したかっただけ 混雑を煮詰めたような熱気のある銅像前、きっかり待ち合わせの時刻、平日だというのに途切れない人、人、人。ざわざわと忙しない喧騒。やはり都内は賑やかだな、と呑気に考えていると、肩を並べていた彼が怒りを露わにしだした。
「まぁ〜た遅刻かあの色ボケは…!」
辺りを見回しても、目当ての彼の姿はない、スマホに視線を落とすも連絡はなし。さて、困ったぞ。
遊ぶ約束をしていて、時間となっても姿を表さない乙夜くんに気を揉んでいるのが現状だ。
彼には遅刻の前科があるから殊更烏くんが憤っていて。不可抗力的な理由だといいな、と。俺は高層ビルを見上げる。
カフェに入って待つか、それとも連絡がつくまで待ちぼうけか。はたまた乙夜くんを置いていくか。選択肢は主にこの三つといったところだろう。
「あ、」
「…連絡きたね?」
怒涛のメッセージの通知に触れると、彼らしい文面が連ねられている。どうやら満員電車の中ですし詰め状態のようで、すぐにスマホに触れなかったのだとか。尚且つ電車が遅延している旨が綴られていた。
真偽は別として、連絡がついて胸を撫で下ろした。それならあまり待たずに済みそうだ。今こちらに向かっているとのこと。このまま二人で待っていればいい。
「あと十分ちょいってとこかな」
「は、し、れ、あ、ほ。…と。これでよし」
「急かすんだ?」
「当たり前やろ」
などと雑談に興じていても、どうしで気になることがある。視線だ。待ち合わせの名所ゆえ、人の流れが早い。ちくちくと視線が刺さるのだ。あからさまに見つめられることはなくとも、居心地の悪い視線が入れ替わり立ち替わり。俺達目立つもんな、デカいし…と諦めて取り繕うとするも、烏が「あ!」と不意をついて言葉を漏らした。
「なあユッキー」
「ん?」
「一瞬金おろしてくるわ」
「え」
「すぐ戻る」
「ちょっと、」
返事も聞かずに喧騒の中へ消えゆく烏くんの背中を、俺は眺めることしかできなかった。お伺いなどたてやしないんだから。彼は苦労人な一面が目立つが、自由さで言えば俺や乙夜くんに引けを取らないな、と。そんな一面に触れた気がする。
正真正銘、手持ち無沙汰になってしまった。はて、乙夜くんが到着するのが先か。烏くんが帰ってくるのが先か。脳内ではダービーが開催されようとしていた、その時。
「すみませぇん」
突如、甘ったるい声音で呼びかけられた。ふわふわと浮いていた意識が呼び戻されて、地に足をつける。声のする方へやや視線を下げると、二人組の女性が立っていた。すぐさま記憶の引き出しと眼前の女性らの出立ちを照合するも、一致はない。知り合い…ではない、はず。そう踏んで、当たり障りのない返しを試みた。
「どうされましたか?」
声をかけると、女の子たちはどこか惚けたような雰囲気で、続きの言葉が無い。居た堪れない空気に耐えかねてこちらから再び促すと、声もかっこいい…!とはしゃぎ始めた。
あ、これ…ファンと逆ナンどっちだろ。ファンにしても、モデルの方か、ブルーロックTVの視聴者か。
女の子が二人、手を合わせてきゃーきゃーと声をあげている。メイクでわかりにくいが、おそらく同年代か年下か。
「突然声かけてすみません!お兄さんすごくかっこいいなと思って…!」
後者か。だったら言い切る形で対応して問題なさそうだ。
「ありがとうございます。でもごめんなさい。連れを待っているので」
「さっき居たかたですよね?黒髪のかっこいい…」
なるほど、少し前から目をつけられていたのか。二人揃っている時に声をかけないあたり、俺が一人になる隙を窺っていたのだろう。
烏くんって、顔はいいけど近寄り難い雰囲気あるし、先ほどは特にプリプリ怒ってたから話しかけづらかったのかも。
参ったな。烏くん狙いの彼女と、俺狙いの彼女ってところか。中々退いてくれなさそうだな、と思案していると、思考の範疇の外からやってきた男がひょっこりと顔を出す。
「ユッキーってば待ち合わせ中に堂々と浮気?やるね〜」
遅れて登場、なんつって。抑揚のない物言いで俺たちの待ち人、乙夜くんは姿をあらわした。女の子たちを一瞥すると、手短に知り合いかどうか耳元で問われた。首を振ると、そっけなくなるほどね、とだけ。
何がなるほどなのだろう。自己完結よくないよ…と思ったが自分も人の方をいえる立場じゃないな、と思い直し口をつぐんだ。
「乙夜くんが先かぁ」
「ありゃ、烏は?」
「お金おろしてくるって」
乙夜くんは、話しながら流れるように俺の右サイドにベッタリと密着し、腰を抱く。
え、なにこの距離感。何がしたいの?乙夜くんに視線を投げかけるも、任せとけと言わんばかりにウィンクをかましてきた。ウィンク上手いねえ、なんて呑気なことを考えていると、右頬に柔い感触がする。横目で伺うと、乙夜くんの顔が近い。
公衆の面前で何をしているんだこの人は。目の前の女の子たちから「ヒッ」と短めの悲鳴が漏れる。周辺の人らは…案外他所のことには無関心なようで安堵した。視線を眼前に戻すと、女の子らの姿はなくなっていた。なにこれイリュージョン?それとも、
「やば、魔法使いじゃん」
「まじ?ホグワー◯入れっかな」
抱かれていた腰から手が解けて、バシ!と強めに叩かれる。
「長引きそうだったから助かったよ、ありがとうね」
「礼を言われる筋合いないし。俺は女の子達を救ってあげたの。オトコを見る目がないよ〜ってな」
「それだと乙夜くんと烏くんもオトコの趣味悪いってことになるけど大丈夫そ?」
こーゆー逆ナンって食い下がられることが多いから、これまでかなり辟易していた。見ず知らずの人に言葉を尽くすのって結構面倒だし。今度俺も試してみるね、と。前向きな姿勢をみせると、げんなりとしたツッコミが飛んでくる。
「俺のこと巻き込んだらシバく」
「遅かったじゃん烏〜」
「お前にだけは言われたない!」
烏くんも一部始終を見ていたようだ。心底嫌悪の籠った「キショいねん」が聞こえる。彼らしい感想だ。
「何を今更。ちゅーなんて飽きるほどしてるだろ、…俺たち♡」
「ねー」
「ねー、やないわ!予定詰まっとんねん!はよ歩かんかい!この色ボケ1、色ボケ2!」
そんなこと言っているが、烏くんもキスが好きなのは三人の中で周知の事実だったので、適当にいなしておいた。あとでべろべろにキスを見舞って黙らせてやる。そう乙夜くんとアイコンタクトで誓った。