アンデッドインバーテッド「『おや、クラージィさんではないですか。あれからどうです? 新横浜の生活には慣れましたか? 親吸血鬼探しの進捗はいかがです?
とんでもない服を着せられたり、道端で反復横跳びしてるヤツに轢かれたりはしていませんか?』」
「『そんな奇妙なバンパイアまでいるのか……。幸い、まだ轢かれてはいないな。自動車や電車の方が恐ろしいと思う。
……それに、私を吸血鬼にした人は何の手掛かりも掴めていないんだ』」
「『確かに。私なんかは突然クラクションが鳴るとショック死しますし、電車の風圧でも死にますからねぇ。よくもまあ動く鉄の塊があれだけ広まったものです』」
「あー、その……。日本、楽しいデスカ? ご飯食べてマスカー?」
「話に置いて行かれて寂しいからって割り込んでくるんじゃないよ、ロナルド君。毎回なんで君もカタコトになるんだ。その顔で言われると似非外国人みたいだぞ。
むしろ1回、第1巻の頃の画風で言ってみてくれない?」
「エット、二ホン タノシイデス。ワタシ、タベ二イキマシタ イマガヤキ?
ジョンクン スキダッタ、トテモ オイシーデス。クリーム、アマイデシタ」
(日本の生活はとても楽しい。先日、ジョンくんが好きだと言っていた今川焼きというものを食べにいったのだがとても美味しかった。クリームを食べたが、あんなに甘くて美味しいものが現代では普通に売られているのだな)
「大判焼きですか。あれはジョンにとって特別なものらしくて、よく買いに行くのですよ」
「クラージィさんはクリームが好きなんですか? 餡子入りは食べてみましたか?」
「アンコハ……ムズカシイデス。マメ、アマイ ナゼ……?」
「『それで、今日はどういったご用件で? あんなに困った顔をしていたのです。ただお茶を楽しみに来た訳ではないのでしょう?
勿論、貴方のようなお客様とゆっくりとティータイムを楽しめるのはやぶさかではありませんが』」
「『! 流石はドラルクだな。気付いていたか……。
実は、相談があってだな』
「現代のファッションが恥ずかしい?」
「『ああ。そうなんだ……。
街で見かける女性の服のスカートが短いし、その……素肌を晒しているのが、私にとってはとても奇妙で。
それに着替えを買おうとしても、くるぶしが隠れるスカートが少ない。
早く慣れればいいのだが、こればかりは神の教えと同じくらい強固なのだ』」
「『なるほど、現代での生活にに支障をきたすかもしれないと』」
「ヌー。ヌヌヌ、ヌヌヌヌイ」
「そうだね、ジョン。懐かしい話だ」
「学校の校則じゃあねえんだし、そんなに長さって大事なのか?」
「大事だとも。例えば、私がまだ幼かった頃のイギリスはそれなりに厳しかったのだ。淑女の肌が見えるのは厳禁、脚チラはNG。短いスカートなんてとんでもない時代。
ピアノの脚すら隠してた、なんて風刺があるくらいだ。
舞踏会が全盛期の時代だから、ロナルド君も想像つくだろう?」
「あー。映画かなんかで見たかも。ドレスがすっげえ派手なところしか見てなかったが言われるとそうだったかもな。
え、ってことはクラージィさんも昔はああいうの着てたのか」
「君の頭の中の19世紀は貴族しかいないのか? たとえ話の分からんバカ――砂ァ」
「ヌー!」
「まあ、その頃のイギリスは我々と人間が揉めてたから、子どもだった私は実際どのようなものだったか直接見た事がないんだけどね。
そうだな、男で現代日本の人間もとい野蛮人なロナルド君の感性に合わせて例えるなら……。
ぴったりテカテカのボディスーツが当たり前になった未来人から、ボディラインが隠れる服を着ているのは心にやましい隠し事を抱えているのと同じ事だ! 不誠実だ! と言われるようなものか?」
「テンポが死ぬから今はいちいち殺さねえけど、後で覚えてろよテメェ」
「そう言いつつ、さっきから殺してるじゃないか……」
「ヌー!!」
「まあ、確かに。もしも急に歩いてる女性が際どいミニスカばっかりになったら……ちょっと困るな。挙動不審になる自信あるわ」
「だいたい、ミニスカートが誕生したのってここ最近の事だぞ? 私が、今となっては懐かしいドラルクキャッスルに住み始めた頃だったかな。
しかも、クラージィさんは教会育ちだ。女性の露出なんて以ての外だろう。
目が覚めたら人がみんなノーパンで、それが当たり前と言われた気分だ」
「最初からそう喩えろや! ぜってーさっきの未来人の件いらなかっただろ」
「ご婦人の前でノーパンとか言わせる気かい」
「今言ってんじゃねえか」
「ソレニ、ショッピング トテモコマル。イマ、オヨーフク トテモイッパイ。ジブンデツクル、シナイ。
チョット……サミシイ。デモ、スコシ、タノシイ。
デモ、オヨーフク、アンマリ カエナイ。デモ、ハケナイデス」
(手作りする文化が無くなっている様子なのは残念だ。しかし綺麗な既製品が広く出回っている。だが、素敵な品が沢山あると言うのに手持ちが少ないので購入出来る物の選択肢が少ない。その中から履ける物を探すとなると更に大変だ)
「ロングスカートにも限界はありますからねぇ」
「クラージィさんの困り事は分かった。
けどそう言ったって、具体的にはどうすりゃ良いんだ?
俺達、ファッションの事なんて全然分からねえぞ」
「私服全部ぢまむらのゴリラと一緒にされたくないんだが、婦女向けの服が分からないのは事実だな……」
「ヌー、ヌヌヌヌヌヌーヌヌヌ、ヌッヌッヌ」
「うーん、ジョンの言う通り、ヒナイチ君やターちゃん達のような信用できる女性に付き添ってもらってショッピングに行くのが現実的だが」
「でも、私服のマリア達を見てびっくりしちまうからなぁ。
つうか、ドラ公の説明通りなら仕事中のヒナイチの制服も大分アウトだろ」
「なんで国家権力の制服なのにホットパンツなんだろうね、吸対……。私は構わんが」
「そもそも、だ。
彼女の場合、服の良し悪しではなく現代の文化と俗世の文化にまだ馴染めていないのが問題なのではないだろうか。
心の奥深くまで刻まれている価値観はなかなか覆せないぞ」
「服を見慣れても根本的な解決になってねえって事か?
うーん、そういうのこそ催眠術でどうにかならねえのかよ。暗示で、今は脚や肌が見えてても平気です!って思わせるとか」
「試してみてもいいけど、この街でやるとロクでも無い結果になる気がするなぁ。
うっかり見てはいけない所が出てしまっても自分で違和感に気付けなくなってしまったり、ゼンラニウム君が普通に思えてしまったりするかもしれん」
「『それは困るし、私は超人的な方法ではなく自然に受け入れられるようになりたい。
まあ、あの花の彼に関しては最近見慣れてきた自分がいるのだが……』」
「『同感ですな。初めて彼に会った時はあまりの格好に悲鳴を上げたものですが、今ではすっかり街の善良なおじさんとして認識しています。
本当に慣れって怖い……』
(ロナルドくん、ゼンラニウム以外にもマイクロビキニとかロクでもないのが沢山いるのにはあえて触れない。全力で気まずい顔をする)
「うん? でも昔から生きてる吸血鬼は特にそういうの文句言わねえよな。どうやって慣れていったんだ?
ドラ公は古臭い格好の癖して俺の服にケチつけてくるけど、今のファッション自体にはなんにも言わねえだろ?」
「ドラちゃんは高貴な生まれである事を忘れてないから由緒あるスタイルを貫いてるだけですー!」
だいたいね、人間のやる事や流行り廃りなんてあっという間だよ? いちいち気にしてられないっての。ネットやゲームみたいに面白いものは全力で乗っかるし、変なのが流行ったら笑うけど基本スルーよ?
お父様はお仲間やケツホバと一緒に今時の人間はーなんて話をしてるかもしれないけど、ああいうオッサンムーブやるような歳じゃねないし、私」
「200歳が何言ってんだ」
「ケツホバ? ケツホバ、ナニ デスカ?」
「『ああいえ何でも! 何でもないんですよ! 貴方のような方はそんな言葉知らなくて良いのです!』
(あのクソ髭歯ブラシ卿と再会させたら、全力で口説き倒すだろうから絶対秘密じゃ! この方はもう、私のお客人なんだからね! アレの出る幕はナイナイ!)」
「ヌ? ヌン、ヌヌヌー!」
「(ジョンくんまで教えるのを嫌がるのか……。
それほど忌むべき単語なのだろうか、ケツホバとは)」
「というかクラージィさんの場合、普通に吸血鬼になって暮らしていればこんな問題に直面する事なかったからね!
急に目覚めて生活するようになったから戸惑っているだけであって!」
「やっぱり、暴力で解決できない問題は俺にはどうしようもないのか……? クソ砂が言う通り、俺はゴリラ化一直線なのか?」
「これが依頼しておいてまともに話も聞かんバカ吸血鬼だったらいつもみたいに雑に街に放り込むか、ショック療法で慣れるという方便で毎度おなじみマイクロビキニ氏でも召喚して遊び倒すんだが、今回ばかりはそういう訳にはいかん。
この方はとても真面目でまともだ! 嘘を教え込んだら私達が恥を晒す事になるぞ!
むしろあの手の手合いに出会う前になんとか正しい現代知識を身に着けていただかねば!」
「『もしや私は大変な問題を持ち込んでしまったのだろうか。面倒をかけて申し訳ない。
私の問題だというのに2人……、いや、3人を巻き込んでしまった』」
「ヌーン……」
「『いえいえとんでもない! ただ、退治以外の依頼でこんなに真面目なお話が来ることは滅多になかったので慌てているだけですよ! 私も彼も、見ての通り若輩者ですので!』」
「あ、そうだ。良い事思いついたぜ!
女性吸血鬼と一緒に話をして、少しずつギャップを埋めていくってのはどうだ?」
「おお! ロナルド君にしてはまともなアイデア!
……まともなアイデアなんだが、問題は人選(吸血鬼選)だ。安心して任せられる女性の心当たりがあんまりない」
「うちの事務所変なのしか来ないからな……。
カップル死ね子さん……じゃなかった。にく美さんは服の話なんて振ろうものならグルグルドーン行き一択だし。
女帝さんはどうだ?」
「アホか若造。彼女が吸血鬼になったのここ最近の話だ。アダム君より余程ベテラン感があるが、ついこの前まで極々普通の女性だったんだぞ」
「あ、そっか。あんな出会い方だったのに、あんまりにも馴染んでるものだから時々忘れちまうんだよな」
「気品の良さで選ぶなら御条さんなんだがなぁ。彼女はあくまでもダンピール。年代が遠いので昔の話あるあるで盛り上がれそうにないし向こうも困るだろう」
「ダンピールで思い出した。半田のお袋さんならどうだ! お母さんオーラのおかげで話しやすいし、珍しいまともな吸血鬼だぜ!」
「うーん、あの人もまだ若い部類だが、一番妥当なラインか。
でもどうやって連絡とる? 君に個人的な連絡先を訊けるような度胸があったらもうちょっとマシな人生遅れてたと思うぞ?
いや既婚女性のファンにちょっかい出すようなコンプラ無し男だったら私の社会的地位も死ぬから全然良いけど」
「んだとゴルァ! テメエに人権があると思ってんのか!?
連絡なんてそんなの、半田経由で……。
……あー。無理だな。アイツが俺とお袋さんが関わるの許すワケねえ」
「ハンダ?」
「えっと、吸対、キュータイ、ダンピール!」
「『吸血鬼対策課に所属している優秀なダンピールの青年です。ロナルドくんとは少々訳アリの関係でして』
半田君には君の存在を伏せて、私の個人的な知り合いという事にする? どっちみち通訳するのに私は同席しないといけないし、嘘はついてないぞ」
♪~
「おっと失礼。電話がかかってきたようだ。
……。……。うん、今依頼の対応中だし、留守電にしておこう」
「おいドラ公。まさか親父さんからか?
無視するとあの人直接押しかけてくるし、なんか可哀想だから出てやれよ」」
「オト、ナニデスか?」
「えーと、ドラルク、電話! パパ、ファザーから!」
「『電話というやつか。 私に構う事はない。
何? 親御さんから? それなら猶更おざなりにしてはいけない』」
「『クラージィさんがそう言うのでしたら、少し席を外してきます。出来る限り早く終わらせてきますので少々お待ちいただけますかな』」
「……んん? ドラ公の、親?
まともに話せそうで、年代が近い吸血鬼?」
――次の週。
「いやー。すんなり解決したな。
お前のお袋さんが頭の良い人で良かったぜ」
「流石に純日本人だから国の常識や宗教観は合わなかったが、クラージィさんの中で価値観のすり合わせが出来たようで何よりだ」
「ロナルド、ドラルク。今帰られたのはクラージィさんとドラルクのお母様か?」
「今日は珍しくちゃんとドア開けて来たな」
「おやヒナイチ君。お客様に振る舞う為に焼いたクッキーだが、君も食べるかい?
いやもう手を伸ばして、食べる直前だったな」
「ち、ちん! つい条件反射で! ドラルクのクッキーがあまりにもいい匂いだったから!
それよりも、ドラルクのお母様がこの事務所に来るのは珍しいな。また何かあったのか?」
「クラージィさんの現代生活の事でちょっとな」
「! そうか! 彼女の親吸血鬼探しについてだな!」
「ア!!」
「ちんっ!? いきなり大きな声を出すんじゃない!」
「しまった、ドラ公のお袋さんにも協力を要請すればよかった。弁護士だから親権問題とかそういうの聞いてくれそうなのに!」
「あー、その。滅多に私からアクションを起こさないからすっかり忘れていたね。私とした事が、うっかりしてたなー。
でもほら、いくら弁護士って言ったってお母様そういうの取り扱ってるか分からないし、何より多忙なんだぞ。探偵の真似事までさせる訳には」
「ヌー……?」
「というかドラ公の親父さんって吸血鬼的にも偉いんだろ? なんとかしてもらえないのかよ。色んなヤツに片っ端呼び掛けるとか」
「それはまあ、そうなんだが。
ほら、我が家のお父様アレだろう? 私から頼み事をするとお母様以上に舞い上がってロクな事にならないというか、アレだろう?」
「なんで急にワヤワヤしてんだよ。具体性の欠片もねえ」
「どうしたドラルク。妙に歯切れが悪いぞ。
……まだお母様との間に溝でもあるのか?」
「そんな事はないとも! ちょっとらしくない失敗をしてしまったからショックなだけだ。
クラージィさんの抱えている問題は無事収まりそうだし、今回はこれで終いだ。なぁ、ジョン!」
「……ヌー」
「(何故か、あの人に対しては良くしてあげないといけない気持ちがある。
子どもの頃にたった一度だけ会った人と思わぬ再会をしてしまったからだろうか。
ただ、何故かまだ親を見つけない方が良い気もするんだよなぁ。見つけたら大変、というか面倒な事になりそうな気がして)」
「『わーーー!』」
「キャーッ!」
「何だ!? 外から悲鳴が!」
「吸血鬼の仕業か?」
捕縛されている妖精もどきみたいな外見の吸血鬼。修道服をモチーフにしたように見えるアイドルっぽい衣装(スカートの丈が膝上&ハイソックス)を着たクラージィ。彼女にそっとスーツのジャケットを羽織らせるミラ。
「わ、我が名は……吸血鬼……アイドルパラダイス……。一瞬で捕まるなんて……無念」
「あー……。えっと、クラージィさん。怪我は無いデスネ。良かったデス。ドラルクのお袋さんも無事ですか」
「ああ……。私は無事だ。彼女がその、一瞬で捕まえてくれたんだ。捕まえたのは良かったんだが」
「『……その、ドラルク。流石にこの格好は、時代を先取りし過ぎだろうか』」
「『ああ、いやその。むしろ現代的ではありますよ』」
「『これに比べたら、くるぶしが見えるスカート程度で騒いでいた私が矮小に思える。
それに、ソックスが薄手で脚が冷える』」
「護送車が来るまでの間、事務所で休みましょうか……」
「結局ショック療法になっちまったな……」