室に入る。パタリと扉の閉まる音、ナターシャが息を吐いた。
    「サンポ、今日仕事休んでいるのだけど」
    「えっ」
    「気づいていなかったの?……いえ、事務の君と営業の彼じゃ確かにあまり接点はないわね。ごめんなさい」
    「ああ、いえ……。サンポが仕事を休むのは、珍しいな……」
    サンポはその性格から軽薄に見えて、仕事には誠実に取り組んでいる。彼が地道に積み上げた実績と営業先の信頼が、それを証明していた。突発で仕事を休むなど、聞いたこともない。何があったのか不安になった矢先、ナターシャがその答えを口にした。
    「サンポはこの時期になるとね、風邪を引くの」
    「風邪?」
    「所謂、夏風邪ね。地炎の頃から、毎年。シルバーメインに吸収されてまだ一年も無いから、君が知らないのも無理はないわ。サンポは、自分からそういうことも言わないだろうし」
    「この時期に、毎年……」
    それは、ジェパードが知らないサンポの一面があると示唆していた。ただ、それを聞くことは躊躇われる。無遠慮に踏み込んでいいものか、ジェパードには判断が出来ずにいた。
    誰しも、聞いてほしくない過去があるのはジェパードもよく分かっている。他人の心に、跡を残さず聞き出す方法も知らない。だから、そういうものなのだと無理矢理に自分を納得させた。
    「容態は」
    「高熱と咳、頭痛。吐き気があるかまでは聞いてないけれど……」
    「そうか……」
    聞けば、普通の風邪と同じ症状だった。悪化すれば肺炎等、他の病気に派生する可能性があるため安心はできない。自分に何かできることはないだろうかと考えるが、家事全般が絶望的なジェパードに思いつく余地はなかった。
    「それで、君に一つ頼みたいことがあるの」
    「僕に?」
    「合鍵は持ってるでしょう。サンポのお見舞い、行ってきてくれないかしら?」
    「……え、僕が?確かに、鍵は持っているが……」
    「そう、君が」
    予想だにしていなかった頼み事に、ジェパードは困惑する。本当にいいのだろうかと視線を揺らせば、ナターシャは微笑んだ。
    「君とサンポは恋人なんでしょう?お見舞いに行く事の、どこに問題があるの?」
    「こ、恋人というか……いや、どちらとも告白はしていないからな……」
    「あら、複雑なのね。……まぁ、サンポがそこまで気を許している君なら大丈夫。これを渡しておくわ、仕事終わりに行ってあげてね」
    何が大丈夫なのだろうか。ナターシャの言葉に踊らされっぱなしのジェパードは、彼女が差し出したメモを受け取る。A4のコピー用紙を折り畳んだもので、中を確認しジェパードは目を丸くした。



    思い出すのは、まだ小汚い野良犬の自分だった。住む場所もない、働く場所もない。ただ、身体を資本に誰かの懐に潜り込んではズタボロに殴られて捨てられる日々。
    借金だけを残して逃げた親のせいか、真っ当に生きることを諦めた自分のせいか。紙屑ような人生になった末路を、誰の責任か考えても碌なことがない。結局、自殺さえも出来ないのなら這いつくばって生きるしかない。死にかけの身体でゴミ捨て場に捨てられていた生ごみの自分を、ナターシャが見つけてくれるまでそう思っていた。
    親から愛を貰う行為を、他人から受けたのなら。それは、地炎で働いていた時に受けた恩だろうとサンポは思う。風邪を引いたら誰かに心配してもらえることは、ドラマや漫画だけの世界‪──‬どこか、遠い話。
    現実にあるとしても、それは自分には無縁のものだと。
    涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、食べたうどんの味を思い出した。
    「ぅ…………」
    ぐるりと腹の中がかき混ぜられたような不快感に、サンポは目を覚ました。それが、空腹の合図だと気がつくまでしばらくかかる。眼鏡をかけていない視界はぼんやりと、輪郭を滲ませていた。
    鎮静剤が切れたのか、頭痛が思考を蝕む。薄く口を開けば、呼吸をするどころか咳が出る。落ちてくるような疲労感と、逃しようのない高熱にサンポはため息を吐いた。
    (……なんだ、この匂い。嗅いだことがあるような……)
    幸い鼻は詰まっていない。漂ってくる香りは、食欲をそそる。だから、胃袋が空腹を訴えたのだとサンポは理解した。ベッド脇に置いてある家用の黒縁眼鏡をかけて、部屋を見回す。ワンルームに、廊下にキッチンが併設されている一人用の居住。
    見慣れた金髪に、サンポはその名を呼ぶ。
    「……ジェパ、ぅ、げほっ」
    「サンポ、起きたのか」
    キッチンに立っていた彼は、起きたことに気がついて小走りに駆け寄ってきた。ワイシャツ姿に、仕事はどうしたんだと思う。しかし、それを言うよりも先にジェパードの手がサンポの頬に触れた。
    「すまない、あと少しで出来るんだ。あとは煮込むだけだから……」
    「……何、料理してるんですか?」
    「ナターシャさんから貰ったレシピ通りに作っている。多分、大丈夫のはずだ」
    どうしてそこでナターシャの名前が出てくるのか、サンポには分からない。そもそも、何故彼がここにいるのかも。押し寄せる疑問は、熱に魘される意識で処理し切れなかった。考えることをやめて、サンポはジェパードの手に擦り寄る。
    (……野菜の匂いがする)
    本当に料理していたのか。あの私生活ボロボロの彼が、包丁を握って指を切っていないか心配になる。
    ああ、今は何時だ。
    「ジェパード、仕事は……」
    「仕事終わりに来たんだ、心配しなくていい」
    「そうですか……」
    ごほ、と咳に身体を震わせてサンポはジェパードの手に触れた。自分の体温が高いせいか、彼の手は冷たく心地いい。
    (風邪が移る……)
    そう思うも、その手を離すことが惜しいと思ってしまう。
    「……火、大丈夫ですか」
    「あ、ああ。見てくるよ」
    サンポの言葉に、ジェパードは少し慌てた様子でキッチンに戻って行った。水を飲もうと身体を起こす。それでさえも一苦労で、痛む関節に思わず舌打ちが出た。
    ‪──‬ああ、普通の人の生活だ。
    屋根のある家で、食事に困らず、誰かの寵愛に繋がって。
    野良犬の時とは、違う。
    「…………」
    鼻の奥がツンと詰まり、涙が出そうになった。それを堪え、唾液を飲み込む。既に緩くなった経口補給液を飲み、乱れた精神を落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返した。
    食器のぶつかる音が、聞こえる。
    「サンポ、身体を……起こしてるな。机に行けるか?辛いなら、プレートに乗せて……」
    「大丈夫です、行けます」
    掠れた声で返答し、サンポはゆっくりベッドから降りた。重い足を引き摺って、机の前に移動する。少しくたびれたクッションの上に座って、深く息を吐いて突っ伏した。痛みを訴える頭が、煩い。所詮男の一人暮らしの机だ、サンポが腕と頭を乗せれば半分ほど埋まってしまう。
    「サンポ、辛いならベッドでいい。すまない、僕の配慮が足りていなかった」
    「いや、本当に大丈夫、げほっ。は……ちょっと、頭が痛いだけなので……」
    ジェパードに背中を摩られ、サンポは姿勢を正す。目の前に置いてあるどんぶりと、そこに刺さるレンゲ。紺色の箸。
    彼が何を作っていたか、ようやく理解した。
    「……ナターシャのうどんですね、これ」
    「僕が作ったから、うまく出来ているか保証はないが……」
    「レシピ通りに作ったんでしょう?なら、大丈夫ですよ」
    手でそれを引き寄せて、箸とレンゲを持つ。湯気が、眼鏡のレンズを曇らせた。それを構わずに、うどんを一本持ち上げて啜る。口内に広がる味は、確かにナターシャのそれだったが、どこか違っていた。ジェパードの作る味が、混じっている。
    「……美味しいですよ」
    「それならよかった……」
    サンポの感想に、ジェパードは安堵したようだ。ちらりと彼の手を見る。絆創膏は貼られていないし、目立つ傷もない。怪我をせず、包丁を扱えたようだ。しっかりと煮えた、くたくたのうどんを飲み込む。野菜にも火が通っている。レシピ通りにやれば、料理ができるんじゃないかこの男は。
    中火で10分なら強火で5分と言っていた彼からは、卒業したようだ。
    「……あんまり、見られてると恥ずかしいんですけど」
    「あ、すまない」
    「はは、不安そうにして。大丈夫ですって、本当に美味しいんですから」
    うまく笑えているか分からない。それでもサンポは微笑んで、ゆっくりとジェパードが作ったうどんを食べた。
    普通なら20分かからないで食べ終わるところを、1時間掛けた。最後の汁まで飲み干す。ご馳走様でしたと手を合わせて、サンポはぼうっと空になったどんぶりを見た。
    頬に、何かが伝う。
    「え……っ」
    ジェパードが驚いて言葉を詰まらせていた。
    「サンポ、どうしたんだ。体調がそんなに悪いのか、それとも……」
    「……ああ」
    慌てるジェパードを他所に、サンポは自身の頬に触れてその正体を見た。涙だ。弁が壊れたように、ボロボロと涙が溢れては流れていく。
    「気にしないで、いつもこうですから」
    「いつもって……」
    「そのうち治ります」
    サンポが言い切れば、ジェパードはそれ以上何も言えない。分かったと引き下がって、空になったどんぶりを手にキッチンに引っ込んだ。
    この時期、風邪を引けばいつもこうだった。何もしていないのに、涙が溢れて止まらない。昔の記憶に精神が引きずられているのか。眼鏡を外して、手の甲で目を擦る。
    (……何も、気にならないのだろうか。ジェパードは)
    彼と深い仲になって、この姿を見せるのは初めてだ。随分と長い付き合いの様に思えて、その実まだ半年だと思い出す。地炎がシルバーメインに買収されてすぐの話だ。あれは、冬の話の時だったか。
    「サンポ、ベッドに戻ろう」
    食器を洗い終えたジェパードに抱き上げられ、ベッドに戻される。新しい冷えピタを手渡された。
    「蒸しタオルを作ってくる。汗で気持ち悪いだろう、それで身体を拭こう。そうだ、医者には行ったのか?」
    「朝に行ってます。薬は、そこの棚に」
    「分かった。後で持って行く」
    「……ありがとうございます」
    気にするなと言ってから、ジェパードはサンポの涙に触れようとしない。甲斐甲斐しく世話を焼く彼は、それを既に当たり前だと受け入れていた。
    冷えピタを取り替えて、カラカラに干涸びかけたそれを見る。ぽたり、涙が落ちた。
    「ジェパード」
    「ん?」
    立ち上がり、去ろうとしたジェパードを呼び止めていた。
    「あ、いえ……風邪、移らないうちに帰ったほうがいいと思うんですが……」
    「いや、僕は今日ここに泊まる気だが。風邪を引くと気が弱くなるし、寂しいだろう。子供の頃、熱を出せばいつもそう思っていたからな」
    「……それは」
    「サンポ、僕のことは気にしなくていい。言っておくが、大人になってから風邪など引いたこともない」
    ベッドの縁に腰掛けて、ジェパードはサンポの肩に触れる。自信に満ち溢れた彼の表情に、サンポは言葉に迷う。
    何故聞かないのかと、問いかけようとした。それがおかしい疑問だと分かっている。言ったところで、ジェパードを困らせるのは目に見えていた。
    「…………」
    結局、何も言わずサンポは首を横に振った。迫り上がる咳に身体を揺らすと、ジェパードが背中を優しく摩る。
    「……サンポ、僕は」
    耳元で、ジェパードが語りかけてくる。
    「君のことを何も知らない。知りたいかと聞かれれば、きっとそれには頷く。だけど、僕は君の過去に音も痛みもなく踏み込む術を持たないんだ。君が話してくれて、そのことで傷ついても、その傷口を綺麗に塞いでやれない」
    「ジェパード……?」
    「だから、無理に話そうとしなくていい。いつか、自然と話したいと思った時でいいから。……それに、僕は」
    強く抱き寄せられ、サンポの上半身がジェパードの両腕に収まった。彼の匂いが、強く鼻腔の奥を刺激する。
    「今の君しか見えないんだ。この思いは、何も変わらない」
    「……そう」
    それだけ呟いて、サンポは下唇を噛み締めた。喉の奥がきゅうっと締まる。
    ああ、愛されている。
    その実感に満たされる胸を抑えて、ありがとうと呟いた。
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