Boys dirty talk of love「こんにちは、今時間ある?」
かけられた声におや?と見上げる。大きな影、気配がほとんどしなかったが、ちょっと邪魔だな、と思う程度には大きな身体だ。
そばかすのたくさん散った頬ではにかむように笑う彼には見覚えがある。同級生で、確か同じように今期からの転入生だ。いくつかの教科で一緒だったはずだ。
「やあ、ドノヴァン」
「D.Dでいいよ、ディーでもいい。みんなそう呼ぶよ」
すぐに人好きのする笑みを浮かべてアルバートはうん、と答えた。いつものゴーグルをしていたので、せっかくの人好きのするそれが見えたのかはわからない。
「あのね、おりいって君に話があるんだ」
「なに?」
「ええと、うん、ええとね」
もじもじと手袋の指先を擦り合わせるのに、ここじゃ言いにくいのかな、と首を傾げた。
まわりからはざわざわ、と生徒たちの好奇心がやんわりとだが鋭く探る気配、良くも悪くも、どうやら自分たちは目立っている。
アルバートは人好きのする少年で、明るい声と話しかけやすさ、後はグリフィンドールを体現するような自由で勇敢なその気質でもって学校内から近隣の村々まで色んな人から頼まれごとを引き受けたりもしている。
今回も、そう言うのかな?でも彼も中々自由にやっているらしいと聞く。彼はスリザリンに組み分けされていたが幾分おっとりとしたおおらかさで話しかけやすいせいか、やはりよく頼まれごとを引き受けているようだ。その彼がわざわざ自分に頼み事なんてあるだろうか。
「マーリンの試験やりながらでもいい?」
「うん」
まあ、聞いたほうが早いよね、とアルバートは頷き、まわりのがやがやとした好奇の目からさりげなく距離を取る。
行こうか、と彼の背を押すと、大柄な少年は犬のようにわかりやすく尻尾を振って横に並んだ。
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草原に時折強く風が吹く。まだ寒いというほどではないが、秋の深まる季節はそろそろ北の冷たい空気を孕み、少しひやりと冷えていた。
見晴らしの良い丘に無造作に現れる魔力の込められた石床にゼニアオイを巻き、それが付近の一見ただの岩に見えるものを淡く輝かせるのを見渡した。今回は石渡りのようだ。楽勝だな、と頷く。
「それで、話ってなんだい?」
「ねぇ、アルくんはセバスチャンと付き合ってるんでしょ?」
「え?!」
一段目に飛び登ろうとして、たたらを踏む。失敗だ。アルくんってなんだ、と返そうとして違う違うと首を振る。そんなことより、付き合ってるんでしょ?が問題だ、そうだ。
確かに、セバスチャンとはそう、そう言った、エクスクルーシブな、関係だ。と、思う。ただそれを言いふらした覚えもなければ、悟らせるようなことをした覚えもない。
どうして?と首を傾げると、長い手脚を小さく折りたたんで行儀良く膝を抱えた少年がへにゃ、と笑った。
「セバスチャンから聞いたんだ」
「ああ、そう……セバスチャンが」
セバスチャンが!ということは、そう、セバスチャンが自分をちゃんと恋人として紹介(紹介)したということになる。
(セバスチャン、ちゃんと僕のこと、好きなんだなあ)
その事実はアルバートの心の奥を温かく照らした。疑っているわけではないが、アルバートは特別な力を持っていて、それをセバスチャンは知っている。だからこうしてくれるのかな?と不安になることもごく稀にあるのだ、まだ16歳の少年なので。
でも、その力を知らない他人に恋人だと言っているならそれはもう、損得関係なくセバスチャンはアルバートを恋人だとアピールしたということだ。
つまり、セバスチャンは自分と付き合っているのだ!
アルバートは途端にグンと上がった気分のままに、一気にみっつほど石柱を跳ねる。
「それでね!聞きたくて、どうやってるの、その」
もじもじ、と黒い手袋の指を落ち着かなく合わせている。この年頃の男なら、付き合ってる相手とのことで聞きたいことはひとつだろう。
「どうって?えっと、セックスのこと?」
「ギッ……そ、そう!」
果たして珍妙な表情で首を縦に振る彼に、少しばかり呆れた気持ちで振り返る。
「君、オミニスのことが好きなんじゃないの?」
てっきりオミニスが好きなのかと思っていたが、他に相手でもいただろうか。
彼は確か、入学当初から大体いつもオミニスの後ろについて歩いていたのではなかったか。身体の大きな彼は不思議とほとんど気配がなく突然そこにいるので、当のオミニスを除く学生たちはよく驚いていたものだ。オミニスには見えないので、彼だけは泰然としていたのを思い出す。
それがしばらく前から、横に並んで歩くようになった。ゴーントの騎士のつもりなのかな?という比較的好意的な女子生徒の意見も少数はあったが、まるで大きな犬だなというのが大体の見立てである。
それでもまあ見た目は良いし、お行儀よく振る舞おうと努力している様は可愛らしくもある。
とはいえこの犬のような少年とオミニスの関係がそこまで進んでいるとはちょっと、思えない気がした。
「うん、そう!それで……オミニスに抱いてもらおうかと思って君に相談…」
「えっ??オミニスに?!」
え、やっぱり相手はオミニスなんだ?!今度こそアルバートは足を踏み外した。惜しい、あとふたつだったのに。
「だ、大丈夫?そんな意外?」
「いや、君たちその、そうなの?」
付き合っているの?と重ねて聞こうとして、一呼吸おく。薄い色の目を大きく見開き、あからさまに目の前の少年が狼狽えたからだ。
「えっ?!僕魅力ない?だめ?僕じゃ勃起しない?」
「いや大丈夫だと思うよわかんないけど!」
「オミくん、割と僕の身体好きって言ってくれたんだけど」
「そうなんだ?!けどそれ僕に言わなくていいよ?」
同じ年頃にしては大きな身体と厚い胸郭だ、そうなんだ、オミニスそういうのが好きなんだ、へえ。オミニス細いもんね、思考は現実逃避気味に脳内のオミニスに語りかける。
「えっと、まだその、まだあれなんだけど、でもき、きすはしたから、そしたら次はあれかなって」
ぽぽぽぽ、と頬を染めてもじもじとする大柄な少年は……正直に言うと、可愛いかは微妙なところで……これを抱くのは骨が折れそうだな、と言う感想だ。
「だからえっと、アルくんとセバスチャンはどうやってるのかなって。だって大事なことだろ?」
「まあ、大事だよね。ちなみになんで抱かれる方希望なの?」
気を取り直して石柱に飛び乗る。話題は爽やかではないが、風はひやりとしていて気持ちが良かった。
「あの……オミくんの方が小さいかなって」
「ん?」
「その、ホグワーツに来て初めてわかったんだけど……僕、多分大きいんだよ」
確かに彼は標準よりだいぶん大柄だ。のびのびと長い手脚と広い背中は少年の域を出つつある。
それがセックスとなんの関係があるのか(ベッドに寝てしまえば同じだし)と首を傾げる。まあ大きいから重くて大変だろうし、多分オミニスを抱かせてもらった方が収まるものも収まりやすいのでは?と要らぬ心配をしてしまう。
「君6フィートくらいあるもんね」
「???あ、背の高さか、うん。だからなのかな多分」
歯切れ悪く言い淀む彼は、意を決したようにまっすぐアルバートを見つめた。澄んだ目だなあ、と思う。
「あのね、僕割と結構おちんちんが大きいのかなって」
「ッッ痛ったぁ!!」
がつん、と膝を4番目の石柱にぶつけ、無惨にも転げ落ちる。クソッ、これで3回目のチャレンジだぞ?いつもなら一回で行けたはずなのに。
「大丈夫?!ちょっと休んだら?」
「君のせいだよ今のは!」
「えっ??ごめんね?」
申し訳なさそうに太い眉を下げるのを見ていると、なんだかどうでもいい気がして、そのままごろんと草の上に転がった。陽射しはまだ暖かさを残して心地よい。
食べる?と差し出されたべたべたのマフィンの包み紙を剥がしながら、改めて彼の話と向き合おうと身体を起こした。
「なんとなくわかったけど、君のペニスがでかいから、オミニスに入らないかもってこと?」
「ウッ……ぅん……そう、わかんないけど」
「オミニスがそう言ったの?ペニス大きいから無理って?」
「い、言ってないよ!!やめてオミニスのことそういうふうに言うの」
「君そういう自分勝手なところほんとスリザリンだね」
杞憂じゃないかな、と思う。アルバートの知るオミニスはそんな小さなことを気にするような男ではない。
ましてや単純にペニスの大きさで他人を図るなんてするはずがない。
「君はどうしたいの?オミニスのこと抱きたくないの?」
「そりゃあ、その、うん……ええと、したいです」
正直で良いじゃないか。今のやりとりから考えるだに、見るからに童貞だろうけど、オミニスもあれで妙に堂々としたところがあるからなんとかなるだろう。アルバートはうんうん、と頷いた。
ついでに、オミニスはそんなケツの穴の小さい男じゃないよ、と上手いこと言おうとして、なんだか冗談に聞こえないことに気づいてやめる。アルバートは育ちが良く察しもよいのだ。
「じゃあ話さないと。ふたりのことなんだから、どうしたいかはふたりで話さないとだめだよ」
代わりによしよし、とがっしりした肩の辺りを撫でてやると、へにゃりと眉を下げた顔が笑った。そうしていると少し可愛いような気もする。
「アルくんってやっぱりかっこいいね」
「それはもう知ってるよ」
「わぁお、その自信すごい。さすがグリフィンドール」
マーマレードとシュガーグレーズのついた手でぱちぱちと拍手されるのに優雅に目礼し、アルバートは杖を振って温かいコーヒーを二人分、カップに注いだ。歯が軋むほど甘いものにはやはりコーヒーが必要なのだ。
「なんでどうするか聞かないとと思ったの?」
ふうふうとカップを冷ましているグレーの髪がんん?と揺れた。
「ん〜オミニスがつらいなら僕はどっちでもいいって言うか。あ、おしりの話ね。でもえっちはしたいから、アルくんに聞いたんだ」
セバスチャンに聞いたら、怒られそうだったんだもん。とふたつめのマフィンを頬張る少年は眉を下げた。それに虚をつかれ、思わずまじまじと見つめてしまう。
「は?セバスチャンに?」
「セバスチャン時々おしり気にしてるし、聞かれたら困るかなって」
スリザリンらしい毒気も嫌味もないが、やはりスリザリンと言わざるを得ない無神経さが無遠慮に殴りつけてくる。
「アルくんのでおしり痛かったりするなら、やっぱり僕のは無理なのかもしれないなと思って。セバスチャンの方がオミニスより大きいよね、おしり」
「……本当にね。君本当にセバスチャンに聞かなくて良かったよ」
「アルくん顔がなんかおっかないよ?」
「ねえ、D.D」
かちゃ、とゴーグルを外し、にっこりと笑ってみせる。ひぇ、と情けない声が漏れた気がするが気にせず薄い色の瞳を覗き込んだ。
「大事なのは、なんでも大きさじゃない、テクニックだよ」
覚えておいて、と鼻の頭をつんと弾いてからゴーグルを戻す。ぽかん、とした顔が段々きらきらと輝き、うん!と元気よく答えが返るのに鷹揚に頷いた。
「今度教えてね」
「いやごめん、それは自分でなんとかして。頑張って」
ええ〜テクニック教えてよ!と叫ぶ声はアルバートの笑い声と共に秋の空に高く響いて溶けた。
おわり