現代転生パロのスピンオフカフェテリアへと続く渡廊下を歩きながら、ジェニーはお気に入りのワンピースを風に揺らして辺りを見回した。
留学生として英国を出発して早1ヶ月。
文化の違いに戸惑う日々を過ごす内に、今ではすっかり中庭に咲く花々に魅力されるばかりだった。
入学当初から未だ友人と呼べる存在が出来ないまま、それでも美しく咲き誇るジャスミンやマリーゴールドを横目に一人で迎える午後のティータイムの時間が好きだ。
今日はスケッチでもしようかしら、などと思いを馳せていると、前方から上級生の男達が何やら耳打ちをしているのが目に映る。
それから男達は流れるようにしてジェニーの前に、道を塞ぐようにして立ちはだかった。
「もしかして噂の留学生?」
「こんにちは、…噂は存じていませんが、私に何か御用でも…」
「マジでめちゃくちゃ綺麗だ!」
「俺らと一緒に遊びに行かない?」
一人の男は名前すら名乗らずに不躾にジェニーの手を取った。
その失礼極まりない態度にジェニーは驚き返って、されるがままに引き寄せられる。
「あの、少し失礼じゃないかしら…」
「何だって?」
男達からまじまじと上から見下ろされて、不満はあるがそれ以上は言い返さなかった。
腕力と人数を考えれば、勿論勝算などありはしないのだから。
せめてもの抵抗で、ジェニーはみっともなく震えてしまいそうな足を叱咤する。
「やめろ、彼女が怖がってる」
背後から突然、逞しい腕が伸びてきて手を掴む男の肩を強く押した。
不意を突かれた男はそのまま二、三歩後ろに下がって、突如現れた一人の男に慌てて視線を向ける。
影から表れたのは、張りのあるストライプのシャツに包まれた逞しい腕に見合う優れた体格。
周りにいたもう一人の男は、カッとなって闖入者に噛み付くように言った。
「お前下級生だろ、邪魔すんなよ!」
ジェニーは距離ができた事に安堵しつつ振り向くと、そこには怒りを称えた男の顔があった。
意思の強さが窺える太い眉は眉間に寄って、その下にある黒々と光る瞳はじっと獲物を狙っている。
「俺が邪魔をしたのか?」
「…いいえ」
声を振り絞って否定すると、闖入者は前に出て臆する事なく上級生の一人一人に目をやった。
まるで品定めでもしているかのように。
「騒ぎにしたくない。彼女に謝罪をして、立ち去ってもらえませんか」
真の通ったその響きを聞いて、この人数を相手取っても目前の男が負ける事はないと場の全員が確信した。
力で制圧してしまう悲しみが、穏便に解決したいという言葉から滲み出ていたからだ。
彼にはそれを裏付ける風格もある。
びりびりと痛いまでに伝わる圧を肌で感じて、男達は見えぬ恐怖に後ずさった。
「わかった、俺達が悪かった」
「彼女にはもう関わらない、これでいいだろ!」
両手を挙げて降参の意を示してから小走りで廊下を駆けていく男達を横目で見送る。
嵐のように目まぐるしい展開に、ジェニーの胸は早く鼓動を打った。
生まれてこの方、こういったいざこざに一切巻き込まれたことがなかったのだ。
それが高揚感だと気付かないまま、恐る恐る男に声をかけた。
「どうもありがとう。私はジェニー。貴方のお名前は?」
「ビームです」
「ビーム、あの、…お礼にこのあと珈琲でもご馳走様させてくださる?」
この国に来てから初めての誘いを、たった今出会ったばかりのビームという名の彼に。
何故なのかジェニー自身も理解できなかったが、一人でのティータイムより遥かに楽しい時間になると直感がそう告げていた。
胸の高鳴りをそのままに、頷いたビームへ微笑むとカフェテリアへと続く道を今度は2人で進んだ。