ピジョンブラッドまだ雪が残る時期。
夜な夜な港の倉庫で話し声が聞こえてこっそり見てみると、マフィアが指輪の取り引きしてるところだった。
手に入れた経緯は不明だが、随分と良い指輪らしい。
でもそれは正規ルートで得たものでは無い。
私は何となく盗んでみたいという好奇心が湧き上がった。
翌日、マフィアの一人…白髭の男は列車に、もう一人の帽子を被った紳士的な風貌の男は別行動らしく船に乗るようだった。
列車に乗る前に白髭が険しい表情で相棒を呼び止める。
「やはりその指輪はやめた方がいい。不幸なんて貰うもんじゃない」
白髭はそう言ったが、相棒は迷信だと笑い飛ばした。
どうやらいわく付きの指輪らしい。
他の乗客に紛れ帽子の男を追うように私も乗船し、それから間もなくして船が出港した。
甲板から白髭が乗ってるであろう列車の方を見る男。
「いわく付きの指輪?そんな迷信、金が手に入れば関係無い。」
バカバカしいと呟くのを近くで聞きつつ、私はふと下を見た。
水面に薄らと黒いものが浮遊している。
油だ…。
それを目で追うと、港の方から少しずつ続いているのが見えた。
嫌な予感がしたところで突然汽笛が何度も鳴った。
まだ港からそう離れていないのに、船は左へ曲がっていっている。
進む先には海沿いにある線路。
そろそろ列車が発車する頃だろう。
もしこのまま行けば、最悪その列車と衝突することになる。
辺りがざわつき始め、帽子の男も焦りの表情を見せた。
救命ボートには我先にと人が群がり、思うように動かせないようだ。
帽子の男が他の乗客と競り合ってると、ポケットから指輪の箱が転がり落ちた。
男が慌てて手を伸ばす。
私はそれを持ち去り海へ飛び込んだ。
真冬の海は刺すように冷たい。
港までは何とかなりそうだという思いと、そうでもしなければ助からないという思いが入り混じる。
他にも数人海へ飛び込んだ乗客がいたが、どうやら帽子の男はできなかったらしい。
何とか港へ辿り着いたものの気は休まらなかった。
重い体を引き摺ってできるだけ海から離れようとするが、少し進んだ所で座り込んでしまう。
遠泳は苦手だ。もう二度としたくない。
船はどうなったかと目を向けると、横から列車が汽笛を鳴らしながら走ってくのが見えた。
ブレーキの音も聞こえるが間に合いそうにない。
船は線路へ突っ込み、列車もそのまま衝突した。
黒い煙と爆発音。
火は海に漂う油にも引火し、港付近まで及んだ。
突然の出来事に港は大騒ぎになったが、私にはそんなことはどうでもよかった。
足早にその場を離れ、人気の無い倉庫裏へ隠れる。
小雪が舞い始める中盗み出した箱を開けると、シンプルな銀の指輪には一目で質の良い物だと分かる赤い石が付いていた。
宝石にそこまで詳しい訳では無いが、色の濃さ、透明感…こんな石は見たことがなかった。
こんなに綺麗ならいわく付きでも納得できる。
本物のルビーか…と空に指輪をかざしてみる。
不思議と濡れた様子は無く、灰色の空に深い赤がよく映えた。
暫くその色を堪能したが、いよいよ寒さに耐えられなくなり家路を急ぐ。
これから持ち主が誰か探し出さなければならない。
ただ盗まれたのだとしたら、それは何とかなるだろう。
それより持ち主へ返すのだから不幸は呼ばないでくれよと溜息をついた。