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    みなとくん

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    みなとくん

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    フィンレオです。推敲してないので荒いです。性行為描写はありませんが朝チュン前提なので注意してください。

    ##フィンレオ

     カーテンから漏れる光で目が覚める。アラームが鳴る前かと少し考えたあと、今日が非番だったことを思い出した。今は何時くらいだろう。

     まだぼんやりする頭でのそりと身体を起こそうとする──と、隣に自分のものではない温度を感じた。

    「──あっ」

     そうだ、昨日はレオと出掛けてから、そのまま──

     少し前までなら恥ずかしさと非現実感でのたうち回っていたところだけど、回数を重ねるうちに、すっかり慣れてしまっている自分がいた。かと言って、それらが完全に消えたかと言うと、そうでもないけど。
     
     気持ちよさそうに眠るレオの顔を、じっと眺める──俺よりもレオが先に起きることが多いので、こういう機会はそう多くない──普段は深く皺が刻まれている眉間も今ばっかりは綺麗なもので、こうしていると本当にただの子供だ。薄く開かれた唇からは、規則正しい寝息が漏れている。

     こいつはたまに、夢でうなされる。汗びっしょりで飛び起きるレオに起こされることも何度もあったが、最近は落ち着いたもので、たまに見られる寝顔は、今みたいに穏やかなことがほとんどだった。我が家の狭いベッドに2人で入ることにも、難色を示さなくなってきたし。
     俺の家が、レオにとって落ち着ける場所のひとつになったってことかもしれない。そうだったら……まぁ、嬉しい。

     眺めているときにレオが目を覚ましでもしたら朝っぱらから機嫌を損ねるに違いないので、今日はこの辺で切り上げよう。

     身体のスイッチをONにするかのようにぐっと大きく伸びをしてから、スマホを確認する──7時43分か。普段に比べたら遅いけど、非番の日にしては少し早起きだ。
     今日は特段の予定もないし二度寝と洒落込んでも良かったが、せっかく少し早起きができたのに、貴重な朝の時間を夢の中で過ごすのももったいない気がした。

     朝飯の用意でもするか。

     隣で小さな寝息を立てるレオを起こさないように布団から這い出て、窓際の冷蔵庫へ向かう。確か、パンと卵──それと、ハムのストックがあったはずだ。チーズはどうだったっけ。

     料理なんて面倒だし、自炊は食材を余らせがちで無駄が多い。だからもっぱらレトルトや缶詰で食事を済ませがちだったけど、家にレオが出入りするようになってからというもの、そうもいかなくなった。育ちのいいお坊ちゃんは、そんな低俗なものは食べないらしい──かと言って自分で調理はしないから、結局俺が作ってやることになる。本当にタチが悪い。
     ということで最近、我が家の小さな冷蔵庫には、常に何らかの食材が常備されるようになっていた。

     少し屈んで冷蔵庫の扉を開けると、白い光が目に刺さった。強い光でないとはいえ、寝起きに食らうとかなりダメージが大きい。目をしばたたかせてなんとか中身を確認すると、記憶通り、卵とハムのストックがあった。それに、チーズも。
     今日の朝食は、これらを適当に乗せたトーストにしよう。レオには手抜きだとゴネられるだろうけど、食わせてもらう立場なんだから贅沢は言わせない。

     朝食を作り始める前に、紅茶でも飲もう。

     時間に余裕のある朝は、紅茶を淹れる。別に紅茶好きというわけではないけど、これもレオが来るようになってから増えた習慣のひとつだった。
     レオとしては本当はコーヒーが良かったらしいけど、豆を挽くところからやれと言われたので、「なんで俺がそこまでやらなきゃいけないんだ」と断固拒否して──その結果、妥協案として、紅茶を淹れるようになった。
     なんだか、生活のいろんな部分を、レオに上書きされている気がする。

     ふさふさとしたまつ毛に縁取られた瞼がまだ閉じていることを確認してから、ベッドの横をそっと通り過ぎてキッチンへ向かう。
     レオが持ち込んだ銘柄も知らない茶葉を収納から取り出して、これまたレオが持ち込んだティーポットに入れる。片手鍋に水道水を注いで、火にかけた。
     あいつが隣にいると、やれ湯の温度がどうの蒸らし時間がどうのといちいち小言が飛んでくるが、今日はその心配はない。好きにやらせてもらおう。そりゃ美味い紅茶が飲めるに越したことはないけど、そのためには相応の手間がかかる。起き抜けの気だるいときに、そこまでこだわる気力は湧かない。

     戸棚から適当なマグカップをひとつ取り出す。レオの分は──まぁ、あとで改めて淹れてやればいいだろう。
     そんなことを思っていると、ベッドの方から布の擦れる音が聞こえて、少し間を空けてから、ゆっくりとスリッパの足音がこちらへ近付いてくる。戸棚から、マグカップをもうひとつ取り出した。

    「はよ」
    「……」
    「ンだよ。挨拶くらいしろよな」

     とは言ったものの、元からさして期待してはいなかった。こいつから「おはよう」と言われたことなんて、今まで一度もない。

    「紅茶。飲むだろ?」
    「……あぁ」

     まだ意識がはっきりしないのだろう、いつもみたいな力強さのない、ともすればあたりの空気に溶けて消えてしまいそうな声で、レオはそう言った。

    「まだお湯沸いてないから時間かかるぞ。向こうで待ってろよ」

     そう言うと、レオは特に返事もなくゆっくりと踵を返す。このままここに居られても面倒なので、言うことを聞いてくれて良かった。

     一言「あぁ」という声しか聞いていないものの、なんとなく普段よりも声がざらついていた──昨日、少し無理をさせすぎたかもしれない。
     詫び代わりに蜂蜜でも入れてやろうと、冷蔵庫から瓶を取り出した。

    ◆ ◆ ◆

    「ほらよ。熱いぞ」

     両手に持ったマグカップのうち右手に持ったものを、ベッドに腰掛けてぼんやりしていたレオに差し出す。マグカップがその手に渡ったことを確認してから、レオの隣に腰掛けた。
     レオはマグカップの中身をじっと眺めてから、ちびりと少し口に含む──と、ほんの少し、ほんの少しだけ、眉を顰めた。だから熱いって言ったじゃん。

    「朝メシ、ハムトーストな」

     熱を持った紅茶のおかげで意識がはっきりしてきたらしいレオに、そう声をかける。
     ハムトーストとは言いつつも、実際はハム以外にも卵とチーズが乗っかる予定ではあるんだけど。俺は、ハムと卵とチーズの乗ったトーストの名称を知らない。普通に“ハムエッグチーズトースト”でいいんだろうか。

     すると、ひと呼吸の間を空けて、

    「……ベーコンにしろ」

     と、レオが言った。

     「ハムだけなんて粗末すぎる」ぐらいの物言いは想定していたし、もしそう来られたときに「卵とチーズも乗せる」と反撃をする準備も出来ていたが、この文句は予想外だ。このわがままなお坊ちゃんは、ハムではご不満らしい。なんて贅沢なんだ。

    「ベーコン?そんなんねぇよ。つーかハムの賞味期限近いから使い切りたいんだけど」
    「それぐらい俺が用意する。使うのはベーコンにしろ」
    「話聞けよ!」

     俺の言うことを無視して、レオはベッドから立ち上がる。そして、向かった先のクローゼットから、100ドル札と自分のエクスプレイングカード──“ネバーノーダラーズ”を取り出した。シャツの胸ポケットにでも入れていたんだろう。

     初代ハイカードには“カードの私的利用は厳禁”というルールが存在していたらしい。聞くところによると、それは当時任務にあたっていたレオの親父が定めていたものだとか。だったらレオの親父からの命令で動いている現在のハイカードにも同じルールが適用される気がするけど、なんだかんだでレオが一番そのルールを反故にしている。俺が知らないだけで、現在のハイカードにはそんなルールはないのかもしれないけど。自由に使えたところで俺の能力は私生活に使えるようなものではないので、あんまり興味が無い。

     その場で「プレイ」と呟いて、“ネバーノーダラーズ”をプレイさせるレオ。瞬間、カードが光の粒子になって、あっという間にレオの手にグローブが出現した──今のレオはTシャツにスウェットのパンツという格好なので、リングのついた豪奢な革製のグローブがひどくミスマッチだ。とはいえ、最近の我が家では珍しくもない光景なので、今更揶揄うこともしない。

    「あっ、それ使うならついでにバターも出してくんね?そろそろなくなりそうでさ」
    「それぐらい自分で買え」
    「ケチ。今日の朝メシにだってバター使うんだぞ?お前も食うんだからそれぐらい出してくれたっていいだろ」

     詳しくは知らないが、レオの能力は確か“現金を等価のものに変換する”というものだったはずなので、100ドル札をそのままベーコンに変換したら、かなり高級なベーコンが出現するか使い切れない量のベーコンが出現するかのどちらかだろう──質も量も、そこまでを求めてはいない。だったら、100ドルのうちの何割かをバターに割いたっていいはずだ。

     レオは心底嫌そうに眉根を寄せたあと、小さく溜息を吐いて、100ドル札を握り込む。指の隙間から光が漏れたかと思うと、次の瞬間、レオの手元には常識的なサイズのベーコンとバターの箱が出現していた──これ2つで100ドルか。多分、俺が普段買い物をする店にはそもそも置いてないぐらい、質のいいものだろう。

    「これで満足か?さっさと調理に取り掛かれ」
    「お前さぁ、『お願いします』ぐらい言えねぇの?ほんっと可愛くねぇ」
    「貴様はいつになったら立場を弁えるんだ。お望みなら今この場で解雇してやっても──」

     言いかけて、レオは口を噤む。

     “プライベートのときは立場を利用しない”というのは、付き合い始めたときに2人で決めたルールのうちのひとつだ。と言っても、提案したのは当たり前に俺なんだけど。「業務外のときにまでそんなことを言われたら落ち着けない」と訴えたら、意外な程にすんなりと受け入れられた──それでも染み付いたパワハラ癖は抜けないようで、今回みたいに反射的に出てしまうことはあるけど。まぁ、途中で気付いただけ良しとしよう。

    「はいはい、分かりましたよ。作ってやるから適当に時間潰しとけ」

     レオの元まで歩いていって、その手からベーコンとバターをひったくる。紅茶は調理の合間にでも飲もう。

    ◆ ◆ ◆

     うちでトーストを作るとき、まず初めにやるのはオーブントースターの準備だ。元々我が家にそんな大層なものはなかったけど、これまたレオが用意した。
     常に出しておけるようなスペースはないから、基本的には足元の収納に入れておいて、使う時だけいちいち引っ張り出す。面倒だけど、スペースがないんだから仕方がない。

     取り出したオーブントースターを椅子の上に置いて、コンセントのプラグを差す。キッチンの自由なスペースには材料や調味料を用意してあるので、自然とオーブントースターを置くスペースの選択肢が限られてしまう──レオとこうなる前は、キッチンの狭さで困ったことなんてほとんどなかったのに。レオに相談したら、引越し費用出してくれたりしないかな。

     てきぱきと2枚の食パンにマーガリンを塗って、うち1枚にはスライスチーズだけ、もう1枚にはスライスチーズとハムを乗せる。使い切ってしまいたかったので、俺の分はハム2枚。ついでに、両方にブラックペッパーを少しずつ振った。
     それをオーブントースターへ入れてツマミを回して、次はフライパンを取り出して火にかける。

     使いかけのバターをひと欠片フライパンへ放って、溶けてきたところに少し厚切りのベーコンを入れる。しばらく経つと、ぱちぱちと音を立ててベーコンのふちがこんがりと色づいてきた。バターとベーコンの食欲をそそる香りが、あたりに漂ってくる──俺もベーコンが良かったな。使いきれなかったベーコンは、後日ひとりで朝食を用意するときにでも使わせてもらおう。

     火が通るのを待つ間、さっき淹れた紅茶を少し口に含む。中身はすっかり温くなっていたけど、これはこれで飲みやすくていい。俺の分に蜂蜜は入っていないけど、適度な渋味で目が冴える。レオが言うような丁寧な淹れ方をしなくても、俺の口にはこれで十分だ。

     マグカップを置いて、じゅうじゅうと音を立てるフライパンに視線をやる。そろそろいいか。
     ベーコンを木べらでめくって裏側を覗く──と、思ったよりも少し熱しすぎたのか、かなり色が濃くなってしまっていた。まぁ……いいか。どうせ隠れる部分だ。黙ってればバレないだろう。

     ベーコンをひっくり返してから、卵をふたつ、形が崩れないように、なるべく低い位置から割り入れた。ひとつはベーコンの上、もうひとつは、バターだけが薄く引かれた何も無いところに。そのタイミングで、ちょうどオーブントースターから焼き終わりを知らせる軽妙な音が鳴った。

    「レオー、ちょっと手伝ってくれー」

     部屋の奥にそう声を投げれば、ややあって、またスリッパの音がこちらへ向かってきた。さっきよりも足取りがはっきりしている──たっぷりの紅茶のおかげで、しっかりと目が覚めたようだ。

    「……なんだ」
    「パン焼けたから、皿持っといて」
    「何故俺が……」
    「ここ狭いから皿置いとくスペースないんだよ。いつも言ってんじゃん」

     そう言いながら大きめの平皿をふたつ差し出すと、渋々といった感じで、両手で1枚ずつ皿を受け取った。

     オーブントースターを開ければ、こんがり焼けたパンが視界に入る。いい感じの焼き具合だ。

    「焼きすぎじゃないのか」
    「ンなことねぇよ。これぐらいの方が美味いって」

     そう言いながら、片方のトーストを手で──

    「あッ……つ!」
    「……何をやっているんだ貴様は……」

     イケると思ったんだけど、ダメだった。

     レオの哀れむような目に気づかないふりをしながら、諦めて木べらを手に取る。そこにトーストを器用に乗せて、2枚ともレオの手にある平皿に移した。

    「しばらくそのままな」

     レオにそう言いつけてから、木べらを持ったままコンロの前へ移動する。フライドエッグとベーコンエッグも、いい感じの焼き色になっていた。
     まずはベーコンエッグの下に木べらを滑り込ませて、そっと持ち上げる──が、サイズ的にかなりはみ出してしまう。そこまでの距離はないけど、このままレオのところまで持っていくのは不安だ。

    「ちょっとこっち来い」
    「要求が多いな」
    「しゃーねーだろ。作ってやってるんだからそれぐらいやれよ」

     軽く舌打ちをして、レオはこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。

    「結構いい感じじゃね?めっちゃいい匂いする」
    「黙ってやれ。いつまで持たせる気だ」
    「へーへー。坊ちゃんはせっかちですねー」

     じろりと音が聞こえてきそうな勢いで睨まれたが、無視してベーコンエッグを持ち上げる。落とさないように気をつけつつ、レオの左手にある皿──ハムの乗っていないただのチーズトーストの上に、そっと滑り落とす。

    「よし、オッケー。あとは俺の分な」

     次にただのフライドエッグをすくい上げて、今度はレオの右手の皿にあるトーストの上に手際よく乗せる。これで完成だ。
     作り始めるまではあんまり空腹を感じてはいなかったけど、パンやベーコンの焼ける匂いを嗅いでいたらすっかり腹ぺこだった。さっさと朝食にありつきたい。

    「──なぁ、腹減ったからここで立って食っていい?皿運ぶ手間も省けるし」
    「駄目に決まっているだろう。ただでさえ素行が悪いんだ、日頃の行儀にぐらい最低限気を配れ」

     仰る通りで。
     仕方ない、普通に部屋で食べよう。

    「紅茶のおかわりは?」
    「いらん。まだある」
    「はいよ」

     言いながら、自分のマグカップを手に取る。俺もまだ残ってるし、紅茶を淹れなおす必要はなさそうか。

    「椅子持ってくから先行ってろ」

     レオを先に行かせて、椅子からオーブントースターを降ろそうとする──と、ついさっきまで高温で働かせていたから、まだ熱を持ったままだった。手を近づけただけで、その熱気が伝わってくる。片付けるにしても、このままでは触ることすらできない。

     諦めて、オーブントースターと椅子をそのままに、マグカップだけを持ってレオの元へ向かう。

    「──おい、椅子はどうした」

     皿を運び終えてベッドに腰掛けていたレオが、怪訝な顔でそう問い掛けてきた。

    「オーブン片付けらんなかったから椅子に置きっぱなしにしてる。今日はそこで食えよ」
    「……は?」

     レオが座っているあたりを指差せば、レオがその大きい目をまん丸くする──そういえば、この部屋で椅子に座らずに飯を食うのは初めてか。

     普段、我が家の一脚限りの椅子は、食事の時にはこのお坊ちゃんに使わせている。初めてうちに入れた日、ベッドに腰掛けて食事を摂るなんてと猛抗議を受けたから、仕方なく。俺はベッドでものを食べるのに抵抗はなかったから、その感覚は未だにぴんとこない。

    「しょーがねーじゃん。オーブンしまえる頃には飯冷めてるぞ」
    「くっ……」

     心底悔しそうな顔で爪を噛むレオ──この癖、いつになったら治るんだ。ストレスを掛けている側だから、強く叱りつけることもできないけど。
     そういえば、サンフィールズだと子どもの爪噛みをやめさせるのに、苦い味のついたマニキュアを塗ってやってたっけ。レオにもそれを塗ってやったらいいかもしれない。また今度リンジーに借りてこよう。

    「ほら、さっさと食うぞ」
    「待て」
    「は?まだなんかあんの?」

     レオの隣に腰を下ろそうとしたところで、レオから待ったの声が上がる。いい加減腹が減ったんだけど。

    「──カトラリーはないのか」
    「……かとらりー?」

     間抜けに復唱してしまった──別にカトラリーのが何かを知らないわけじゃない。それぐらいの知識は、俺にだってある。ただ、何で今カトラリーの話が出るのか分からなかった。

    「カトラリーって。何に使うんだよ」
    「食事に決まっているだろうが」

     食事って……トーストに?
     こいつ、マジか。
     育ってきた環境に大きな違いがあるのは分かってるつもりだったし、実際それぞれの持つ常識の違いに驚かされることは何度もあったけど──まさかここまでとは。

     おかしくて仕方なかったが、ここで笑うと後が面倒くさそうだ。必死に笑いを噛み殺しながら平静を装って、自分のトーストを手に取る。ほどよく熱を失っていて、素手で触っても問題なさそうだった。

    「ばーか、こんなんにカトラリーなんかいらねえって。普通に手で食うんだよ。こう」

     そう言ってトーストの端に齧り付けば、こんがりと焼けたパンの耳がさくっと音を立てる──うん、美味い。

    「ほあ、おあえおうえお」
    「口に物を入れたまま喋るな。行儀が悪い」
     
     諦めたようにもう1枚のトースト──ベーコンが乗ったもの──を手に取るレオ。しばらくトーストとにらめっこしたあと、意を決したように角に齧り付いた。

    「どう?美味くね?」

     そう問いかければ、少しの間口をもごもごさせたあと、小さい声で「悪くない」とだけこぼす──いつものやつだ。レオの「悪くない」は「めっちゃ美味い」なので、思わず頬が緩む。

    「そーかよ」

     ひとことだけ返して、自分の食事を進める。静かな部屋に、ふたりがトーストを食べ進める音だけが響いていた。なんか音楽でもかければ良かったかも。


     ちらりと隣を見ると、よほどお気に召したのか、レオのトーストはいつの間にか俺のものよりも小さくなっていた。歯が沈み込む度にベーコンの肉汁がじわりと染み出して、かなり美味そうだ──いいな。

    「なぁ、そっちひと口くれよ」
    「……自分のがあるだろう」

     口に含んだ分をきちんと飲み込んでから、心底不満そうにそう返してくるレオ。

    「だってこっちハムじゃん。ベーコンのも食いたい」
    「だったらお前もベーコンにすれば良かっただろう」
    「ハム使い切りたいんだって言ったじゃん。つーか作ったの俺だぞ?ひと口ぐらいもらったって罰当たんねーだろ」

     そんなやり取りの末、レオが根負けしたように「好きにしろ」と呟いた。

    「サンキュー。じゃあほら、あ」

     レオに向かって、ぱかりと口を開ける。と、俺の意図を掴めなかったらしいレオが、眉間に深い皺を作った。

    「……何だ」
    「何って……食わせろよ。俺今手埋まってるし」

     両手で持ったトーストを、わざとらしく掲げてみる。別に、トーストなんて片手があれば十分なんだけど。

    「いちいち皿に置くの面倒だし。レオが食わせてくれた方が早いじゃん。ほらほら」

     そう言って再び口を開けると、レオは思ったよりもあっさりと、その手のトーストを俺の口に運んできた。もっと嫌がると思ったけど……なんか意外だ。

     レオが食べ進めていたところに続くかたちで、1箇所を齧り取ると、香ばしいベーコンの風味が口いっぱいに広がる。少し焼きすぎたかと思ったけど実際そんなことはなく、カリッとちょうどいい仕上がりになっていた。それに、なんとはなしに振ったブラックペッパーとの相性が最高だ──めちゃめちゃ美味いな、これ。

    「……雛鳥のようだな」

     俺が自分の料理テクに深く感心していると、レオが半笑いでそんなことを言ってきた──すんなり俺の要求を飲んだと思ったら、そんなこと考えてたのか。
     いつもだったら言い返すところだけど、まぁ今回は見逃してやろう。惚れ惚れするぐらいの自分の腕前のおかげで、今は何でも許せる気がする。

    ◆ ◆ ◆

    「──はぁ、美味かった」

     皿の上で軽く手を叩き、パンくずを払い落とす。一方、レオは律儀にティッシュで手を拭っていた──こういうところ、性格出るよなぁ。性格というより、これも育ちの問題かもしれないけど。

    「でさぁ、今日は?予定あんの?」

     ひと息ついたところで、ティッシュを丸めていたレオに声をかける。
     一瞬こちらに視線を向けてきたレオは、しばらくの逡巡のあと、

    「ないな」

     とだけ言った。

    「行きたい所は?ねぇの?」
    「……ない」
    「ふぅん」

     であれば、俺が適当に予定を組んでしまってもいいだろう。どこかに出かけてもいいが、このまま家でだらだらと過ごすのも悪くない。外か家か、どっちがいいかぐらいはレオに決めてもらおうかと口を開きかけたとき、けたたましい音が部屋に響き渡った。
     ──枕元に置いていたスマホが鳴っている。俺の着信音ではないから、これはレオのスマホから聞こえるものだ。アラームでも設定してたのか?

    「俺だ」

     特に驚く素振りも見せずに電話を取るレオ。アラームじゃなくて着信か──話し方から察するに、相手はバーナードのじいちゃんだろう──嫌な予感がする。

    「──あぁ、分かった。フィンには俺から連絡をする。そっちは頼む」

     暫くのやり取りの後、そう言って電話を切る。
     『連絡をする』という言い方をしたあたり、俺ん家に泊まってること、じいちゃんにも言ってないのか。なんか、すごく悪いことをしてるような気がしてきた。そういえば、初めて無断で外泊をした日はリンジーにひどく叱られたっけ。レオの家はそういう心配はないようだった──そもそも任務で家に帰れないことも多いからかもしれない。
     大人しくしながらそんなことを考えていると、レオは表情を変えずにひとこと、

    「任務だ」

     とだけ言った──やっぱりかよ。

    「一応確認なんだけどさぁ……俺たちって、今日オフの予定なんだよな?」
    「何度言えば分かる。俺たちはピノクルの従業員である前にハイカードのメンバーだ。支店の業務はともかくとして、ハイカードとしての俺たちに休みなどない」
    「マジでブラックだよなぁ……」
    「諦めるんだな」

     がっくりと肩を落とすと、隣から楽しそうな笑い声が聞こえてくる──お前も休み返上になるんだぞと言いかけて、まぁこいつは一も二もなく返上するだろうなと思いとどまった。前から思っていたけど、こいつはワーカホリック気味なところがある。弱冠15歳にしてワーカホリックなんて、笑い話にしては面白くない。

    「まぁ、給料は出るしいいけどさ……で、これからどうすんだよ」
    「あらかた支度が済んだら、一旦俺の屋敷へ向かえ。俺の支度が済み次第、ロゼンジへ向かう」

     あぁ、そっか。昨日は普段着のままでうちに来たから、スーツに着替える必要があるのか。別に私服のままでもいいだろと俺は思うけど、まぁ、レオなりの切り替えスイッチみたいなものなのかもしれない。

    「予備のスーツ持ってるんだろ?今後また同じような事すんのも面倒だし、一式うちに置いとけば?」

     半ば冗談のつもりで言ったんだけど──レオは少し考えたあと、

    「──それもそうだな」

     と言った。

     俺が「レオはまたうちに来る」と決めつけて話していることに、気付いていないんだろうか。レオにとって、俺の家に来るという事が、それぐらい当然のことになっているのか。
     まぁ……生活習慣から家財まで、すっかりレオによって侵略されているんだ。急に「もう来ない」と言われたら、それはそれで困るんだけど。しかし、レオに負けず劣らず、俺自身もレオの“当たり前”を侵略しているようだし──しばらくは、そんな心配は不要なように思えた。
     我が家のクローゼットは、そこまで大きくない。狭い部屋に、相応のサイズのものといった感じだ。最近はそこにひとまわり小さいサイズの衣類も増え始めてかなりの密度になっているのに、さらに一着衣類が増えることになりそうだった。提案したのは俺なんだけど。

    「しょーがねぇ、支度すっか……お前も歯磨きくらいはうちで済ませとけよ」

     そう声を掛けると、レオは静かに立ち上がって、洗面所──数週間前、いつの間にか高そうな電動歯ブラシが設置されていた──に向かった。

     予想外の予定が入ってしまったけど、まぁレオと居られるという点ではそこまで大きな違いはないだろう。レオは俺と2人の任務なんて嫌だろうけど、それは主に「任務における失敗が多いから」という理由があってのことなので、俺が頑張ればいいだけの話だ。別に、普段は手を抜いてるというわけじゃないけど。

     ぐっと大きく身体を伸ばして、深呼吸をする。夜までに帰ってこられそうなら、またこの部屋にレオを連れてこよう。
     夕飯のメニューはどうしようか。
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