ラーマがアクタルと再会するまでのお話。最近、あの青年と出会ったあの日の事が頭から離れないでいる。少年を助けたあと私たちは意気投合した。
「俺はあっちの工業地帯でバイク修理の仕事をしているから、今度寄ってってくれよ!」
「でも、君が見つけられるだろうか?」
「あんたは顔が綺麗で遠くからでも目立つから、俺がひと目で見つけてみせるさ!」
「そうか君も…(凛々しい顔…)
……はは、それだと助かるな」
彼と祭りの中を会話しながら歩いていて、ふと装飾の一部の鏡面に写った自分と目が合って驚いた。自分にこんな顔が出来るなんて…もう自然な笑みを浮かべることは無いと思っていた。
鏡に写った自分の顔を思いだすと同時に、彼の笑顔が頭に浮かんで離れず、探索の手掛かりを整理するために書いている日記も、今は思うように筆が進まない。
「確か、アクタルと名乗っていたか…」
Akhtar…
ふとノートに目を落とすと、彼の名前が書かれていた。無意識に書いてしまっていたらしい。今は使命を果たすための重要な期間で、うつつを抜かしている場合ではないのに、これではまた楽しい思い出に浸ってしまう。書いてしまった文字を消そうとするも、その名前が愛おしく感じてしまって、名残惜しく、消すのをやめてゆっくりとその文字を指でなぞった。
ああ…アクタル。
もし叶うなら、君にもう一度逢いたい。
「ラーマ?……おい、ラーマ!」
突然声をかけられて顔をあげた、
「偵察に現れなかったから…」
「おじさん!…すまない、もうそんな時間か」
皆が休憩に入る午後に偵察をする約束をしていたが、とっくに約束の時間は過ぎていたらしい。
「どうした?体調でも悪いのか?」
おじさんが顔を覗き込んできたため、ノートに書いた名前を思い出し、咄嗟に腕で隠した。
「いや、至って普通だ」
「…今なにか隠したな?」
さすが、私より警察歴が長いだけあって洞察力が鋭い。恐らく私の様子にも勘づいているだろう。なにか適当に誤魔化せば…いや、そもそも何故私は隠したりなんかしているのだろう。ぐるぐると考えを巡らせていると、おじさんが手を伸ばして日記を奪い取った。
「Akhtar…誰の名前だ?新しい手掛かりか?
…でもその様子だと違うようだな。何があった?
おじさんに話してみなさい」
なにも隠す必要も無いか。
私は諦めて、男を逃がしてしまったあの日、アクタルという青年と協力して少年を助けたこと。その後意気投合したが、友ができることで今後の捜査に支障がでるならと、不安で再会出来ずにいることを正直に話した。全てを聞いたおじさんは静かに頷いて、日記を差出すと、私の肩に手を置いた。
「友ができたのだな。それは私にとても嬉しいことだ。何を躊躇っている。今すぐにでも彼に会ってきなさい。」
「でも…」
「今日の偵察は中止にしよう。なに、逃がした獲物の尻尾が出るまでは、もう少し時間がかかるだろう。その間少し休むといい。」
さぁ早くという風に私の手を取り立ち上がらせて、背中を押した。
「分かってるとは思うが、正体はバレないようにな。さ、行ってきなさい。」
そうだ。立場上、本来の警察の私で会うことは出来ないだろう。でも思う。むしろあの時、あの場所にいた私こそが、本当の自分であると。
友…なんていい響きなんだろう。
やっと彼に会う決心がついた。
「ありがとう。明日は必ず偵察に」
おじさんが頷いたのを確認し、引っ張られるように自宅から出た。彼に会えることが楽しみで嬉しくて仕方がないという風に、身体がとても軽い。今までにない感情で、彼の暮らす場所へ向かって走った。
「…おい!おーい!
俺はここだ!ラージュ!」
聞いていた場所に足を踏み入れた途端声がした。その方へ目をやると、彼が嬉しそうに目を輝かせて駆け寄り、私の手を取り両手に包んだ。
「休みの間はずっと道の方を見て待ってたんだ!もっと早く来れば良かったのに!あんたの顔は目立つけど、忘れてしまってないか不安で……でもすぐ分かった!忘れるわけなかった!」
彼は興奮が収まらないというように早口で喋っている。私も彼になにか言ってあげないと…
「私も君に逢いたかった。アクタル。」
暗闇にいた本来の私を見つけてくれた君へ問いたい。私は今、どんな顔をしている?
ラーマの部屋に一人残されたヴェンカタシュワルルは、彼が立ち去る際に残していった笑顔を思い出して、一人涙していた。
「あの子があんなに笑顔になれるなら、私は応援してあげるべきだ。…なぁそうだろ?兄よ」