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    あーや

    @puruaya

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    ぶぜまつのらく描きとらく書き

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    自室で読書する松井を豊前が眺めるだけの話。2月くらいに書き殴っていたものです。

    ##ぶぜまつ

     松井は普段豊前の部屋に入り浸りだが、ひとりで静かに本を読みたいときは自室にいることがあるのを豊前は知っていた。そういう時はなるべく邪魔しないようにしていたのだが。
     松井が非番のはずの昼下がり。松井の姿が見えないので、きっと部屋にいるのだろうと思って訪れてみたら案の定。
     突然の来客に、読んでいた本を閉じて立ち上がろうとした松井を、豊前は制した。
    「邪魔して悪ぃ。そのまま読んでていいから」
     何しに来たのと言わんばかりに、松井が長い睫毛をぱちぱちと瞬かせる。
     松井も普段用事がないときは豊前の部屋で過ごしているのだ。豊前が松井の部屋へ遊びに来てはいけない道理がない。
    「用がなきゃ来ちゃいけねーかよ」
     わざとらしく、拗ねたように頬を膨らませてみせると、松井はぶんぶんぶんと首を横に振った。やわらかいはずの髪がぺちぺちと痛そうなくらいに頬や鼻を叩いている。少し意地悪が過ぎる質問だったかもしれない。
    「でも……せっかく豊前が来てくれたのに、本を読んでいるなんて……。そんなもったいないことはできない」
     最後は凛とした響きで松井が断言した。流されがちな松井だが、時々びっくりするほど頑ななときがある。この強い眼差しは譲る気がないときのものだ。血のことと、それから豊前のこととなると、だいたいそうなる。ただ、そういう時、どうすれば松井が折れてくれるのか、豊前はよくわかっていた。
    「本読んでる松井を見たくて来たんだ。だから続けてくれ」
     なんだいそれ、と松井が噴き出した。小さく開かれた唇から八重歯が覗く。
     豊前のためなら、松井が豊前の言うことならなんでも聞いてしまうことを豊前はわかっていた。
     それじゃあせめて座布団くらいは用意させてほしいと言う松井を、豊前は止めなかった。
     豊前は松井から座布団を受け取り、松井のすぐ隣に置いた。窓辺に設置された小さな書院。障子は部屋全体を明るくしたまま、直射日光を和らげてくれる。冬にしてはぽかぽかな陽気で、日向にいると暑く感じるくらいの良い天気だ。ここで昼寝をすればさぞ心地よいことだろう。
     松井は豊前に言われたとおり、読んでいた本を再び開いて、静かに視線をそこへ落とした。
     豊前が来た時に急に本を閉じてしまったのだろう。それまで読んでいた箇所を探すようにページをめくる白い指。その先に彩られた青緑が、障子越しの光を受けて優しく光っている。
     豊前が来る前に読んでいた場所を見つけた松井の視線が、クリーム色の紙に真っ直ぐ注がれる。
     松井の目が他のものを見ているのを豊前が見るのは珍しいことだった。豊前がとなりにいるにもかかわらず、別の方向を一心に見ている松井は戦場で敵と向かっている時くらいだった。豊前といるときは松井はよく豊前のことを見る。豊前が松井を見ると当たり前のように目が合ってしまう。青く澄んだ瞳にまっすぐ見つめられるのは心地よいし胸が高鳴る。だが、その瞳が他の方向をむいているときに覚える焦燥もまた豊前の負けず嫌いな性格を高揚させるものだ。
     豊前を見ている時とは違う、引き締まった表情で文字を追う松井。その頭の中は今きっとその文字が示すものを思い浮かべている。隣の豊前のことなど目もくれずに。
     豊前にとって、高嶺の花とはまさに松井のことだった。
     同じ刀工から生み出された近しい存在ではあるが、豊前はからきし苦手なこういう字が多い書物もよく読むし、頭を使う難しい仕事も卒なくこなす。穏やかで落ち着いて凛とした声。やわらかくもありしなやかな髪が表情を隠す瞬間がある。長い睫毛が囲む、遠い海のような瞳。形の良い唇がほころぶとちらりと覗く鋭い歯。雪のように白い肌。知性とやさしさと愁いを感じさせる眉。人一倍責任感が強いところ。普段は穏やかで物静かなところ。
     松井を構成しているすべてが、豊前の好みと一致していた。あるいは、松井のことが好きだから、すべてが好みに見えてくるのかもしれない。
     時々髪を耳にかける仕草がたまらなかった。しなやかな髪はそれでもすぐにはらりと落ちてくるのだが、気にしてかけなおす様子もなく、目線は本に注がれているのだった。
     このよくできた動く人形を、間近で眺めるだけでも一日が過ごせる。走ることくらいしか興味がなかった豊前は、自分がこんなにも部屋の中でじっとしていられることが不思議だった。
     はらりと落ちた髪を代わりに掬って、耳にかけてやろうかと思ったが、松井の邪魔をしてはいけない。「お手を触れないでください」という札を豊前は頭の中で勝手に掲示していた。ふたりの間を隔てるガラスこそないが、展示されている美術品のようなものだ。手を伸ばせば触れられるところにあるが、触れてはいけない。そう言い聞かせるほど、触れたくなる想いは募っていく。
     今ここで松井に触れても、松井は怒らないだろう。松井の部屋でふたりきり。誰にも邪魔されない空間。本よりも豊前を優先しようとしてくれた松井だ。今本を読んでいるのも豊前がそうしてくれと頼んだからそうしている。読書の邪魔をしたとて咎められることはないだろう。豊前が触れると松井が喜ぶこともわかっている。だからといって簡単に触れてしまってはつまらない。せっかちなほうだと自覚のある豊前だが、松井のことはじっくり時間をかけて、互いに焦らすことを楽しむ。これは一種のプレイだった。
     松井の左頬にかかる、髪の一番長い部分が、さらりと僅かに揺れた。
    「……豊前」
     松井がぽそりと呟いた。視線は本に向けたままだ。
    「ん?」
     豊前が返すと、松井は伏せていた目を上げた。豊前を見つめる美しい宝石のような瞳に、豊前は思わず息を飲む。
     松井は言葉を選んでいるようだった。豊前は急かさず、微笑んで松井の言葉を待った。
    「……そんなに見つめられたら、集中できない」
     申し訳なさそうな顔で松井が告げた。
    「ははっ!そうだろうな!」
     豊前が笑い飛ばすと、松井もほっとしたように笑った。
     それなりに経過した時間の割に、松井は1ページも読み進めていない。実は豊前も気づいていた。松井の頭の中は本の世界でいっぱいになっているかと思いきや、隣で見つめている豊前の視線にばかり気を取られていたのだ。悟られないように平静を装いながらも、頭の中は豊前のことでいっぱいだったのだろう。
    「結局邪魔しちまったな」
    「ううん」
     松井が読んでいた本を閉じた。また栞をつけずに閉じて大丈夫なのか。
     本を書院の上に置くと、体を豊前の方へ向ける。
    「……ふたりでしかできないこと、したいな」

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    中途半端に終わってすみません。
    なんか変なぶぜまつが書きたかった。
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