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    straight1011

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    straight1011

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    よへの夢
    書こうとしたが断念

     その子と出会ったのはバスケ部が練習する体育館。桜木の練習を見に来た水戸は、自分と反対側にいる女子がふと目に入った。その子はおそらく流川を見に来たであろう女子たちの傍に胡坐をかいて、スケッチブックを持って何かを描いていた。時々顔を上げては、また視線を落とす。

     休憩時間になると、水戸と同じ1年の桑田がその子の元へ行って何かを話していた。それから立ち上がって帰っていく。水戸はその子がとても真面目そうだと思った。黒髪の方にはつかないショートボブ、スカートは膝丈、浮かべる表情は落ち着いていて大人びて見える。そんな印象を抱いた。

     それから彼女はちょくちょくバスケ部の練習を見ては何かをスケッチしていく。水戸はどうしてかその子を見てしまう。スケッチブックに落とされた視線によって、長い睫毛が影を落とす。耳にかけた髪が落ちるたびに、鬱陶しそうにかきあげる。時々どこかをぼんやり見ては、またスケッチを始める。そんな見る分には退屈なすべてに水戸は惹きつけられていた。

     ある時、桑田に聞いてみた。あの子は誰かと。

    「ああ、同じクラスの子で、漫画描くのが趣味だって。バスケの漫画を描きたいから、僕を描いていいかって聞いてきて、良いよって言ったから」

     そう桑田は言っていた。なるほどな、と水戸は納得する。それと同時に、一体どんな絵を描いているのか興味がわいてきた。というわけで、近くにいたいつもつるむ仲間たちを連れて、絵を覗きに行く。
     背後まで近づいても、彼女はこちらを見ようとしなかった。気が付いていないのか、気にしていないのか。どちらにせよすごい集中力だ。水戸は髪の隙間から覗く白いうなじから視線をそらし、スケッチを覗く。
     それはまるで美術の教科書に載っているような絵だった。シンプルな線で描かれているのは、桑田のいろいろなポーズ。シュート、ドリブル、何気ない立ち姿、汗を拭う姿・・・

    「うまっ」

     そう声を出したのは大楠だった。それを皮切りに野間や高宮も口々にその絵を褒めた。彼女は鉛筆を持つ手の動きを止め、こちらを見上げる。
     今まで遠くから見てるだけだったその黒い瞳が、水戸に向けられた。丸く大きな瞳と、柔らかそうな頬、甘い味がしそうな綺麗な唇、それらをなぞる様に見た。

    「何?」
    「いや、なに描いてるのかなって」

     不思議そうに首を傾げる彼女に水戸はそう言った。彼女はそっか、と特に気にした様子もなく再びスケッチを始める。案外あっさりした初会話にがっかりしながらも、水戸はしばらくその後姿を眺めていた。


     それから彼女の絵を見続けるうちに、徐々に会話をするようになった。彼女はバスケが好きで、将来バスケ漫画を描いて日本でバスケを流行らせるのが夢らしい。大層な夢だと思った。本気かどうかはさておき、真面目そうな彼女が漫画にそこまで熱を注いでいるのはイメージと違った。もっと、現実的に叶いそうな堅実な進路を選びそうなものなのに。

    「なんで桑田しか描かねえの?」

     ある時、ふと気になって水戸がそう聞くと、彼女は許可を取っていないからと答えた。ならばと桜木を呼んで、こいつ描いてやってと言ってみる。桜木はよくわかっていないようだったが、この天才を描くとは見る目があるとかなんとか言っていた。
     彼女は目を見開き、顔を綻ばせた。ありがとう、ちょっと飽きてきてたと言って、水戸に微笑みかけた。花がほころぶみたいな笑顔だった。
     その顔を見たとき、水戸に何ともいえない感情がわき上がった。スケッチ中は気難しそうな顔ばかりだったから、びっくりしたのかもしれない。ああ、もしかしてこの顔を見たの、俺が初めてなんじゃないかと思った。

     彼女が描いた桜木は、バスケ経験者の桑田よりもフォームが素人っぽいが、代わりに表情がとても生き生きしていた。バスケに真剣に取り組む顔、流川に絡む顔、晴子に向ける笑顔、それらを完璧に、白黒写真みたいにスケッチしていた。
     あまりにすごいものだから、水戸は桜木を呼んでこの絵を見てもらった。桜木は俺こんなカオしてるか? と首を傾げていたが、その絵のクオリティには驚いたようで、満足そうに頷いて彼女の肩をバンバン叩いて褒めた。
     すると、彼女は照れ臭そうに視線をそらして、はにかみ笑いを浮かべた。さっきの笑顔とはまた違う笑顔だ。それが、桜木に向けられた。その瞬間、水戸はスッと心が冷えていくような感覚に陥る。すぐにハッとして首を横に振る。なんだろう、今の。

    「水戸君、ありがとうね。これからも桜木君描いていいかな」
    「・・・」
    「・・・水戸君?」
    「あ、いや・・・いいんじゃねえの?」

     水戸君、桜木君。水戸は彼女の声が頭で反復する。水戸以外の名前を呼んだのもこれが初めてだった。
     それから、佐々岡、石井も描いていいと桑田桜木経由で許可が下り、彼女はその日の気分でたくさんの人をスケッチしていった。その完成品を見ては、すげえ、オレだ、写真みてえと言う。そんな彼らの言葉を受けるたび、彼女は噛みしめるように嬉しそうな顔をするのだ。水戸はその横顔を見て、素直に可愛らしいと思う反面、言葉にしがたい何かを腹に抱えた。黒くて、吐き出してしまいたいような何かを。

     ある日、誰かが言った。流川を描いてみてよと。でも許可が取れてないし、と渋る彼女に石井が代わりに聞いてきてくれて、流川は勝手にしろよと返答した。
     水戸はいつものようにスケッチブックに鉛筆を走らせるのだと、彼女を見ていた。だが一向に鉛筆は動かない。彼女は流川をぼんやりと見つめていた。

    「・・・描かないの?」
    「えっ、ああ、か、描くよ」

     水戸が声をかけると彼女は慌てて鉛筆を走らせる。描きながら、彼女は独り言のように水戸を見ないまま口を開く。

    「あんまりに美形の人を描くときは緊張しちゃうんだよ。流川君って、すごく綺麗な顔してるからさ」

     そう話す彼女の頬はうっすら桃色に色づいている気がした。ああ、これも初めて見る顔だな、そう水戸は思った。
     水戸はスケッチブックに目をそらす。流川の輪郭が浮かび上がっているその紙を、なぜだか破り捨ててやりたい衝動に陥る。目の前でそうしたら、彼女はどんな顔をするのだろう。目を真ん丸に見開いて、怒号をとばすか、泣き出すのか、気になる。ダメだとわかって理性が辛うじて引き留めているが、何かのきっかけで簡単に崩れそうなもろいものだった。



     そして彼女がバスケ部1年を描くようになってから数日、水戸は彼女のスケッチブックだけが体育館の外に置かれているのを、遠目に見つけた。彼女の姿はどこにもない。場所取りだけしたのだろうか。
     すると、知らない女子がそのスケッチブックを拾い、キョロキョロと辺りを見渡してから誰も見ていないことを確認して持っていく。何かやましいことをするような仕草だ。気になって水戸はその女子の後ろをつけていく。
     その女子が向かったのはゴミ捨て場で、彼女は燃えるごみのボックスにスケッチブックを放り込んだ。それから、また周囲を見渡してどこかへと逃げるように去っていく。

     水戸はどうしようか悩んだ。そのスケッチブックを拾って返してやるか、見なかったふりをするか。普通なら前者である。水戸は知っている。あのスケッチブックには彼女が漫画の参考にしようと多くのポーズを描いていること、褒められた絵にはこっそり二重丸のマークをつけて、それを見返してこっそり笑みを浮かべていることを。桜木の青春がバスケというなら、彼女の青春はあのスケッチブックに詰められているのだ。
     水戸は数分考えた末に、何もせずその場から立ち去った。そして体育館に行く。
     彼女はスケッチブックを探すように色々なところを見ていた。そしてやって来た水戸に話しかける。スケッチブックを見ていないかと。

    「いや、俺も今来たばっか。置いておいたの?」
    「うん。誰か持って行ったのかな」

     白々しかったが、彼女は水戸を疑わなかった。彼女はしばらくうろうろしていたが、やがて諦めたように帰っていった。特にがっかりした様子もなく、仕方ないといった様子で。水戸はつまらないなと思った。もっと取り乱してほしかった。今にも泣きそうな顔で水戸に一緒に探してくれないかと縋ってきたら、最高だと思った。でも現実はあまりにもあっさりしている。

     次の日、彼女は新しいスケッチブックを持ってきた。真っ白な紙に再びバスケを描いていく。一からやり直し。何故か水戸は、清々しい気持ちになった。

    「スケッチブック、見つかった?」
    「いや、なかった。神隠しにでもあったのかな」
    「はは、面白いこと言うね」

     水戸はそう言ってから、自分で自分に驚いた。何の罪悪感も抱いていなかったから。本当はスケッチブックの在処を知っていたし、持ってきてあげることもできたのにそうしなかった。何故かって・・・ただ、大切なスケッチブックを無くした彼女の顔が見たかったから。ただそれだけ。考えてみると最低な理由である。

    「水戸君」
    「ん?」
    「水戸君にだけ言うからね」
    「・・・」

     スケッチブックに鉛筆を走らせながら、彼女は声を潜める。水戸は勝手に上がる口角を無理やり押さえつけた。自分だけ、その言葉が嬉しかったから。そして彼女に耳を寄せる。

    「本当は私、知ってるの」
    「・・・何を」
    「スケッチブック、あの子が捨てたんだ」

     彼女は一瞬、視線を反対の体育館入り口で見学している女子に向けた。水戸は驚いて目を見開く。その女子は、確かに水戸があの日見た女子と一緒だった。同時に、焦りが生まれる。まさか見ていたのかと。あの子がスケッチブックを捨てるところ、自分がそれを見ていながら、スケッチブックを放置したこと。

    「教室で話してた。私のを捨てたって。ムカつくんだって、バスケ部と話してるの」

     そう続けられて、水戸はほっと胸を撫でおろした。彼女は淡々と、怒っている様子はなく、天気の話でもしているように何の感情も挟まない。

    「だから、今日で最後にする。また捨てられたらかなわないから」

     ただ最後の言葉には、寂しげな色が滲んでいた。水戸はそっか、それは辛かったなと、薄っぺらな同情の言葉を並べた。それから、その肩に手をポンと置く。すると彼女はふっと笑みを漏らして、水戸の方に視線を向ける。

    「水戸君とも会えなくなっちゃうね」
    「・・・別に、会いたきゃ会えるさ。学校にはいるわけだし」
    「いいや、だって私達接点ないから」

     そんなこと言っても、廊下ですれ違うくらいはするだろうと水戸は思った。でも、確かに今より会えなくなるなとも思いなおす。彼女のクラスは桑田と同じ。水戸のクラスの2つ隣だ。

    「じゃあ、俺はたまに会いに行こうかな。スケッチブックを覗きに」
    「ふうん、物好きだねえ」

     言葉とは裏腹に、彼女の声はどこか弾んでいた。水戸に会いたがっているようにも見える反応だ。それに気が付かないほど、水戸は鈍感な男ではない。



     次に彼女と会ったのは、廊下でも教室でもなく、薄暗い路地裏でだった。ここら辺はガラの悪い連中がいるから、水戸はそこを普段は通らない。その日はたまたま、そこを通らなければいけなかったから通っただけ。
     そこを通った時、微かな嗚咽が聞こえてきた。女子の泣き声だった。気になったが面倒はごめんなので、物陰からそっと覗き込む。すると、そこにいたのは彼女だった。
     地面に座り込んで、すすり泣きながら何かを集めている。よく見ればそれは破けた紙だった。近くにスケッチブックも落ちている。どうやら破かれてしまったようだ。一体誰に。

     水戸が近づこうとすると、足音で彼女はびくっと肩を震わせこちらを見た。だが水戸だとわかると、途端に目元を拭い平静を取り繕ろうとした。

    「誰にやられた」
    「・・・」

     よく見れば、彼女の顔や腕には擦り傷がついている。スケッチブックを守ろうとしてついてしまったのだろうか。
     彼女の大きな瞳が、ゆらゆらと揺れている。顔色は真っ白で、唇は可哀想なくらい震えている。今にも崩れ去ってしまいそうなくらい、もろい存在に見えた。

    「み、と君・・・いや、何でも、ないの」
    「・・・」

     水戸はゆっくりと彼女の傍に近づき、しゃがみ込む。それから震える彼女の肩を抱きしめて、背中をさすった。
     そうすると、安心したのか、糸が切れたように彼女は水戸の胸に顔をうずめて泣き出した。水戸は黙って抱きしめる。小さくて、力を入れたら折れてしまいそうな身体を大事そうに。
     いや、本当は骨が折れるくらい力を入れてやりたい気分だった。水戸の中には、彼女が可哀想だとか、こんなにした犯人への怒りはなく、ただ表面は凪いだ感情の、更に奥深くに、もっと彼女に泣いてほしいとか、一生立ち直れないほどの何かを味合わせたいとか、そんな欲ばっかり浮かんでくる。

    「・・・水戸君は優しいね」
    「そんなことないさ」

     頬についた擦り傷を、水戸は親指でなぞった。痛かったのか、彼女は顔をしかめ、でもすぐに心配をかけまいと笑顔を取りつくろう。それがたまらなく、水戸の加虐心を刺激する。

    「・・・私」
    「ん?」
    「こうやって優しくされると・・・勘違い、するから」

     彼女は水戸から離れるように身体を動かした。水戸はそれを許すかのように力を抜く。彼女が離れると、水戸はそっと彼女の腕を掴んだ。丁度、傷がある位置を。

    「いいよ、勘違いしても」
    「え? ・・・っ」

     ぐっと、故意かどうかわからない力加減で、傷口を押す。彼女は苦痛で顔をしかめて、だが水戸がわざとやったとは思っていないのか、耐えるように唇を結ぶ。もし痛がったら、水戸が傷つくとでも思って気を遣ったのだろうか。だとすれば、自己犠牲にもほどがある。さっさと振りほどけばいいものを。





     
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