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    厳選した木の中心に杖の核となる芯を通す。ここからはもう趣味の領域だ。粗削りされた表面を細心の注意を払ってヤスリがけし、滑らかな手触りに仕上げる。美しい光沢を纏った杖は、きっと誇りを持って主人に遣えることだろう。自然体のままを好む杖、荒々しい見た目を好む杖も多いが、この杖はどうも気品ある美しさを求めているようだ。仕上げに持ち手の辺りにささやかな金メッキを施すと、杖は納得いったかのようにぶるっと震えた。おやおや、これは興味深い。

    ふと我に返ると、店の入り口の方からベルが鳴っていることに気が付いた。なんとまぁ申し訳ないことに、私は杖作りに没頭するあまり来客を待たせてしまっていたらしい。

    見るとカウンターの向こうには新品のローブに身を包んだホグワーツの新一年生──ではなく、そこには頭髪の7割ほどを白髪に占領された初老の男が立っていた。随分と待たせてしまっていたらしく、苛立たしげに腕を組み足を鳴らしている。男は私の顔を見るなり足を鳴らすのをやめ、酷く焦った様子でカウンターに上半身を乗り出した。
    「多忙なところすまないが、新しい杖が欲しい。この杖はもう古いようでね。この頃全く言うことを聞かないんだ。」
    男はそう言って懐の杖を取り出す。
    まるでその杖に聞こえるように話している様子がなんとも微笑ましく、私はつい笑ってしまった。当の本人──本杖、というべきか──は「どうぞご勝手に」とでも言いたげに沈黙を貫いている。

    「それはそれは、杖と喧嘩でもしたかね?杖はどんなに長く使っていようともそれだけで使えなくなることは無いよ。」
    そう言って手を差し出すと、男は不服そうにその古い杖を手渡した。私は眼鏡を掛け直し、よく観察する。
    「黒クルミ、12インチ、ドラゴンの心臓の琴線…比較的しなやか。ふふっ、なるほどな。」
    何がおかしいと訝るように男は私を見た。
    「黒クルミを使った杖は持ち主の心に非常に敏感だ。時に君は、最近自分自身に嘘をつくようなことは無かったかね?」
    「自分自身に、嘘だと?まさか。」
    男は目を見開いた。
    「…ここは杖専門店の筈だ。私は精神の診断に来たつもりはないが。」
    「もちろん。わしは事実を言ったまでだ。」

    念のためもう一度よく観察する。が、どう見ても古い杖はやはり生気が無い。まるで永遠の眠りについてしまったかのようだ。
    「これはわしがよく言っていることなのだが、杖の方が持ち主を選ぶのだ。そしてどんな杖を使う場合でも言えることだが、自分をよく知ることだ。」
    私は杖から男の方へと視線を移動した。
    やはり何か思い当たる節があるのだろう。男はすっかりたじろいだ様子を見せている。
    呪文が利かないことでよっぽど焦っていたのか、その額には汗が滲み出ている。
    それもそのはず、この魔法界で生きる上で、魔法が使えなくなるのは死活問題だ。そうでもなければ、きっと普段は聡明な魔法使いなのだろう。男の身なりは清潔さはあれど決して派手ではなく、よくある奢り高ぶった末に杖に見放されるような魔法使いとはまた違った事情があるように感じられた。
    「君はきっと直感に優れた魔法使いなのだろうが、この杖も同じ。使用者の心の迷いを敏感に察知し、本来あるはずの力を封じ込めてしまう。」
    男はしばらく天井を見つめ目を閉じる。
    そして長い沈黙が訪れた。
    やがて観念したかのように肩をすくめ、息を吐き出す。
    「ミリ、…妻と少し…な。」
    それ以上詳しい話はしなかった。私も聞かなかった。

    「しかしまぁこうなってしまうと、この杖は君の言うことはもう金輪際聞かないだろうなぁ。新しい杖を見繕うのは構わないが、この古い杖はどうしたい?こちらで引き取ることも出来るが。」
    私はどんな答えが返ってくるか分かっていた。少し意地が悪いと思うが、それでも聞いてみたくなったのだ。

    「長年を共にした相棒だ。」
    古い杖を返すと、男は杖を軽く一撫でし、懐へと戻した。
    「もちろん、誰にも渡すつもりはない。」
    先程の焦った様子はどこへやら。平静を取り戻した男はにっこりと微笑んだ。


    さて、新しい杖だが、これを決めるのにはものの数分も掛からなかった。興味深いことに杖の方が我こそは、と主張したのだ。
    先程完成したばかりの杖。優雅で気品あるそれこそが、彼の新しい相棒となったのだった。
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