アサアカ小話1 なぜか、アカネが髪をポニーテールにしている。
伸びてきて邪魔なだけなのだろうけど、一瞬ダイニングテーブルのアカネの席に女性が座っているのかとびっくりした。
思わず後ろからじっと見てしまう。
無造作に束ねられた髪。
普段首筋にそって自由に跳ねている髪は、まとめられるとストレートにならずにふんわりしている。
きりっとした顔立ちと、しゃんと伸びた背筋とのギャップがとても良い。
そして髪が揺れるとちらりと見える白いうなじ。
うなじだけが極端に生白く感じて、少なからず腕や顔は陽の光に晒されているのだということと、普段晒すことのない肌の色を自分だけが知っている背徳感がゾクゾクと脳を蝕んでいく。
今まで弟をそんな目で見たことはなかったはず、だが、…はっきり言ってかなりグッとくるものがあった。
僕だって人並みの恋愛経験くらいはある。
だけど告白されて始まることばかりで、思えば自分がどんな相手に惹かれるのかなんて考えた事もなかった。
じろじろ観察していたら、アカネが席を立った。
このまま立っていたら怪しいから、僕はあたかも今来たかのような顔でダイニングの定位置に座る。
「おはよう、アカネ」
「おはようございます、兄さん」
アカネは飲み物を取りに行きたかったらしい。
冷蔵庫をあける後ろ姿を、やっぱり見てしまう。
アカネはまだ中学生にしてすらりと背が高く、元アスリートなだけあって身体付きも美しい。おまけにあの綺麗な顔だ。
よく兄弟で顔が似ていると言われるけど、年齢差とかそんなんじゃなく、アカネはアカネの綺麗さがあって、そこは全く自分と似ていないと思う。
仮にアカネが妹だったら、こんな完璧に美しい女性の隣を歩けるのは自分しかいないんじゃないかと将来を心配しているところだ。
いや、はっきり言おう。
こんな美女が街を歩いていたら絶対に意を決して声をかけてしまう。
あわよくばシンプルなTシャツにスキニーパンツだったら余裕は消失するだろう。
これが好きなタイプというものか。初めて理解した。
…いや、弟相手に僕は何を考えているのだろう。
さすがにアカネに悪い気がしてきた。やめよう。
マグカップを片手に戻ってきたアカネが隣に座ると、ふわりと花のような香りがした。
今日は朝からなんなんだ。
もう勘弁してくれの気持ちでハァとため息をつくと、アカネが異変に気づく。
「兄さん、どうかしましたか」
「アカネ…香水か何かつけたかい?」
アカネは少し首をかしげた後、あぁと声に出して
「ヘアオイルですよ。髪が伸びて傷みやすいので、買ってみたんです」
女性ものしか売ってなくて、ユニセックスっぽい香りを選んでみたのですが…とアカネは続ける。
「変ですか?」
「いや、良い香りがしたから」
「そうですか、なら良かった」
アカネはそっけなく答えるが、少し前までの避けられていた日々を思えば大きな進歩だ。
使っているシャンプーは同じはずなのに、こうも変わるものなのか。
完全に弟に酔わされている。
「そろそろ行きますね」
アカネが立ち上がると毛先が揺れて、甘い香りがふんわりとあたりに振りまかれる。
「アカネ」
気まぐれな猫のしっぽのような髪に触れる。
そのままするりと指を通すと、思っていたより柔らかく滑っていった。
「兄さん?」
「埃が付いてた」
振り向いたアカネに笑いかける。
「いってらっしゃい」
アカネも口角を上げる。
「いってきます」
アカネが出ていって、はぁとため息をついた。
髪質って同じ遺伝子でも違うんだろうか。
「……柔らかかったな」
親がリビングに登場するまでの数秒、じっと指先を眺めていた。