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    MRsA277

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    MRsA277

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    今日も今日とて、『仕事』として大量のビラの山を抱え施設から蹴り出される。追い打ちをかけるような寮長の叱責から逃げるようにして、大通りの人混みへと向かう。
    まったく昨日から散々な目に遭った。
    今と同じようにビラを配り歩いていると、日差しの熱のせいか何なのか、抱えていたビラが突然自然発火し、その全てが跡形もなく消滅してしまった。
    確かにビラなんて無くなってしまえばと心の内で思ったりもしたが、その結果として五発の鞭と夕食抜きという厳しい罰が与えられた。
    昨日の二の舞は二度とごめんだ、と独りごちながら、なるべく人の多い道を歩いていく。多くの人は無視して通りすぎるか、胸元に押し付けられた紙っぺらを迷惑そうに丸めて放り捨てるだけ。ビラの内容やその扱いについてはもはやどうでもいい。
    ふと、視線を感じて通りの向かいに立っている人物に目を向ける。路脇に立っているその老年の男は銀髪を緩やかに後ろに撫で付け、見慣れないローブに身を包み、じっとこちらを見据えていた。
    不思議な空気を纏ったその男性に意識を奪われていると、突如として強風が吹き上がり、抱えていたビラをさらっていく。
    舞い上がったビラの束はバサバサと音をたてながら道なりに飛んでいってしまう。あの量を無駄にしたと知られたら、今度こそ鞭どころでは済まされない。手を伸ばせば届きそうな距離を保ちながら、まるで誘うかのように飛んでいくそれらを走って追いかけた。大通りを横切り、煙が立ち込める路地裏を通って、細い階段を下る。何度か馬車を繰る御者の怒声を聞きながらひたすらビラを追いかけ走り続け、小さな橋に差し掛かったところで、異様な光景を目の当たりにした。
    ビラたちは何もないところで次々と壁にぶつかったように制止し、その塊はやがて人の形を帯びていく。くっきりとした人間の形を完成させたところで、ビラは一気に霧散し先刻こちらをじっと見つめていたあの男性が現れた。心なしか、したり顔で微笑んでいるようにも見えるその人はへその下辺りに両手を重ねて落ち着いた佇まいでこちらを見ている。
    あまりの出来事に驚いて周囲を見渡すと、いつの間にか人気のない場所に来ていたことに気がついた。胸の内を緊張が走り、無意識に男と距離を取る。すると、緊張を破るかのように男は口を開いた。
    「驚かせてすまなかったね。はじめまして。私はエリエザー・フィグだ。」
    予想外にも穏やかな口調の挨拶に拍子抜けしてしまう。異様な登場をした目の前の男性に対して恐れ以上に強い興味を抱き、さっきまで必死に追いかけていたビラのことなどとうに忘れてしまっていた。
    「え、えっと…はじめましてミスターフィグ。今の手品は一体どうやったのですか?」
    「手品だと?ふむ、もう少し派手な登場にした方が良かったか。」
    男─フィグさんは不満げに呟くが、さっきよりも派手な登場があって堪るものか。
    彼は先程霧散したビラのうち、一枚だけ近くの街灯に引っ掛かっていたものを人差し指で招く動作をする。するとビラは独りでに宙を舞いながら飛んできて、目の前で折り畳まれていく。
    ふくろうの形を模して変形するそれを横目に彼は言葉を続けた。
    「これは魔法だよ、──。」
    「…どうして私の名前を?」
    紙のふくろうは羽を広げ羽ばたきながら私たちの頭上を旋回している。
    「これから君の元に一通の手紙が来るだろう。」
    「手紙?」
    「そう。若き未来ある君へ、魔法界からの特別な招待状だよ。」
    そう言ってフィグさんは片目を瞑る。どう考えても胡散臭い話ではあるが、今までの信じられない出来事にすっかり魅了されてしまった私は素直に彼の言葉に耳を傾ける。
    フィグさんが説明を続けると紙のふくろうは彼の語り口調に合わせて様々な形状に姿を変える。ふくろうの次はとんがり帽、箒に乗った魔女、そして小さな美しいお城…。
    まるで夢物語だ。目の前の老人がとんでもない能力の持ち主であることはもはや疑う余地もないが、彼の話によれば、自分にも同じ力が使えるのだと言う。この私が?まさか。あり得ない。戸惑いながらも否定するが、フィグさんは一切引く様子がない。
    「君にも多少なり心当たりがあるはずだ。
    ほう、ちょうど話をすれば…『夢物語』が到着したようだよ。」
    フィグさんが見上げる方向を見ると、一羽のふくろうが片足に手紙を携えこちらに飛んでくるのが見えた。私の存在を確認したふくろうは掴んでいた手紙をこちらに投げ、私はそれを片手に受け取った。宛先には私の名前があり、恐る恐る中身を確認する。四体の動物に囲まれたHのロゴマークの下には先程までフィグさんが語った全てを証明するような内容が書き連ねてあった。文面の中に、『エリエザー・フィグ』の名前がある。
    「エリエザー・フィグ…教授?」
    目の前の男性に向き直る。
    「あなたが、私の先生?」
    彼はにっこりと微笑んだ。

    私と、フィグ先生との出会いだった。
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