銃撃事件腹が熱い。
嫌悪感を抱く温かさを持った液体が、冷たいタイルへ滴り落ちる。
何故なら、ぼくは今さっき撃たれたからだ。
1日目の審理を終え、警察の管理が行き届いている事件現場の再調査をココネちゃん達に任せてぼくは更なる証拠を集めるために、予め目星を付けていた建物に来ていた。
そこには思った通り、真犯人の実在を示す証拠品がゴロゴロと転がっていたけれど。
…真犯人“本人”も居た。
見つかっていなかった凶器である拳銃も持っていて、きっと証人として呼ばれた事から告発されるのを恐れて証拠隠滅を図ろうとしていたんだろう。
そこでとっ捕まえられていたら良かったんだけど…現実はそう甘くは無い。
蹴りを当てられた所までは良かった。だがそれが決定打にはならず、1発貰っちまったということだ。
怯んだスキに逃げられたから、ぼくは警察ではなく御剣に連絡した。この地域を取り仕切る機関の最上層の人間であり、ぼくを信じてくれると思ったからだ。
『こちら御剣。どうしたのだ?このような昼間から連絡を入れるなど……』
「ごめん。詳しく説明してるヒマは無いんだ。すぐこの辺りに検問を置いてくれ。」
『…なんだと?』
さっきのような呆れたような態度から一変、真剣に話を聞いてくれる気になったようだ。
「相手は拳銃を持っている。逃げられる前に…早く!」
『分かった。場所を言え、すぐに手配をしよう。』
ぼくは、この位置やヤツの特徴などを答える。少々腹が痛いが、被害が広がったり逃げられたりする方がもっとダメだ。
『ちなみに聞くが…君は大丈夫なのか?犯人に危害を加えられたりしていないか?』
「ああ、ぼくは………………平気だ。」
コイツも忙しいんだ。シンパイをかけるワケにはいかない。これくらいの傷アトなら、ジャケットを着れば誤魔化せるハズだ。
『それなら、良いのだが……。私もそちらへ向かう。そこを動くなよ、成歩堂。』
電子音を立てて通話が切れた。
ぼくもここでずっと横たわっていては何も進まない。
よっこらせと起き上がろうとした、その時。
ぶつり。
腹から不穏な音が聞こえたと同時に鋭い痛みが走る。
「………ッ"、!?」
さっきの倍ほどの出血。口にぶどうジュース…もといワインに似た鉄の味が広がる。あんまり美味しく無い。きっと銃弾が動脈をキズ付けたんだろう。
痛い。熱い。
アタマから血の気がどんどん引いてきて、額にアブラ汗が滲むのが分かる。だけど、法廷でかくようなソレじゃない。本能的にマズいと感じた時にしか流れない汗だ。
ベストの白が赤黒い色に置き換わっていく。
吸い取りきれなかった液体が地面に広がる。
「ぅ"……ッ、はァ…ッ"、は………」
さっきとはうってかわって、言葉すらまともに発せなくなってしまった。
ラクな姿勢を探していくうちに、床に頭が触れ髪が崩れていく。
寒い。
あの時、強がって「平気だ」なんて言わなければ。
無理に起き上がろうとしなかったら。
こんなことにはならなかったのかもしれない。
ごめん、御剣。ごめん、みぬき。
ぼたり。
ぼたり。
自分の血が溜まりに落ちる音と、車のエンジン音を聴きながら、ぼくは意識を手放した。
………ピッ。………ピッ。………ピッ。
小さな電子音が耳元で鳴り響く。
…病院だ。
「な、成歩堂!」
「…………みつる、ぎ…………?」
人工呼吸器越しに、名前を呼ぶ。
「ッ……………なるほどう……!」
ぼくの名前を呼びながら、御剣は柄にもなく泣き崩れてしまった。コイツのこんなカオ、見たことがない。
「きみが、無事で…ほんとうに"……ッ!!」
ぐず、ずび、と鼻を鳴らす音が病室に響いた。
「お、おい。落ち着けって、ぼくはほら。こうやって生きてるワケだから…さ。」
「ぅ"う…なるほど、ッなるほどう……!」
あまりに御剣が泣きじゃくるものだから、なだめてやろうと起き上がった。
その直後、腹に痛みが走る。
「、ぐ、…!?」
「安静に、していろ…ッ………はァ……君のケガは、完全には治っていない、からな……。
…君が撃たれてから、1日が経った。今、君の部下と真宵くんが審理の続きをしている。まあ、殆ど流れ作業だろうがな。」
「つまり…あいつは捕まったんだな?」
「ああ。君のおかげだ、成歩堂。…ただ、もうこのような事件は起こさないでくれ。……心臓にワルい。」
御剣の父さんは、拳銃によって命を落とした。もし、ぼくも同じようになっていたら………?
「…ごめん。メイワク、かけちまって。」
途端に重くなる空気。
「……………いや、君が無事でよかった。頑丈な君がここまで衰弱しきっているのがシンパイで、私は仕事を休んでまで今ここにいるのだ。
…お前のせいだぞ。成歩堂。」
……赤く腫れた目と涙のアトが残ったメガネでそんなドヤ顔をされても、全然カッコ良くない。むしろ面白いだけで、ぼくは思わず吹き出してしまった。
「な、なにがオカシイのだッ!」
「全部。」
「キサマァ…………!!!」
「ははは、ニラまないでくれよ。キツい、あー、お腹痛くなってきた。傷口が開いたらお前のせいだからな、御剣。」
「……ムゥ……!」
窓のガラス越しに広がる青は、今日もメイワクなほどに澄んでいた。
「私が駆けつけた時キミは血塗れでブッ倒れていてな。正直もう死んだかと思ったぞ。」
「うわあ。出血量は確かに多いと思ったけど…そんなに出てたのか。」
「………ちなみに。私の車で運んだ。」
「え?」
「おかげで服にもシートにも君の血が付いてしまって、まるで気分は遺体を処理するサツジンハンだったな。」
「…感想は?」
「………普通それを聞くか、君は。」