リフレイン番外編ビームが友人と恋人を店に招くと聞いて、店主のペッダイヤはオープン前の仕込みに励んでいた。
聞くところによると、友人は英国からの留学生で絶世の美女。恋人は以前店に訪れた事もある、大変頼りになるハンサムな大学教授だという。
意中の相手が大学教授と聞いたときは度肝を抜いたが、息子さながらに育てたビームは今や一人前の男になり、アルバイトとしも立派に店とペッダイヤを支えているのだ。
恋人が出来たと嬉々と報告してきた時のビームの顔を思い出して、自然と木ベラを持つ手にも力が入る。
秘伝のスパイスを振り、火加減を調節して殊更丁寧にかき混ぜてから今度は別のスパイスを。
ビームを愛し、ビームが愛する者を最大限もてなしてやりたい。その一心で黙々とペッダイヤは調理を進めた。
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「ペッダイヤ!お客さんだ!」
厨房まで響き渡る大きな声がして、ついにその時は訪れた。ペッダイヤはかけていた火を止め、手櫛で髪を整えながら店先に出る。
声の主であるビームの背後には、小花が散りばめられたワンピースを身に纒う可憐な女性。それから、ノリの効いたブルーのシャツに揃えて上質に艶めく濃厚のネクタイを締めた、どこか気品を感じさせる男性が立っていた。
「ラーマ先生と、ジェニーだ」
出てきたペッダイヤの顔を見るなり、ビームは満面の笑みを浮かべて名を順番に紹介した。
この店に何とも似つかわしくない組み合わせに目眩を感じつつも、ペッダイヤは笑顔で出迎える。
「やあ、いらっしゃい!待っていたよ」
「素敵なお店に招待してくださりありがとうございます。ジェニーと申します」
「この間は突然押しかけてしまい大変ご迷惑を……改めまして、ラーマ・ラージュと申します」
「わわ、2人とも堅苦しすぎるぞ…!この人はペッダイヤ、俺の家族なんだからそんなに畏まらないでくれ」
間に割って入ったビームは、ペッダイヤの背に手を回して寄り添った。
アルバイト先の店主兼、育ての父でもある彼をこうして友と、恋人に紹介することができ誇らしく思っている。だからこそ、せっかく絆を深めるチャンスなのに、他人行儀なまま終わってしまうのは何としても御免被りたかった。
回した手で背を2度叩き合図を送ると、ペッダイヤは弾かれたように言う。
「そうだ、ビームの言うとおり寛いでくれ」
「じゃあ俺は料理を手伝うから、2人はここに」
満足気に頷くと、ビームはテーブル席の椅子を引いて座るように促した。
「「ありがとう」」
まるで示し合わせたようなタイミングで答えてしまい、ラーマとジェニーは顔を見合わせて笑った。
不思議な縁で、ビームと出会わなければ会話をすることも、ましてや一緒に食事なんて考えもしなかっただろう。同じ思いを抱きながら、2人は向かい合って腰掛けた。
***
エプロンをつけたビームが次々と料理を運んでくるのを横目で見つつも、ラーマは必死になってビリヤニを口に運んだ。ジェニーの事を考えてか〝超大盛り〟まではいかないが、大盛りには違いなかった。どの料理も美味しくて丹精を込めて作られたものばかりだから残したくはない。会話も程々に口一杯に頬張っていると、ジェニーの口元が笑んでいるのが見えた。
「……どうした」
「やっぱりラージュ教授を呼んで正解でした。たくさん食べられるんですね」
「ビームほどじゃないが……食べる方かもしれない、普段は摂生しているけれど」
見るからに細身のジェニーからしたら、大抵の人間はよく食べる方に入るだろう。食事の所作ひとつひとつ、どこを取っても美しくその人柄を表していた。口に運ばれるひと匙は驚くほど小さい。
「なぜ摂生を?必要ないように見えますけど…」
「ここだけの秘密で、最近体重が増えたんだ……後は腹周りも気になる年頃でね」
最近はビームといる事が増えて、食事の量もそれに伴っていた。ラーマは密かに体重の増加を気にして1人の時は摂生に努め、トレーニングのメニューも増やしていたのだ。
腹を摩りながら言うと、ジェニーは頬に手を添えて考え込むと辿り着いた答えを口にする。
「ビームが沢山食べるからかしら……」
「否定はしないけれど、ビームには言わないでくれ。食べる姿を見るのが好きなんだ」
告げてから、食べ盛りの彼氏といたら太ってしまった、と惚気紛いの秘密を遠回しに打ち明けてしまった事に気付いてラーマは赤面する。
ジェニーのおっとりした独特の雰囲気に釣られて、言わなくて良い事までポロポロと溢れ出ていた。気を取り直し、今さっき届けられたばかりのサモサで完全に緩まってしまった口に蓋をする。
「どうだ、食べてるか?」
「ええ、どの料理も美味しいわ」
ラッシーを両手にビームは現れると、和やかな雰囲気で食事をする2人に声をかけた。
目の前にグラスを差し出してから、流れるようにラーマの隣の席に腰掛け迷いなくテーブルの上の料理に手を伸ばす。
「うまい!匂いを嗅いでたら、だんだん俺も腹が減ってきたな」
「いつもこんなに美味しい料理を食べていたから、ビームは大きく育ったのね」
「そうかもしれねぇ……ペッダイヤの料理の腕は昔からで、尊敬してるんだ」
会話の合間にビームはポイポイ大きな口の中に料理を放り込んで、瞬く間に噛み砕いて飲み込む。
ジェニーは何でも美味しそうに、幸せそうに食べるビームの姿を見て、先ほどラーマが言っていた事にも納得がいった。ビームの豪快な食べっぷりは食欲を増進させる効果があるのかもしれない。
ラーマはようやく咀嚼を終えると、ビームによって提供されたラッシーで口内を潤しつつ自宅で振る舞って貰う料理の味を思い出していた。
「君の料理はペッダイヤさん直伝なのか」
「ああ、幼い頃から仕込まれてる。先生は甘めが好きだから、ちょっとばかしスパイスは変えてるけど」
「先生は甘めが好みだったか、すまない」
厨房から出たきたペッダイヤもチャイを片手に会話の輪に入る。
「いえいえ、お気遣いなく!……ビーム、」
「悪かったよ……そんな怖い顔しないでくれ。じゃあ、俺はデザートの準備を……」
隣から刺すような目線を感じて、説教を回避するためビームはそそくさと席を立った。それから言い忘れていた事を思い出して、ラーマにだけ聞こえるように耳元の側へ。
「食べきれなかったら俺が食べる。無理しなくていいんだぞ」
***
(書きたいとこだけ)