途中の話④　体育館に行くと、ダムダムとボールをつく音が聞こえてくる。先客がいるとわかった宮城だが、大方誰なのかは予想がついていた。
　中に入ると、葵が制服のままで一人練習をしていた。彼女はいつも昼休みに練習をしていた。宮城がふと思い立って体育館に訪れると、いつもいる。いない日がないんじゃないかと思うくらいに。
　葵は宮城には気が付いているようだが、特に反応することなく練習を続けた。そういう気を遣わなくて済むところが宮城にとってはありがたかった。宮城はボールを出してきて、シャツの袖をまくった。ドリブルをするとざわめく心も落ち着いてくる。開けている扉から心地よい風が吹いてきて、心が洗われる気分だった。
　フリースローの位置に立って、ボールを数回つき、僅かに緊張した気持ちでシュートを放つ。ガン、とリングに弾かれたそれは、あらぬ方向へと転がっていった。
「……っと、あざす」
　転がったボールを拾ってくれた葵にお礼を言って、宮城は再びフリースローの練習をする。が、二回目も外れてしまった。どうにも苦手意識があるらしく、苛立ちながら、しかしここで逃げるのもよくないと葛藤しつつ、練習を続けた。
　何本かシュートをして、ふと気が付けばボールの音が減っていた。あれ、と思って周囲を見れば、葵は胡坐をかいてボールを抱えながら、宮城のことをじっと見ていた。
　びくっとして、思わず顔を逸らしてしまった宮城は、どうしようかと悩んだ。なんでこっちを見てんだろ、何か悪い事したか俺？　と固まっていると、横から葵の声がした。
「苦手そー」
「え？　ああ……そっすね」
　感情がなかなか読みづらい葵の声と表情に、宮城は冷や汗をかいた。葵から自分の名前を出されることはたまにあった。しかしこうして話すのはほぼなくて、緊張してしまう。
「な……んか、コツとかあるっすか」
　そう宮城が聞くと、葵は視線を斜め上に動かして首を捻った。それは流川楓がするような仕草に似ていて、やっぱり姉弟なのだと感じる。
「苦手じゃないからわかんねー」
「……そ、すか」
　答えになっていないような返答だった。そりゃ、この人感覚で何でもできる天才なんだからそうだろうなと、少しがっかりした気持ちになる。そんな宮城に気が付いたかはわからないが、葵はそこで終わりにせずに話を続けた。
「いつから苦手」
「は？　……いや、ずっと」
「なんで？」
「なんでって……」
「苦手だから練習してんのに、変わんねーの」
　宮城はうっと心が痛んだ。いつまで経っても上手くならねえな下手くそと言外に伝えられた気がした。これが男のバスケ部員なら、んだとコラなんてキレることが出来たが、相手は女の先輩、実績も自分たちよりはるか上。何を言ったって虚しい気がした。
　葵は立ち上がって、ボールを持ったまま宮城の隣に立った。機械のように精密な動きでボールが放たれ、リングをくぐった。スパッと小気味よい音がする。
「フォームは変わってる」
「……」
「一年の頃よりかはマシなシュートになった」
「え？　俺のこと？」
　落ちたボールをかがんで拾い上げた葵のスカートに、無意識に目が行く。しっかり短パンを履いているから見える心配がないのを、宮城は一年の頃から知っていた。
「考えは変わってねーみたいだけど」
「考えって……」
「いい加減、下手くそマインドから抜け出した方がいい」
　トントンと、人差し指で自分の額を叩いた葵は、扉閉めといてと言って、体育館を出て行った。
　体育館に残された宮城は、葵の後ろ姿を見つめながら、つり上がりそうな唇にぎゅっと力を入れる。考えがわかりにくい先輩だが、ちゃんと言いたいことは理解できた。
　ふと、葵の写真を見てニヤニヤしている男子どもの顔を思い出した。彼らは葵のことを何一つ知らない。流川葵は誰よりもバスケに本気で、多くをわかっている人だ。決して自分勝手ではなく周りを見ることが出来て、芯のしっかりした、強い先輩。
「……くっそ、かっけーな」
　静寂の体育館にそう呟きを落として、宮城はリングを見上げた。
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