悪しき仲には礼儀なし‼️ 昨夜を後悔する朝を、何度迎えた事があるだろうか。
烏旅人には、幾度となくある。不特定多数だとか、一晩の過ちならばまだ良かったとさえ思える。だって、生憎と烏が抱えるそれは───特定の相手と、両手では数えられないほどあるのだから。
鈍い痛みの残る腰をさすり、ナカにまだ何か居るような違和感を無理やり思考から排除して、何とかベランダに出ることに成功する。
視界に入る度にアホか?とツッコミたくなる大きさのベッドの上に、間抜けな寝顔をさらした二人を置き去りにして。
多少の広さがあるベランダには、烏の提案で設置した簡易的なテーブルセットがある。
誰よりも早く目を覚まし、1人がけの椅子で、淹れたてのコーヒーを啜るのが常になりつつある。闇夜で行われた行為を、少しでも無かったことならないかと、悪あがきの如くこれでもかと太陽光を浴びるのだ。
三人で集まって、アルコールや雰囲気に思考が侵食された日には、決まってこうなる。ジャンケンポンで始まる、特に意味を成さない無駄打ち合戦は、もれなく昨日も行なわれた。
三人でする行為がいつ始まったとか、誰が言い出したとか。口論のネタは決まってそれ。論争の末、後悔と嫌悪から「二度とするか!」と啖呵を切ることもしばしばあった。しかし、その二ヶ月後にはまた三人で集ってるのがオチ。事実、今回もそう。結局、いつも、同じ穴におさまってしまう。
気持ちのいい、雲ひとつない快晴だ。もう少し暑くなったらアイスコーヒーにしよう、そんなことを思案し、風に吹かれて揺れるレースカーテンを眺めていると、見知った半裸の彼が透けて見えた。辛うじて下履を履いていて安堵する。朝から見たくないものを見ずに済んだ。
「あれ、こっち居たの」
「おん」
「コンビニかと思ってた。…おはよ、烏くん」
雪宮は、呑気に朝の挨拶をする。持ち前の甘い顔と声はなりを潜め、噛み殺しきれない欠伸をもらしながら。少しの寝癖を後頭部にたずさえた彼は、まるで昨晩のことなんて覚えてないみたいな、スカしたツラでこちらに歩み寄る。
「…おはようさん」
「んふ、いやそうな顔。…ご機嫌ナナメかい?」
「元からこの顔や」
「えー? うっそだぁ。昨日の夜、可愛くグズってお強請りしてたの誰だったかな〜」
せっかく人が考えないように努めていたのに、この男は。
ジャンケンで負けた烏の行き着く先は、言うまでもない。
昨晩も例に漏れず、逃げ出すスキマのない快楽で身を焼かれ、何度目かの絶頂で意識を飛ばした。それに気をよくしたらしい雪宮と乙夜が思いつきで始めた「ナカで出したら赤ちゃん出来ちゃうね?」などという戯れ言。それに律儀に呼応してしまったのだ、烏は。おおよそ雪宮はそれを揶揄したいのだろう。
「性格最悪やな自分。タバコ全部シケらせてええか?」
「またそーゆー事言う。…烏くんだって困るんじゃない? ナイショで勝手に吸ってるの、俺知ってるよ」
「チッ…」
「ん、いい匂い。…コーヒー、俺のは?」
「自分で淹れろ」
「烏くんの淹れたのが好きなのに」
「…はよヤニ吸うてこい」
「はーい。…あ。その前に、」
雪宮の声が思っていたよりも近くに感じる。部屋の中に居たはずが、いつの間にこんなに近付いていたのか。何となく、朝のベランダは、自分のテリトリーだと安心している節があったから、驚いた。
思わず顔を上げると、左頬にちゅ、とじゃれるようなキスが降ってくる。目を見張ると続けざまに正面を、唇のど真ん中を奪われた。これまたふざけた可愛らしい接触。どぎついセックスをするとは思えない、悪戯っ子のそれ。
「おい、」
「ヤニの後キスしたら怒るじゃん! だから今のうち〜♡」
「当たり前や! 顔の良さに甘んじるな! 口臭気ぃつけろ!」
「失礼な、人一倍気を付けてます〜」
雪宮は、そそくさと室内に姿を消す。やっと静かになった。大方いつも通り、キッチンの換気扇の下で煙草吸って居るだろう。
五分と置かずに、またレースのカーテンの前に人影が透ける。意図しているのか定かではないが、先程までそこに居た雪宮が着ていたスウェットのもう半分を身にまとって。
半分ずつ着てることに気づいているんだろうか、このバカどもは。
「っふぁ…! …よく寝た。つーか、二人してガチうるせえ。朝から何」
「…なんや、お前も起きてきたんか。おはようさん」
「はよ」
日光が眩しいのか、ギリギリ日の当たらない場所で立ち尽くす乙夜に、朝の挨拶をする。目が開いてるか否か分からない。寝癖のない形の良い頭は、まだ半分寝ているのか、ゆらゆらと左右前後に揺れている。
「乙夜にしては早起き、やな」
「お前らのせいだっつーの。…散々ヤったのに元気デスね」
「眼科行け。これが元気に見えるなら、な」
隠す努力のない、大きな大きな欠伸をひとつ。つられてこちらにうつってしまいそうになる。こちらもまた、昨日のことなど素知らぬ振り。かと思ったが、どうやら違ったらしい。
「…烏、ハラ大丈夫?」
「? 別に」
「どっか痛むとこ、ねーの」
「なんや急に」
プレイの内容に反して、ちゃっかりセーフティセックスだったことくらい烏も覚えている。だと言うのに、乙夜はしきりに烏の体調を気にしてる様子だった。
どんな反応を期待されているのか知ったこっちゃない、烏は過剰な反応は返さなかった。反応はしたら負けな気がしたから。すると何を思ったのか、乙夜はハッとした面持ちでわなわなと肩を震わせた。
「無理すんなよ、もう烏ひとりの身体じゃない、ンだから…な…ッッふ、」
「おい! 茶番なら最後までやり通せ!」
「っふは、だめだ、面白過ぎる…ッ」
「お前らが始めた茶番やろ、ちゃんとケツ持てや」
「だってさ、赤ちゃん出来ちゃう〜!は流石に面白過ぎるだろ」
「言わされとんねんこっちは」
「ノリノリだったくせに」
「グーで抵抗したってええねんで」
乙夜は、テーブルセットに座る烏の顔を、わざわざ覗き込むようにしゃがむ。まだ昨晩のことを面白がり足りないのか、次々と口から出てくる言葉には半笑いが伴う。
「…赤ちゃんできた?」
「出来るかボケ!」
「男の子かな、女の子かな。…なまえも決めないとな? ぷぷ」
「…いい加減にせえ、」
「っんむ、」
あまりにもダルい絡み方に一矢報いてやるべく、目の前コーヒーを口に含んだまま、乙夜の口を開かせる。上から口付けるようにすれば、あとは重力に従って乙夜の口内にぬるい温度のコーヒーが落ちてゆく。
「ッッッにが」
「目ぇ覚めるやろ」
「…あー、こんな最悪のちゅー初めて」
「こっちのセリフじゃボケコラ」
*
「ねー、朝ごはんなんも無いよ。どっかのモーニングいく?」
「ガス〇」
「〇き家」
「え〜。俺コ〇ダがいい」
「…………解散でええか?」
「「賛成〜〜」」