「のびたのぉ」
「邪魔くさいわ」
「切りにいかんのけ」
「それも面倒い」
漫画読んどる俺の伸びた後ろ髪を、さわさわしながら円が喋る。
ちょっと嬉しくて、ちょっと恥ずい。
あんま顔見れんから振り向かんと返事する。
「……切らんでええやん」
「なんで」
「わし、桃吾の髪の毛好きやから」
「はぁ?」
「真っ直ぐでツヤツヤで、ええやん。桃吾にぴったりや」
「そぉかぁ?」
毛ぇに感覚ないはずやのに、こそばい感じする。
飽きもせんとよう触るから、そない好きなんやったら置いといたろ。
「ほたら、切らんとく」
「ええんけ」
「野球すんのに邪魔ならん程度にな」
「そらそうやな」
「監督怒りよるしな」
「肩までいったら俺が切ったる言うとったのぉ」
くすくす笑いながら、まだ触っとる。
なぁ円。
好きなんて、髪の毛だけなん?
……とはさすがに聞けんから、頭に入ってこぉへん漫画のページ、めくるしかないねん。
あー心臓やかましい、早よ静まれ。
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中2の夏、桃吾んちで、あいつん部屋で。
ベッドにうつ伏せなって漫画読んどったあいつの伸びた髪の毛、思わず触った。
わしも桃吾もなんも喋らんで、桃吾がページめくる紙の音だけ聞こえとって。
もうなんか、たまらんくなって触ってしもたんやった。
やらかぁて、さらさらで、気持ちよぉて。
最初こそしまった!思たけど、ごまかすために言うた「のびたのぉ」が案外普通の声やって、桃吾も嫌がっとらへんかったし、ええかて開き直った。
心臓の音、聞こえるんちゃうかいうぐらい、やかましかった。
言いとぉてたまらん「好き」の、ほんまひとかけらだけ口に出して、そんだけで嬉しかった。
のぉ桃吾。
あのさらさらの感触、今でもはっきりわかんねんで。
この手ぇに、ずっと残っとんねん。
一生忘れへんつもりやってん。
あー、なんでわし。
なんで。
なんで。
左手で触ってしもたんや。
明日にはもうあの感触、思い出せんようなってしまう。
桃吾。
失くしたない。
失くしたない、ほんまはなんも、失くしたないねん。
指と一緒にのうなってしまうもんが、あんまり多すぎるんじゃ。
…………。
……せやけど、しゃあないの。
ちゃんと諦めるさけ、今から一生分、お前の感触思い出さしてくれや。
朝までにはいけるやろ。
お前が聞いたらキショいて言うやろけど、許せ桃吾。
次会う時はわし絶対笑うて決めとるからの。
せやし今だけ、許せよ、桃吾。