ルーク夢 もう秋だというのに、じっとりとした暑さが身に迫っていた。これ以上進んではいけないとわかっているのに、後退することもできず、足は先へ先へ進んでいく。ざわざわと揺れる木々の間からぽっかりと赤い光が見えた時、ああ、あれはきっと私よりも大きくなってすっぽりと食べられてしまうんだ、と何故か疑いもなく思った。1メートル、60センチ、40センチ。赤い光がどんどん近づいてくる、その時、
「あぶないっ!!」
突然真っ暗闇の中から、金色の光が滑り込んできた。一瞬オーロラかと思ったそれは、とてもとても美しい、男のブロンドヘアだった。
「大丈夫だったかい?」
男は名前をルークだと教えてくれた。暗闇に溶け込む服を着ているのか、こんな場所ではどんな服装なのかもわからない。町の人なのか、この森の住人なのか。できるなら国のお抱え騎士だったらいいな、と小さいながらそんな事を思う。
「子ウサギのように震えているね。もう安心して良いよ。プティ・レディ、キミのお名前を教えてくれるかい?」
「……ユ……ウ……」
「ユウか。良い名前だ」
ルークはユウの頬を優しく親指で撫で、「可哀想に、レディの顔に傷が付いている、と心底残念そうに呟いた。
「プティ・ユウ、キミはどうしてこんな夜更けに森の中にいるんだい? 迷子かな?」
「うん……」
ユウは言葉とともに、こくりと小さく頷く。
「そうか。それは随分怖かったね。見つけられて本当によかったよ。私がキミを自宅まで送ってあげよう。家の方向は分かるかな?」
これにはユウも首を横に振った。家の方向が分かるならば、とっくに一人で帰っている。それが分からなかったから、こんな森の奥まで来てしまったのだ。
せめて明るければまだ希望はあったかもしれないが、ユウは自宅の方向どころか、現在地すら分からなかった。
「そうか……。それじゃあ私が肩車をして歩いてあげよう。そうすれば先まで見渡せるだろう? 少しでも見覚えのある風景が見えてきたら教えてくれるかな」
「肩車、重くない?」
「ノンノン、気にすることじゃないさ。こう見えて鍛えているからね。心配しなくてもプティ・ユウは羽のように軽いよ」
そういうとルークは本当に羽を扱うようにふわり、と優しく持ち上げてくれた。
視界がずっと高くなったことと、ルークの顔が思いの外近くて、心臓が恥ずかしいほど急激に大きな音を立て始める。ユウはそれを隠すように「どっちの方向かわかるの?」と少し声を大きくしてルークに聞いてみた。
「大体は把握しているよ。この森にはよく来ていたからね。よし、それじゃあ歩くから、気をつけてくれたまえよ、プティ・ユウ」
草を踏む音どころか足音さえ立てず、静かにルークが前に進んていくと真っ暗だった視界にぽつぽつと明かりが見え始めた。
「うわぁ……」
ぽつぽつと見える明かりは、近くになるにつれどんどん多くなっていき、まるで天の川のような美しさがあった。
「ボーテ、人の営みも実に美しいね。さぁ、プティ・ユウの家はこの辺りかな? 探してみよう」
町の入り口までくれば、自宅までの道のりが分からなくても大丈夫そうだった。たくさんの人が探しに出てきてくれていて、その中に自分の母も見つけられたからだ。
「ママ!」
「プティ・ユウのお母様を見つけたんだね、良かった」
ルークはユウをそっと地面へと下ろすと「さあ、向こうへお行き」とユウの背を優しく押す。
「あ、あの……もうこれで……お別れなの?」
「そんな悲しそうな顔をしないで。私はあの森に良く行くと言っただろう? 心配しなくてもまた会えるさ」
「そっか……。うん、わかった」
「お利口だね。それじゃあまた」
「あ! ルークお兄ちゃん、待って」
ユウは持っていたポシェットの中に手を突っ込むと「これ、私の宝物」と言ってルークの前に差し出す。
「おお、金色に光る鳥のブローチだ。可愛らしいね」
「これ、ルークお兄ちゃんにあげる」
「ええ?! 良いのかい? 宝物なんだろう?」
「うん、ユウのこと、助けてくれたから」
たどたどしく伝えるも、ルークは嬉しそうににこりと微笑み「わかった。大切にするよ」とユウの手を包むようにしてブローチを受け取ってくれた。
「代わりに私からはこれをプレゼントしよう。極彩色のオウムの羽だよ」
ルークは自分のハットから色鮮やかな羽を一枚取り、ユウに渡してくれた。
小さな手の中の羽は非常に軽く、ルークにとって自分もこれほど軽かったのかと軽く衝撃を受ける。
「それじゃあ今度は迷子にならないように気を付けるんだよ。悪いゴーストに連れていかれてしまうからね」
「うん、わかった。ありがとうルークお兄ちゃん」
ユウは自分の母親に向かってだっと走り出す。
しかし途中で、折角なら母にもルークを紹介したいと思いもう一度彼の方を振り返ったとき、もうそこにはルークの姿は影も形もなかった。
「ルークお兄ちゃん……?」
颯爽と現れて、煙のように静かに消えていく。
ユウがルークの話をする度、町の人たちは夢でも見たのだとからかうが、ユウは少しも苦ではなかった。
家の中で大事に飾ってある鮮やかなオウムの羽が、夢ではなかったと教えてくれる。
夢ではないが、まるで魔法のような一時だったと、ユウはいつまでもルークの事を忘れることがなかった。
end