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    DasonHen

    @DasonHen

    画像化すると長くなる文はここ
    あとたまにえっちな絵を描くとここ(報告はサークル内)

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    DasonHen

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    ちこくりすます

    メリクリさめしし2023『わたしにつづけ 陽気なリズムで
     ユールタイドの宝物を……』
     
     ぱちり。
     昼間から大きな音で、夜が更けてきてからは小さな音で、もう何度聞かされたか分からないほどに繰り返された音楽がようやく止んだ。指で触れたスイッチがいやに温かく、慌てて抜いたコンセントは恐ろしいほどの熱を発している。
     まさか、このおもちゃもこんな長丁場を歌わされるなんて思ってもみなかっただろうな。
     苦く笑って、本来であれば明日が本番であるはずの、しかし当日にはもう誰にも見向きもされないであろう本日の功労者を労わるよう、丁寧に箱に戻す。
     
     広々としたリビングルームを振り返ると、あらかたの片付けを終えたそこはおおむねいつも通りの平穏を取り戻し始めていた。未だちかちかと光の点滅を繰り返すモミの木だけが健気に存在を主張していて、その隣で物々しい手術台がカラフルな光を反射している。
     平穏で清潔感のあるリビングに置かれた手術台。いつ見ても異様な光景だ。それなのに、銀色はぴかぴかしていて綺麗だなぁとぼんやり思ってしまうのは多少腹に入れたアルコールのせいか、昼間からぶっ続けではしゃいで怒鳴って、疲れてしまったためか。
     
     音楽が消えたリビングルームはひどく静かだった。はしゃぎ、遊び疲れた面々がそれぞれあてがわれた寝室に退散していった途端に訪れた、底冷えするような寒さが気になり、常時換気のスイッチすら切ってしまったからだ。獅子神が片付けの手を止めてしまえば、自身の呼吸どころか心臓の音すら聞こえてきそうなほどの静寂だった。
     楽しげなクリスマスの歌が流れていた時にはあれだけ煌びやかで賑やかであったクリスマスツリーが、静かな世界で見るとただの色付き電気と作り物の木にしか見えなくなるというのもひどい話だ。現金で単純な自分の心情に半ば呆れて笑い、どこかの神様の生誕を祝い続ける木から目を逸らす。
     やはり、少し疲れた。
     
     音楽を止めたのは間違いだったかも知れない。
     少しだけそう思ったが、一度片付けたそれを自分だけのために再度準備するほどの熱意は獅子神にはなかった。床と机はもう綺麗になった。明日の朝食の準備もした。残った仕事は皿洗いだけだ。
    「……っしょ、っと」
     別に、気合いの声など入れなくとも立ち上がることはできる。それでもわざとらしく口を開いたのは、やはり無音の世界が気になったからだろう。
     
     壁に掛けられた銀色の器具に水がかからないようゆっくりと蛇口を上げると、静寂の世界にようやく獅子神以外の音が生まれる。どうしてだか、ほう、と知らず息が漏れた。
     湯が出るまで待つ間に、皿の汚れを水流で少し洗う。ざぁざぁと流れる水音に混じり、動かされる食器ががちゃがちゃと音を立てる。この食器の大半が、獅子神がわざわざ自宅から持参したものだ。なにせ、今日のパーティ会場は手術室兼診察室であったので。ここにはスプーンのひとつすら存在しないので。
     指先を凍らせるような冷水はすぐに、安心するような温度の湯に変わった。これまた持ち込んだ食洗用洗剤とスポンジで、シンクを満たす汚れ物を擦っていく。男五人の腹をたっぷりと満たした、たくさんの食器。パーティーの夢跡。
     楽しいパーティーと言えばそうだが、どちらかと言うとパーティーという名前にかこつけたどんちゃん騒ぎと呼ぶに近いそれらを思い出して、獅子神はくすくすと一人で笑う。うろ覚えで調子外れの真経津の歌が、意外と浅い村雨のツボに変にハマってしまって、普通に笑えば良いものをなぜか静かにソファでひとり、ビクビクのたうち回っている姿が面白くて、それを見た全員で笑い転げたのが、今日のパーティーのハイライトだった。
    「……ふ、ふっ」
     思い出したらまた笑えてくる。叶が動画を撮っていた。あれが回ってきたら、しばらくは笑いのネタに事欠かないだろう。だって真経津の歌は本当に意味が分からない呪詛のようだったし、転がる村雨は打ち揚げられた魚とか、パニックに陥った虫か何かみたいだった。笑いの波が過ぎた村雨は、ぜぇぜぇと息を切らして顔を真っ赤にしながら怒っていたが。
     もう、あのクリスマスソングを聴くたびに獅子神はこのことを思い出してしまうのだろう。クリスマスらしい思い出を作るより前に、いつも通りのくだらない馬鹿騒ぎの記憶を。
     
     なんだっけか。どこかで聞いたことがあるような気がする、しかしほとんど知らない祝いの歌を、獅子神は今日はじめてきちんと聞いて、少しだけ覚えた。無駄に本格的で、英語の歌が流れるあのおもちゃを買ってきたのは誰だったのだろう。綺麗な絵本のような歌詞カードを読んでみても、英語で書かれた箱裏の商品説明を読んでみても、意味はいまいち分からなかった。馬鹿でかいおもちゃの箱が家に勝手に届くのだと溜息を吐いていた村雨の姿は記憶にまだ新しい。
     どの歌にも日本語訳の歌詞があると村雨は言っていた。しかし、どんなのだよ、聞かせろよとねだってみても、彼は頑としてみんなの前で歌を披露することはなかった。
     聞いたことはないが、もしかしたら致命的に音痴だったりするのだろうか。だとしたら、真経津を見てあんなに笑うだろうか。
     
    「ららら、らーら、らーらーらー……」
     そう、こういう歌だった。
     
     歌をうたうことは、多分あまり得意ではない。苦手かどうか判別できるほど、数をこなしたことがない。
     元より誰も聞いちゃいないが、水音と、皿が擦れる音に紛れるよう、できる限り小さな声で覚えたての歌をなぞる。意味はまったく知らない。
    「でっ、ざほーうぃー……、ららら、らーら、らー……はは、ひでぇ」
     潜めようとした掠れ声の、歌詞も音もあやふやな穴抜けの歌が情けなく空気を震わせる。まぁ、クソ下手だ。あまりの出来の悪さに一人で言い訳を口にしてみると、さらに恥ずかしさは加速した。
     真経津の歌を馬鹿にして、おもちゃから流れるお手本を嫌というほど聞いて、もう忘れないだろうと思っていた歌なのに、取り出してみると驚くほどにその輪郭は不明瞭だ。頭の中には複数の外国の子供たちが歌う流暢な英詞が浮かんでいるのに、おかしなことである。
     まずい、自分も真経津のことを笑えないかもしれない。
     
     数枚の大皿を洗い終えると、小さめのシンクもようやく底を見せ始めた。楽しいパーティーが、その痕跡すら残さず終わっていく。クリスマスが終われば正月が来て、新年度がきて、そうして季節は等間隔で進んでいく。当たり前の事実が、なんとなく非情であるような気がして。
     寂しいのだろうか。生まれてはじめて、こんなにも楽しいクリスマスを過ごしたから?
     頭の中でだけは完璧な歌が、まだ消え去りたくないとでも言うように大きく流れ始める。
    「……たん、たた、た、たん、たた、た、」
     ああ、これならできる。音程とリズムくらいならとれるようだ。たぶん、真経津よりは上手いだろう。良かった。
    「たたたん、たたたん、た、た、た、」
     獅子神には子供の時、クリスマスに何かを貰ったり、祝い事をした記憶はない。しかし、世間の浮かれた様子やポストに入る玩具屋さんのチラシ、図書館の絵本でそれがどんなものであるかは知っていた。朝は期待と共に目を覚まし、自分が悪い子だからサンタさんが来てくれないのだと泣くのは小学校に上がったあたりでやめた。いいなぁ、と家族に愛される子供を羨む気持ちは小学校の高学年に上がるあたりで無くなった。だって自分は幸福のチケットを持っていないから。
     それからはずっと、十二月二十四日は年末に向かうただの一日だ。
     今年からは、どうだろうか。なにせイブに生まれた男と友達になってしまったから。どこかの知らない聖人の誕生日よりは、身近な友人の誕生日の方が獅子神にはずっと重要だ。ついでに流行りにあやかって、鶏肉とケーキを食べて、とりあえずモミの木を飾って、皆で楽しく過ごせれば、それで良いのではないだろうか。
     
     だからこの歌にも、意味などないのだ。
     歌詞なんて、なくても良いのだ。
     
    「たん、たた、た、た、た……」
    『Deck the halls with boughs of holly,
      Fa la la la la la la la』
     
     突然背後から聞こえてきた少年たちの合唱に、完全に気が抜けていた体はギクリと大きく硬直した。この真夜中に、喉から驚きの声が出なかったのは不幸中の幸いだ。
     獅子神が慌てて後ろを振り返ると、そこにはスマートフォンを手に持ち、村雨が一人で佇んでいた。
    「……うわ、起きてたのかよ」
    「待てど暮らせど隣の部屋のドアが開かないのでな」
     合唱は村雨のスマートフォンから響いている。わざわざこの曲を、獅子神が歌おうとしていたそれを流しているということは、あの下手くそな歌もどきが村雨にしっかりと聞こえていたということ。
     気まずさと恥ずかしさを誤魔化すために睨みつけると、村雨は呆れたように眉を上げて獅子神を見つめ返した。
    「いつまでここにいるつもりだ?」
    「そりゃあ片付けが終わるまでに決まってんだろ」
     すたすたと村雨は獅子神の元まで歩みを進める。その足取りはしっかりしていて、わずか数時間前に寝落ちた彼を獅子神が抱きかかえてやって寝室に運んだのが嘘のようだ。
    「オレに何か用か?」
    「マヌケ」
     いつも、村雨の静かな目にじっと見つめられると、なんだか心がそわついて落ち着かない。それを紛らわしたくて発した問いかけは、当の本人にすげなく撃ち落とされた。
     こんな深夜にリビングに来るなんて、喉が渇いたのだろうか。それとも小腹でも空いた?
     またマヌケと言われたい訳ではないので、口を噤んで村雨の出方を窺う獅子神を、村雨はただ見て、そして近づいてくる。スマートフォンから流れる歌はそのままに。
     静かな彼の態度とその手元から流れる陽気な音楽があまりに不釣り合いで、まるで合成された動画でも見ているような気がしてくる。
     
     手を少し動かしただけで触れ合いそうなほどの近くまで歩み寄り、ようやく村雨は足を止めた。獅子神の戸惑いの視線などおかまいなしに、そのまま彼は後ろから獅子神の腹に腕を回す。
    驚きびくりと体を震わせる獅子神が逃げないようにか、その腕にはすぐに力が込められた。
    「、なに、」

     返事はない。ただ、村雨に後ろから抱きしめられていた。
     今日会ってから初めての、さらに言えば二週間ぶりの、恋人の温度だった。天堂の誕生日を祝うからと皆で準備を重ね、会場となったこの邸に必要物資を運び込み、そして今日のパーティー本番と、そのすべての時間において、村雨と獅子神は完全に「友達」であった。

     村雨と獅子神は恋人同士だ。ハグなんて何度もしたことがある。
     しかし、何度も自身に言い聞かせるように村雨との距離をとっていた獅子神からすれば、そのスイッチを突然切り替えることなど出来るはずがない。
    「……体が冷えている」
    「まだ風呂入ってねーから」
     獅子神の手はまだ泡と水にまみれていて、用意していたタオルは村雨に押されて獅子神の下腹部とシンクに挟まれていた。抵抗させないためにタイミングをも見計らっていたのだとすれば、獅子神は完敗だ。
    「どーしたよ?」
     獅子神の問いかけに返事はない。ただ腹に回った腕が離れることもない。落ち着かないそぶりで、遠慮がちに身を捩る獅子神のことなどかまいもせず、村雨はむずがるように獅子神の肩に自身の額を擦り付ける。まるで甘えん坊の子供のようだ。
    「……なに?夜中に目が覚めて寂しくなっちまったか?」
     村雨も、奔放な友人達の例に漏れず普段から自由に振る舞いがちな人ではある。しかしその天にも届きそうなプライドの高さゆえか、ふだんの彼が獅子神にわかりやすく甘えてくることがないのも事実だった。そんな彼が、こんなにうじうじと獅子神に甘えるなんて、本当に珍しい。
    「寝ぼけてんの?」
     可愛らしいところがあるではないか。もっと、そうしてくれて構わない。そう思うのは本心だというのに、甘えるのはもちろん甘やかすのも、恋人としてべたべたといちゃつくのも、本当はあまり得意でない獅子神はただ、誤魔化すような笑いを口に浮かべるしかできなかった。的外れであろう獅子神の揶揄の言葉にもまた、返事はない。
     曲がりなりにも一応、恋人関係を結んでいる相手の殊勝な態度すらうまく受け止めてやれない自分が少し、いや、とても、悔しかった。
     もちろん、強がって意地悪ぶって、その手を振り払おうと思えば、できた。そうしようと思ったことなど一度もないが。
     実に中途半端な手。いつか言われた言葉が脳内にこだまする。
     
    「…………そうかもしれない」
     少しの間をあけて、獅子神の耳には吹き込むような、吐息混じりの低い声が響いた。
    「へ、」
    「泊まりに来ておきながら、独寝をさせてくるひどい恋人がいるのでな」
     するり。ずっと動いていなかった村雨の手が、獅子神の腹を撫でる。それは腹筋の線をなぞり、パンツのウエストラインをなぞり、その下あたりを、意味ありげな手つきで。
    「……え、ちょ、」
    「では、ベッドで待っている」
    「は?」
     音量こそ大きくないが、このリビングの中には盛大に響くクリスマスソングをそのままに、村雨は内緒話をするように囁いた。返す獅子神の素っ頓狂な声にもやはり構うことはなく、村雨は何の未練もないかのように獅子神から身を離す。
     短い時間とはいえ密着していた体を、部屋の冷たい空気が一気に包み込んでぞわぞわと寒気が走る。
    「オイ、」
     獅子神の疑問の声に答える言葉はない。村雨はすぐに踵を返し、再び寝室まで向かう足を止めることはなかった。
     
     
     片付けを済ませ、入浴も済ませて寝室のドアをちいさくノックしてから、開ける。自分に当てがわれたゲストルームではなく、この家の家主の寝室の。
    「まだ起きてたのか」
    「人を呼んでおいて先に寝る奴がいるか」
     中にいた村雨は、少し薄暗い灯りの下で本を読んでいた。もう日付はとうに変わっていて、この後朝から通常の勤務が待っている村雨が寝る時間としては、少し遅い。
     顔を上げた村雨の表情に、待たせたことによる苛立ちや怒りが見えないことをこっそりと確認して、獅子神はベッドへと近付く。
     風呂に入る時、体は洗った。それはつまり、そういう意味でも。
     でも、村雨は明日の朝が早いので特に意味はなかったかも知れない。彼は待っているという言葉以上に何も言わなかった。あの手つきに勝手に期待して、それが浅ましい見当違いだった可能性を考えると、自分がとても恥ずかしいことをしている気がして足が震えた。
    「もう寝るよな?」
    「ああ」
     村雨が本をサイドテーブルに置き、ダウンライトの光度を絞る。明るい廊下の光に慣れた獅子神の目は、それだけでほとんど部屋の景色が見えなくなってしまった。
    「やべ、見えねぇ」
    「こっちだ」
     途端によたよたと右往左往する獅子神の手を、温かい手が取る。導かれた先はやわらかなベッドの上だった。その案内に素直に従い、獅子神はゆっくりと体をそこに横たえる。同じく村雨の体が隣に寝そべったのを気配で感じ、獅子神はほぅと小さく息を吐いた。
     今日はこのまま就寝するのだろう。
     
    「……疲れたか?」
    「んー、別に、そんなに」
     潜った布団の中で、細い手が獅子神のそれを軽く取る。それに少しだけどきりと心臓をざわつかせながら、獅子神はそっとそれを握り返した。すると次は村雨が身じろぐ。気配が近付いてくる。
    「…………」
     そっと重ねられた唇は、風呂上がりの獅子神の温度からすると少し冷たかった。衣擦れの音がして、村雨の体が獅子神の上にゆっくりとのし掛かる。唇同士が離れ、冷たいそれが獅子神の額を、瞼を、頬をなぞっていく。
     どうやら、まだおやすみの時間ではないらしい。
     従順に口を開いて村雨を招き入れ、村雨が動きやすいよう足の位置を変え、くたりと体から力を抜いた獅子神の——
     その手に、何か異質な感触のものが置かれた。それはかさりと音を立てて擦れ、非常に軽くて薄い——
     
    「メリークリスマス」
    「……は?」
     
     獅子神が瞑っていた目を開くと、文字通り目と鼻の先に、先ほどよりもかなり鮮明に見える村雨の顔があった。悪戯をする時のあのニヤけ面ではなく、ただただ真摯な表情で。
     獅子神が自分の手元を見る。そこには赤いリボンがかけられた、定型郵便より少し小さいくらいのサイズの封筒がある。わざわざ、サンタクロースとクリスマスツリー、雪だるまが描かれた絵本のようなカラフルな封筒だ。
     メリークリスマスだって?
     
    「……抜けがけはズリぃだろ」
    「抜けがけなどではない」
     いかにも恨みがましい獅子神の声に反して、村雨の声は軽かった。サプライズのつもりだったのか、気障ったらしく音を立てて頬に落とされるキスが、獅子神の心を悪い意味でざわつかせる。
    「…………オレ、マジでなんも用意しなかったんだぞ」
    「それはそうだろうな」
     村雨は明日、つまりクリスマス当日の朝から仕事で、そのまま当直、明後日の朝も仕事なので帰ってくるのは二十六日の夜の予定だ。
     だから、クリスマスは特に何もしないと。イブの日に天堂の誕生日会をやって、ついでに全員でクリスマスだかなんだか分からないパーティーを楽しんで、それだけにすると。
    『交換をする気はないので、プレゼントなどは買わないように』
     確かに目の前の男が口にした発言を思い返して、獅子神はこれ見よがしに眉間に力を込めた。思いきり期待していた訳ではないが、少しだけ落胆したあの時の気持ちも思い出す。とはいえクリスマスから数えても二週間もしないであいつの誕生日がくるから、恋人としての時間はその時にと言い聞かせて、街中のクリスマスのオーナメントを見るたびに獅子神は努めて肉食の自称神のことに思考を無理矢理切り替えていたのに。
    「あなたにプレゼントを用意するなとは言ったが、私が用意しないとは一言も言っていない」
    「知ってるか?そーいうのを屁理屈って言うんだぜ」
    「屁理屈ではない、私は本当のことを言っただけだ」
     嘘をつかずに人を騙すことなど簡単、というやつだろうか。
     恨みがましさを存分に乗せた声でぶちぶちと文句を言い続ける獅子神に、村雨は飄々と言葉を返した。
    「開けんつもりか?もう日付は変わっているが」
    「……ありがとよ」
     促され、怒りを一度納めた獅子神がようやくじっと自分の手元を見る。クリスマスらしい可愛い封筒には、数枚の紙が入っているようだった。何かのチケットだろうか?自分達に限って金銭的な何かではないだろうが。
    「一回写真撮っていい?」
    「何のために?」
    「……これ、戻せねーから」
     簡易的ながら煌びやかに巻かれたリボンを指差しながらそう言うと、村雨は少し不満げに嘆息する。
    「ならばもっと包装に気を遣ったものを」
    「オレが過剰包装で喜ぶ訳ねーだろ」
     獅子神の返答にも呆れたような態度はそのままに、それでも村雨はダウンライトを最大まで明るく変えた。

     カシャ、と軽い音と共に獅子神のスマートフォンにプレゼントの記録が残る。それに言い知れない充足感を覚えながら、獅子神はまごつく指でリボンをつまむ。開けてしまうのが、ひどく惜しいような気がした。
    「プレゼントで重要なのは包装ではなく中身だ」
    「……わーってるよ」
     そんな獅子神の気持ちを察しているのか、村雨は震える指に自身のそれを重ねる。上から軽く力を込められて、簡素なラッピングはそれだけで簡単にほどけた。
     封筒を広げると、中には複数枚のチケットが入っている。二人分の、新幹線の切符だ。それから一泊分、温泉宿の予約票。
     日付は一ヶ月先のものだ。
     はて。一度瞬きをして、再び書かれた文字を見て、なぞる。二回目も、特に内容は変わらなかった。
     こんな未来の日付に、いったい誰が。

    「有休は取得済みだし、行くのはあなたと私の二人だ、マヌケ」
     獅子神の視線の動きを読んでいるのか、疑問を持つのと同時に、口に出すより前に答えが与えられた。それでもどこか信じられない気持ちで、ぱちぱちとまばたきを繰り返す獅子神の髪の毛を、特に許可も取らずに村雨の手が撫でている。

     普段、村雨の予定した休日が消えてしまうのを何度も見ていた獅子神からすれば、こんなにもまとまった休暇を彼が取得して、あまつさえ予約まで確定しているというのは少し、信じられないことだった。それを、自分との旅行のためになど。
    「そんな先の休み取れんの?」
    「何が何でも休むと伝えているので、法事だと思われているようだな」
    「はは、再来年以降どうするつもりだよオメー」
    「毎年休めば問題ない」
     普段の働きぶりを見るに、かなり難しいであろうことを事もなげに言う村雨の肝の太さがおかしくて、獅子神は今度は声をあげて笑った。

    「じゃあ毎年、この時期は休みか」
    「あぁ、来年のクリスマスが楽しみだな」
    「…………ん?」
     雑談のつもりで言った台詞に返ってきた村雨の言葉がなんだかちぐはぐな気がして、そこをスルーしてしまうのはなんとなく良くない事が起こるような気がして、獅子神は首を傾げる。
     どうして年明けの休暇がクリスマスの話に?
     隣に座り、いつの間にか獅子神の腰に片腕を回している村雨の顔を覗き込む。

    「初日が当直明けになる可能性があるので、出発時間は遅めに設定するように」
     にんまり。
     なんとも性格の悪そうな、おかしそうな笑顔が獅子神の視線に返された。

    「…………オメー、あー、あーっ、そういうことかよ……!」
     要は、クリスマスプレゼントは一年後に返せという意味である。休暇期間は同じ日付。今度は獅子神の手で、同じことを企画して返せと。
     なるほど条件としては順当だった。言いくるめられたせいとはいえ、獅子神は今、村雨に返せるものをなにも持ち合わせていないので。
     納得と、やりきれない感覚で溜息を吐く獅子神の口の端に、村雨の薄い唇が触れた。宥めすかし、甘やかすようなそれに少しずつ毒気が抜かれていくのが分かる。

    「……これってプレゼントになんのかぁ?」
    「プレゼントの定義として、我々が納得する以外に条件があるのか?」
     ああ言えばこう言う、を圧倒的な実力差でやってくる村雨に口答えをするなど不毛だ。
     するり。流せると判断したのか、村雨の細い指が獅子神の手の中のプレゼントを奪う。それは丁寧にサイドテーブルに置かれて、代わりとでも言うように戻ってきた指が絡められた。
    「あーくそ、来年覚えてろよ」
    「別に勝負を持ちかけたつもりはないのだが」
     未だ悔しさを隠しきれない獅子神の様子とは対象的に、村雨は落ち着きはらっていた。サプライズが成功したのだから、もう少し喜べば良いのに。
     落ち着いた表情のまま、村雨の片手は繋いだ獅子神の掌を擽り、腰に回った方の手は上衣の中に入り込もうとしている。
     獅子神が視線を上げて、その手の持ち主の顔を見れば、待ってましたとばかりに唇が奪われた。
     つまりは、そういう。
     
    「あー……取り急ぎの礼、要る?」
    「要る」
    「あはは、すげー元気」
     
     獅子神の言葉に被せるような、けっこうな勢いの即答に思わず笑ってしまいながら、獅子神はサンタクロースと共にベッドに沈み込んだ。

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