気を抜いていた。そしたらふいに顎を掬われて、触れるようなキスをされた。数センチ先の至近距離、彼の眼はどこかうつろで覇気が見受けられない。元々目力には欠ける方ではあると思っていたが、いまは特に酷い。きっと、溜まるものが溜まっていたのだろう。
己がしたことにようやく気がついたのか、彼は大きくため息をついた。顔にはやらかした〜と顔に書いてある。
「…間違えた」
それが乙夜の発した最初の言葉だった。失礼すぎるにも程がある。
「合ってるよ? キスしたかったんだろ」
「合ってねーよ。ユッキーの顔に可愛い女の子の幻覚を見た…重症だろこんなん…。」
「なに、俺じゃ不満?」
「不満も何もオトコじゃん!」
自分からしておいてなんて言い草だ。これではキスされ損である。何とか彼に一泡吹かせてイーブンに持ち込みたい。雪宮はひとつ提案を試みることにした。
「乙夜くん、目瞑って」
「…なんで?」
「いーから」
「……まさかとは思うけど、」
そのまさかだよ。雪宮は先程されたことを真似て彼の顎を指先で捉えた。それから、指を輪郭に這わせて辿り着いた耳朶を甘く擽ぐる。目はビタ付けで決して離してはあげない。まるで驚いた猫みたいだ、固まっているのに口はポカンと空いている。
耳朶を弄んでいた指をさらに滑らせて後頭部に差し込む。それから雪宮は、有無を言わさない力加減で引き寄せ、キスを仕掛けてやった。抵抗の兆しはあったが、ほどなくして身を委ねられたので「キスがすきってキャラじゃなくマジなんだ」と生々しくも実感した。でもね、これはあくまでも仕返し。甘い汁だけを吸わせることはしない主義だ。
「どう?」
「…………ちゅ〜の相性いいね? 俺ら」
「なにそれ。褒められてる?」
「褒めてる。爽やかなツラでえっろいキスするとか…そんなギャップありかよ」
お気に召したみたいで良かった。ここで彼の心に隙を作らないと仕返しにならないのだ。すかさず雪宮は本命を切り出す。
「——こんなにイイのに、まだ間違ったって言える?」
「こんなくだんないことすらプライド圏内なの、ユッキーは」
「この世にくだらないことなんてないよ。くだらないと思うか思わないか…人それぞれなだけでさ」
「……間違いってのは訂正する」
「懸命な判断だよ」
「だから、」
「だから?」
「…また今度、ちゅ〜してもいい?」
上目でこちらのご機嫌を伺ってくる仕草に、胸がキュンと誤作動を起こした。
「別にいいよ。減るもんでも無いし」
「情緒のないやつ」
「キス目当ての人に言われたくな〜い」
「は? ちゃんとキレーなツラもござっぱりした性格もドストライクだっつーの」
「顔が良くて都合がいいって聞こえるんだけど」
「そうとも言う」
かくして、二人の間には妙な関係が付与された。キスフレ?ちゅ〜フレ?そもそもフレンドなのかも怪しい。たまたま同じ競技をしていて、同世代で。その中でも群を抜いたエゴさを持ち合わせていたってだけ。