手は届くのに、心は随分遠くなってしまった気がする。そんなことを考えながら、隣でライトが当たってキラキラ光る金色の頭を見る。Beitとしてデビューして、数年。ピエールの日本語は、日常会話なら問題ないくらいに上達した。今も、インタビューに流暢に答えているところだ。以前はわからない言葉があると、みのりさんと俺、場合によっては他の315プロダクションの仲間とフォローしたものだったが、今はもう必要がない。それを少し寂しく感じてしまうのは、きっと俺のわがままだ。ピエールは、背も随分伸びた。最初の頃は、「かわいい」という形容詞で表されていた。それが「かっこいい」に変わったのはいつだったか。インタビューの話題が俺に振られる。一瞬、反応が遅れた。仕事中に何を考えているんだ、と自分に怒りを覚える。
「恭二、今日どうしたの?」
その後は切り替えて、仕事に集中したものの、帰りの車の中でみのりさんに聞かれてしまった。「あー……すいません」
「怒ってるんじゃなくて、心配してるんだよ。何かあった?」
ピエールも心配げにこちらを覗き込む気配がしたが、なんとなく顔を見られなくて窓の方に視線を背ける。
「いや、何もないっす」
嘘じゃない。ピエールの成長がなんだか寂しい、なんて言われても困るだろう。ピエールは怒るかもしれない。でもそれ以上、二人は突っ込んで聞かなかったのでほっと胸を撫で下ろした。だから、俺はみのりさんがピエールに目配せしたことに気がつかなかった。
事務所からの帰りはピエールのSPさんが車で送ってくれた。それはもちろん、ピエールも車に乗っているということで。座席も俺の隣だった。SPさん達は必要最低限のことしか話さないから、自然、車に沈黙が落ちる。一方的に気まずさを感じていた俺は、何を話していいかわからず、そのまま黙っていた。
「恭二」
口火を切ったのはピエールだった。
「どうしたの?最近元気なくて、ボクもみのりも心配してる」
「本当になんでもないんだ。悪いな、心配かけて」
「……嘘つき」
ピエールは頬を膨らませた。その幼い動作は昔を思い出させた。別に、ピエールはピエールなのに、俺が勝手に意識しているだけなんだよな、と自分を納得させようとした時。するりと、俺の手にピエールの手が絡まる。驚きから、びくりと体が揺れてしまった。というのも、成長するにつれ、ピエールからのスキンシップは減っていたので、久しぶりのスキンシップだった。それに、手の絡ませ方はいわゆる恋人繋ぎというやつだ。俺が押し寄せる様々な感情に混乱してる隙に、車は俺のアパートに着いたらしい。繋いだ手が解かれる。SPさんに一声かけてから俺と同時に車を出たピエールは、ドアの前まで送ってくれるらしかった。何もそこまでしなくても、と思い、口にしたところ「話したいことがあるから」と言われ、口を噤む。
ドアの前で二人向き合う。
「恭二、好きだよ」
「なっ……」
「でも、恭二もボクのこと、好きだよね?」
確信を持って言われた言葉に黙る。好きじゃないなら、今日みたいなことを思ったり、考えたりしないなんてことは俺にもわかる。
「……俺たちは、アイドルだろ」
だから、付き合うわけにはいかないと言外に伝えれば、ピエールは昔とは違う顔で微笑んだ。
「きっと、ボクたちが付き合わない方がいい理由なんていっぱいあるんだけど、それでも、そんなこと全部吹き飛ばすくらいボクは恭二が好きだよ」
告白の言葉も流暢だな、なんて現実逃避しながら思う。すると、今ではほとんど目線の変わらないピエールの顔が近づいてきた。キスされる!と緊張に体を固くしたおれの予想に反して、その顔は俺の顔の目の前で止まる。整った顔が寂しそうに笑う。
「だから、うまく逃げてね」