蘭方医安田の憂鬱 「はぁ・・・」
安田は、装飾の施されたドアを見て1つ溜め息を吐いた。
「失礼します」
コンコン、コン
躊躇いのある気持ちを表わすように、最後のノックだけが遅く感じた。中から静かに聞こえた入室の許可。もう一度、溢れそうになる溜め息を飲み込んでドアノブを捻る。
「安田?どうしたピョン?」
「お話が・・・」
***
安田がこの屋敷に来てもう1年になる。蘭方医として、まだ自立しておらず未熟な見習い医師の安田にとっては驚くほどの待遇の良さで雇われた。
軽く、雇い主の深津から話を聞いた。担当したのは、同じ歳の男子である宮城リョータ。
「よろしく・・・」
初診の際に酷く、疑り深い目で見られたのを覚えている。更に、この屋敷専属の安田の師が診察する際には小さく手が震えていたのを見逃さなかった。
宮城は大人の男に恐怖していた。
医師に肌を見せるのも躊躇いながら服を肌蹴させ、触れられる瞬間にビクつく身体。
身体の不調より精神的な不調が見て取れた。〝大人達に乱暴されていた〟事は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
弱い自分には何も出来ないが、意味があって選ばれたのだろう。宮城の力になりたいと思った。
見かけによらず、宮城は楽しそうに笑う。ゆっくりと心を開いてくれた所を見ると嬉しかった。立場も忘れて宮城の部屋で話し込んでしまうこともあった。友人の精神面は安定した。
友人として、宮城を支えたい。
***
部屋の主は、安田を優しく迎え入れてくれた。溺愛する弟についての話だとすぐに気がついたようで真剣な表情で目の前の青年を見つめてくる。
「ぁ、の。差し出がましいですが・・・リョ、宮城様の・・・その、夜の回数を減らして貰えませんか?」
「調子、悪いピョン?」
圧のある目線に、戸惑ったが本題を切り出した。話の内容的に何故か安田の方が赤面し始める。
精神面でも安定してきた宮城だったが、兄弟二人と夜を共にすると翌日、動けなくなるほど疲弊してしまう。
担当医兼、世話を仰せつかっている安田は何度も床に臥せる宮城を見てきた。どんな交わりをしたらこうなるのか・・・
聞きたくても聞けない。
1度、宮城が直接2人に相談したのだが守られたのはその日だけだった。何なら、昨日の昼間に目が覚めた宮城は起き上がることは出来たのだが立ち上がる事が出来ずに床に座り込んで安田の往診を待っていたのだ。
素っ裸でシーツを巻き付けて扉の前に居た時は、驚いて頭を抱えた。
「ごめん、ヤス・・・ベッド上がるの手伝ってくんね?」
と、頬を染めながら言われるとどうしようもなかった。求められると拒否出来ないのだろう、宮城を叱っても意味がない。
ならば、勇気を出して深津に話すことにした。
そして、安田は洗いざらい話し出した。
「・・・本来、受け入れるようには作られていません。なので、身体のためを思ってお願い致します」
「わかったピョン。迷惑かけて済まなかった」
最後に、念押しをするように頭を下げると上から申し訳なさそうな声が降ってくる。
顔を上げてくれと、肩に置かれた大きな手は安心感がある。安田は安心して、宮城の元に往診に向かった。
その後は、起き上がれない事も無くなり順調に宮城の体力も回復していき安田も安心していたのだが・・・
「ヤス・・・おれ、2人に飽きられたのかな」
暫くして、泣きそうになりながら相談してくる友人に頭を抱えることになる。
(もうヤダな、この兄弟達・・・)
また、扉を開けると起き上がれない宮城が待っている未来が見えた安田だった。