桃だけはくれるな 午後というには遅い時間に、ミサトの携帯が鳴った。
「なーにシンちゃん、どしたの」
「メール返事してよ、ミサトさん」
《もしもし》とも言わずに受けたミサトに答えたのは、若干機嫌の悪さの滲んだシンジの声である。
「だーって気づかないんだもん。なーに、急用?」
「急っていうか。ーーさっきミサトさんに荷物届いたの、開けてもいい?」
「えっ、なぁに、あたしなんか頼んだかな」
心当たりがなくて怪訝な顔になるミサトに、電話口のシンジが続ける。
「《赤木サチコ》さんから。それで、だからこれ」
「あぁ、……桃かぁ! もうそんな時期なのねえ」
声を綻ばせて、リツコが面を上げた。
「あぁうん、もちろんもちろん。……そうそう、リツコの……ちーがうって、おばあちゃんよ。みんなのぶん冷やしといてぇ、うん、一つずつビニール袋に入れるのよ。今? だめよ」
リツコがミサトを見た。その話の流れで、止める理由がわからない。当たり前のようにミサトはいう。
「なんでって、あたりまえでしょうが。あたしが帰るまでは食べちゃダメ」
漏れ聞こえるアスカの激しい抗議の声を無視してミサトは電話を切り、呆れ顔のリツコに「ありがと、今年も」と笑った。
「おばあちゃんから送ったって、言ってあったじゃない。先週?」
「だーって、言おうと思って忘れてたんだもーん。おばあちゃん最近どう? 元気?」
「80過ぎにしては元気な方なんじゃない?」
リツコの祖母の実家は福島県にある。リツコが長野県の第二東京大学に入学すると同時に、彼女を育てた東京の家を畳んで実家に戻った。
学生の頃、夏休みにリツコがミサトを実家に連れて帰ったことがあった。リツコの祖母がミサトを気に入って、帰省に付き合っていたのである。加持と別れて一人になってからはそれこそ正月まで世話になって、勝手に準・孫のような気になっていた。
ミサトが就職してからは、ドイツに持たせようともしてくれたものの、検疫はクリアしたとしても、食べごろの難しい果実だ。そもそも海の外に何かを送るのも億劫なものだし、リツコの出張と桃の季節が噛み合うこともなく、何年振りかでミサトのもとにそれが届いたのである。
「ねえ、今度さあ、シンちゃんとかアスカとか連れて遊びに行ってもいい? 日本に戻ってきてから顔出せてないから。若い子がいれば喜ぶでしょ?」
「そうね、きっと喜ぶわ。でもきっと、早く孫の顔見せろって言われるわよ」
「まーったく、どこのばあさんも同じこと言うのねぇ」
「リョウちゃんにも送ってないわよ。あんたのとこで食べるでしょ」
「あーんな住所不定無職みたいな男んとこ送んなくていいのッ」
「あのねえ」
「あ、そうだ、加持くん引越したんでしょ?」
「あぁうん、いちおう。いくら楽だからっていっても本部にこもりっぱなしってのもねえ、ーーでもあいつの家、まだ冷蔵庫もないのよ」
「あんたが責められた話じゃ無いでしょう」