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    ❖四葩

    四葩でよひらと読みます。
    突然版権に再熱する人。そのうち冷めてまた再熱する。
    @tadanosanbun

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    ❖四葩

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    いろたゆでハピエンになる話を書きたかったなにか。3年生の話です。

    ##暗号学園のいろは
    #いろたゆ

    ハッピーエンドは決闘後 銃後で紙と鉛筆を持つ少年ヒーローはとっくに十五を過ぎ去り、緋色の空を背負って戦場に立っていた。彼の戦略ゆめは五十分の一程度しか届かなかった。けれどもそれはまだはじまりにすぎないことを、彼は知っている。
     幾つもの戦場を駆け回り、幾つものを景色を見て、幾つもの命を見届けて。

     それを隣で見届けることのない少女が、同輩たちと共に静かに学園で少年の帰りを待っていた。ときに長く伸ばした髪を弄び、ときにその二つ名を違えることなく言葉を連ね、ときに一人の少女として。
    「たゆたん、いつまでそうしてるつもりなの」
    「なんのことですか」
     教室の窓。小さく切り取られた空を見上げていた視線を落とし、少女――夕方多夕は東洲斎へと向き直る。なんともないように、いつも通りの表情のまま近付いてきた幼馴染を見て東洲斎は一つ息を吐いた。何年も傍にいたのだ。お互い伝わらないとは思っていないだろう。なにより、少女らは暗号兵なのだ。言外の言葉だって、正しく読み取ってしまう。
    「空を見ていたって、降ってくるわけではないのよ」
    「湧いてもきませんけどね」
    「あら、わかっているじゃない」
    「……」
     これは夕方が墓穴を掘った。なにが、と言えばまだ言い逃れができただろうが、これでは降って湧いてきてほしいものがなんなのか、もう答えてしまっているようなものだ。
    「それで?」
    「それでもなにもないですよ。今度の作戦は長くなるって話してたじゃないですか」
    「そうじゃないわよ。あなた、迎えに来てもらうつもりなの?」
     暗号学園の第三学年は実践で暗号兵としての力を発揮することをカリキュラムとして組み込まれている。勿論例外なく夕方の待ち人である少年――いろは坂いろはも一人遠くの戦地へと赴き、暗号兵として戦争を停めるべく実践に励んでいる。
     幾度か学外へと足を伸ばしているいろは坂と違い、夕方は暗号皇帝である幼馴染のそばに仕え、学内に留まることが多い。
     なにより夕方は自らの手によって他者を傷つけることのほうが圧倒的に多く、いろは坂の目指す戦争のない世界をつくるためにはその力を発揮するのは得策ではないと、よほどでない限り夕方が暗号兵として渡り合うことはなかった。その姿勢をやる気がないと見るのは学外のものだけだ。彼女は今まで通り、マイペースに爪を整えているだけにすぎないのだから。
     夕方が実践を行うとするならばただひとつ。言葉の通じない、聞こうともせず駄々を捏ね続ける我儘な子どもの世話﹅﹅をするときだけ。彼らに相対し、ひとたび言葉を口遊めば、そこに残るのは悪党どもの残骸だけなのだから。
     ……つまり何が言いたいかといえば、夕方といろは坂は顔を合わせる機会がめっきり減ってしまったのだ。たとえ同じクラスだとしても、顔も見ない、声も聞こえない、影さえ感じ取れない。そのことが日に日に夕方を苛んでいることを東洲斎は知っている。
     だからこそ彼女は夕方に会いに来た。もうすぐ実践から帰還するはずの彼の帰りを出迎えようと。だのに夕方は教室から動かない。彼女に足枷などついていないのに、何かが邪魔をしているのだといわんばかりに教室から出ることを拒んでいるのだ。
    「アタシはいいんですよ。それよりもお嬢様はさっさと行ったらどうですか? もうすぐ時間ですよ」
     目を伏せる夕方はいっそ何かを諦めているかのように見えた。
    「……」
     東洲斎の目にどのように映ったかは、計り知れないが。
    「いいわ。それじゃああとのことは任せたわよ、たゆたん」
    「はい、お嬢様」
     返事だけは殊勝なもので、その態度は相変わらずやる気の無さが満ち、ただ出ていく東洲斎の背をぼんやり眺めている。……ように見えた。

     ドッドッドッドッド……と響く地鳴りのようなエンジン音が徐々に小さくなる。帰還したバイクが進みを止めたのは駐輪するためではなくいち早く出迎えてくれた友人たちを見つけたからだろうことは確認しなくても容易に想像がついた。
     それからすぐにエンジン音は止まり、きゃらきゃらとした笑い声が聞こえる。賑やかな話し声が聞こえる。人が増え、輪になり連なり、彼の帰還を祝福している。帰ってきたことへの幸福を受け止めている。その意味を、よくよくわかり胸に留めている。
     しばらくするとその声は小さくなり、屋内へと歩を進めただろうことが伺えた。地上から数メートル離れ、窓の閉め切られた教室の窓からわかることはその程度で、詳細などわかるはずもない。……そこに、暗号が隠されていなければ、というのは、今は野暮な話だろうか。

     ぱたぱたと軽い足音が近付いてくる。嬉しげな音が近付いてくる。胸の高揚を隠すことなく、隠せるはずもなく、それでもしっかりと地面を踏みしめながらその足音は教室の前で止まった。
    「……」
     だんまりを決め込んでいるのは夕方のほうだ。いろは坂はじっと扉の向こうから夕方の様子を伺っている。わかっている。わかっているのだ! だって彼の視線はありありと語っているのだから! 彼の目ははっきりと伝えているのだから!!
     胸のあたりで何かがつっかえ、喉がぎゅっと締め付けられる感覚を拭えない夕方はいろは坂の視線から逃げるように目を伏せた。
     それでもいろは坂は教室へ足を踏み入れない。そこにあるのは畳の縁か。規制線か。踏んではならぬものでもあるかのように、越えてはならぬものがあるかのように、じっと、ただただ視線だけを教室の中へ寄越している。
     粘ったからといって何かがどうこうなる、という話ではないのはわかっているのだが、それでも出迎えもせず教室から出ようともしないでいる意地をここで易易と崩すことは憚られた。
    「(……どうしようかな)」
     いろは坂は待っている。夕方が迎えてくれることを。夕方がその扉を開けてくれることを。固く閉ざされていた心の檻を、いろは坂に開けてくれることを。
     けれど、もう十年以上も閉ざしていたそれは、未だ愛する幼馴染にさえ開ききることのできていないそれは、夕方を意固地にさせていた。
     だからこそ﹅﹅﹅﹅﹅、いろは坂は待っている。夕方が自由に飛び立つのを。
    『あとのことは任せたわよ』
     確かに任された。自分の意志を、この心の行先を自分で決めることを。わかっていて承諾したのは自分なのだ。
    「…………はあ」
     ああ、負けだ。勝ち負けなんてものではないのはわかってはいるが、それでもこれは負けなのだ。
     足元へ視線を落とす。
     最後の悪足掻きをするように、ひとつふたつ、爪先で軽く床を叩いてみる。
     足を戻す。
     体の重心をずらす。
     だらんとぶら下げたままだった手をポケットに突っ込んで、ため息を一つ。
     無駄な足掻き。それを幾つ重ねたところで時間は過ぎるばかり。ここで時間を消費してもいろは坂は折れてはくれない。どころか友人が彼をどこぞへ連れ去ってしまったとしても、彼はまた夕方のもとへと戻ってきてその一線を越えてくるのを待ち続けるのだろう。
     その一線が何を意味するかを、わかっているから。
     すっと視線をいろは坂に戻せば、彼ははくはくと唇を動かしている。
    「(視線で伝えられるのに、なんで……)」
     その言葉を、拾っていく。
     ひとつひとつ、取りこぼさぬように。
    「(ぼ、く、の、)」
     やめて。
    「(か、え、る、)」
     続けないで。
    「(ば、しょ、は、)」
     わかっている。わかったから、だから、やめて。
     そう思っても、それでも言葉は続いていく。
    「……、」
     違う。そんなことはできない。そう在れない。
     家族を、家庭を、その平穏を、安寧を、自らの手で消し去った夕方にとってそれがなにを意味するのかわからないはずはないのに。それでもいろは坂は視線を逸らさず、言葉を紡ぐ。
     伝えるべきことはもう伝わっているはずなのに。それでも、なお。
     まだ、語っていないことがあるのだと言わんばかりに。
    「(さっき素直に扉を開けてたら、こんなことはなかったんだろうけど)」
     言いたいことを言い終えたいろは坂は微笑んでいる。夕方の表情は変わらない。それを認めるといろは坂はひとつ唇の前で人差し指を立てる。
     そうしてまたひらひらと唇を動かす。更に続きを紡いでいく。
    「(……あ、)」
     そうだ。いろは坂いろはという男は、こういう男だ。改めて思い知らされる。はっとさせられる。
    〝ボクの帰る場所は夕方さんの隣がいい〟
    〝家がどこかは重要じゃない〟
    〝そこに夕方さんがいれば、そこがボクの帰る場所だよ〟
     だから開けてと言うわけでもなく、だからボクの家になってと言うでもなく、ただあなたのもとへと帰りたいのだと、それだけが望みなのだといろは坂の視線は雄弁に語る。
     どこへ行こうとも構わないのだ。どこへ思いを馳せようと構わないのだ。長年付き添った幼馴染への想いも、治らないホームシックも、そのままに抱えてどこへなりと行こうと良いのだと。
     ただ、ひとつ。
     良しと思えるときにいろは坂の帰る場所なってくれればそれだけで良いのだと、わざとらしく伝えてくるのだ。
     ……やっぱり、負けだ。というかずるくはないだろうか。わざわざ、それも声にも出さずに扉越しにこうして伝えてくるのは。口で伝えるということが重要なのだと言うようで。
     口で?
     そうだとも。口で伝えるのだ。言葉を連ね、紡ぎ、綴り。
     その相手が夕方だというのだから、きっとこれはわざとに違いないのだ。
    「……はあ……」
     思わずポケットの中で手に触れていたカードを手に取ったが、いろは坂が悪いのだ。焚き付けた火はすぐには消せない。それは勝負の火なのか別なものなのか、もはや区別はつかなくなってしまった。
     ゆっくりと歩を進め、教室の扉を開ける。その直後に夕方は手近にあった机を移動させる。
    「ゆ「まだお迎えじゃないよ」
     夕方の名前を呼ぼうとしたいろは坂の言葉を遮る。でないと許してしまいそうだったから。
    「決闘、しようか」
    「!」
     机の上にカードを滑らせる。いろは坂も何度も見た夕方のための武器。合法的な拷問ゲームだなんて言われているし、実際そういう意図でこれをしてきたことも何度もあった。けれどそんなつもりは毛頭ない。ましてや、いろは坂相手に。
    「だと思った。安心して、前みたいなことはしないから」
    「やるって言ったら他の暗号用意してやったけどな」
    「あはは……」
     再戦リベンジを申し込んだときのことを思い出し、いろは坂は頬をかく。それでも、いろは坂にとっても夕方にとっても、これは想定内のことだった。
     二人の決闘といえば、場所は違えどそれが常になっていたのだから。
    「んじゃ始めよっか」
    「半減失言質疑応答!」
     決闘。だというのに随分と穏やかな雰囲気のいろは坂と、手は抜くつもりはないだろうが心なしか口角が上がって見える夕方。もうこの時点で決着はついているも同然で、けれどもそれを察しながらもお互い手も口も思考も止めようとはしない。
     これが、互いの想いを証明するためのものだとでもいうように。


     彼らが何を語ったにせよ、語らなかったにせよ、物語というのはハッピーエンドで終わるものだ。
     たとえお姫様が王子様からの目覚めのキスラストシーンを拒もうとも、幸福は続くのだ。
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