桜風が、吹く。
花弁が散ってきて、頭の上にかぶるのを感じた。
桜はまだ咲きっぱなしで、けれどそれを喜ぶ情緒者は、禪院家には一人もいなかった。
「………」
水面が揺れて、映った私の顔が歪むのを見ていた。
昨日、音がするほどに雨が降ったせいか、まだそこらじゅうに水溜りが残っている。
よく、桜は散らなかったな。と思った。
真希が出てくるまで、暇を持て余していた。
訓練をしているらしい。真希は私と違って、呪霊が見えないから、私よりも多く訓練をしなければならないのだと、直哉は言っていた。
訓練は、ひどくつらいみたいで、真希は訓練後、いつも痣だらけで出てきた。
私がしているのは、精々呪力のコントロールくらい。
今年7つになったのは私も同じなのに、真希はもう体術を習っているらしかった。
私は運動が苦手だから、うらやましくはないけれど、一緒にできないのは寂しかった。
それに、真希が近くにいないときに呪霊を見てしまうと、動けなくなってしまうから。
まだ、術式は刻まれない。私は呪力量があまりにも少ないらしかった。
ゆるやかな風が、髪を揺らして、頬をなぞる。
桜が足元に散らばった。
あめんぼが、水面を滑る。それを黙って見ていると、やがてバランスを崩したらしく、水の中で暴れて、最後には動かなくなった。
あめんぼも、溺れるんだなあ。
どれだけうまくても、死ぬことだってあるんだ。
猿だって、桜の木から落ちるし。
視界に、影が入ってくる。
しゃがんだまま首を上げると、真希が私を見下ろしていた。
「何してんだよ」
「口、切れてるよ」
「あ?あー……、」
私がそう言うと、唇を指で抑え、血を拭った。
頬には、血がうっすら滲んでいる白いガーゼが目立った。
「痛かった?体術」
「どってことねぇよ。つーか、相伝刻まれたら別にやる必要ねえだろ、真依は」
「そっか。やりたくないなぁ」
「…………直哉は?」
「え?」
視線を逸らしながら、真希が呟いた。
一緒に体術をやっていると思っていたので、私は少し不思議に思った。
「知らないけど………。一緒じゃなかったの?」
「は?なんで知ってんだよ」
「え?いや、一緒に体術習ってたんじゃないの?」
「え……、あぁ、………そうだな、」
「先に出てったの?」
「あぁ…。いや、知らねーなら、いい」
「?」
急に態度が変わった真希に、違和感を覚えた。
なんで、直哉のことなんて聞くのか。
真希は、直哉が好きなのだろうか。
だとしたら、いやだな。直弥は間違ってもいい人ではないし、私達の髪を引っ張ったり、勝手に寝室に入ってきたりするし、バカにしてくるし。
歴史は浅いものの、直哉にはもう既に“投射呪法”という立派な術式があるから、真希はその強さに惹かれたのかもしれない。
「おい、腹減った。中入ろうぜ」
強くても、顔が良くても、何しても。
直哉なんか絶対にいやだ。真希に、とてもだが釣り合わない。
もし、
桜が散って、
私に、相伝が刻まれて、真希よりも強い呪術師になって、直哉よりも、強くなって。
そしたら、
「うん。ねえ、体術、ちょっとだけ習ってみようかな。私も、一緒に」
真希は、
私を、離さないのだろうか。