アヴァロンルフェの標本植物を愛したその男は、一つの花園を作った。誰にも邪魔されない、誰も踏み込めない、まさに秘密の花園。アヴァロンと名付けたその温室。
「ただいま」
植物に優しく話しかけると綺麗に花を咲かすという。
だからその男ーーマーリンは温室の花たちに丁寧に話しかけ、水をやり、愛情を込めて花を育てる。
巷でマーリンの育てた花は何よりも美しいと評判であった。
植物学者の天才、と謳われ、その研究室であるその温室は、美しい花々の周りを、宝石のような翅を持つ蝶が舞い、まるで御伽噺に出てくるかのような神秘的な光景を描いた絵画のようだった。
マーリンはゆっくりと温室の奥へと進むと、花園の中心に大きな円形のベッドが置いてある。
そのベッドは、一際美しい花に囲まれており、そこにはこれまた御伽噺に出てくる王子様のような青年が、まるまって穏やかに寝息を立てている。
「オベロン、帰ったよ。良い子にしてたかい?」
マーリンの声に、銀色の髪の美男子(少年というにはどこか大人びており、青年というには少し幼さが残る)が白いシーツの上で身じろぐ。
白いシーツに散りばめられた銀色が光に当たり、キラキラと輝いて、マーリンは愛しそうに目を細めた。
オベロン、と呼ばれた彼は眉を寄せて碧眼の瞳を不機嫌そうにマーリンに向けた。
「………東にある薔薇、棘を取り忘れただろ、ロクデナシ」
「おや、もしかして、怪我をしたのかい?」
その言葉にオベロンはずい、と右手の人差し指をマーリンの目の前に突き出す。真っ白の肌に、赤く傷が出来ており、痛々しかった。
「かわいそうに。」
その指先をマーリンは口に含むと、くちゅりと舌で舐めまわす。
「…、っ、バカ!」
オベロンは指を引っ込めると、そのままずるずるとベッドの上を後ずさる。そういうの、気持ち悪い。と吐き捨てるとシーツにくるまってしまった。
その姿は繭のようで、なんだか愛しいな。とマーリンは笑った。
「ねぇ、あの薔薇。綺麗だっただろう? 思わず出を伸ばしたくなるくらいには。でもダメだそぅ。綺麗な花には棘があるんだから気をつけなくちゃ。」
「………………お前みたいな、甘い香りがした、から」
繭の中から、小さくそう呟いた声が聞こえる。
マーリンは不意打ちを食らって、口元がにやけてしまうのを必死に手で抑えたが無駄だった。にやけんな。気持ち悪い。とまた繭の中から声がする。
「ねぇ、オベロン、しようか」
ぎしり、とベッドが鳴る。
シーツの上からマーリンはオベロンに優しくキスを落とすと、もそもそとシーツから顔を出したオベロンの瞳が潤んでいた。白い頬が少しだけピンク色に色づいた様は、まるで蝶が羽化をしたような綺麗さだと、マーリンはぼんやりと思った。
オベロンはベッドに優しく縫いつけられ、身動きが取れない。強く腕を押さえつけられているわけでも、紐で縛られたりしているわけでもない。それなのに、逃げることができない。
優しく身体をなぞるマーリンの指に、焼けるような熱さを感じて、その熱を逃すかのように口から甘ったるい声が零れ落ちる。
「ん、…ふ、…っ、」
哀しいわけでもない。
痛みがあるわけでもない。
ただ、甘くあつい快楽が涙となって頬を伝う。
貫かれたそこは、愛しいとか、嬉しいとか、気持ちいとか、そういった甘い感情でまみれて
綺麗な温室に似つかわしくない水音と、甘ったるい欲望を含んだ吐息が響き渡り眩暈がする。
自分の声を聴きたくないとでも言うように、オベロンはマーリンに何かを懇願するかのように唇を動かした。
塞いでくれ、と涙で濡れた碧眼の瞳が訴える。
マーリンはそれに応えるようにオベロンの唇を塞ぐと、閉じたオベロンの瞼から宝石のような大粒の涙がシーツへと落ちた。
((あぁ、まるで))
(標本にされてるみたいだ)
(標本にしているみたいだ)
オベロンの美しい姿を見ながら
マーリンの熱い眼差しに捕らえられたまま
2人は同時に達した。
***
「なにか食べるかい?」
「………メロン」
温室へ差し込む陽がすっかり傾いた頃
ぐしゃぐしゃになったシーツと乱れたオベロンの服を整えて、マーリンはオベロンをひょいと抱き上げる。
「軽いねぇ。まるで羽が生えているようじゃないか」
手を離したら、どこかに飛んでいってしまいそうだ。
そういうとオベロンは鼻で笑い飛ばした。
「…羽が生えてるとしたら、それはニセモノだから、どこにも飛んでいけないさ」
「…そうなのかい?」
「うん、お前のところに落ちてゆくだけさ」
ぱさりと銀色の髪がマーリンの頬にかかり、そのまま唇が重なる。
ただ触れるだけのキスに、おさまったハズの熱がぶり返すようだった。
「だから、捕まえていて」
誰も踏み込めない秘密の花園に
美しい花々と蝶を捕らえている。
アヴァロンと名付けられた、まるで御伽噺のようなそれ。
果たして、本当に捕らえられているのは、?
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