プロポーズ暗い寮内を歩いていると無意識にため息をついていた。サバナクロー寮は他の寮に比べ早く就寝する生徒が多いのも事実だが、それにしたって今は随分と夜も更けている。レオナは壁にかかっている時計にチラリと目線をやった。午前1時だ。
どうしてこれ程までに帰寮が遅くなってしまったのかと言うと、イグニハイド寮寮長のイデアがゴーストのお姫様から求婚されてしまったせいだ。レオナからすれば勝手に結婚でもなんでもしてくれ案件だったのだが、婚約が成立してしまえばイデアはあの世行きになるようで、どうしても阻止しなければならないのだと、高身長・ハイスペック男のレオナはもれなく招集されてしまったのだ。
どうして俺が好きでもない奴にプロポーズしなくちゃならねえ、なんて言ってやりたいところだが、結局器量の良さを発揮することなくお姫様に振られたレオナは序盤から完全なお荷物になってしまったので下手に文句も言いにくい。なんやかんやあって騒動も一段落したあとは、これまた学園長にあれこれと難癖を付けられて片付けやら諸々をこなしている内にこんな時間になってしまったと言うわけだ。
欠伸を噛み殺しながら腕をあげて体を伸ばすと、同じ体勢で長時間固まっていた為に体が嫌な音を立てる。何もかもが面倒臭くなり、明日は一日中昼寝でもして過ごしてしまおうと冴えた頭は妙案を思いつく。小煩いラギーに見つからない場所……どこがあるだろうかと思案しつつ自室の前まできてレオナは片眉を顰めた。
こんな時間だと言うのに、自室のドアや窓の隙間から室内の光が漏れている。夕方に部屋を片しにきたラギーが明かりを消し忘れたのか? しかしすぐさまそれはないだろうなと思った。倹約家のラギーが、大して暗くもない時間に部屋の明かりをつけるなんて無駄なことをするはずがない。ならば未だ部屋に煌々と明かりがついている理由は他にあるのだ。それはきっとこの部屋の中に誰かがいると言うことだろう。
サバナクロー寮長の部屋に勝手知ったるとばかりに訪れることのできる肝の据わった人間をレオナは1人しか知らない。なので大した警戒心も持たず扉のドアを開けると、やはりというべきか予想通りの人間が、普段使わないレオナの机に収まり、難しそうな顔をしてペンを走らせていた。
レオナはそれを片目を眇めて見る。
「おい」
声を掛けるとラギーはパッとこちらを向いた。大きな垂れ目がレオナを見つけると、嬉しそうに口元を緩ませる。無意識なのか計算なのかわからないが、この男のこう言う仕草を見てしまうとレオナは吐こうと思っていた悪態をすっかり忘れてしまうのだった。代わりに「こんな時間まで宿題してんのか?」なんて気遣うセリフが出てしまうのだから我ながらしょうもないなと思ってしまう。人に知られてしまえば「惚れた弱み」だと嘲笑されるだろうと容易に想像がついた。
「そうなんスよ〜。ここの問題がイマイチよくわかんなくて」
レオナの心中などどこ吹く風のようにラギーはケロリと「教えてくださいっス」と言った。文句を言うのも面倒だったので、言われた通り簡単に説明してやるとラギーはすぐに要領を得て問題を解いてしまう。その様子は、本当に宿題が分からなかったから部屋に残っていたとは思えないほどだ。
「ああ〜〜! やっと終わったっス! ありがとうございます、レオナさん。このあたり授業で聞いてても全く理解できなかったんすよねえ。さすがレオナさん、説明がわかりやすい」
そう言うとラギーはニカリと笑った。そしてそのまま簡単に宿題を鞄の中に片すと、レオナの方へと向く。
「プロポーズ大作戦。大丈夫だろうとは思っちゃいましたけど、結構遅くまで掛かったんスね」
ああ、やはりか。
差し詰め先程の宿題はフェイクで、ラギーはいつまで経っても戻ってこないレオナを心配して待っていたと言うことなのだろう。それがわかると、面倒ごとに巻き込まれたことも、よく分からない女にビンタされたことも、下級生の草食動物にゴロゴロ転がされたことも、深夜までこき使われたことも全てどうでも良くなって鬱屈とした気分はサッと塵になった。
「それで? 結局誰のプロポーズが成功したんスか?」
「あ?」
「その様子じゃあうちの寮長はだめだったみたいだし。他にうまく出来そうな人って言ったらポムフィオーレのヴィル先輩とかっスかねえ? ほら、役者さんだし」
ラギーの言葉を面倒そうに聞きながらレオナは机の後方にあるベッドに腰をかけ、そのまま軽く寝そべった。肌触りの良いシーツは人を眠りの世界に誘う手法に長けている。案の定レオナも目蓋が重くなるのを感じながら、それでもラギーの方を向いて質問に答えてやった。
「あいつも成功させてねえよ」
「え!? そうなんスか? なんで?」
「知らねえよ。いけ好かなかったんじゃねえか。というか誰も成功させてねえ」
ラギーの大きな目が怪訝そうに細まった。椅子から軽く身を乗り出して、眠そうなレオナに続きを促す。
「ええ? じゃあどうやってイデア先輩奪還したんス?」
「実力行使だよ、実力行使。それが一番分かりやすくて良いだろ?」
しかも結局お姫様はずっと一緒にいた臣下と結ばれたのだからハッピーエンド過ぎて鳥肌が立つというものだ。その時のことを思い出してげっそりするレオナとは対照的にラギーは腹を抱えて殊更愉快そうに笑った。
「アッハッハッハなんスか、それ! 結局実力行使って!」
「まあ結局男子校で自由気ままにやってる奴らにプロポーズどころか女心なんてわかんねえって話だろ」
「いや、よくそんなドヤ顔でそのセリフ言えましたね、レオナさん」
疲れたような顔を向けてくるラギーを鼻で笑ってやった。別に俺は女心なんぞ一切理解できなくて構わないし、そんな必要性に駆られる時もないだろう。レオナはそんなことを思いながら、ふと、これまた意地の悪い妙案を思いついた。
なあ、ラギー、と呼びかける声も彼の思惑通り愉快そうな響きを持つ。ラギーはその呼びかけに嫌な物を感じ取ったのか、露骨に顔を歪めた。
「なんスか」
「折角なんだ。お前もやってみろよ」
レオナの要領を得ない言葉に、ラギーは首を捻って見せた。何をやって見せろということなのだろうか。黙っていると、レオナは口端を軽く持ち上げて言葉を続けた。
「プロポーズ。お前もやってみろよ」
答えを聞いてもなお、ラギーは意味がわからなかった。寮長相手に「はあ?」と楯突くような相槌を打って出てしまう。しかしそれに対してレオナは気にする様子を見せなかった。尽く、レオナはラギーに甘い。
「プロポーズってオレがっスかぁ? え、なんで、しかも誰に」
ラギーの頭の上にはいくつものクエスチョンマークが飛び交っている。レオナは軽く笑った。
「お前、この部屋に俺とお前以外誰かいるように見えるのかよ」
「え。ってことはレオナさん相手にプロポーズしろってことっスか? なんでそんなこと」
「俺もやったんだからお前もやってみろよ」
「オレ、レオナさんのプロポーズ見てないんですけどぉ?!」
「なんだ、見たいのか?」
「いや、別に見たくはないんスけどね?!」
ラギーは暫しレオナを見つめ(本人は軽く睨み付けているつもりだった)レオナの気が変わるのを待ってみたが、彼は悠々と寝そべりながら愉しげな視線をラギーにくれたままだ。
ラギーはンーーー!!と一頻り頭を苛立たしげに掻いて、結局諦めたように息を吐いた。どう暴れたって、レオナの気を変えるのは難儀な話だ。いや、正直ラギーが殊更怒って嫌がれば話は流れていくのだろうけど、その後の処理の面倒くささを考えると、レオナの遊びに付き合った方が後々割に合う、ような気がする。
もう、しょうがないっスねえ。なんて言いながら背もたれを前にしてレオナに向き直る。顎を軽く掻いて言葉を探すが、プロポーズの言葉なんて正直1ミリも思いつかない。言葉巧みに相手を乗せるのは得意だが、言葉に気持ちを乗せて相手に想いを伝えるなんてのは……なんというか、とても寒い。こんな機会なんて無ければ、自分には一生縁のない行為だと思っていた。しかも相手はレオナだし……とラギーは口先を尖らせる。
「えー、っとあの、レオナさん。オレは」
「てめえはこれから一緒になろうって言おうとしてる相手に、そんな適当に腰をかけた態度で挑むつもりかよ」
「ええ」
なんだ、この面倒くさい茶番は。ラギーは片眉を顰めたが、結局「はいはい、分かりましたよ」とレオナの隣に腰を下ろした。
「えーっと、それでですね、レオナさん」
ラギーはきちんと姿勢を正してレオナを見つける。なんやかんやと注文を付けたレオナは相変わらずのニヤニヤ顔でベッドに寝そべったままだ。
これから一緒になろうと言われる相手がそんな適当な態度で挑んで良いんスかねえ!? なんて言いたいのをグッと堪えて目蓋を瞑った。小さく息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「あの、レオナさん。オレ、レオナさんのことすごい好き、なんです。レオナさんは知らないかもしれないっスけど」
「おう」
「今みたいに、レオナさんとこれからもずっと一緒にいられたら良いなって、思ってて。えっと、オレが責任を持って幸せにしますんで、結婚してください!」
なぜかよく分からないが、言葉尻と一緒に頭も下げた。この拙さが逆に本当っぽくてラギーの頬はみるみる赤みが差していく。
ああ、もう最悪っ! やっぱりレオナさんのことなんか放っといて自室に帰っていればよかった、なんて思い始めた頃、ふいに大きな手が頬を優しく包んだ。反射的に顔をあげる。
ラギーの頬を包んでいる手の主は当たり前にレオナである、が、彼の顔は大凡プロポーズを受けた人間の顔には思えなかった。その表情を的確に例えるならば、新しいオモチャを見つけたヤクザものといえば良いのか、草原で小鹿を見つけたハンターといえば良いものか。良く言えばヤンチャ、悪く言えば悪党が浮かべる笑みのレオナを見て、うわあレオナさんっぽい!と思うラギーも大概である。
「良いぜ。すごいグッときた」
「そうっスか。よかったっスね?」
もはや何がよかったのか、ラギーには良く分からなかった。とりあえずもうレオナの遊びには大いに付き合ってあげたわけだしそろそろ解放されても良いだろうと思う。明日も朝から飛行術の授業だし、いつもより沢山夜更かしをしているので早々に寝てしまいたい。そう思って立ち上がりかけたところにレオナの腕が腹に巻きついた。そして勢いよくベッドの上に放られる。
「おい、ハニーを置いてどこに行くんだよ、ダーリン」
「はあ?!」
ラギーが素っ頓狂な声を上げている最中、レオナの手によって両腕は上にまとめ上げられ、足は動かせないようにレオナの重い足で固定された。
「何、何、なんっスか! 今度は!」
「俺のこと、幸せにしてくれるんだろ?」
「いや、だからそれは」
「どこを使って幸せにしてくれるのか、教えてくれよ」
「ちょ、ちょちょちょ!! うわ!!」
レオナの空いている手がするりとラギーの服の中に潜り込んだ。掌で腹を軽く撫で、爪先が平たい胸の上で円を描く。幾度の行為で慣らされた体は軽い刺激だけで胸の飾りがツンと立つ。それを軽く摘されると反射的に首が仰け反った。
「ンンッ」と小さな悲鳴が漏れる。その声を聞くとレオナは余計気を良くしたようだった。
「眠気が飛んだな」
「ちょっと、ヤダ、止めてくださいよ。レオナさん! 何してるんすか?!」
「ああ?」
レオナの体が伸びて、耳を舐られる。時折尖った歯が敏感な内側に触れて、恐怖と快楽にラギーはやはり喘いだ。舐られたところからじわじわと熱が籠り、大きな脈を通って全身が痺れていくようだった。
「や、ヤダって、オレ明日、飛行術」
「フゥン」
レオナは胸を弄るのを止めて、今度はラギーの片足を掴んで持ち上げた。空いた空間を埋めるように距離をさらに縮めた為に布越しではあるが、敏感な部分が触れ合う。ラギーはハッと息を呑んだ。
「レオナさん?」
ゴリゴリ、と硬く猛った物が強引に押しつけられる感覚。2人とも着衣であるので挿入するはずもないのだが、レオナが腰をわざと動かすせいで、ラギーはいつも味わう感覚を思い出さずにはいられない。
「あ、あっあ」
視界が霞む。脳が記憶しているままに快楽をもたらせてくる。抵抗する声は徐々に弱くなり、辛うじて「ダメ」と口にできているだけであった。そんな弱い抵抗に気を遣ってやるレオナではない。荒い息を吐き、ラギーに覆いかぶさると相変わらず自身の凶器でラギーの尻を虐める。震えるラギーの耳許に軽く笑いかけ、息を吐いた。
「幸せにしてくれよ。俺を」
ラギーの背にゾクゾクと痺れが走っていく。ビリビリッと脳の中で電気が弾けたような感覚。
「こっんの、エロ親父!!」
そう悪態を吐けた自分をラギーは本当に褒めてやりたいと思ったのだった。