高専 五夏♀ 1年生くらい夏油たちが呪術高専に入学して半年が経とうとしていた。
髪、伸びてきたなぁ。
入学当初は顎の辺りまでの長さだった為、そのまま下ろしていたが、今では肩に十分につくくらいまで伸びている。
今までの長さでは結ぶと、顔の横の髪が殆どヘアゴムを抜けて飛び出てしまい、夏油はそれが気に入らなかった。
ヘアピンで留める方法もあるが、任務中や体術の授業で動き回ることが多いため、尖ったものを何本も挿しているのはなんとなく危ない気がする。
そういった理由から、そのまま髪を下ろすスタイルが定着していた。しかし今の長さなら、結べるのではないだろうか。
そう思うと夏油は、長らく使っていなかったヘアゴムをケースから取り出した。
結んでみれば、横の髪も綺麗に収まったが、額の辺りの一部、長さが中途半端な髪が、ぴょこんとはみ出て存在を主張していた。
まぁ、これでいいか。
夏油は自室を出て学校へ向かった。
「変な前髪。」
教室には五条しかいなかった。
「結構な挨拶だね。おはよう、悟」
それには反応せず、五条は、自分の前を通って席につく夏油を目で追った。
夏油が横に座ったところで、五条は再び口を開いた。
「髪結んだのか」
「うん。だいぶ伸びてきたからね。綺麗にまとまってるだろう?」
「いや変に前髪出てるんだけど。」
ウケる、と五条が無遠慮に前髪を触ろうと、夏油の額に手を伸ばした。
が、それを持ち前の俊敏さで夏油は後方へ軽く避けた。
「ここだけ長さが違うから、はみ出ちゃうんだ。
というか、悟。
女子にそうやって触ろうとするのはよくないよ」
「朝から説教かよ」
2人の一触即発の雰囲気は、もう一人のクラスメイトが現れ夏油の「おはよう、硝子」という声掛けによって、お開きとなった。
五条の目の前で小さなポニーテールが揺れている。
今夏油は自分に背を向けて、家入と何事か会話をしているところだった。たぶん化粧品か何かの話だ。五条には関係のない話だし興味も無い。
休み時間なので、ぼーっと目の前のポニーテールを眺めるしかやることが無かった。
あまり考えたことが無かったが、夏油の髪の毛が思いの外綺麗だった。
夏油の頭が動くたび、真上の蛍光灯の光を受けて、天使の輪が動いている。
五条は特に何も考えず、夏油のポニーテールに手をやっていた。
「ひゃっ」
夏油が小さく声を上げ、即座に五条を振り返り、キッと睨んだ。
五条は夏油のポニーテールを下からすくい上げるように優しく持っただけだったので、振り返って髪が引っ張られることは無かった。
「驚いたじゃないか!どうしたんだ、急に。」
「いや別に何も。」
「何も無いは無いだろ」
大体、女子に易易触るなって朝も言ったじゃないか云々。何やら面倒くさいことをしてしまったようだ。正直に弁明すればよいのだろうか。
「オマエの髪、綺麗だったから。」
「は?」
夏油は怪訝そうな顔をした。が、暫く考えて、
「…ありがとう?」
と、また怪訝そうに言った。
そして大口を開けて笑いだしたので、五条は驚いた。
一瞬考えたが、自分はなんだか恥ずかしいことを言った気がする。
「なんだよ急に!」
五条は照れ隠しで思わず怒鳴った。
「いや、悟、意外と可愛いなって。」
アハハと尚もおかしそうに夏油は言った。
なんだよと五条は不満げだったが、ふと気づいた。
「オマエなんか顔赤いぞ」
五条が指摘すると、夏油は笑い声を少し落ち着かせて、
「大笑いしたからだよ」
と、黒板の方に向き直った。
指摘された頬を手のひらで抑えながら、机に両肘をついた。
そして、前を向いたまま
「君ってほんといい人だよね」
と呟いた。
夏油の耳は真っ赤に染まっていた。
五条は何か言い返そうとしたが、担任の夜蛾が教室に入ってきたのを見て、やめた。
机の方に向き直る直前、夏油の向こうにいた、ニヤニヤしている家入と目が合ってなんだかむかついた。