桜さくらさんの話
妾の昔話など…あまり面白くは無いと思いますよ、ただ長く生きただけですから。
それでも構わないと仰るのでしたら、お話致しましょう。
妾は元はと言えば違う場所におりました、甲斐国…今で言う山梨県のとある山に咲いておりました。
妾がこうして人の形を持つようになったのは1500年程前、あの地で咲いて500年ほど経った時でした。
今でこそ神秘的だのなんだと言われておりますが、あの頃の妾の名は『魍魎桜』でした。
妾とて妖ですから…力をつける為に他者を喰らい、己の糧としていた時期もございます。
妾の見てくれは人も妖も惹き付けるものらしく…街灯に群がる虫のように湧いていたものですから、己の養分にするには充分でした。
どうやって…ですか、あまり気分のいいお話ではありませんので…秘密、ということで。
それより、えぇ、続きですね。
1000年前、妾は一人の陰陽師に声をかけられました。
都を守る為に力を貸してほしい、と。
あの頃の妾は人を嫌っていたので、最初は断っておりました。
ですがめげずにくる男に…ほんの少しの気紛れで力を貸すことにしました。
その陰陽師の名は…安倍晴明です。
半妖でありながら人の為に尽くすと決めた馬鹿な男でした。
京に都を作り、悪鬼羅刹から人々を守る陰陽師という仕事を何故半妖の身でやるのかと疑問に思いましたが…あの男は人間が好きだから、と言っていました。
『人は弱く醜い。他者を淘汰し踏みにじり、蹴落とすことを厭わない残虐性を持ちながら…時に人は強く美しい時がある。他者の為に己を犠牲にし、救おうと手を伸ばす姿は何よりも美しい。私はそれが好きなのだ、人間の美しさも醜さも、全てを愛しているのだ。』
そう、清明は語っておりました。
妾はこの男がそこまで言うならとあの男が作った陰陽師を育てる学び舎…今の空明學園が出来る前の陰陽寮の守り手を引き受けました、今の呼び名である『山高神代桜』もこの頃に付けられました。
妾はそこで様々な人を見ました。
清明が言っていた美しき者も、醜き者も、強き者も、弱き者も、悪しき者も、善き者も…そうした人の子らを見てきて1000年が経ったあの日、浅葱に出逢ったのです。
齢6つの小さな、小さな人の子でした。
その小さな人の子は妾にいつかの清明と同じ事を言ったのです。
妾は人の子に手を貸すことを決めました、今度は気紛れなどではなく心の底から。
この小さく美しい人の子を、守りたいと思ったからです。
とは言え、少し腹立たしい事はあります。
…結局、あの男の言う通りになってしまいましたからね。
『桜、君はいずれ2人の人の子に心を動かされることになるよ。1人は守りたいと心の底から思えるような子に。もう1人は…ふふ、君はその子に愛を教えて、その子から君は恋を知るんだよ。』
いつの日だが、清明は妾にこう言ってきました。
あの時はどうせいつもの戯言と流していましたが…浅葱の事はともかく、後者の方まで見ているだなんて本当に無粋な男でしたよ。
…と、まぁ…妾の昔話はこの程度になります。
他にも知りたいことがある…?それはまた、次回に。