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    r_i_wri

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    r_i_wri

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    演目『笑顔』+1h
    第一回のお題をお借りいたしました。
    ある日、不思議なものが見えるようになった🎈のお話。

    韜晦の星「わぁ」
     思わず間の抜けた声が漏れ出る。
     呆けた類の視界のあちらこちらでぽこぽこと生まれる色とりどりの花、雲、光、泡、その他諸々。
     セカイ、なんていう不思議を混ぜてこねて煮詰めてできたような存在に慣れ親しんで久しい。だから、不思議な現象にも慣れているつもりだった。
     でも、それはあくまでセカイの中での話なわけで。
    「これは、すごいねぇ」
     人の行きかう現実世界で類の視界を彩る『不思議』な光景に、天才と謳われた頭脳に似つかわしくない、至極単純な感想が零れ落ちた。

    ***

     朝起きて、既に仕事へ出かけた母の作ってくれた野菜抜きの朝食をもそもそと食べながら着替え、適当に身支度を済ませて家を出た。
     いつもより少し早めの時間。鞄の中には、教科書の代わりに昨日完成させたロボット。いつも二十分前には行儀よく教室の自席についている司に一番に見せたくて、頑張って早起きをしてみた。
    (我ながら、単純だなぁ)
     ひとり苦笑が漏れるが、嫌な感覚ではない。むしろ嬉しいこと、楽しいことを一番に知らせたいと思える人がいることが、なんだかくすぐったくて。妙にこそばゆい胸の奥をおさめるためにも、足早に駅へと足を向けた、のだが。

     人通りが多くなってきたあたりで、違和感に気が付いた。
     司がどんな反応をするか、なんて想像に押しのけられていた視界の隅で、時折色がはじける。音を奏でる。それは本当に唐突で、しかし常に誰かの傍で起こっているようだった。
    (なんだろう)
     気になってしまえば、抑えられないのが好奇心というもの。
     脳内の司には一旦脇に避けてもらって、類は道の端にするりとその体躯を寄せる。
    そうして改めて正面から見た街の景色は、あまりにもファンシーになっていた。

    「笑顔、に反応しているのかな」
     道行く人々は、いつもと何も変わらない。類のように怪訝な顔をして通行人を眺める人間もいない。どうやら、コレは類にだけ見えているらしい。
     友人と話す女子高生。電話をしているスーツ姿の男性。忙しない朝の人通りの中、ゆったりと歩く老夫婦。
     様々な人が行き交う雑踏で時折、唐突に花や泡がぽこりと生まれるのだ。
     それはどうやら、笑顔が引き金になっているようで。誰かが笑えば、まるで漫画やアニメのエフェクトのようにぱあ、とその周囲が彩られていく。
     人によっても『それ』は異なるものを生むらしく、ある人は小さな花がたくさん溢れ出す。またある人は、パシャリと水が美しい飛沫を上げた。それらに実態はないらしく、生まれた先からほろほろと消えていく。
     そんな光景がそこここで生まれている街並みは、セカイに負けず劣らず幻想的なものになっていた。
    「興味深いね。これは、しばらく秘密にしておこうか」
     これまでにない現象、気になることだらけである。が、下手に口を滑らせれば、頭を疑われてしまうだろう。いや、今までだって、司と実験して教師から逃げているときとか、ちょっと遠巻きからそんな視線は感じるけれど。それも、もっと本気の忌避になる。
     司たちにも話さない方がよさそうだ。きっと彼らにはどんなに大丈夫だ、と言ったところで、心配をかけてしまうだろうから。
     さて、チラチラと視界を掠めていたものの正体も分かった。もっとゆっくり観察したいところだが、せっかくの早起きが無駄になってしまう。笑顔が引き金なら、学校でも多く観察できるだろう。
     ふらり、と道の端から再び雑踏に紛れた類は、にぎやかな視界の中でふと思う。
     司くんは、どんな風に笑うんだろうな。

    ***

     数日観察して、いくつか法則が分かってきた。
     まず、『それ』はやはり笑顔によって生まれるらしい。しかし、本当の笑顔でなければいけないようだ。作り笑顔の周りには、なにも生まれはしなかった。
    また、人によって現れ方は異なるが、現れたものが後々大きく変化することはないようだ。
     例えば、寧々が笑えばシャボン玉がふわりと揺蕩う。繊細なそれは光を反射して虹色に光る。えむといる時には特にぽこぽこふわふわと次々生まれるシャボン玉に、なんだかほっこりと和む日々である。
     えむは、ポップコーンのようにカラフルな雲が弾ける。色も形も様々なそれだが、観察するまでもなく圧倒的に多く生まれる色に気が付いた。黄色、緑、そして紫。勘違いではないそれに、思わず頬が緩んでしまう。
     そして、この数日様々な笑顔を見てきたが、一等好きなのは、司の笑顔だった。
    きらきらと煌めく星が溢れて零れて、柔らかな光が彼の自信にあふれた笑顔をさらに輝かせる。それは誰よりも目立ち、誰よりも暖かく、誰よりも眩しい笑顔だった。


     今日も今日とて様々な笑顔を眺めながら学校への道をのんびりと歩いていれば、少し遠くに見知った後姿を見つけた。陽色の彼を見間違えるわけもなく、自然と足取りが早くなる。
    「司くん、おはよう」
    「っああ、類か、おはよう!」
     急に声をかけられて驚いたらしい司は一瞬詰まるも、すぐにいつも通りの笑顔で類に挨拶を返す。
     その笑顔の周りには、一切の煌めきは宿らない。

    (……え?)

     ばっ、と周りを見渡す。ここ数日で見慣れた、様々な人から生まれる花や雲で彩られた通学路。見えなくなったわけではない、ようだ。なら、彼は。
    「類? どうした、いつも以上に不審だぞ」
     きょろきょろとあたりを見渡してはまた司をじぃ、と見つめる類に、彼は怪訝そうに眉を寄せている。
     その顔は、やっぱりいつもの彼で。
    「……いや、何でもないよ。行こうか」
    「よくわからんが……まあ、いい」
     首を傾げながら隣に並んで歩く彼の顔を、ちらりと盗み見る。教室について別れるまでに何度か彼の良く通る笑い声が響いたが、ついぞその顔が溢れる星々で輝くことはなかった。


    「はあ……」
     大きなため息が零れる。
     放課後、教室にはもう誰もいない。練習前に少し多めの買い出し予定があったため、委員会で少し遅くなる、という司を待っていた。
    「司くん、今日一度も笑わなかったな」
     ぽそり、と呟く。ため息のわけ。
     正確に言えば、彼は笑わなかったわけではない。休み時間にも昼にも、といつも以上に押しかけてくる類にきょとりとしながらも、その笑顔は翳ることなく今日も大盤振る舞いだった。
     しかし、彼の周りに星が散ることはなかった。
    「一度も本心で笑ってない、ってことだよね。なのに、あまりにも……いつも通り、すぎる」
     類だって、この不思議な現象が起きていなかったら気付かなかっただろう。それほどに、司の笑顔はいつも通りだった。

     やっぱり考えすぎか?たまたま見えなくなっただけなんじゃないか?
     司くんだけ、急に見えなくなったって?そんなのおかしいだろう。

     ぐるぐると回る思考はまとまることもなく、今日一日の司の笑顔で頭が占められていく。はぁ、と無意識にまたため息が漏れた。
    「幸せが逃げるぞ」
    「うわぁ?! つ、司くん?!」
    「うおっ」
     急に耳元へ届いた声に、思わず身体が跳ねる。類のオーバーリアクションに驚いたらしい司は、一歩引いてきょとりとこちらを見つめていた。
    「す、すまん、驚かせるつもりはなかったんだが」
    「あ、いや、ごめん、僕も考え事をしていたから……」
    「考え事?」
     言外にどうしたんだ、と尋ねてくる彼に、一瞬躊躇した。彼に、直接聞いてしまっていいものか。
     ええい、悩んでいたって仕方がない。司くんだって、いつも直球で来るじゃないか。僕が彼に正面から話して何が悪い。
    「司くん、今日なにかあった?」
     ほぼ開き直りに近い思いのまま、類はしっかりと司の目を見て尋ねる。そうして、彼は。
    「……何も。どうしたんだ、急に」
     にこりと、いつも通りの笑顔で笑った。

    「っきみは、今日一度も笑っていないだろう! 今だって! どうしてはぐらかそうとするんだっ」
     抑えられない焦燥が、不安が、口からあふれ出る。きらきらと輝く彼の笑顔を見慣れてしまえば、放課後の薄暗い教室で浮かべる彼の笑顔は、いつも通りのはずなのに、やけに作り物のようで。急な類の激高に戸惑う司の腕を、衝動に任せて掴んだ。
    「っやめろ!」
     ぱしり、と振り払われた手。今日初めて、『司くん』が崩れた。
     払われた手に、そしてぎゅう、と眉を寄せる司くんに視線を移す。今の一瞬でも感じた、彼の体温は。
    「司くん」
    「……なんでもない」
     ふい、と目線を逸らした司くんは、拗ねたようにそう呟いた。もうばれているとわかっているのに誤魔化そうとするのは、きっと最後の悪あがき。
     そんなことは無視をして、僕は無遠慮に司くんの額へ手を伸ばす。彼も観念はしているのか、憮然とした顔で大人しくされるがままであった。
     ひたり、と触れたその額はじんわりと汗ばみ、ひどく熱かった。
    「いつから?」
    「……今朝、起きた時はそうでもなかったんだ。大丈夫だと思って、家を出て……」
    「どんどん悪化していった、と」
     はあ、と今日何度目かわからないため息をついた。司くんがびく、と気まずそうにこちらに視線を寄こしている。
    「きつかったでしょ。今日、ずっと」
     まともに笑えないくらいに。
     その問いにはもにょもにょとはっきりとしない言葉をこねている司くんの手から、彼の通学鞄をひょいと取る。
    「る、るい……?」
    「今日、きみは練習お休み。家まで送るから、帰ろう」
    「だ、だがっ」
    「少し触れただけでわかるくらい熱があるんだから、駄目。寧々達には僕から連絡しておくよ」
    「う……か、鞄くらい、持てる」
    「おんぶされるのとどっちがいい?」
     んぐ、と言葉に詰まった司は、なにを言っても類が譲らないことを察したのか、渋々差し出していた右手を下ろした。
     おんぶで、というのも冗談ではない。一瞬触れた腕は、手のひらに感じた額は、あまりにも熱くて。彼が今こうして何でもない顔で立っていることが、信じられないくらいだった。送るのも、過保護のつもりはない。いつ司が倒れてしまうかと、不安だった。
    「帰ろうか」
    「……ああ」
     こくり、司は大人しく頷いた。


     司の家につくまでの道のりは、やけに静かだった。もう取り繕う必要のない司は、身体にこもった熱を逃がすかのように時折ほう、と深く息をつく。しかし、彼がこれ以上の甘えを自身に許さないことをわかっていたから、その度に伸びそうになる腕を必死に抑えた。
    (気が抜けた、のかな)
     類にばれた、だから仕方がない。今の彼の姿は、諦めだ。
     もし、類が気が付いていなかったら。彼はきっと買い出しに回って大きな荷物を運び、よく通る声で、しなやかな身体で、類たちと一緒に全力で練習をしていたのだろう。
    (それは、もしかしたら、今までだって)
     今日類が司の違和感に気が付いたのは、ここしばらくの不思議な現象のおかげだ。それがなければきっと、まったく気が付くことができなかった。それほどに、司の笑顔は完璧に『いつも通り』だったから。
     それはつまり、司がこれまでにも類たちの前で、その苦しさを、痛みを、つらさを押し込めて笑っていたことがあったかもしれない、ということで。
     ぎり、と歯噛みする。
     司にとって、弱みを見せられる人間ではないこと。頼ることのできる存在になれなかったこと。司が一人苦しんでいることに、気が付くことさえできなかったこと。
     何もかもが情けなくて、悔しくて。
    類が彼に頼り、甘えるように。司にとってのそんな存在に、なりたかった。

    「……ぃ、類」
    「っえ、ぁ、なんだい?」
    「着いた。オレの家、ここだ」
     くい、とカーディガンを軽く引かれて、ハッとする。司の様子はずっと窺っていたけれど、周りに気を配っていなかった。いつのまにか、司の家の前についていたらしい。
    「あ、あぁ、そうだね。親御さんはいるのかい?」
    「いや。でも大丈夫だ、熱の対処は慣れているし、適当に休む」
    「……そう、わかった。無理はしないでね」
    「ああ、迷惑をかけたな。すまない」
     踏み込めなかった。僕が看病するよ、なんて言葉、受け取ってもらえないとわかってしまう。
     右肩に下げていた司の鞄をその腕に返して、玄関へと向かう彼の背を見送る。
     彼が、心を許せる存在に、なりたい。そうでないと、彼を心配することさえ許されない。
     きゅ、と唇を引き結んで、せめて玄関をくぐる彼の背が見えなくなるまで、見送る……はずだった。
     類、と司が玄関扉の陰から顔を覗かせる。
     その顔は、本当に、本当に僅かに、でも確かにゆるりと微笑んでいて。
    「ありがとう。ばれたくなかった、はずなのに、類が気が付いてくれて……嬉しかった」
     それじゃあ、また明日、と今度こそ閉められた扉の前、類はしばらくぼぅ、と呆けていた。

     きらきら。
     
     彼が最後に残した、小さな小さな星たちが、消えないまま類の周りをふわりと漂う。その紫色の星々に触れようと手を伸ばし、しかしすぐに引っ込めた。触れれば、消えてしまうかもしれない。少しでも長く、そこに在ってほしかった。

     ドキドキ、きらきら、ドキドキ。
     
     煌めく紫の星がゆっくりと消えていき、ようやく司の家の前から踵を返した類は、するりと心臓のあたりに触れた。鼓動が早い。なんだろう、これ。もしかして。もしかして。
     顔が熱い。司の、柔らかな笑みが頭から離れない。熱い、熱い、熱い。

    「うあぁぁ……」

     どうしよう。
     僕、明日から、笑顔どころか司くんのこと、まともに見られる気がしないんだけど。

     唐突に理解してしまった想いを一人抱えて、類は薄暗い道を駆け足に過ぎていく。どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう!
     僕は、彼に恋をしているらしい!

     陽の落ちた街に、色とりどりの花や雲や泡が、ふわふわと生まれて漂う。
     その中を駆けていく青年の後から後から、眩しく輝く陽色の星が、どこまでも溢れ零れていった。
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