Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    つじ_

    @tsuzi_kakuri

    ちょっと癖

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    つじ_

    ☆quiet follow

    子羊君は檻の中(以下続刊)「君が悪いんですからね。…私に不安な思いをさせるから」
     瞬く僕の目に映るのは、彼の蠱惑的な笑みと、見覚えの無い天井。

     頭がくらくらする。状況がうまく飲み込めない。僕は確か先程まで、彼と取り留めのない会話をしながら酒を酌み交わしていた筈なのに。それがどうしてこんな事になっているのだろう。そもそもここは何処なのだろう。どうして彼が、僕の上に跨っているのだろう。

     身じろぎしようとした僕の手首を締め付ける冷たい違和感。がちゃがちゃと響く、重たい金属の音。
    「ああ、それ鍵が無いと外れませんから。あまり暴れると手首が擦れて怪我をするので、気をつけて」
     どこかのんびりとした声色だった。彼のその言葉で初めて、自分が身体の自由を奪われているのだと気付く。両腕をきつく纏め上げられ寝台に拘束されているという異常な状況に、ようやく心臓がばくばく音を立てはじめた。
    「なんですかこれ…!貴方がやったんですか!?」
    「そうでしょうね。ここには君と私しかいませんから」
     彼は笑みを浮かべて答える。途端に走る、ぞくりとした感覚。果たして彼はこんな笑い方をする人だっただろうか。記憶の中のどの彼にも当てはまらないその妖しい笑みに、焦燥と恐怖と、そして得体の知れない感情が僕の心を蝕んでいく。
    「どうしてこんな事を…」
    「言ったでしょう?君が私を不安にさせるからですよ。もう危ない目に合わないように、ここにずっと二人でいましょうね。そうすれば安全ですから」
     うっそりと笑む彼から、何故だか目が離せない。闇に覆われた部屋を仄明るく照らす小さな灯り。それが映し出す二人分の影が次第に、ゆっくりと重なり――――




    「いやいやいや!」

     あまりにものっけからブースト全開の展開。尋常でないスピードに耐えきれなくなった僕は、思わず視界からこのとんでもない文章を引き剥がす。冒頭からこれだなんて、まるで読者を振り落とさんとするばかりの勢いだ。それともこの本を好んで読むような人間ならば、これに着いていけるとでもいうのだろうか。分からない。度し難い。まるで理解が追いつかないし、テメノスさんはそんな事言わない。

     性懲りも無く裏でひっそり取り引きされる、明らかにテメノスさんをモデルにしたであろう猥本。一体どれだけの人数が裏で執筆しているのだろうかと考えると、恐ろしすぎて身震いする。前回押収した本は、審問官が審問と称して不特定多数の異端とあんな事やこんな事を色々する、それはもう凄まじい内容だったわけだが。

    (…今回の話は新米聖堂騎士が相手だって書いてあったのに、まさかこんな……)

     がっくり項垂れる。それにしてもなんだってこう毎回、内容が普通でないんだ。じゃあ普通とは何かと聞かれたらそれはそれで困るのだが、普通に一対一のお付き合いをしているような、さわやかで湿度の低い、できればあんまり爛れていない感じのものは無いんだろうか。いや、別に所望しているわけではないけれど。書く人間の好みがなんというか少し偏っているような気がする。
     けれど万が一、異端同士の伝言に使われる暗号なんかが隠されていたら一大事なので、中身の確認はしなければいけないのだ。なので処分はするとしても、一応目を通してからでないと………。




     
    「クリック君、また何か隠してますね。顔に書いてありますよ」
    「へっ?」
     思わずぺたぺたと顔面を触って確認する。前回よりもずっとポーカーフェイスを心掛けていたつもりだったのに、あまりにもあっけなく看破されてしまった。こうなってはもうどうしようもないのはいつもの事だ。
    「さっさと言ってしまいなさい、楽になりますよ。ほらほら」
    「うぅぅ……」
     断罪の杖の先端で頬をぐりぐり捏ね回される。またこの人は、大事な杖をそんな風に雑に扱って。しかしこのままでは、聖火教のシンボルを象った意匠の隙間に頬を挟んだ状態で捻る力を加えられそうなので、大人しく降参する他ない。
     まるで隠していた失敗を親に白状させられる子供のような面持ちで、辿々しく事のいきさつを語る。流石に話の内容には触れなかったが、また前回のような本を発見してしまい、異端の為の暗号等が無いか中身をざっくり確認しましたと。そう伝えるも、彼は何やら納得いかない様子だった。
    「…で。その本、処分したんです?」
    「……………………しました」
    「嘘ですね」
    「……これからしようと思っていたところで……」

     頼むからこれ以上はこの話題に触れないで欲しい。どう見ても僕の顔色はそれはそれは真っ青になっているだろうに、彼はそれを見てむしろ愉快そうに話を続ける。

    「分かりました。では私も本の内容を確認しましょう」
    「ちょちょ、ちょっと何言ってるんですかテメノスさん!!!」
     声が大きい、と制されて慌てて自分の口を押さえる。
    「前にも言いましたけど、話がだいぶその、まずいんですって!とても貴方に見せられるようなものでは……」
    「おや、なにを勘違いしてるんです。その暗号文とやらが含まれていないか確認しよう、と言っているんですよ。君が見落としていないとも限らないでしょう?」

     そういうのはどちらかと言うとほら、私の得意分野ですから。
     笑ってそう言う彼を見て、これはやられた、と思った。非常にまずい。取ってつけた言い訳を逆に利用されてしまうだなんて。けれどこの状況はきっともう、どうやったって誤魔化しようが無い。僕がいくら思考を巡らせたって、結局のところ口でこの人には勝てっこないのだ。




     
     これはどういう地獄だろう。僕が一体何をしたっていうんですか。
     宿舎の僕の部屋に二人きりなのは良いとして、目の前にはなにやら感情の読み取れない表情で猥本に目を通す彼。僕はいたたまれなくなって、ベッドに姿勢よく腰掛ける事しか出来ない。一体どういう気持ちで本を読んでいるんだろう。きっちりと法衣に身を包んだ彼の手の中にあるせいで聖典か何かと勘違いしそうになるが、その中身は完全にあれ。あれなのだ。登場する審問官は何故だかやたらとそういった事に精通しているし、監禁された新米聖堂騎士は情けなくめぇめぇ鳴かされる、そういう内容のあれな本。とんだ聖典があったものだと思う。

     てっきり本を朗読させられるとかそういった世にも恐ろしい想定をしていたのだが、どうやら違うらしい。僕を揶揄うわけでもなくあまりに静かに本を読み進める彼を見て、まさか本当に暗号が無いか解読しようとしているだけなのでは、という僅かな希望が頭をよぎる。限りなくその可能性は低いが、そうであればいい。どうかそうであってくれ。僕が半ば主に祈る気持ちで見守っていると、おもむろに彼が口を開いた。

    「…おかしい。何か引っ掛かる」
    「えっ」

     顔を上げた彼と視線がかち合う。その瞳には今までに何度も見てきた聡明叡智が宿っていて、嫌な予感がする。まさかとは思うが、いや、まさか。

    「君は気にならなかったの?冒頭で、主人公が見たことのない部屋で目を覚ます場面があるでしょう。これっておかしくありませんか?」
    「…え?えっと、眠らされて、それからここに運ばれてきた…って書いてありましたけど…」
    「彼をこの部屋に監禁した人物が、自分よりも体格の良い、それも鎧を着込んだ人間をここまで一人で運べたと思いますか?」
    「テメノスさん?」
    「この事件…おそらく共犯者がいる」
    「テメノスさん?」

     もしかして推理をしている?この猥本の?

     いや、そんなまさか。そんな地獄を煮詰めたような状況があっていい筈がない。何かの冗談だと思いたいのに、構わず推理を展開する彼の表情は正に真剣そのものだ。僕は何だか怖くなってきて、咄嗟に彼の持論に口を挟む。
    「多分、書いた人はそこまでよく考えてないんじゃないかと思うんですが……」
    「そうでしょうか。…おや、これは続編があるような終わり方ですね。今回の話には出てきませんでしたが、次回作に共犯者が出てくるのかもしれない。クリック君、続きが出たら忘れずに購入しておいて下さい」
    「はい!??」
     ついにとんでもない事を言い出した。本気だろうか。本気の目をしている。以前からたまに抜けているところがある人だとは思っていたけれど、頼むからこんなところでそれを遺憾なく発揮しないで欲しい。

    「…この二人の体格差が殊更に描写されているのが引っ掛かる。やはりこれは、この状況を一人では作り出せないというヒントだと考えるのが妥当でしょう。もう一人の存在を暗に匂わせているのかもしれませんし…」
    「いやいやいや!それは多分、書いた人の趣味ですから!!」
     思わず大きな声が出る。その言葉を聞いて、彼が僅かに目を細めた、ような気がした。
    「へぇ。趣味というと、どういった?」
    「えっ……ですから、体格に少し差がある二人、というか…」
    「差があるからどうなの?」
    「………」
     何だかおかしな事になってきた。これじゃまるで審問だ。どうしてそんなに詰め寄るんだろう。本当に、僕がいったい何をしたって言うんですか。
     顔に熱が集まるのが分かる。僕はしどろもどろに、口籠もりながらもなんとかそれに答えようとする。
    「多分この場合だと……本来自分より腕力が弱い相手にいいようにされてしまう状況が……なんというかこう、良いって事なんじゃないかな…と………」
    「おや、随分と理解があるようだ。身に覚えでもあるんです?」
    「も…もう勘弁してください……」

     僕が半泣きになりながらそう言うと、彼はくつくつと肩を震わせて笑い出す。そのうち、耐えきれないと言ったように大きく吹き出した。
    「フフ…すみません、クリック君」
    「えっ…?」
     突然の事に理解が追いつかないままぽかんと口を開ける僕に対して、彼は愉快で堪らないといったように続けた。
    「いや、少しいじめすぎましたね。君の反応があまりに良いので、つい」
    「ちょっと!わざとだったんですか!?」
    「君、やっぱり騙されやすいですねぇ」
     けらけらと笑い続ける彼を前に、羞恥心と少しの怒りで思わず立ち上がりそうになる。
     そんな僕を、先に彼が射抜くような視線で制した。気のせいでなければ、空気が僅かに緊張を帯びた、ように感じる。
     あれ、よく見るとテメノスさんの目が、なんだか笑っていないような。じんわりと嫌な予感がしてくる。

    「…あの、もしかしてちょっと怒ってます…?」
    「君がそう思うのは、その心当たりがあるからなのでは?」
    「え」
    「なんてね。まさか、怒ってなんかいませんよ。ただ少し寂しいな、と思っているだけで」

     えっと、やっぱり怒ってますよね。隠れてまたあんな本を読んでいたから。
     からからにかわいた喉でなんとかそう言おうとするより先に、寝台が小さな悲鳴を上げる。彼が僕の膝を跨ぐようにして乗り上げてきた音。そしてやけに目を引く、嗜虐の形に弧を描いた唇。

     あれ…なんだかこの展開、覚えがあるぞ。

     そう思った時には、両肩に置かれた手に力が込められ、視界がぐらりと揺れていた。何か声を発する間も無く、背中に伝わる柔い衝撃。未だ状況を把握しきれていない僕をよそに、彼の様子はどこか楽しげだ。
    「テメノスさん…?あの、一体何をしようとしているので……?」
     困惑を隠す事も出来ず声が震える。それを聞いて機嫌を良くしたのか、彼が表向きは穏やかに微笑んだ。

    「君が悪いんですからね。…こういう事をして欲しいって素直に言わないから」
     瞬く僕の目に映るのは、彼の蠱惑的な笑みと、よく見知った天井で――――
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏☺👏💖💴💴👏💴🐏🐏🐏📖📖☺☺👏👏💴💴💴💴💴💴💴💴🐑🐑🐑🐑🌿👏👏👏👏☺☺☺💖💖💖💖👏👏👏👏👏👏💴💴💴💴💴💴💴💴👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works