ダズンローズデー ダズンローズデー……HiMERUは今日そのワードを初めて知った。
撮影の待ち時間が長くて、暇を持て余していた。生憎ユニットメンバー不在のソロの仕事。話し相手がいないから、本を読んだり、ネットサーフィンをしたり。そんな時にたまたま今日、十二月十二日がダズンローズデーだということを知った。いや、知ってしまった。
ダズンローズとは十二本のバラを束ねたもので、それぞれのバラには「感謝、希望、尊敬、誠実、愛情、栄光、幸福、情熱、努力、信頼、真実、永遠」の意味が込められているらしい。ダズンローズデーはこの十二本のバラの花束――ダズンローズ――をパートナーに贈る日なのだ。
HiMERUの脳裏には同棲している恋人の顔が浮かんだ。巽は今日はオフだ。「お休みだから、久しぶりに夕食は手の込んだ物を作ってみようと思うんです。楽しみにしていてください♪」と張り切っていた。
時刻は十六時。きっと買い物にでかけて、夕食の支度に取り掛かろうというところだろう。
家で過ごす巽のことを考えて、少しニヤついてしまった自分に気付いてしまった。誰もいないのに誤魔化すように咳払いをする。ああ、こんな柄じゃなかったのに……ダズンローズデーなんて知りたくなかった。
長く待たされた撮影がようやく終わった。
時刻は十八時。すっかり日が落ちて暗くなっている。空気の冷たさが肌を刺す。早く家に帰りたい。巽がいるから部屋は暖まっていることだろう。それに、何故だか分からないけど、巽がいると更に部屋が明るく温かく感じるのだ。いつもより早歩きで家路を目指す。
途中、普段は素通りする花屋に目がいった。
「ああ……くそっ」
思わず独りごちる。ダズンローズデーだなんて知らなければ、花屋は素通りするのに。花屋はいつもと同じように営業しているだろうに、やけに煌々と店の照明が灯っているように見えた。暗い夜道に照明が眩しくて。足を止めてしまったら、すかさず店員に声をかけられてしまった。
「――何かお探しですか?」
「いえ……特にこれと言ったものはないのですが……。綺麗だったので思わず足を止めてしまいました」
Crazy:BのHiMERUだと向こうは気付いているのだろうか?つっけんどんな応対はユニットの評価に関わる。ただでさえ問題児ユニットなんて揶揄されているのだから。仕事でするようなスマイルを作り、店員と話をする。
「そうでしたか!お花があると部屋が彩りよく心も躍りますものね」
「――そうですね。何かいただいて帰ろうかと思います」
「ありがとうございます!お客様は今日はダズンローズデーだってご存知でしたか?」
「――はぁ。まあ、人並みには」
「もし、お家にご家族がいらっしゃるならプレゼントされてみるのはいかがでしょう?」
「――そうですね。生憎一人暮らしなのですが、薔薇が家にあったら気分も上がるでしょうね……では、ダズンローズをいただきましょうか」
「ありがとうございます!ではお包みして参りますね」
――商売上手な店員だ。これは「俺」の意思ではなく、店員に上手いこと誘導されて購入した薔薇だ。そう、思わず買わされてしまったのだ。
さて、このダズンローズをどうやって渡そうか。
『今日はダズンローズデーだから。この花束を愛する巽に……』
――いや、ないだろ。
『ほら、これ。花屋で目についたから。おまえにやるよ』
――いや、こんなキャラじゃないだろ。
花束を渡すシミュレーションをしながら暫く玄関前で固まっていると、突然ガチャリとドアが開いた。
「ひわっ!び、びっくりしましたな……新聞を取りに行こうと思ったらHiMERUさんがいたので。ふふ♪お帰りなさい」
「――ただいま。新聞はHiMERUが取ってきましたよ。あと……これ……お土産、です」
「え?あ……ありがとうございます」
スッと花束を巽に手渡すと、巽は目をまんまるくした。そのあと溶けるようにふにゃりと目が細まっていくのを、まるでアイスが溶けていくところみたいだな、なんてぼんやり思いながら眺めた。
巽はきっと――いや絶対――ダズンローズデーが何たるかを知っている。だからこんなに喜んでくれるのだ。
「部屋が暖かいから、傷んでしまう前に早く花瓶に移しましょう」
パタッパタッとスリッパを鳴らしながら、スキップするような足取りで、巽は洗面所へ向かって行った。
こんなに喜んでくれるなら、もっと気の利いた渡し方をすれば良かった。
「はぁ……また来年だな」
今日何度目かの独り言を呟きながら、いい匂いがする暖かな家に踏み込んだ。