『いただきますのまえに』「……いい、よ。持ってって」
そう言ったのは、旅の途中で出会った村の料理番のおばあさんだった。
湯気の立つ木皿に盛られた、焼きたてのパン。
黄金色にこんがり焼かれて、表面にはハーブバターがとろけて光っている。
そしてそれを見たヴァロの目は、ぱあっと輝いた。
まるで朝日に反射する湖みたいに、澄んだ瞳がキラキラとゆれている。
「これ、食べてもいいんですか!? 本当に!? ぼくが!?」
声が弾んでいる。
白い髪がふわっと跳ねて、肩にかかるフードがずり落ちた。
その中にはちいさな角。肌は透けるように白く、どこか人間離れした透明感がある。
でも今のヴァロにとって大事なのは、その角でも、翼でもない。
目の前の――パンだ。
「ほらほら、冷めないうちにねえ。そんなにじっと見てたら、パンが照れるよ」
おばあさんの冗談に、ヴァロは目を丸くする。
「パンって、照れるんですか!?」
両手で木皿をそっと受け取ると、すん、と香ばしい香りを鼻で吸い込んだ。
それだけでまた目がきらきらする。今度は胸のあたりまであたたかくなる、幸せのひかりだ。
「……いっただきまーす!」
一口目は、ゆっくりと。
目を閉じて、かみしめて、バターが舌の上に広がるのを、ちゃんと味わって。
そのあと、ぱっと笑顔になったヴァロは、止まらない勢いでパンをかじりはじめた。
もぐ、もぐ、もぐ。口の周りにパンくずをつけながら、それはそれは嬉しそうに。
「しあわせ、です……!」
その一言に、おばあさんはくすりと笑う。
「また来な。次はスープもつけてあげようかねぇ」
「本当ですか!? スープも一緒に!? やったぁ……!」
パンでこんなに喜ぶなら、スープがついたらどうなっちゃうんだろう。
そう思いながら、ヴァロは両手で木皿をぎゅっと抱えて、最後のひと口まで、大事そうに食べきった。