.宝具威力をアップブーストし、宝具を放つ。
この一撃で倒せればいいが、恐らくこの相性では無理だろうと踏んでいた。
それでもほんのわずかな時間、相手の動きを止め、そのあと狙いは俺だけに定まる。これで他のサーヴァントたちの回復やら魔力装填の時間を稼ぐ。
ーーそう命令したのはマスター、他でもないお前じゃないか。
手も動かせない。声も出ない。
まるで、生まれ落ちたあの時のように、俺は見ているしか出来ない。
何もできない俺に、敵の攻撃が飛んでくる。
あぁ、でも 敵ももう長くはないのだろう。
最期の力を振り絞るような雑な攻撃が目の前に飛んできた。
視界がぼやけていく中で、マスターが俺の名を呼んだ気がした。
悪夢みたいな光景。
俺を囮にすると決めたのはお前なのに、どうして俺の前に出たりしたんだ。
「………ん、」
「おや、気がついたかい? 気分はどう?」
「………最悪だ」
医務室のベッドの上で目が覚める。
猛烈な吐き気。目眩。倦怠感。脳裏に焼きついた記憶。
俺の第一声にダヴィンチが苦笑いをして、メディカルチェックを始める。モニターを見ながら、ふむ。と頷いて、口を開こうとした瞬間。もう一度俺は呟いた。
「最悪だ」
俺の身体はなんでもない。
激しく魔力を消耗しているが、外傷も殆どない。それなのに。
細い糸が、今にも切れてしまいそうな感覚に恐怖を覚えた。
「……立香君の容態は安定してるよ。
君のおかげで、敵ももう攻撃する力は殆ど残ってなかったからね。急所を外れたのは運が良かっ…」
「俺の所為で、だろ」
俺を安心させようとしたのだろう、努めて明るく振る舞うダヴィンチの瞳が悲しそうに歪む。
ちがう、と首を横に振るダヴィンチを鋭く睨みつけて、俺は低く言葉をぶつけた。
ダヴィンチの言葉に嘘はないのはわかる。
けれど、マスターとの繋がりが弱まっているのは確かだ。その恐怖を、誰かにぶつけなければ今にも泣いてしまいそうだった。
「俺の所為でマスターが怪我したんだ。俺が討ち漏らさなきゃ、マスターだって飛び込んでこなかったんじゃない? 俺のおかげ、なんて、思ってもないこと言うなよ。俺の所為で、君たちのマスターは怪我をした。他のサーヴァントだって、みんなそう思ってる。『オベロンが討ち漏らしさえしなきゃ、マスターは』ーーー…」
「オベロン」
だんだん声量が大きくなるのを止められなくて、最後の方は叫ぶようになった俺の言葉を塞いだのは凛と響く声だった。
記憶が途切れる直前、聞いたその声。
声のした方へ振り返ると、頬に大きな絆創膏を貼られた立香がそこにいた。
「………ッ、」
「オベロン」
もう一度名前を呼ばれて、俺は何か魔術でも掛けられたかのように声が出せなかった。
立香はダヴィンチに何か言うと、ダヴィンチは頷いてその場を去った。
しん、と静まり返った医務室に、2人。
ベッド横にあったイスに座って、何も言えないでいる俺の手をそっと立香が握った。
「………おまえ、ばかなのか」
「…うん、ごめん」
「おまえは、ばかだ」
「…うん…」
「ばかやろう、」
いつもなら、考えずとも出てくる冷たい言葉が、今はいくら考えても出てこなかった。
俺の言葉に謝り続ける立香は、「よかった、オベロン、無事だ、よかった」なんて心の中で繰り返している。
本当にばかだ。このマスターは。
「…ごめん、相性不利のオベロンに、酷な戦わせ方した。俺がそうしろって命令したら従わなきゃいけないのに、俺」
「…だからって、お前が俺を庇う必要なかった」
俺はサーヴァントで、立香は生身の人間なのだ。
今までの戦いだってそうだったはず。
死なせないための礼装。とはいえ、死ぬ可能性は大いにある。
マスターが死ねばサーヴァントも消える。この世界も終わる。だからこそ、マスターの命は第一優先なんだと。契約されたサーヴァント達は誰に教えられるわけでもなくそう刻まれている。
マスターがサーヴァントを庇うなど、大馬鹿者のすることだ。
「マーリンの幻術、効かない可能性あったから、俺が庇った方が早いかなって」
「だったら魔術礼装でなんとでもなったろ」
「体が先に動いて…」
「だからばかだって言ってる」
ごめん。と、言い訳せず立香は素直に呟いた。
細くなってしまった糸を手繰り寄せるように、立香の指が俺の指と絡む。
「泣かないで」
「泣いてない」
立香のおでこがこつりと俺のおでこを叩いたかと思うと、目尻に唇を寄せられた。俺の目から溢れているらしいそれを、立香は一つも溢すことなく舐めると、今度はそのまま唇に触れた。絡まった指先に力が入る。
今まで妖精國では必要としなかったそれら、このカルデアに来てから、立香とだけする行為だった。魔力供給のため、なんて、最初は立香は言っていたけどどうやら他のサーヴァントはそんなことしないらしい。でも魔力供給が出来るのは嘘ではないことを俺の目は知っていた。
「……無事で良かった」
「……お前さぁ、」
「いや、うん。分かってる。マスターとして失格だよね。それは反省してる。みんなにも心配かけちゃったし…」
でも、と青空色の瞳が俺を捕らえる。「さっきの言葉は、訂正してもらうよ」と怒っている感情がじわりと流れ込んできた。
「オベロンのおかげで、今日の戦闘は勝てた。俺が怪我したのは、俺の所為。俺が立てた戦略の所為。それだけは、間違いじゃないから」
嘘じゃない。というのが痛いほどにわかる。
あぁ、だって。俺も認めたんだ。このマスターは大馬鹿者だ。
だからもっとこの俺が、このマスターをサポートしなくてはいけないのだ。
「……じゃぁ今度はあの夢魔と同行させないでくれよ…」
善処します。なんて子供みたいな笑顔でマスターが笑った。
見えてるぞ。そんなこと微塵も思ってないこと。オベロンが対マーリンスキル発動しなきゃいいんだよ、なんて。全く。俺の気も知らないで。
態とらしく大きなため息をついて、今まで繋いでいたらしい手を振り払った。
「うん。もう大丈夫だね」
切れてしまいそうな糸は、いつのまにか強く結びついていて恐怖などすっかり消えていた。
その代わりに疲れがどっと出てきたので、もぞもぞと布団の中へ戻る。
さらり、とマスターの指先が俺の髪を撫でる。
何度か繰り返されたそれが心地よくて、眠気を呼んだ。
「…ます、たぁ、」
「うん?」
「……つかれた、」
瞼が重い。優しく微笑んだマスターの顔がぼやけて、唇が重なる。先ほどの行為とは違って、少しだけ強引な口付けで。薄くあいた隙間から舌が滑り込み、水音を立てた。
「ん、」
「おやすみ、オベロン」
お前も、早く休めよ
そう言ってやりたかったのに。
塞がれてしまった唇と、そこからじわりと流れ込んでくる魔力の所為で叶うことはなかった。