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    2021年12月12日 Dozen Rose Fes.
    宇煉プチオンリー『輝石の焔』にて発行しました無配です。
    クリスマスにまつわる
    ①ホラー軸の宇煉ちゃん
    ②DK軸の宇煉ちゃん
    ③よもやま軸の宇煉ちゃん
    ④四十路軸宇煉ちゃんです。
    アンソロ等の感想も含めて、送っていただけると元気でます。
    マロ→https://marshmallow-qa.com/sorairoskyblue?

    #宇煉
    uRefinery
    #再録
    re-recording

    クリスマス・ソングを聞かせて①祝福 
      
    俺は、どうやら何かを間違えたらしい。
    街路樹にきらきらと彩られたイルミネーションの中を歩きながら、煉獄はううむ、と首を傾げた。つい先日までクリスマスの飾りつけをされていた木々からは、すっかりその気配も取り除かれている。店の前にはサンタクロースやスノードームではなく門松や注連飾りが並べられ、世の中は何の不具合なしに時を進めていた。
     そうだ、ほんの数日前のクリスマス。宇髄と煉獄がはじめて恋人同士として迎えた聖夜のことなんて、まだ引き摺っているのは世界中で煉獄一人、そんな調子だ。
     恋人でもあり、友人でもある宇髄と初めて迎えるクリスマスに浮き足立ちすぎていなかったといえば嘘になる。だから煉獄はたくさん考えた。どうしたら宇髄に、一番に喜んでもらえるかを。自分が持っているものを、今までの知識や経験を生かして、宇髄のために一生懸命考えた。
     だが、煉獄がそうして用意したプレゼントを、宇髄は喜んではくれなかった。それだけはない。あれから連絡をとっても素っ気ないし、学校でも避けられているように感じる。

     ――何かを間違えた。それは確かなのだろう。だけど、それが何なのか、煉獄にはわからなかった。
     考えれば考えるほど、心臓が石でも詰め込まれたように重くなる。
     要がいれば、それが何かを教えてくれただろうか。そんなことが頭を過ぎる。幼くして天涯孤独になった煉獄に、生きる術を教えてくれたのは要だ。悩みや、迷いを打ち明けられるのも、彼しかいなかった。それは、時には突き放すような冷たい言葉であった時もあったが、彼がいてくれたから煉獄は孤独でなかった。それは確かだ。――たとえ彼に、どんな理由があったとしても。彼が今煉獄の側にいたならば、こんな情けない顔をしていることを叱りつけてくれただろう。
     誰かに頼らず、自分の頭でで考えるということは、こんなにも難しいことだったのだな、と。すっかりと暗くなった空に、彼の漆黒の羽を思い出しながらそう心の中で呟いた。
    ひゅう、と冷たい風が通り過ぎる。つんと鼻の奥が痛くなって、煉獄はマフラーに鼻先を埋めた。ああ、何だか泣きそうだ。
    あの、すみません。後ろから声をかけられて、振り返ると、黒いフードにすっぽりと顔を隠した幼い少年がいた。迷子か何かだろうか、煉獄が身を屈めると、少年はずいと、クリスマスの装飾に彩られた鉢を差し出した。
    「これ、買ってもらえませんか。お店で出してた、クリスマスの時の余りなんですけど。安くしますので」
    「…構わないが、何故俺に」
    「何となく、貴方に必要な気がしたので」
     半ば押し付けるように、少年はその鉢を煉獄に渡した。
    「お兄さん」
     にこ、と少年の口元が緩む。どこかで見たような、黄金色の瞳が優しくフードの中から覗いたような気がした。
    「――幸運を」
     その一言と共に、強い風がびゅうと吹く。煉獄は思わず目を瞑って、次に開いた時にはもう少年の姿はなかった。呆気にとられたまま、ごしごしと何度か目を擦る。すると、少年の代わりに、大きな体躯と、きらきらとした美しい銀糸が見えた。
    「煉獄」
    「…宇髄」
    「何してんだお前。狐にでも摘まれたみてェな顔をしてるぞ」
    「いや、今――、」
     宇髄に事情を説明しようとして、手元の赤い花に目を落とした。一度ぐっと下唇を噛んで、それから宇髄、と彼の名を呼ぶ。そうして、宇髄にその鉢植えを差し出した。
    「――これなら、良いだろうか」
    「は?」
    「その、クリスマスプレゼントの、やり直しだ。すまない、俺はこういうことに疎くて、この前はきみの気分を害してしまったようだったから」
     煉獄は宇髄と目が合わせられずに、下を向いたままだった。言葉を口にすればする程、墓穴を掘ってしまうような気がして、最後のほうは声が段々尻つぼみになっていくのを感じた。
     宇髄のため息が聞こえて、心臓が騒めく。ねぇ、何で俺が怒ったかわかってる?と。そう問いかけられても、上手い返しが見つからなくて、すまない、と口にするしかなかった。
    「あれから、ずっと考えたが、わからなかった。未熟ですまない。きみの気の済むまで、謝るから。その、許して、くれな、」
     言い終わるよりも先に、宇髄に身体を引き寄せられて言葉を飲み込んでしまった。久し振りの宇髄の感覚は、変わらずに温かくて、優しい。
    「腹が立ったのは、お前が自分を蔑ろにするようなことを言ったから。何が『俺のことを好きにしていい券』だよ、ばか。何が『痛いのも苦しいのも大丈夫だ』、だよ。んなもんいらねェよ。何度も言ってんだろ。俺は、一人でじゃなくて、二人でちゃんと楽しみたいんだよ」
    「…ああ、そうか。そう、だったな」
     ごめん、宇髄。そう口にして、煉獄が宇髄の肩に額を寄せた。俺も、ごめん。宇髄もまたそう口にして、煉獄を更に引き寄せた。俺も感情に任せて、ちゃんと話しなくてごめんな。そう言って、煉獄の顎を指で撫ぜる。冷てえな、と宇髄が口許を緩ませる。そこからは、言葉はいらなかった。宇髄の宝石みたいな瞳に、吸い寄せられるように唇を合わせる。そして唇を離した瞬間に、もう一度目が合って、今度は二人でふふ、と笑いを零した。
    「それで、どうしたんだよこのポイセンチア。お前にしちゃいいセンスじゃねェの」
    「む、ついさっき、そこにいた少年に買ってくれないかと言われたんだがーーしまった、お代を払い忘れたな。まるで風のように姿を消してしまったものだから」
    「なんだ、そりゃ。こんな年の瀬に、また訳の分かんねえモンに巻き込まれたくねェぞ俺は」
    「もしかしたら呪いのポイセンチアかもしれんな。俺にはさっぱりわからんが」
    「わかんねェくせに恐ろしいこと言ってんじゃねェよ」
     ぴゅう、とまた一度、強い風が二人の間を通り抜ける。その冷たさに二人で肩を竦めた。
     すると、宇髄が何かを追うように振り返って街路樹を見上げる。煉獄も同じようにそれを見上げたが、きらきらと光るイルミネーション以外には何も見当たらずに首を傾げた。
    「どうした、宇髄」
    「…いや、マジで呪いのポインセンチアかもな、それ」
    「む、なら手放した方がいいだろうか」
    「…いーよ、別に。お前がいりゃ、呪いなんざ怖くもなんともねェんだから」
     宇髄はもう一度煉獄にキスをして、ポイセンチアの鉢を受け取った。それから煉獄の手をとって、帰ろ、と笑った。
     煉獄はこくりと頷いて、宇髄の手を握り返す。また、風が頬を撫でる。だが不思議とそれは冷たくはなかった。

    『愛しき骸のかたわらに』より

    ②めぐり、めぐる

    今日はクリスマス・イブ。街は煌びやかに彩られ、それぞれの夜を楽しむために人々も浮き足立つ。――とはいえ、恋人たちのクリスマスなんてラブソングが毎年リリースされる位なのだから、今宵も二人だけの夜を楽しむカップルも多いだろう。そういう自分も、この夏にできたばかりの恋人と、甘い夜を過ごす予定だった。――それがどうして、こんなことに。
     ローテーブルの上に、コンビニで買った安酒の空き容器が増えていく。すっかり出来上がった煉獄が、ついには机に突っ伏してはあと大きくため息をついた。
    「さみしい…」
    「言葉にしないでくださいよ、余計辛くなるから」
     男が二人、クリスマス・イブの夜にコンビニで買った酒とつまみを煽っている。それもお互い、恋人がいる筈なのに。
     同じ学校の同僚である煉獄と、酒を飲み交わす間柄になってから二年程が経つだろうか。考えてみたら、煉獄の家で飲むのは初めてだった。煉獄には元生徒で、(これを言うたびに、手を出したのは卒業してからだと念を押されるが余計に怪しさが増しているのを本人は気付いていないと思う)十程年下の、冗談みたいに整った顔をした、大学生の彼氏がいる。その彼氏が大学に進学する時にこの家で同棲をはじめたそうだ。会ったことはものの数回で、きちんと話をしたことはない。だが、煉獄から幾度も幾度も惚気を聞かされてきたので、何故だか旧知の仲のような気さえしてくる。はじめは教師の鑑、完全無欠の煉獄先生にこんな弱味があったとは、と驚きが半分、面白さが半分で聞いていたけれど、今となってはただ、そんな姿が良い意味で羨ましくて、微笑ましかった。就職してからこれまで、彼女がいなかった自分にも晴れて良い恋人ができて、お互い今年のクリスマスはどんなことをしようかなんて世間話をしていた矢先の話だった。――その恋人に、クリスマス・イブの予定をドタキャンされたのは。
    「いや、しょうがないんですけどね…実家のお母さんがさ…階段から落ちて骨折したなんて聞いたら、そりゃ心配ですよ。デートなんてしてる場合じゃないでしょ。そういう優しいところも本当に好きだから…本当に…家族思い…結婚したい」
    「うむ、そうだな。本当に良い人を見つけたな、きみは…そうだ、考えてみればクリスマスなんて毎年来る訳で、これから過ごす時間の長さを考えてみれば、今日たった一晩共にいれない位、なんら特別なことではない」
    「でも煉獄先生んトコは、『友達と東京行くから今日帰れないかも』でしょ。友達を優先された訳でしょ」
    「う、ぐ、」
    「しかもその友達って、前に話してた例の…」
    「いや!今彼は別の人と付き合っているし、友としてはとても良い人間なんだ!多少性格に難があるし、俺のことは未だに気に入らないようで、天元に気づかれない程度にチクチク嫌味を口にしたり、マウントをとってきたりすることも多いが」
    「それって本当に良い人なんですか?」
    「…少なくとも、天元にとっては数少ない心を許せる友人なんだ。恋人として彼の一番でいたいという気持ちもあるが、彼にとって必要なのは俺だけじゃない。先を生きるものとして、広い心で受け止めなければ」
    「本音は?」
    「さみしくてさみしくて、気を抜くと一分に一回位電話をかけてしまいそうだ」
    「ぜんっぜん受け止められてないじゃないですか。カッコつけちゃって」
    「だからスマートフォンは電源を切って、米びつの奥底に埋めてある」
    「自分の自制心を信じてなさがすごい」
     さみしい、とまた呟いて、煉獄がゆっくりと紅い顔をあげた。ぴょんぴょんと跳ね上がった金色の髪が、まるで犬の耳のように元気をなくしていて、全身で寂しさを表しているようだった。さて、何て言葉をかければ元気を出してもらえるか、考えあぐねていると玄関をガラリと開く音がする。ただいま、と家の中にかける声は、間違いなく彼の恋人のものだろう。
    「ふふ、寂しさの余り幻聴まで聞こえてきた…俺はもう駄目だ」
    「いや、本物ですって多分!ほら起きて!」
     半ば引き摺るように煉獄を玄関まで引っ張ると、そこには確かに彼の恋人の姿があった。寒い中を急いで帰ってきたのか、鼻の頭を真っ赤にしている。だが、同僚に引きずられるようにして現れた、強かに酔っ払っている恋人の姿には驚きを禁じ得ないのか、目を点にしていた。この状況をどう説明したものか、口を開くよりも先に、彼の姿に気づいた煉獄が、ぱあと顔を輝かせて近付くとそのままその顔を引き寄せてキスをした。
     ふふ、一足先に俺にもサンタクロースが来てくれたな。満足そうにぽやぽやと笑って、あとの二人は置いてけぼり。しばらく呆然と見つめていると、急に煉獄が座り込んだ。
    「おい、杏寿郎大丈夫か!?」
    「…出る」
    「ちょ、ちょっと待て!そこの人!袋か何か持ってきてもらっていいですか!」
    「え、あ、は、はい!?」
     促されるまま走り出したその後に、どこか冷静な頭で、何だかこの光景はデジャブだなと思った。

    ***

     目蓋を開けた瞬間に、言い様もないような胃の不快感と、頭の奥で工事でもしているのかという頭痛に襲われる。昨晩のことは、途中から覚えていないが今横たわっているのはベッドだということは確かだった。寝落ちしてしまった自分をここまで運んでくれたのだろうか。痛む頭を抑えながら身体を起こす。よく見れば、いつものスウェットに着替えていた。まさか、着替えまでしていってくれたのか。否、さすがにそこまでは、混乱する頭でぐるぐる考えていると、寝室の扉がガチャリを開いた。
    「あ、起きた?」
     宇髄がベッドに腰をかけて、煉獄の頬に触れる。

    調子どう、ご飯何か食べれそう?そう問いかけられても、目の前に突然現れた恋人の姿に、二日酔いの頭は更に混乱して、漸く出てきた言葉は、きみ、一体いつ、なんて歯切れの悪いものだった。
    「最終の新幹線に乗れたから、昨日の夜帰ってきた。そしたら杏寿郎、ベロンベロンに酔っ払ってんだもん。あとで、同僚の先生に連絡しときなよ」
    「そういえば、彼はどうしたんだ?」
    「ん?何か彼女が早めに予定切り上げて帰るって連絡もらったからって帰ったよ」
    「そうか…すまない、きみは一泊して帰ってくると思っていたから、」
    「うん、まあその予定だったんだけどさ。やっぱり早く渡したくて。でも、何度も杏寿郎に電話したよ、俺。ぜんっぜん出ないし」
    「む、それは、色々事情があって、…渡したい、もの?」
    「うん」
     宇髄が差し出したのは、クリスマス柄の包装紙に包まれた細長い箱だった。クリスマスプレゼント、と渡されたそれに、戸惑いながら煉獄は宇髄の顔とプレゼントを交互に見返した。
     開けてみて、と促されて丁寧にラッピングを外し、箱を開くと中には小豆色のネクタイが収められていた。ワンポイントで、サンタの帽子を被ったシロクマが刺繍してあるものだ。
    「…きみ、もしかしてこれを買うために東京に行ったのか?」
    「うん、まあ、話せば長いんだけどね。どうしてもこれを、杏寿郎に渡したかったんだ」
     宇髄が親指で煉獄の唇をなぞって、それからゆっくりと触れるだけのキスをした。暫くして唇を離すと、杏寿郎酒臭い、と宇髄が眉を寄せる。
    「すまん、シャワーを浴びてくる」
    「そうして。それから食べられそうなら何か軽いもんでも作っとくから」
     宇髄がネクタイを手にとって、煉獄の首元に結びつける。うん、似合う。微笑みながら、グイとそれを引っ張った。
    「シャワー浴びて、ご飯食べたら聞かせてもらおうかな。俺がいない間に他の男を連れ込んで、ベロベロに酔っ払ってた理由」
     ちゅ、と宇髄は軽く煉獄の頬にキスをした。その笑顔に、背筋がぞくりとして煉獄もぎこちなく笑い返す。
    「……もしかして、怒ってるか?」
    「ううん、全然」

     お風呂沸かしてあるから、と煉獄の頬を撫でて宇髄がベッドから腰をあげた。煉獄は思わずその服の裾をぎゅうと掴む。さみしくて、と口からついた言葉は、蚊が鳴くような弱々しいものだった。
    「すまない。きみとクリスマス・イブを過ごせなかったことに、年甲斐もなくさみしくなってしまって、きみが俺のためにプレゼントを探してくれていたことも知らなかったから、」
    「…だから、怒ってないってば」
     ちゃんと説明しなかった俺も悪いし。そう口にして、宇髄が煉獄を抱き締める。
    「ただまあ、ちょっとはヤキモチやくでしょ。そんくらいは恋人の特権でしょ」
    「…まあ、確かに、そうだな」
     宇髄の肩に、すりと額を寄せた。自分の中の嫉妬を、さすがに口にはできないけれど。首元に下げられたネクタイに触れて、煉獄は顔を上げた。
    「天元」
    「なに?」
    「ありがとう」
    「どういたしまして」

     結局自分は、この年下の恋人にどこまでも骨抜きで、どこまでも振り回され続けるばかりなのだと、改めて実感した。それでも、今日の朝を共に迎えられた、そんな些細な幸せが嬉しくて、自分の中の醜い感情さえどうでもよくなってしまうのだ。
      まだそれを、言葉にして伝える術はないけれど。
     どちらからともなくキスをして、いつの間にかそのままゆっくりとベッドの上へと二人で戻っていった。

    ***

    「ぜんっぜん見つからねェ…」
     食堂の机に突っ伏して、放り投げられたスマートフォンを春がキャッチした。画面をちらと見ると、検索エンジンに苦悩の跡が見える。
    「もういいじゃん別に。ネクタイなんかどこでも買えるだろ」
    「よくねェから必死になって探してんじゃねェか。俺はあのネクタイを先生にあげたいの」

    「…ってもなぁ。店の名前もわかんねぇし、何年も前のクリスマス限定の商品なんて在庫があったとしてももう処分されてんだろ。フリマアプリとかで探せば?」
    「いや、プレゼントをフリマアプリで探すってどうなのよ」
    「…確かに」
     一ノ瀬春の友人である宇髄天元は、現在恋人へのクリスマスプレゼントを求めて右往左往している。聞けば、彼と過ごした初めてのクリスマスにあげそこねたプレゼントがあるのだそうだ。とは言っても、もう五年近くも前の話で、今も向こうに住んでいる宇髄の友人で、春の恋人である富田花子にお店のあったショッピングモールに行ってもらったが、店はすでになくなっていた。もしかしたら季節限定でそこに出店していただけかもしれない。商品は、小豆色にサンタ帽子を被ったシロクマが刺繍してあるネクタイ。そんなあやふやな情報だけで、目当てのものが見つかる筈もなく。宇髄はすっかり意気消沈してしまっているのだ。
    「やっぱ無理かあ」
    「…何でそこまでしてそれにこだわんの?」
     何となく、聞かないほうがいい気がした問いを宇髄に投げかけた。

    すると宇髄は、ほんの少しだけ目を伏せたので、別に言いたくなきゃ、言わなくてもいいけどと続けて春は少し温くなったコーヒーを口に含んだ。
    「…俺さあ、自殺しようと思った時があって」
    「…そう」
    「先生と一緒の暮らしに慣れて、花子たちとも出会ってさ。なんか、嘘みたいにまともな生活送ってて、すっかり麻痺してた。先生のことを好きだっていう自分の感情に気がついて、でも、それが確かになればなる程、先生のことを身体が拒絶しはじめて。だけど、それでも一緒にいてくれる人たちのために頑張ろうって、本当にそう思ってた。…先生がさ、クリスマスマーケットに一緒に行こうって誘ってくれて。二人で出掛けてさ。先生に、クリスマスプレゼントをあげようと思ったんだ。高いものは買えないけど、先生が喜ぶ顔が見たくて。それで、店員のお姉さんがすすめてくれたのがそのネクタイだったんだよな。正直さ、センスが良いデザインだとは思わなかったけど。でも、『クリスマスは毎年来るから』って言われて、嬉しくて、期待した。こんな俺にも、大好きな先生とまた、来年も再来年もクリスマスを迎えられるかもしれないって」
     でも、まあ、色々あって、頭ん中のそんなお花畑がぐちゃぐちゃになっちまって、と宇髄は静かに続けた。
    「――何で、とか、どうして、とか。考えるの嫌んなって、もういいやって思って死のうとしたんだよな。結局先生が助けてくれて、今こうしてここにいる訳だけどさ。そのゴタゴタでプレゼント、渡せなかったから」
     まあでも、残ってるわけねェか。そう言って、宇髄が眉を下げて笑う。春はただ、そうねと一言だけ口にして、またコーヒーを飲み込んだ。

    ***

     だからと言って、春にアテがある訳がない。カップの補充をしながら、大きく溜息をつく。どうにかしてやりたい、と殊勝な気持ちを持っている訳じゃない。だから聞かなきゃ良かった、と心から思う。友達だからって、何でもかんでも理解した気になるのは春は嫌いだった。友達だろうと恋人だろうと、元々は違う人間同士なのだから。本日何度目かのため息をついていると、店のウィンドウが開いた。視線を向けて、「いらっしゃいませ」と声をかけると、たっぷりとした黒髪を流して、シックな洋服に身を包んだ女性がシュンくんお疲れ、と声をかけた。
    「理子さん、今日はあがりですか?」
    「ううん、今日も残業。だからその前にエネルギーチャージしておこうと思って」
    「大変ですね。いつものやつでいいですか?」
    「お願い〜」
     春がレジで注文を打つと、慣れたように理子が携帯を差し出して会計を済ませた。ドリンクを作ろうとカップを取り出す。手を伸ばしてふと、彼女はこのモールにあるメンズアパレルの店長で、以前は東京にいたと聞いたことを思い出した。
    「あの理子さん、こういうネクタイって見覚えあります?五年位前に、東京のモールで出してたクリスマス限定商品らしいんですけど」
     春がスマートフォンで、宇髄が描いたイラストを見せると、理子はそれを覗き込みながらうーんと眉を寄せて、あ、と声をあげた。
    「知ってるんですか?」
     半ば食い気味に尋ねた春に、理子が驚いたように身体を退けぞって、うん、覚えてると答えた。
    「これ、確かうちの系列のブランドで出したやつだわ。シロクマはかわいかったんだけど、色が微妙だったのかあんま売れなかったのよね」
    「もしかして、在庫とかあったりします?」
    「いやー…どうかな。五年も前のやつでしょ?そのブランドも今はなくなっちゃったしね。もうないんじゃないかなー」
    「……まあ、そうですよね」
    「なに、シュンくんそんなにこのネクタイ欲しかったんだ?意外」
    「いや、俺ではないんですけど…すみません、変なこと聞いて」
    「…駄目元だけど、向こうで働いてる同期に一応聞いてみようか?」
    「え、本当ですか」
    「ほんっとに駄目元だけど、それで良いなら」
    「良いです、ありがとうございます」
     呆気に取られている理子に、カップに入ったカフェラテとそれからチョコレートクッキーを添えて渡す。
    「クッキー頼んでないよ?」
    「俺のおごりです。残業頑張ってください。無理せずに」
     にこ、と笑うと、理子にじいと見つめられていることに気がついて、春が何ですか、と問う。
    「…もしかして、彼女案件?」
    「いきなり何ですか」
    「いや、シュンくんって基本営業スマイルだけど。さっきのはこう、素っぽかったから」
    「…そうですか?」
    「ラブラブなやつ?」
    「違います。友達が探してたんですよ」
    「へー、そっか。ま、連絡ついたら教えるね」
     クッキーありがと、手を振って理子が出口へ向かう。その後姿を見送りながら、自分の今の表情が気になって、無理矢理口角を指で下げた。
     それから数日後の、クリスマス・イブ当日。春は宇髄を引き摺るように一緒に新幹線に乗り込んで、東京へと向かうことになるのであった。

    ***

    「なるほど、そんなことがあったのね」
     
    急にこっちに来るっていうから、びっくりしちゃった。富田花子は、ゆらゆらと湯気の立つココアにふうと息を吹きかけて、一口飲んだ。
    「慣れないことするもんじゃないな。なんかどっと疲れた…」 
     理子から帰ってきた返事は、予想の斜め上をいくものであった。理子が連絡してくれた同期の後輩が、当時宇髄にネクタイを薦めた店員その人だったのである。彼女はその後寿退職をして店から離れていたものの、宇髄のことをよく覚えていたというのだ。そして宇髄が買おうとしたネクタイを、今でも持ってくれていると。
     宇髄と再会した時、彼女は心から嬉しそうな笑顔でそれを渡した。ずっとこれをあなたに渡したかったんですと、そう口にした。
    ――『プレゼントを選んでる時のあなたの嬉しそうな顔が忘れられなくて。きっと本当に大事な人にプレゼントするつもりなんだって。いつか取りに来てくれるんじゃないかって、自己満足かもしれないと思ったけど、本当に待ってて良かったです』
     そう言って渡してくれたネクタイは、五年も前に買ったものとは思えない程綺麗に包装されていたのだった。

    「――それで、天元は?」
    「プレゼントを早く渡したいって、最後の新幹線で帰った」
    「そっか。でも良かったね、見つかって」
    「そうね。世間は狭いっていうか何ていうか、偶然ってのもあるもんだなって思ったよ」
    「偶然ね」
    「なに?」
    「ううん、偶然じゃなくて、きっとそういう運命だったんじゃない?」
    「運命?」
    「そ。天元が先生に出会って、春に出会って、それが巡り巡って今日みたいな奇跡が起きた。それってなんか、めちゃくちゃ良くない?」
    「…そう?」
    「少なくとも、春が天元のために一生懸命にならなかったら、あのネクタイは見つからなかった訳だし」
    「別に一生懸命になってはない」
    「すぐそういうこという。態々自分も一緒に新幹線飛び乗ってこっちまで来た癖に」
     ひひ、と花子が笑って頬杖をついた。春のそういうとこ、あたしは大好きなんだけどな。そう真っ直ぐ口にされると、心臓がソワソワして、ガラにもなく顔が熱くなる。それを隠すように視線を背けると、ガラスのウィンドウ越しにパラパラと雪が降り出したことに気がついた。雪だ、と口にする花子を見つめて、春はうん、と手を伸ばして花子の指に触れた。驚いたようにびくんと震えるけれど、春が指を絡めてぎゅうと握ると、同じように花子も握り返した。
    「明日、早いの?」
    「うん、朝一の新幹線で帰んないと」
    「…なら、天元と一緒に帰れば良かったのに」
    「本当にそう思ってる?」
    「…思ってない」
    「…今日、会えてよかった」
    「…うん」
    「クリスマスなんて、毎年来るからさ。その内の一回位、会えなくても仕方ないって思ったけど。でもやっぱり、今日一緒に居られるのが嬉しい」
    「…うん」
     店のBGMが切り替わって、聴き慣れたクリスマスのラブソングが流れる。
    恋人達のクリスマスは、こうして今年も過ぎていく。

    『どんなにきみが自分を嫌いでも』
    『だいっきらいだよお前のことなんか』より

    ③Good bye, springtime of life

    美術室の窓から見える木々は、すっかり葉も落ちきってしまって、寒々とその枝を伸ばしていた。ついこの間まで桜が咲いていたような気がするのに、時が流れるのは早いものだ。三十路を間近に控えてから、そんなことを思う頻度も増えた。特段、現状に不満がある訳ではない。だが、毎日うら若き生徒達の生活を間近で見ているせいか。あの、きらきらして、ヒリヒリして、そして飛び抜けて不安定だった毎日はもう訪れないのだと思うと、時折感傷的な気分にさえなる。

    「ちょっと、聞いてんのうずセン」
    「ん、聞いてる聞いてる。俺はやっぱ大晦日はガキ使派」
    「ぜんっぜん違うし、やっぱ聞いてねェんじゃん!」
     目の前の生徒に強められて、冗談だって、と笑って返した。彼は美術部の部員で、冬休み中に次のコンクールに出す課題を見てほしいと来たのだ。だが、蓋を開けてみれば真剣に相談したいのは別のところにあったようだ。来たるクリスマスに、付き合い初めたばかりの彼女への、クリスマスプレゼントの相談だ。
    「そんなん俺が知るかよ。高校生のガキなんざ、ちょっといいアクセサリーでもあげときゃ納得すんじゃねェの」
    「じゃあどんなアクセサリー?ネックレス?ペアリング?」
    「いや、知らねェけど」
    「そこが一番重要じゃんかよ!」
    「そォ?」
     はあ、と男子生徒は大きく溜息をついて、机の上に広げた画材道具を詰め込んだ。
    「もーいい。うずセンに相談した俺がバカだった。考えてみりゃ、うずセン位顔が良かったら道端の花プレゼントしたって喜ばれそうだもんな」
    「いや、お前俺をなんだと思ってんのよ」
    「どーせプレゼントに悩んだことなんかないんだろ」
     その一言に、ふと、甘い匂いがした。ショートケーキの匂い。コンビニで売ってる、安っぽい生クリームの匂い。ここにある筈もないそれが、一気に頭の中を、記憶としてかけ巡った。


    ***

     クリスマスプレゼントに、何をあげたらいいだろうか。煉獄から唐突にそう聞かれ、宇髄は自動販売機から取り出そうとしていたジュースをそのまま落としてしまった。足元に転がってきたそれを煉獄が拾って宇髄に手渡す。
    「え、お前いつの間に彼女なんか出来たのよ」
    「一月程前だが」
    「言えよ」
    「言わなかったか?第一、きみだって俺に一々恋人が出来たと報告はしないだろう」
    「まァ、そらそうだけどよ」
     お前と俺とじゃ、『恋人が出来た』の重みが違うだろ。そう言い返してやりたかったけれど、宇髄は言葉を飲み込んでベンチにどっかりと腰を下ろした。
    「誰?前に言ってた剣道部のマネージャー?」
    「…何故わかるんだ」
    「なんとなく」
     前から彼女が煉獄のことを好きなのは知っていた。小柄で、ちょっと胸は大きめで、愛嬌があって友達も多い。男人気だって高い。何度か話をしたこともあるが、悪い人間ではない。煉獄の彼女になって、文句を言われるようなタイプでもない。煉獄が好意を持ったって、何らおかしくもない。
    「それで、何だって?クリスマスプレゼント?」
    「うむ。こういうものに俺は疎いから、きみなら良い知恵を貸してくれるのではないかと思ってな」
    「なに、それは暗に俺が女を取っ替え引っ替えして経験だけは積んでるからって言いたいの」
    「大分穿った考えだが、否定はできんな」
    「あっそォ」
     プルタブを開けて、コーヒーをごくんと一口飲んだ。煉獄も、宇髄の隣に腰をかける。
    「そんなん俺が知るかよ。ちょっといいアクセサリーでもあげときゃ納得すんじゃねェの」
    「ちょっといいアクセサリーとは何だ。ネックレスとかか?」
    「いや、知らねェけど」
    「そこが一番重要なんだが」
     煉獄は眉を寄せて腕組みをした。だが、我関せずといった態度の宇髄に痺れを切らして、大きく溜息をつくともういい、と立ち上がった。
    「次の授業にはちゃんと出るんだぞ」
    「はいよ」
     小さくなっていく煉獄の姿を見送って、宇髄はもう一口、苦さを噛み締めるように飲み込んだ。

    ***

     小腹が空いたな、とコンビニに入る。『クリスマスケーキの予約はお早めに』というポップがいやに目についた。スイーツコーナーには、サンタクロースを模した小さなケーキがもう並べられている。税込398円。宇髄は睨みつけるようにそれを見て一度通りすぎたが、また後ろ足で戻ってそれを掴み、レジへと駆け込んだ。

    ***

    「これをわざわざ届けに、こんな時間に家まで?」
    「…うるせェよ」
     宇髄から渡されたコンビニ袋を覗き込んで、煉獄が尋ねた。宇髄は肩で息を整えながら、一度ふうと深呼吸をすると悪かったな、と口にする。
    「真面目に、相談にのってやらなくて」
    「うん?――ああ、昼間のクリスマスプレゼントのことか?」
    「って、お前怒ったんじゃねェのかよ」
    「別に、怒ってはいないぞ?きみがあまりに興味がなさそうだったので、その場を切り上げたまでだ」
    「……そうか」
    「何だ、きみ、俺を怒らせたと思ってわざわざこのケーキを買ってきたのか?」
     存外、可愛いところがあるな。煉獄がそう言って笑うと、宇髄は眉を寄せた。
    「いらねェなら返せ」
    「いらないとは言っていない」
     ありがとう、と笑って、それから袋の中からケーキを取り出した。まあ座れ、と玄関先の段差に煉獄が腰をかけて、その隣へ宇髄を促した。
    「せっかくだから、一緒に食べよう」
    「ここで?んな行儀悪いこと、母ちゃんに怒られるんじゃねェ?」
    「ああ、だから内緒だ」
     袋の中からプラスチックのフォークを取り出して、煉獄がケーキの蓋を開けた。一口掬って、宇髄に差し出す。宇髄は少し悩んで、ぱくんとそれを食べた。
     甘い、安っぽい生クリームの味。いつもだったらこんなもの、好んでは食べない。
    「…あのさ、」
    「何だ」
    「何でも、良いと思うぜ」
    「何の話だ」
    「だから、クリスマスプレゼント。お前が彼女のために、一生懸命考えて渡したモンならきっと何だって嬉しいよ」
     煉獄の目が、丸くなる。それから、ふにゃりと眉が下がって、嬉しそうにそうか、と笑った。

     それが、本当は誰の気持ちなのか、気づくのはもう少し経ってからだった。


     ***

     ――こっぱずかしいことを思い出した。宇髄が顔にてを当てて、はあと溜息をつくと、男子生徒が不思議そうに首を傾げた。その頭を、ぽんと撫でてやる。
    「細けェことは知らねェがよ。お前がその恋人のために、一生懸命考えて渡したモンなら、何だって嬉しいだろ」
    「…そうかな」
    「おうよ。まあそれで、アレが良かったこれが良かったなんて文句言われたら、それだけの女だったって思えばいいだけの話。女なんざ星の数程いるんだからよ。さっさと次にいきゃあいい」
    「何で駄目になる前提なんだよ」
    「傷は浅いほうがいいからな」
    「だから傷なんか作らないって!ほんっとにテキトーなんだから」
     ぶちぶち文句を言いながら、男子生徒が美術室を後にする。気ィつけて帰れよ、とその後ろ姿に声をかけて、宇髄はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

     ブー、とポケットの中でスマートフォンが振動する。画面を確認して、宇髄は通話ボタンを押した。
    「おう、――うん、今終わったとこ。――うん、うん。じゃあ、帰り何か買ってくわ。――うん。じゃあ、」
     愛してるよ。そう一言告げると、電話の向こうで相手は非道く狼狽した様子で、いつの間にか通話が切れていた。宇髄はそれがおかしくて、くくっと笑いを零す。それから、歌を口ずさみながら片付けを始めた。

     ほんの少し前――否、随分前に流行った、クリスマスソングを。

    『煉獄先生と宇髄先生のよもやま話』より


    ④音がすぐそばに

    「お父さん、今年は宇髄さんをデートに誘わないの?」
     娘のその一言に飲んでいたコーヒーを、盛大に新聞紙にぶち撒けてしまったのは今日の朝のことである。
     午前中の診察が終わって、昼休憩。また何かと理由をつけて足が向くのは宇髄の店だ。少し離れた場所から中の様子を伺う。来たるクリスマスに向けて、店の中も外も綺麗に飾り付けられている。考えてみれば、洋菓子店を営んでる人間にはクリスマスなんて一年で一番忙しい時期だ。稼ぎ時にデートなどしている暇はないだろう。それに、彼にはまだ小さい娘がいて、その上シングルファーザーだ。そうでなくても一人で過ごせる時間は少ない。
     ふう、と息を吐くと、白い靄が一瞬現れては消えていく。今日は顔だけだして帰ろう。そう思い足を踏み出すと、後ろからトンと背中を突かれて思わず素っ頓狂な声を出してしまった。振り返ると、宇髄に瓜二つの男が、悪戯っぽくその茶褐色の瞳を細めて笑っていた。
    「な、何をするんだ突然」
    「いや、杏さんがこれから討ち入りにでもいくんじゃねェかって位怖い顔して立ってるから」
     ここに皺寄ってる、と眉間を指でつつかれて煉獄は思わず額を隠す。
    「なに、なんか勝負でもしにいくワケ?ついにアイツに抱かれんの?」
    「な、違う。俺はただ何か甘いものを買おうと思っただけだ」
    「そんな顔には見えませんでしたけど」
     煉獄が言い返せずに黙ってしまうと、彼がふっと口許を綻ばせる。
    「クリスマスデートでも、誘おうと思った?」
    「な、なぜそれが」
    「顔に書いてある」
     今度は煉獄が顔を隠すと、彼はまた笑って嘘だよと返した。
    「でも、その反応は図星だろ。大方紬ちゃんあたりにでも宇髄さんをデートに誘わないのかって言われたんだろ」
    「う、」
    「だけど、クリスマスは向こうも忙しいだろうって勝手に自己完結して」
    「ぐ、」
    「小さい子供もいるから、自分に時間なんて取れる筈ないって決めつけて」
     あのね、杏さん。とん、と胸に彼の指が触れる。
    「行動しない理由なんて、いくらでも作れるぜ」
     そう口にすると、ぐいと襟元を引っ張られた。引き摺られるようにバランスを崩すと、柔らかい感触が唇に触れる。唇を離すと、満足そうに笑って、また今度電話するとだけ囁いて彼はそのまま行ってしまった。
     ひとりぽつんと残された煉獄は、段々とその熱さが身体中を巡って沸騰しそうになってようやく、彼にキスされたのだと気がついた。腕で顔を隠しながら、そういう彼は行動が早すぎやしないかと心の中で呻いた。
     はあ、と溜息をついて、店の方へと近づいた。すると、ガラス越しに宇髄と目が合う。宇髄は嬉しそうにニコ、と微笑んで煉獄へと手を振った。その笑顔にぎこちなく手を振り返す。寒いから中へ入ってきて、と宇髄が呼ぶ。こくんと頷いて、店の扉へ手をかけた。
     外の冷たさで固まってしまった体を溶かすように、温かい空気が触れる。宇髄は煉獄に近づくと、その頬に自分の手の甲を触れて、真っ赤、と笑った。
     煉獄がその手を取って、ぎゅうと握ると宇髄の宝石のように紅い瞳が丸くなる。
     ――行動しない理由なんて、いくらでも作れる、か。
     宇髄、と彼の名を呼ぶ。もっとずっと昔から、呼びたかった彼の名前を、心のままに。そうすると、目の前にいる彼は優しく笑ってなに、と首を傾げる。
     ただそれだけのことが、こんなにも嬉しい。

    「――その、もし、きみさえ良ければなんだが、」

     今日俺は、年甲斐もなく顔を真っ赤にして、少し上擦った声で。
    初めてのデートに、きみを誘う。


    『明日、きみがいない』より



     
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