別れを告げる 私は極力大切な荷物だけまとめようとした。
内心、あわよくば残されたものをまた取りに来ようという魂胆だったのだ。
なので、どれにしようかと悩み四捨選択していると
「いや、きみ、全部いっぺんに持っていくといい」と、言われてしまって目論見が崩れてしまいそうになった。
私は、なんとか色んな感情が顔に出てしまわないよう精一杯つとめて、荷物になるから小分けにしたいんだ。何か不都合があったか? と訊ねた。
すると彼は、ああ、その…と口籠ると心底言いづらそうに、私の顔も姿も見ないようにしてから眉間に彼らしくない深いシワを刻み込んだ。
グッと目蓋を閉じると、心の裏を吐露してくれた。
「それを偶然にでも目にしてしまうと……ああ、すまない、ぼくはなんてやつだ……。だけど本当に、チラリとも思い出したくないんだ……」
そう言っていよいよ顔に手を当て、背を丸め俯いてしまって、彼がどんな面持ちをしているのか分からなくなった。しかし私にははっきりと、そのこころを読み取ることができた。
彼も私を見ない。きっと、もう見れないのだ。その理由も聞かずとも互いの心を共有したみたいに、手に取るように分かる。
彼の無言の言葉を私は、目であったり、肌を滑る空気や、重く吐き出す呼吸で、全身でもってして受け止めてしまった。
私は動けなくなった。
身体が、意識が、途端に消えてしまった。
静かに胸を突く痛さだった。
しかし正直に伝えてくれたその告白に対し、誠実でありたい。
つらい、友との縁を切るというのは。
それから、お互い何を言うでもなく、考えるでもなく、動きの悪い身体をギシギシ鳴らして少し時間をかけて身支度を済ました。
玄関先まで来ると、私は他人にするようにそっと笑みを浮かべて「じゃあ」とだけ言ってみた。彼も倣って、そっと口角を上げると、ああ、と小さく返した。
後腐れなんて微塵も感じさせないみたいだった。
私はもう、早足で立ち去って、後ろを振り向いたりなんてしなかった。