途中の話② 三井がバスケ部に復帰した。髪を切り、プライドも何も捨てて戻ってきた三井に困惑しつつも、宮城を含むバスケ部員たちは受け入れることにした。男子バスケ部だけでなく、隣で練習をしている女子バスケ部も三井の存在を少し気にしている様子があった。
「あ、葵さん……」
「何」
「何であの人、戻って来たんですか」
後輩の一人が葵にそう聞いてきた。不良を引き連れて体育館を襲撃してきたその主犯。何故か桜木の仲間たちに庇われてここに復帰している。女バスの部員からしたら不可解な状況であるし、正直怖いというのが大きかった。
「怖くないですか。また仲間引き連れてきたりしたら……」
その後輩だけでない。葵と、葵と同学年の副キャプテンを除く部員全員がそう思っていた。
「……三井が……怖い……?」
あまりピンと来ていないような反応をする葵に、副キャプテンは苦笑する。
「大丈夫、ゴリラの方が強いから」
「でも……」
後輩が何かを言いかけたとき、男バスの方の笛が鳴った。女バスと五分ずれて休憩に入るようだ。葵はおっと呟き、それからすっと立ち上がって三井を呼んだ。
三井はビクッと肩を震わせ、葵を見て俺? という表情をした。久しぶりの練習で疲弊しているのか、のろのろとこちらに歩いてくる三井に、葵の後輩たちは身体を強張らせた。
気まずそうな表情でやって来た三井の横に並んで、葵はポンと肩に手を置いた。三井がぐっと顔をしかめ、何か堪えるような表情をする。
「三井は怖くない」
「……あ、葵」
「ほら、借りてきた猫みたい」
確かに葵の言う通り、三井はものすごく大人しかった。襲撃時のあの怖い印象とは一変している。葵が人差し指で三井の頬をつついても、顔をしかめるだけでされるがままだった。
「よしよし。いい子だ三井」
というか、葵の扱い方が完全に猫だった。よしよし頭を撫でられる三井は、恥ずかしさからわずかに赤面しているが、何故かまったく抵抗する気配がない。葵の後輩たちは、葵が三井の弱みでも握っているのではないかと疑うが、副キャプテンだけはずっと苦笑していた。
「……触る?」
「いやいいです」
何故か触らせようとしてくる葵に、後輩たちは引いた。三井は突っ立ったままである。
「どっかのごりらと違って狂暴じゃないから安全」
「おい」
葵の背後から低く唸るような声がした。振り返ると赤木と木暮が立っていた。後ろの方では、男バスの一、二年が興味津々にこちらを見ている。
「あまり三井をいじめないでくれよ」
笑いながらそう言う木暮に、葵は素直に従った。ほら飼い主が来たと三井を渡すと、木暮は笑いながらありがとうとお礼を言った。
「いいのか、予選前にそんな浮かれて」
挑発するような赤木の言葉に、葵はフンっと鼻で笑った。僅かに顎を上げ、それから腕を組んで赤木を見上げた。
「そりゃお互い様」
「……」
「今年は行けるんじゃない」
ほんの少し口角を上げた葵に、赤木は何のことかとわざとらしくすっとぼけた。そんな様子の赤木を葵はつま先で蹴り、木暮に視線を向けた。
「まさか、一回戦負けなんてしないと思うけど」
「はは……やってみるまではわからないさ」
「赤木と宮城がいて一回戦負けの方がおかしい」
名前を呼ばれた宮城はピクっと反応する。内容からして褒められているようなので、内心気持ちが上がった宮城だが、顔には出さない。
木暮はそんな葵に確かになと頷き、それから楓に視線をやった。
「お前の弟も入ったことだしな」
木暮に釣られるように葵も楓の方を見た。目が合って嫌そうに顔をしかめた弟から目をそらし、葵は後頭部を掻いた。
「……」
「メガネ君、この天才のことを忘れてないかね……?」
ぬっと木暮の後ろから出てきた桜木に木暮はうわっと声を上げた。木暮を見て、それからジトっと葵を睨んでくる桜木。葵は目をぱちぱちさせた。
「キツネのお姉さんには悪いが、ルカワは俺が倒す!!」
「……おお」
その勢いに押されながら、葵は頷いた。やれやれといった風に呆れている楓を視界の端に捉えながら、葵は休憩が終わる気配を察して、女バスの部員の元へと戻っていった。