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    kiiro_gozen

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    kiiro_gozen

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    恋人として先に進みたい花と、好きすぎて上手く手が出せない洋の洋花がモダモダする話。

    水よ花よ展示小説 四角いテレビの画面の中で、若い男女が見つめ合っている。今まさに告白が成就して晴れて恋人となった2人は照れくさそうに微笑み合ってからゆっくりと距離を縮めていき、そして──唇が重なった。

    「ふむ…」

     テレビの真正面に座った桜木が、勉強中にも見せないような真面目な顔で1人頷く。常の彼ならキスシーンなんて目に入ろうものなら気恥ずかしくてチャンネルを変えただろうが、今の桜木の思考は別のところへと飛んでいた。そもそも恋愛ドラマどころか他の番組すらとんと見ない桜木がわざわざテレビをつけ食い入るように見つめているのは、別に流行っているらしいこのドラマに感動しているわけではない。興味があるのは、恋人になったあとの2人がどう行動しているか、である。

    「やっぱコイビトなら、ちゅーのひとつやふたつは当たり前か…」

     ふむふむ、と顎に手をやりながらさらに頷く。そして、脳内に自分の恋人の姿を思い浮かべてぽわりと頬を染めた。
     1番の理解者で親友の水戸洋平は、桜木の彼氏でもある。付き合いはじめて約1ヶ月。初めての恋人、初めてのお付き合い。その事実を毎日噛み締めてはニヤける顔を引き締めていた桜木は、ある日ふと気がついた。

     洋平とコイビトらしいこと、まだしてなくね? と。

     ハグはした。夢だった好きな人との登下校は想いを交わす前から頻繁に行われていたし、この間こっそりと手を繋げたのでもう目標は達成されたと言ってもいい。しかし、それ以外は? と、考えを巡らせる。
     厳密に言えば、キスはした。1度だけ。想いが通じ合った際、喜色満面といった様子の水戸から、桜木の頬へとひとつ送られたのだ。頰とはいえウブな桜木はひどく驚いて、いきなり何すんだ! と照れ隠しに怒ったふりをしたのだが、今思えば何で口にしないのかと指摘するべきだったのだろうか。むしろあの時自分が怒ったから、水戸はそれ以上の接触を遠慮してしまっているのかもしれない、そんな不安さえよぎるようになった。
     このままではいけない、水戸とコイビトらしいことをもっとしたい。そんな決意を固めた桜木だが、いかんせん初めてのお付き合いなので経験値が圧倒的に足りず、右も左も分からない状態だった。そこでたまたまつけたテレビでやっていた恋愛ドラマを参考がてら観察して、今に至るというわけである。
     ふと濡れた音が聞こえて、考え事に伏せていた視線を上げた。

    「ふぬっ…」

     先ほどまで初々しい雰囲気をまとっていたはずのカップルが、お互いの口を食べ合うようにそれはもう濃厚なキスをしていた。これには流石に動揺してギクリと肩が跳ねる。一人暮らしの家で周りの目はないはずなのに妙に気まずい気持ちになり、無意識にテレビのボリュームを下げてしまった。静かになった画面の中、それでも激しい口付けを交わす唇の動きに目が釘付けになる。

    (うわ、ベロとベロがすげぇ絡まっとる…うわ、うわぁ…)

     生々しいシーンに、思わず時計を確認する。まだ夜の8時だぞ、なんて思ってまた2人に目を戻した。キスをしながら女性が少しずつ後ろへと押されていき、ついにベッドへと倒れ込む。すかさずのしかかった男が無防備な女性の首に顔をうずめ、そして次は? とどぎまぎしていると、画面がふつりと暗くなってしまった。

    「あ?」

     次に映ったのは何の変哲もない田舎風景のシーンで、ああさっきのは暗転したのか、と納得し、同時にあの先の展開を期待していた自分を恥ずかしく思った。

    (だって、コイビト同士っつーなら、俺と洋平もいずれはああいうの、すんだろ…)

     ほっぺたにちゅー止まりな自分たちが、あんな風にベッドでひとつになるのが当たり前になる未来が来るかもしれないと考えるだけで頭から湯気が出そうだ。そもそも男女のそれですら危ういのに、男同士ともなれば本当に未知の世界である。
     水戸の気持ちもいまいち分からないし、水戸と恋人らしく触れ合う方法も桜木の頭で考えるには容量が足りなさすぎる。八方塞がりとまではいかないが、桜木は非常に困ったと眉を寄せた。

    「ふぅむ…」

     ──こういった時に真っ先に思い浮かぶのは、やはり。




    「それで俺に相談持ちかけたの?」

     目の前にいる水戸がバカだなぁ、と笑った。それはいつもの彼と同じようで、少し違う。大人びた表情をのせた丸みのある頬が、桜木の頭並みに真っ赤だったからだ。桜木も同じように火照る顔を自覚しつつ、むっと唇を突き出す。

    「ぬ。だって洋平以外に聞くのも何か…ちげーダロ」
    「別に違くはねぇけど…まぁお前はそういうやつだよね、知ってたよ、うん」
    「何だよ、俺と洋平のことだからお前に聞いたんに…」

     何かに迷ったり困ったりした時、大抵そばには水戸がいてくれた。水戸は桜木より桜木のことを熟知しているかのように、優しく、時に厳しく背中を押してくれる。なので桜木は何の疑問を持つことなく今回も水戸を頼ることにしたのだ。
     意外と内向的な部分はあるものの、元来桜木はきっぱりとモノを言える正直者である。1人で悶々としているのは性に合わない。
     という上記の理由で、早速水戸の自宅へと電話を入れ、今から来れるか、と聞いたら水戸は、いいよ、と何のためらいもなく返し、数十分後手ぶらで桜木宅へとやって来た。風呂に入ったのだろう、いつもはきっちりセットされている髪が降りているのを見た桜木はひそかに胸をときめかせながら、思いの丈を全てぶつけたのだった。

     水戸に頬へキスされた時に怒ってしまったこと、とても恥ずかしかったけど舞い上がるほど嬉しかったこと、本音を言えば口にもしてほしいこと、さっきテレビドラマでベロちゅーなるものを見てしまったこと、それを水戸とする想像をしてしまったこと──そして、水戸ともっと触れ合いたいと思ったということ。

     説明下手な桜木の話を最初こそ真面目に聞く姿勢をとっていた水戸は、その内容があらぬ方向に舵を切ったと気づいた途端、じわりじわりと目尻を赤く染めていった。呆れたふうに口調だけは平静を装っていても、水戸が盛大に照れているのは桜木にも理解できた。

    「バカだなぁ…」

     水戸が噛み締めるような響きで再び呟く。おもむろに手が伸びてきたかと思うと、桜木の顔に触れる直前でピタリと動きを止めた。

    「? ようへ、」
    「はな」
    「…っ」

     『花道』を略して『はな』とあだ名みたいに呼ばれたことは今までもあったはずなのに、そこに含まれた甘さが今までとは段違いだった。ハチミツのようなとろみを持ったそれは耳から脳内へと伝って、思考を鈍くする。気づけば自ら水戸の手にすり寄り、こくん、と頷いていた。瞬間、うなじを引き寄せられ、2人の唇が隙間なく重なる。首にかかる手のひらは強引なくらいなのに、唇に当たった感触は驚くほどソフトだった。
     ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音を立てながら水戸が繰り返しついばんでくる。桜木はしばらくされるがままだったが、次第にむずむずと物足りなさを感じ始めた。桜木は今の可愛らしいキスの、その先を知りたいからだ。脳裏によぎるのは、ドラマの中の激しい口づけ。

    (ベロを…相手の口ん中に入れてたな…)

     目に焼きついたキスシーンをなぞりながら、思いきって舌を伸ばしてみる。ふに、と唇の柔らかさを感じたと思ったら、ものすごい勢いで離れていった。水戸が桜木の肩を掴んで引き剥がしたのだ。あまりの勢いに驚いて舌をだらしなく出したまま、ぽかんと固まってしまう。

    「なっ、な…? 今の、花道か…?」
    「え、あ、おう」

     いかにもこの天才だが、と首肯すれば、水戸はなぜか頭を抱えて天を仰いだ。何だこのリアクションは。もしかしてベロちゅーはイヤだったのかと一抹の不安が生まれた時、水戸が手で赤い顔を覆ったまま恨めしそうにこちらを見やる。

    「花道って意外とえっちなんだな…知らなかった」
    「ぬ!? ちょっと舐めただけだろ! 洋平こそなぁにジュンジョーぶってんだ!」
    「純情ぶってねぇよ」
    「いーや、今の洋平は猫かぶりだ!」

     ビシィッと力強く水戸を指差す。

    「少しはえ、えっちなことを俺にしてみろバーーカ!」

     そう大きな声で啖呵を切った。切ってしまった。
     一瞬の沈黙が2人を包む。もしかしてとんでもないことを言ったのでは? と桜木が我にかえる直前、水戸が小さく息を吸い込んだ。

    「言ったな?」

     へ? と思った時には視界がひっくり返っていた。水戸の顔越しに天井が見える。固い畳が坊主頭に当たり少し痛い。押し倒されたのだと気づいたと同時に、首筋に水戸の顔がうずめられた。

    「…はな」
    「ひっ…!」

     吐息が首をくすぐって、肩を竦めてしまう。耳のすぐそばで響く水戸の声は、ケンカ相手を挑発する時のように低められていたが、多分、怒っているのではない。熱く湿った吐息にくすぐったさ以外の何かを感じてしまいそうで、桜木はきゅう、と唇を噛み締めた。

    「えっちなこと、していいんだよな?」
    「や…ううっ…んむっ、ン!?」

     無意識に背けようとする顔を無理やり戻されて、ばくりと口に噛みつかれた。下唇に軽く歯を立てられ、至近距離で瞳を覗き込まれる。噛み締めた唇のあわいを生温かい何かがぬろ、ぬろ、と往復した。

    (うわ、これ、ようへーのベロ…?)

     びっくりして思わず口元が緩む。その隙を見逃さず、狭いそこを軟体動物を思わせる身軽さで水戸の舌が口内へと侵入した。

    「んんっ」

     歯を1本1本確認するように辿られたり、上顎のざらつきを擦られたり、舌同士を絡めたかと思えばじゅっと吸いつかれたり。口の中を縦横無尽に動き回る舌に翻弄され、桜木は何が何だか分からなくなっていた。混乱する頭でただ分かるのは水戸とベロちゅーをしているという事実と、息が苦しい、ということだけだ。

    (さっきのキスと全然ちげぇ…なんだこれ、気持ちいいっ…)

     時折息継ぎを促すようにわずかに唇が離され、必死で酸素を取り込むもすぐに塞いでくる口に再び乱される。初めての感覚に戸惑いも大きいはずなのに、下半身に熱が集まった桜木の性器は緩く兆し始めていた。

    「んぅ、う〜! ぷぁ、はぁっはぁっ…ぁ、」

     ようやく解放された唇は唾液でべたべたなのに、吸われすぎてひりついている。息も絶え絶えな桜木を見下ろす水戸も、肩で息をしていた。

    「ずっと思ってたよ、俺」
    「…あ? なに…?」

     生理的な涙で目の前がぼやけて仕方ない。まばたきを数回して涙を散らし視界を晴らすと、そこに現れたのは普段の余裕なんて1ミリもない、高校1年生の等身大な姿だった。
     先ほどまでとは比べ物にならないくらいゆでだこ状態の顔、ぎゅっと寄せられた八の字を描く眉、自分と同様生理的なものだろう涙で潤む瞳。それらがあいまって、桜木は水戸が泣き出してしまうのではないかと、キスの余韻も吹っ飛び心配の気持ちが先立った。

    「ようへー、お前、泣くんか」
    「泣いてねぇ…」

     聞けよ、と胸に頭突きをされたので口をつぐむ。

    「花道とこんなふうに触れ合いたいって、俺もずっと思ってた」

     先に好きになったのは絶対俺だ。一目惚れだし。お前はすぐ女の子を好きになってすぐフラれてさ、その度に俺も花道にフラれてる気分になってた。高校に入ってハルコちゃんにいいとこ見せたいがためにスポーツなんて始めて、でもどんどん夢中になってくお前を見て、ああ花道は今度はバスケに恋したんだなってバカなこと思ったよ。しかもバスケも多分お前を愛してる。で、また花道にフラれたーってさ、ちょっとマジで落ち込んでる時にお前、俺に告白してくんだもん。洋平、好きだ! なんて、ど直球に。俺が何年も言えずじまいだったことをあっさり言われて、夢だと思ったんだよ、あん時。でも夢じゃなくて、花道と付き合うって自覚した途端、片思いの時間が長い分恋人としてどう接すればいいか分からなくなってた。だから小学生みたいなスキンシップしか取れなかったの。笑えんだろ? そしたらその壁もお前からぶち破ってくれてさ、えっちなことしやがれって…俺これ熱出てない? 興奮しすぎて。ずっと顔もアチーんだけど。

    「つーわけで、以上が俺の正直な気持ち。お前の前だとどうしても純情で猫かぶりな洋平クンになっちまうの。だって好きだから。分かる?」
    「ふ、ふぬ……」
    「ふは、顔真っ赤、可愛い」
    「よ、洋平だって、ずっと顔赤いぞ…」
    「うん、燃えてるみたいに熱い」

     そのうち火が出るかも、なんて無邪気に笑う水戸は、桜木にどれだけの爆弾を落としたか気付いていないのだろうか。明け透けなまでに自分の想いを吐露してくれた水戸に、胸がきゅんきゅんと鳴り止まない。何なら少し泣きそうだった。自分はこんなにも一途に想われていたのかと、今までどれだけ水戸に寂しい思いをさせてきたのかと考えるだけで胸がいっぱいになる。好きだと、素直にそう思った。
     水戸のことを勝手に知り尽くした気になっていたが、全く違うと考えを改めよう。これからは恋人としての水戸の新しい側面を知っていけるのだ。ウブな恋愛初心者同士、これからゆっくりと関係を深めていけばいいか、そう静かに思い直した時、水戸がふぅ、とひとつ息を吐いた。

    「あ〜全部言ったらスッキリしたなぁ」
    「おう」
    「この際だからついでに言ってもいい?」
    「? おう」
    「花道、ここずっと勃ってる」
    「!?」

     水戸が片手でゆっくりと撫ぜたのは、桜木の下半身だった。テントを張ったそこを見て、ぎょっと目を剥いた。

    「なん、何で…!?」
    「キスした時から俺が話してる時までずーっと勃ってた」
    「言えよこの…っ、ぁ、ぁ、さわんなっ」
    「だから今言ったのに」

     すり、すり、と布越しに幹を扱かれる間接的な刺激に、もぞりと腰が浮いて水戸の手にねだるように擦り付けてしまう。水戸はそれを見て嬉しそうに目を細めた。
     先ほどまでのピュアで甘い雰囲気はどこへ行ったのだろう。キスひとつで照れに照れていたはずの水戸は今、待ちきれないとばかりに桜木のズボンへと手をかけている。えっちなことをしてみろと煽った結果なのだとしても、恋人としての水戸の緩急に揺さぶられてばかりだ。しかし、この先の展開に期待している自分も確かにいるし、あのドラマと違って今回は桜木が当事者だ。勝手に暗転することはないし、水戸に全てを委ねてもいいのだ。

    「あ、手ぶらで来たからゴムとローションねぇ」

     最後まではできないな、と心底残念そうに言う水戸に、純情で猫かぶりな洋平クンはどうした、とチョップをくれてやった。


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