触れるセカイは今日も静かでどこかひんやりと冷たい。凍えるような寒さでもなければ、緊張感のある静寂というわけでもないが、ぬくもりというものはこのセカイ自体にはあまり感じられなかった。
「で、一体なにしてるの?」
しばらく遠くで眺めていたはずのメイコが、ついに動き出して声をかけた。その隣には、珍しさ故と好奇心で近くにはいなかったはずのルカまで寄ってきている。
「こうすると、落ち着くんだって教えてもらったんだ」
メイコとルカの視線を受けたレンは照れくさそうに笑って二人を見上げた。彼の腕の中には二人に背を向けて立つカイトが小さな腕の輪の中に何とかおさまっている。決して動かないカイトの前に、ルカは躊躇いなく回り込んで、その顔をのぞいた。
「あら、確かにいつもよりシワが少ない気がするわ」
心なしか穏やかな表情を見せているカイトに微笑む。カイトにとっては、気に入らない笑顔だった。
「もう十分以上そうしているようだけど」
「ずっと見てたのか、暇だな」
「それってあなたにも当てはまるんじゃない?」
ため息をついて黙り込んだカイトは目を閉じて、ルカの言うことを無視した。彼の少しだけ離れようとした体をレンは腕に力を込めて引き留める。それを見てルカは目を細めてくすくすと笑いだす。
「黙り込むなんて珍しいわね」
「る、ルカさん、メイコさん、できたら二人きりして欲しいな……」
声は弱々しいがはっきりと口にしたレンはそっぽを向くカイトに視線をやりながら、申し訳なさそうに眉を下げた。ルカはさらに楽し気に近づき、膝を曲げてレンに視線を合わせる。
「あら、こっちも珍しい」
「ルカ」
今にもレンを揶揄おうと口を開いたルカを嗜めたのは、背後からの冷たい声だった。
「メイコも気になるから来たんでしょ?」
「私はもう行くわ」
「残念ねぇ」
言葉少なに立ち去ったメイコを眺め、ルカは形だけ落ち込んで見せる。振り向いても、カイトはそっぽを向いたまま、レンはそんなカイトを抱きしめてルカを見上げたままだった。
「誰に教えてもらったの?」
「え?」
「そうすると落ち着くって、教えてもらったと言っていたでしょ」
「うん、ミクがね、まふゆちゃんに教えてもらったって」
「へぇ、そうなのね」
その答えに満足したルカは最後にもう一度カイトの前に回り込む。嫌そうに顔を顰めたカイトがレンの腕の中でされるがまま立ちすくんでいる姿はやはり面白かった。
「なんだ……」
「シワの少ないあなたは、少し彼女に似ているわね」
それを捨て台詞にルカは手を振って立ち去った。
残されたカイトとレンは彼女の後ろ姿をしばらく眺めて立ちすくむ。
「なんだあいつは」
「ふふ」
揺れるピンクの髪を睨んで舌を打つカイトは、笑い声と共に下からの視線を感じ俯いた。
「なにが可笑しい」
「元気でたみたいでよかったです」
二人が抱きしめ合うことになった原因は、カイトの心が落ち着かず歩き回っていたところを、レンガ引き止めたのが始まりだった。オドオドと近づいてきたレンが、今ではそんな素振りも見えないほど無邪気な笑顔を見せている。それが不思議と、カイトの心を一層落ち着かせた。
「お前もな」
「カイトさんと触れ合ってるから」
だから当たり前だとレンは笑う。むず痒さを感じて身を捩ると、離さないとばかりに腕に力が込められた。
「もう少しだけこうしてたいな」
「……好きにしろ」
「うん、ありがとう」
力を抜いたカイトが自分の方へ身体を寄せてくれたのを感じて、レンは温もりの偉大さに涙が出そうなくらい感激した。