隣で謙也に寝返りをうたれて、光は目を覚ました。スマホに手を伸ばして見ると時刻は午前五時を少し過ぎていた。
冬の朝、街はまだ眠っている。しんとして冷えた暗い部屋の中で、寝息を立てる謙也の放つ生命力だけが確かにあたたかい。
同じ学び舎で出会った二人の縁は途切れずに続いていた。いつしか手を取り合い、口づけ、身体を重ねるようになっていったきっかけは一体何であったか。コーヒーに混ざった砂糖のように溶けていった記憶を再び形にする術はない。
膨らんではしぼんでを繰り返す謙也の輪郭をうつろに眺める光の頭の中に、こうして二人で朝を迎える日々にもいつか終わりが来るのかもしれないというひどく悲観的な考えがぽつりと染みのように広がる。一度できてしまった染みはなかなか消えてくれず、洗い流そうとすればするほど光を疲れさせ、憂鬱を引き起こした。
このままずっと夜が明けなければいい。そんな願いが首をもたげるのは、身を寄せ合っていなければ凍えてしまう冬のせいだ。
んん、とむずかるように身をよじり、謙也が薄目を開ける。
「……光、起きてたん?」
「……」
「こっちおいで」
マッチの火のようにあたたかく穏やかな声で呼ばれ、光は素直に従わざるを得なかった。胸元に顔をうずめ、彼の香りで肺を満たす。それだけで世界から切り離されたような寂しさや焦燥で凍てついた心がほどけていった。背中に腕が回され、ゆるく抱きしめられる。
「謙也さん」
「ん?」
「キス、してください」
「ん」
鼻にかかったような吐息を含んだ返事のあとで、くちびるが触れ合う刹那に見えた謙也の表情は暗闇でもわかるほどに真剣だった。
柔く口先を食まれ、かつそれ以上深く踏み入れることのない優しいキス。
「俺はどこにも行かへんよ」
謙也はまれに全てを見通したようなことを言う。それは光を深く傷つけることもあったし、心の底から安堵させるときもあった。
このまま夜が明けなければいい。願いは変わらないし、それが叶わぬことも承知している。ただ、それは未来への恐れだけではなかった。恐ろしいほどに、今が幸せなのだ。
もう間もなくすれば朝日が音もなく、無遠慮に部屋のカーテンを貫いて降り注ぐだろう。そうすれば二人とも何事もなかったかのように起き上がって明日を生きていくだけだ。
もう少し、もう少しだけこのまま。互いの優しさとぬくもりを忘れまいとして、背中に回した手に力を込めた。