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    freshzombieee

    @freshzombieee

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    勘くく
    両片想い・全年齢
    低学年期と実家の幻覚有り

    孵化する狸「この腐れタヌキ!」なんて、記憶にあるだけでも通算48回目も聞いた罵声を、隣に立つ親友は眉を八の字に下げてヘラリ、と笑って受け流す。
    「はは、酷いなぁ、俺はそんなつもりはなかったんだが、何か行き違いがあるようだ。けれどもお互い随分汚れてしまったし、湯でも浴びてからじっくり話そうじゃないか。」
    立板に水の弁舌家で口巧者。
    裏々山での実施演習で勘右衛門に負けた同級生は、葉っぱの一つもつけない勘右衛門とは対照的に随分と見窄らしい格好でいる。
    平素と変わらないゆったりとした物言いに、元々首まで赤くした同級生は最早鼻から血でも流れ落ちそうだ。
    「おっ!お前が!ああ言ったから!」
    「ああ、とは?」
    はて、と首を傾げた勘右衛門に、同級生の導火線は焼き切れたとばかりに雄叫びを上げて懐へと手を突っ込むものだから、周りにいた級友達と慌てて同級生を押さえつけたのは記憶に新しい。
    その時は教師の怒鳴り声を合図に蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったけれど、後々「結局あいつになんて言ったんだよ」て訊けば「いやー演習内容を確認しただけなんだけどなぁ」と平時と変わらずヘラリ、と笑ったのだ。
    それでも怒り狂っていた同級生をかの親友はどう宥めたのか、翌日にはスッカリ忘れたと言う顔でお互いに笑い合っていたのである。

    ヘラリ、と笑う勘右衛門を誹謗する際にタヌキと揶揄する者は少なくない。
    確かに彼はヘラリ、と笑うその実で何を考えているか。
    真実なのか嘘なのか冗談なのか、それともそれ全てなのか解らせないところがある。
    いつも卵の殻一枚覆った勘右衛門は、タヌキの様に人を欺くのが上手く、それでもどこか憎めず、周囲からの彼への好感度は高いのである。

    親友の完璧な武装、卵の殻一枚。
    それが簡単に剥がれてしまうのが彼の母親の前と、そして今、夜の帳が下りきった2人きりの部屋で、彼が俺の背後から腰に腕を回し抱きつきつつ俺の髪に埋もっている瞬間だけだ。

    勘右衛門は、母親へ律儀に月の初めと終わりで文をしたためていた。
    一年生の頃から、必ず文に裏山で摘んだ花を一輪挿し入れては送っていて。
    二年生の長期休みで帰省する前には、働いて得た賃金で漆の簪を買い「母上に似合うだろうと思ったから」といつものヘラリとした笑みではない微笑みを見せていた。
    「その立派な簪が似合うなら、勘右衛門の母君はさぞかし美しいんだろうな」
    なぜか面白くなくてついた嫌味を、彼にしては珍しく素直に受け取って「うん」と頷いてみせる。
    「俺の母上を、兵助にも紹介したいなぁ〜。…そうだ、今度の休みは兵助、俺の家に来ないか?」
    食い気味で提案されるのを断りきれず、俺はのこのこと勘右衛門の後について行けば、それは確かに美しい母君だった。
    さんさんと降り注ぐ太陽の明るみを体現した微笑みで、平時では考えられない無防備さで飛びつく親友を抱きしめて。
    1番の親友の知らない姿に臍を曲げた俺にも優しく抱き寄せてくれる人だった。
    同じ女人に抱きしめられた勘右衛門は、いつもの殻を全て剥ぎ落とした、産まれたての笑顔で「兵助、言った通りだろう?」と言った。
    その笑顔があまりにも可愛らしくて、俺は何も考えずに頷いてしまったのだった。

    三年生になって暫く。
    勘右衛門の家から届いた文を読んだ彼は珍しく顔色を目に見えて変えていた。
    それは訃報であった。
    あの美しい母君の、だ。
    我が親友は人に見られるのを恐るが如く、皆が授業の間に実家へ帰ってしまい、そのまま七日間帰ってこなかった。
    八日目の夜も深い頃、勘右衛門はフラリと俺らの部屋に帰ってきて、眠気眼で起きようとする俺を制して抱きしめてきた。
    背中越しに引っ付いた彼のビックリする程冷えた体温と、背後から腰へまわされた手に漆の簪が握られていたのはいまでも覚えている。
    「……兵助、」
    「うん。」
    雨がシトシト降る、そんな声色で。
    それでも殻の一つもないそれが、こんな状況でも胸をくすぐる己を恥じる。
    「母上、せっかくあげた簪、勿体無いって一度も使わなかったそうだ。」
    「そうか。」
    「……和紙で包んで、立派な化粧箱に入ってて、」
    「…うん。」
    ズッと啜る音がして、勘右衛門が俺をより一層力強く抱きしめた。
    それから俺の髪に顔を埋もらせて「ははうえ」と消えいる声がしたが、それには返事をしないでおいた。

    翌朝、大丈夫かと級友達に囲まれた勘右衛門はヘラリ、と笑って「すまない心配かけた」と言いのけた。
    親友の完璧な武装、卵の殻一枚。
    ヘラリ、ヘラリ。
    母君の話題には登らせないよう上手く躱し、心労をかけた礼は必ず返していく姿はさながら風に踊る羽衣。

    それから勘右衛門は月の初めと終わりに、必ず俺を背後から抱き締めて眠る。
    髪に顔を埋もれたまま「へいすけ」と呟く彼に殻は一片もない。
    こうして殻を剥いだ彼は、明日の朝になれば再び完璧な鎧を纏ってヘラリ、と笑う。
    俺と勘右衛門の2人きりの、月に2度だけある特別な日。
    俺以外の前で完璧な殻を被ってタヌキになれるのであれば、俺の髪なんて一房でも二房でもくれてやるのに。
    そう言い詰める事もできないまま、俺は今日も殻の破れる音を聞くのだ。


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