どっちかがイかないと出られない部屋に閉じ込められたつくちょ 「待て待て、待て!これは俺が知っているのと違うぞ!普通は逆だろう!」
「世の中に絶対なんてないよ。例外はつきものという理を知れて良かったじゃないか」
目を細め脹相を見下ろす九十九はどこか得意げで、それでいて今まで見たことがない九十九由基でもあった。精神的にも実力的にも感じていた頼もしさは息を潜め、彼女の獲物を見定めるかのような視線に脹相の喉がヒュッと鳴る。同時に脹相を閉じ込める九十九の腕から逃れようとする身体の動きが止まった。
喰われる、と思った。
なにが不味いかはわからない。具体的な理由があったわけではないが、言いようの無い危機感を覚えた。抵抗していた腕は大人しくなり、その先の掌は着衣の胸元を弱い力で歪ませた。
「…本気か」
小さく開かれた口から漏れた言葉は笑えてしまうほど小さくて、それでも脹相は目を逸らずに問う。
脹相の輪郭をなぞっていた指先の動きを止め、九十九の目が目の前の男を貫いた。先ほどまでの楽しげな雰囲気は消え去り、張り詰めた空気を纏う九十九も、脹相には馴染みがない彼女の一面だった。
「ひとつ。私たちには天元の護衛という役割がある。こんなところで油を売っているわけにはいかない」
君だって分かっているだろうと言葉の外で告げられる。沈黙を貫く脹相を見下ろしながら九十九は脹相の頬を撫でていた指先を順番に立てていく。
「ふたつ。この空間では私の質量もガルダも効果が全くない。君の赤血操術のようにね」
「最後に。君にあの指示をさせるのは酷だと判断した」
無事に揃った三本の指はすぐに崩され、定位置とでも言うかのように、脹相の顔の横のシーツに九十九の掌が収まった。
「何の話だ」
「聞くが、君は“女”に“そういったこと”ができるか?」
「…」
沈黙が答えだった。
「君たちの生い立ちを私は知っている。特に、一番に堕胎した君は自身の母が受けた辱めを目の当たりにしているだろう?」
九十九の言う通りだった。加茂憲倫と呪霊によって弄ばれた、得意な体質を持つ“女”を苦しめた行為は、脹相にとって穏やかなものではなかった。行為の理由も目的も理屈も理解はできるが、所詮それまでだ。母を苦しめた行為そのものをなぞることさえ出来ないと思った。否、したくなかった。
「君の母を苦しめた呪霊やあの男と同じことを君にさせたくないんだ」
九十九の長い金髪は重力に従って、脹相の視界を取り囲んでいる。光源に遮られた空間は薄暗くて、でも目前に広がる九十九の顔がよく見えた。
眉を顰め苦しそうな九十九は、脹相ひいては他の兄弟と母親を想って心を痛めてくれている。脹相は、自分が気遣われていたのだという事実をようやく理解した。生まれさえ望まれなかった自分にさえそうしてくれる九十九の姿に胸が詰まる。
「…そうか」
たかが器の知識との差異だけで散々騒いだ自分の短慮加減に恥ずかしくなる思いだった。
元々、脹相にとって自分なんてどうなっていいのだ。自分が過去のトラウマに傷ついても、死んでも構わない。ただ、弟の未来をより良いものにしてやりたいし目の前の優しい女の優しさに応えたかった。気づかないふりをしていた不安や戸惑いの感情はいつの間にかおさまって。
胸の前で握られていた手をゆっくりと九十九の頬に伸ばした。九十九の指先はあたたかった。だから、指先に血液を集めてから頬に触れた。真似事でも、彼女にしてもらったことを九十九に返した。九十九の指先はとても心地が良かったから。
脹相の思惑を知ってか知らずか、九十九は遠慮がちに伸ばされた右手を掴むとそのまま自分の左頬に連れて行った。
随分と丁寧に触れてくるのが少しだけ照れ臭かったが、頬と手のひらに挟まれる己の掌には両側から九十九の体温が伝わってくる。
「痛いことも脹相の嫌がることもしないから」
「あぁ。お前のやりたいようにやってくれ」
その言葉と共に脹相は己を見下ろす女に全てを預けることを心に決めた。
❇︎
「そんな生娘のような反応をされると困ってしまうな」
脹相の首筋から鎖骨にかけて、九十九の唇が何度も落とされていく。乱れた着衣の隙間から空気に触れた。冷たさを感じた肌の上を触れるだけの口づけは徐々に下に降りていき、今はもう脹相の肌の上には赤い花が咲いていた。九十九の舌先が皮膚の上を滑る度に、変に力が入って強張ってしまう。
「揶揄うのはやめてくれ…」
「ふふ。すまない。なんだか可愛らしくて」
目を細めて笑う九十九はいつもと変わり無いのに、脹相だけが肌を見せつつある状況が恥辱心を募らせていく。
「…嫌か?」
九十九は、脹相の胸元に顔を近づけたまま視線だけ寄越してくる。狡い言い方だ。脹相がそんなこと思ってないことを分かった上で聞いているのだ。
「…じれったい。早くここから出なければいけないのに…」
「こういうのは手順が大切なんだよ」
そう言うと九十九は脹相の前髪を持ち上げて額に唇を軽く落とした。わざとらしい音を鳴らすと同時に、彼女の手が意図せず脹相の慎ましい胸の飾りに触れる。
「ひっ…」
咄嵯に両手を口に当てて塞ぐが、もう遅い。今度は九十九が意思を持って尖りを摘んだ。
「……ぅ、あっ!」
びくん、と身体を跳ねて脹相が喘いだ。生まれて(そして受肉して)以来初めての感覚に目を白黒とさせている脹相を見下ろす九十九も目を丸くする。
「…君、こっちも感じるタイプだったのか」
ぽつりと漏らしたそれは、脹相に投げられた言葉ではなかった。話しかけられているわけではないと悟りつつも、九十九の言葉の意味が理解できない。脹相は首を傾げて口を開いた。
「…なんの話だ?」
九十九は脹相の声にはっとすると、誤魔化すように笑った。
「…君が気にすることではないよ。さて、続きをしようか」
「ちょ、待っ………あぅ!」
口を塞いでまでいるのに、間抜けな声を止めることが出来ない。乳首なんて誰にも見せたことがないような部位を九十九に見られて、剰え好きなように触らせているなんて、それだけだって恥ずかしいというのに。
「まって、つく…ッん…ぅ…、」
「声なんて抑えなくていいのに。私たちしかいないんだから」
先の一度以降摘むような直接的な接触を封印し、九十九は尖りの先をなぞるだけの動きを繰り返す。そんな些細な刺激ですら、今の脹相にとっては劇物と相違ない。
込み上げてくる何かから逃れたくて身体を捻る。素肌に触れるシーツの感触さえ今は遠慮したい。無性に恥ずかしくて、口元を覆ったまま九十九から視線をずらして、その時初めて自身の息が上がっていることに脹相は気づいた。
「…強情っ」
呆れまじりに面白そうに笑った九十九からもう一度額にキスが贈られた。それと同時に明らかな刺激が脹相の身に降りかかる。
「あ゙っ…アアっ…!」
これまでの愛撫で高められ、立ち上がった尖りを一段と強く摘まれた。強い刺激に思わず掌を剥がしてしまう。脹相は込み上げてくる何かに怯えて腰を浮かべた。
「まって、つくも、まっ……ぁ〜〜〜ッッ」
喉を仰け反らせて、鳴いた。はぁはぁと息が上がり身体が熱くて仕方がなかった。ふと、くすくすと空気を震わせる笑い声が降ってきて、視線だけ動かして九十九を見た。
「やっぱり君は愛しいな」
なにがそんなに面白いのかは分からないが、満足そうな姿に脹相はどこか安心してしまう。恥ずかしくて堪らないが、この女のためならこれまで強いられた醜態を晒すこともこれから先の恥ずかしさも致し方ないなと諦めることができたのだった。