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    つじ_

    @tsuzi_kakuri

    ちょっと癖

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    つじ_

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     君と過ごす時間が好きだ。君の話を聞くのが好きだ。君が時々してくれる、二人の未来の話が好きだ。

     いつか二人でずっと遠くの地を訪れてみたい。かつて私がそうしたように旅に出てみたいのだと、君はいつも決まってそう言う。そこには見たことの無いような街並みがあって、美しい風景があって、賑やかな祭りがあって。それを貴方と共に見るのが夢なのだと。いつになるか分からないけれど、きっと二人で行きましょう。きっと、凄く素敵ですよ。君はいつも笑ってそう言う。

     二人の立場が、それをずっと許さないかもしれない。旅に出るだなんて夢は、結局夢のまま終わるかもしれない。けれど僕はそれでも構わない。互いの時間が合えば一緒に食事をして、夜にはおやすみを言って、次の日にはおはようを言って。その繰り返し。例えその繰り返しだったとしても、僕はそれだけで構わないんです。そういうささやかでなんて事のない日々もきっと、旅をするのと同じくらいに幸せでしょうから。君はいつも笑ってそう言う。

     だから私も笑う。君の隣で過ごす日々はきっと、賑やかでいつまでも飽きないんでしょうね。そんな事を言って笑う。

     嘘だ。そんなものは嘘。この言葉も笑顔も、なにもかもが全部嘘だ。
     ずっと君の隣にいたいだなんて、共に幸せな未来を描いていきたいだなんて、何もかもが嘘。騙されているとも知らずに、なんて可哀想な子羊だろう。人を疑う事を覚えろと、私はあんなにも教えたというのに。
     君のその話を聞くたびに私の内側にはいつだって、暴かれるのを恐れた本音が肩を震わせ蹲っている。

     やめてくれ。どうかそんな話はしないで欲しい。そんなに楽しそうに私との未来なんて語らないで欲しい。

     私が君から奪う未来の話なんて、お願いだからしないでくれ。





     
     多くのものを失ってきた。奪われる事にはまだ慣れない。ただ、慣れた振りだけは随分と上手くなった。今となってはそれよりも、奪う事の方が何より恐ろしい。

     繰り返し見る夢がある。目の前に君がいて、私の元から去ろうとする。心変わりをしたのだとか、やりたい事が出来たのだとか、行きたい場所があるのだとか、そんなありきたりな理由を付けて。
     もう貴方とはいられません。悲しそうな表情の上に解放された安堵を少しだけ浮かべながら、決まって私にさよならを告げるのだ。
     君がここからいなくなってしまう。もう二度と会えなくなってしまう。必死に手を伸ばして、みっともなく名前を呼んで、今日もそうして目が覚めた。

    「…テメノスさん、大丈夫ですか?」

     どうやら随分と魘されていたらしい。私の顔を覗き込む君と目が合った。澄みきった深い海のような、あるいは晴れ渡った高い空のような、いつもはそんな色の瞳。私がいっとう好きな青。それが今では心配の色に濃く覆われて、じっと私を見据えている。私を、私ひとりだけを捉えている。
     君がここにいる。私の前に存在して、私と共にいる事を今もずっと選び続けている。
     ああ、良かった、と確かにそう思った。緊張の糸が切れるのが分かる。君のその憂慮の滲んだ青を前にして、まるで許されたような気分になる。救いでも得たかのような心地になる。そんな自分にぞっとして、思わず頭を振った。
     何が救いだ。なにを、そんな馬鹿げたことを。

    「…ええ。昔の夢を見ました」
     また嘘が口をついて出る。私が恐れているのはいつだって、これからの未来の事だというのに。
     君の夢を見ただなんて言えなかった。君が何処かへ行ってしまって二度とここに戻らない、そんな夢を見たなんて言えない。去ろうとする君を見送るどころか追い縋る夢を見たなんて、どうしたって言えるわけがない。
     柔い月明かりが音も無く窓から注ぐ。君は何も言わずにそっと、私を腕の中に閉じ込めた。あたたかくて、怖かった。この腕の中には安寧と、そして同じくらいにどうしようもない恐怖がある。
     その背に腕を回す事が出来ない。これはきっと枷になる。優しい君をここから離れ難くしてしまう。君がいつか私の元を去る時、その決意を鈍らせてしまうだろうから。


     君を突き放す事が出来たならどれだけいいだろうか。君の寝顔をぼんやりと見ながら、今日もそんな事を考える。
     そうしてしまえばいい。君の事などなんとも思っていないのだと言って、私の事など忘れろと言って、全て終わりにしてしまえばいい。それだけの事だというのに、私はたったそれだけの事を今の今まで出来ずにいる。
     それは何故か。簡単な事だ。
     私の中にあるただひとつの本当が、君をここに縛る事を望んでいるのだ。

     
     
     
     愛しています、どうか貴方のそばに居させてくれませんか。あの時君は私にそう言った。誠実で真っ直ぐな青を、私だけに向けていた。

     君のそれはただの勘違いです。どうせ若気の至りなのだから、私の事なんてさっさと忘れてしまいなさい。

     私は君にそう言った。違う。そう言おうとした。何故だかそれは言葉にならなくて、私も君と同じ気持ちだと答えた。これからも君と共にありたいと、臆病なこの口はそう語った。
     君が照れたようにはにかんで、嬉しいと言ってまた笑う。その笑顔を見て、私はこれから君の多くを奪うのだと悟った。奪われるのではなく奪う人間になるのだと、そんな事をひとりで思った。


    (…おやすみ、子羊君)
     柔い月明かりが音も無く窓から注ぐ。君の隣で目を閉じる。明日になればおはようを言って、きっとまた君と笑い合う。そういう日々を重ねていく。
     君と過ごす時間が好きだ。君の話を聞くのが好きだ。君が時々してくれる、二人の未来の話が好きだ。

     嘘だ。そんなものは嘘。ずっと君の隣に居たいだなんて、共に幸せな未来を描いていきたいだなんて、何もかもが全部嘘。

     何もかも全部嘘なら良かった。
     ただひとつ本当なのは、君を愛してしまった事だけ。
     
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